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「校長、ハメましたね……!?」
エンデヴァーさんがその部屋に入ったのをしっかり確認して、私たちは扉を開けた。校長室の椅子に腰かけた根津校長とA組に挟まれたエンデヴァーさんは焦りの表情を浮かべている。クラスでの話し合いから数日後、私たちはついに作戦を実行した。プロヒーローへの挑戦状。それはNo.1ヒーローを雄英に誘い出すというものだった。
「彼らの話を聞いて対話の余地があると判断した。私は常にアップデートするのさ。」
先日の直談判で校長先生は私たちの真剣な思いを汲み取ってすぐにこの作戦を了承してくれた。あまりに一方的な大人のやり方に彼も疑問を抱いてくれたのだ。「何も説明できなくてすまなかった」と頭を下げられこちらが慌ててしまうほどに、先生はとても柔軟で寛容なお人だった。
「何で俺のことスルーした?なまえからも何度も連絡が行ってたはずだ。」
焦凍くんがエンデヴァーさんに詰め寄る。家族で共に戦おうと決意した矢先の父の突き放し方に、彼は憤りを感じていた。
「燈矢兄を一緒に止めようって言ったよな!?」
「焦凍、その気持ちだけで俺は救われているんだ。」
それは優しさではない、と思った。確かにエンデヴァーさんは息子が歩み寄ってくれて嬉しいだろうしそれだけで満足かもしれない。けれど一緒に戦うつもりでいた焦凍くんの気持ちは、私たちの感情は。一体どこへ向かえばいいのか。宙ぶらりんのまま、安全な場所でただ眺めていろというのか。そんなの一方的に無視されているのと変わらない。
「俺は救われねえよ。緑谷だけは例外か!?」
「彼も私たちと同じ学生です。緑谷くんをトップ3のチームアップに巻き込むというのなら、私たちにだって戦う権利はあるはずです。」
納得がいかず私と焦凍くんが食って掛かる。大切なクラスメイトを過酷な道に引きこんでおいて、危ないから遠くで見てろなんて。こちらがどれだけ我が儘なことを言っているとしても引き下がれはしなかった。
「エンデヴァー、デクとオールマイト二人にしてるだろ。」
焦凍くんの問いかけにエンデヴァーさんが押し黙る。それは肯定の意を示していた。
「っぱな……。」
彼の予想通り、事態は深刻だ。爆豪くんが焦凍くんに変わりエンデヴァーさんの前に歩み出る。
「ああ、正しいと思うぜ。概ね正しい選択だよ……!デクの事……わかってねぇんだ……。」
いつもと違ってその声は静かで、彼が緑谷くんを心配しているのが痛いほど伝わってきた。どれだけ正反対でも嫌いでも憎んでも。ずっと一緒に成長してきた唯一無二の幼馴染。雄英に入ってからも緑谷くんは爆豪くんを、爆豪くんは緑谷くんを。必ず超えて見せる、そう誓って努力を重ねてきたのだ。
「デクは……イカれてんだよ頭ぁ。自分を勘定に入れねぇ。大丈夫だって……オールマイトもそうやって平和の象徴になったからデクを止められねぇ。」
自分の体に支障をきたすまで無理を続けてきたオールマイトは、きっと緑谷くんの今の気持ちがわかってしまう。自分のせいで誰かが傷つくのが嫌だ。何としても自分が倒さなきゃ。その責任の重さを誰よりも知っているからこそ、彼に緑谷くんを止めることはできない。
「エンデヴァー!二人にしちゃいけない奴等なんだよ!」
爆豪くんの叫びにエンデヴァーさんが目を伏せる。彼が今思い浮かべているのは、疲れ果ててぼろぼろになった緑谷くんなのだろうか。
「しかし……。」
決断を迷っているらしいエンデヴァーさんは何かの機械を取り出した。携帯のような、小さな四角い箱。それを見た瞬間いの一番に瀬呂くんが聞いた。
「それ、GPSのやつっスか?」
言うが早いか私たちは駆け出していた。エンデヴァーさんからGPSを奪い取り、床に落ちそうになったそれに瀬呂くんが必死で手を伸ばす。
「こっ……これ!!!借りていースか!?あのっ……俺!偶々同じクラスになっただけスけど!」
しっかりと機械を手中に収めた彼がいつもと違う取り乱した様子でエンデヴァーさんに訴えかける。
「僕も……一年一緒に過ごしただけ、だけど。」
口田くんも転んでしまった峰田くんの体を抱き起こしながら頷いた。みんな、緑谷くんを大切に思っている。そのことを、今たった一人で頑張ってる君に知ってほしい。
「OFAの悩みを打ち明けてくんなかったのもあんな手紙で納得すると思われてんのもショックだけど。」
焦凍くんが低い声で言葉を続け、最後に飯田くんがまっすぐエンデヴァーを見つめた。
「我々A組は彼について行き彼と行動します。」
委員長の強い瞳に私たちA組全員の意志が重なる。誰もがもう、緑谷くんと運命を共にする覚悟を決めていた。
「OFAがどれだけ大きな責任を伴っていようが、緑谷くんは友だちです。友人が茨の道を歩んでいると知りながら明日を笑う事はできません。」
私たちにとって緑谷くんはただのクラスメイトじゃない。一緒に泣いて、笑って、悩んで。切磋琢磨しながら肩を並べて歩いてきたかけがえのない友達なのだ。
「……外は危険だ、秩序が無い。おまえたちまで……。」
クラス一つ分の視線を受けるエンデヴァーさんはそれでもヒーローとしての意見を曲げられないようだった。そこに心配が滲んでいることは彼の顔を見ればすぐにわかった。もちろん無茶を言っている自覚は私達にもある。
「大人になったね……轟くん……‼」
校長先生が月日を噛みしめるようにエンデヴァーさんに投げかける。やはり彼もトップ3と同じ意見なのだろうかと身構えたところ、全く予想していなかった答えが返ってきた。
「私は……敵の目的である彼が雄英に戻りたがらない事を踏まえチームアップを是とした。でも、いいのさ。戻ってきても。」
「え!?」
突然の受け入れに驚きの声が漏れる。だって私たちは雄英を出ていくつもりでいたのだ。避難者の方々を危険に晒してしまうからと緑谷くんがここを離れたのなら私たちもその重荷を一緒に背負おうと、彼について行こうとしていたのだ。それなのに。
「合格通知を出した以上は、私たちが守るべき生徒さ。」
校長先生は嘘をついているようにも見えない。ましてやその場しのぎの虚勢というわけでもなさそうだった。本当に、雄英に緑谷くんを連れ帰ってもいいのだろうか。根津校長の潔い返事にエンデヴァーさんも困惑の表情を浮かべている。
「しかし避難者の安全が……!彼らの中にはまだ、」
「何も敷地面積だけで指定避難所を受け入れたわけじゃない。彼らには私から何とか伝えよう。文化祭開催に伴い強化したが結局出番の無かった、セキュリティ雄英バリア。その真価と共にね。」
エンデヴァーさんの反論を遮るように根津校長は淡々と説明を続ける。雄英バリア。強力であること間違いなしのその名前に私たちはごくりと喉を鳴らした。
「いいんだよ……オールマイトだってここで育った!君たちの手で……連れ戻してあげておくれ。」
天下の雄英の校長というのは、こんなにも懐が深いのか。彼の微笑みは決して根拠のないものではなく、自信に満ち溢れた強さを表していた。
これで緑谷くんの手を掴める。歓喜のあまり胸が震えた。けれども、能天気に喜ぶことはできない。まだ確認しておかなければならないことがいくつもあった。
「雄英バリアの真価……と仰いましたが……我々も緑谷くんの気持ちは理解しています。連れ戻すのであれば相応のエビデンスを要します。避難されている方の安心と安全に関わります。」
「私たちもここを危険に晒さないために彼について雄英を出ていくと決めていたので……。」
飯田くんが挙手して発言を始めたので私も便乗する。緑谷くんが雄英に戻ってきても大丈夫という確証がなければ当然避難者からは受け入れてもらえないだろうし、そもそも彼自身帰って来ようとはしないだろう。まずは一般市民の安全確保。それが達成できない以上は私たちも彼を連れてくるわけにはいかない。
どうやらこちらの質問は想定済みだったようで、根津校長は何故大丈夫だと言えるかの根拠を丁寧に解説してくれた。
「もちろん感情論じゃないさ。緑谷くんは今やヒーロー側の貴重な最高戦力。情勢を踏まえても半端な施設で保護するのはリスキーさ。雄英には国の最新防衛機能が卸されている。レベルで言えばタルタロスと同等の防御力を誇るのさ。」
そのタルタロスが死柄木に容易く破られている。みんなが思っていたであろう不安を百ちゃんが口にすると校長先生はさらに詳しく話を進めた。
「去年雄英も破られた。死柄木の脅威には私も目をつけていた。そこで強化時雄英のシステムに私独自の改修を加えた。」
「そんな事可能なのですか!?」
「くっそ揉めたさ。」
独自の改修という言葉にみんな目を丸くする。国の最新防衛機能に手を加えるって、お金も手間も技術も大変なことになりそうなんですけど。そりゃ揉めるよね。校長先生はこちらの驚きをまるで気にしていないようで朗らかに笑っている。
「結論から言えば今この瞬間侵略が始まろうと避難民及び生徒が毒牙に掛かることはなく、敵の侵入を許す事はない。」
一体どこからその自信が湧いてくるのだろう。そう思ってしまったけれどその全貌を聞けば納得せざるを得なかった。
どうやら最新の雄英バリアは単なる防壁に留まらないらしい。雄英は今、動く。敷地が碁盤上に分割されそれぞれに駆動機構が備えつけられているのだ。有事の際には区画ごと地下に潜りシェルターとなる。そしてそのシェルターは超電導リニアシステムによって幾通りものルートを適宜移動するんだそうだ。あまりのスケールの大きさにみんな開いた口が塞がらなかった。
「ロボアニメっぽくなったぞ!!!」
「その仕組み自体が崩されれば元も子もないさ。なので周辺地下には計三千層の強化防壁、それらが異常を検知すると迎撃システムが発動。また支柱がアンロックされ防壁も独立可動。どんな攻撃でも到達を遅らせられる。その間にシェルターは安全なルートを辿り、雄英と同等の警備システムを持ち入れ替わり事件を契機に連携を強化した士傑高校を筆頭にいくつものヒーロー科高校へと逃げられる。」
上鳴くんが素直な感想を漏らすと根津校長はさらに規模の大きなことを言い出した。三千層の強化防壁とは。士傑に逃げられるとは。そんな仕組み一体どうやって作ったのか。想像するだけで気が遠くなりそうだった。
「士傑!?どれだけ長距離だよ‼」
「「そういや言ってたような。」」
瀬呂くんの叫びに焦凍くんと爆豪くんが視線を合わせる。そっか、二人は仮免補講で士傑の人と一緒だったもんね。多分うっすら聞いてたんだ。内容は今の今まで忘れてたみたいだけど。
「伝播する崩壊対策と見受けられますが……文化祭時点ではまだ判らなかったハズでしょう?」
一通り納得のいく説明をもらったところで常闇くんが首を傾げる。彼が気になっていたのは校長先生のあまりにも早すぎる対策についてだった。それを受けて根津校長はきっぱりと言い切った。
「それこそ何のエビデンスも無い、私の勘だよ。だから費用は私の持ち出しさ。」
「億とかじゃ済まなさそうなんですが!?」
上鳴くんを筆頭にみんなで目を白黒させる。先生どれだけお金持ってるんだろう。彼の背中に巨万の富が見えてしまいちょっとくらくらしてきた。しかもそれを実行に移せる行動力。時間を惜しまない器の広さ。何をとっても次元が違い過ぎる。
「校長は個性道徳教育に多大な貢献をし世界的偉人となられたいま尚ご尽力されているのだ。」
首を縦に振るしかなくなったエンデヴァーさんが騒ぎ始めた私たちをそっと諫める。校長先生は改めてA組に向き直り、長年苦労してきたであろう人と人との心の隔たりに思いを馳せた。
「不理解、不寛容。何れもあと一歩近寄る事のできなかった人々の歩み。動き、犇めき合う中、その一歩が如何に困難な道であるか……。」
ヒーローと一般市民。疑念が渦巻き溝が深くなっている中私たちの私情はきっとすぐには受け入れてもらえない。それでも。一緒に戦うって、決めたんだ。
「ともかく、彼がここに居ていい理由も理屈も在るよ。君たちはただ全力でぶつかっていけばいい。」
校長先生の頼もしいお言葉に背中を押される。すでに立ち向かう準備はできていた。相手が敵でも避難者でも大切な一人の友であっても。みんなで笑える未来のために負けるわけにはいかない。この気持ちを曲げるわけにはいかない。
ありがとうございますと深く深く頭を下げ、一つの我を通すために私たちは校長室を飛び出した。