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緑谷くんが雄英を離れて数日、私たちはいまだに彼の足取りを掴めていなかった。それもそのはず。エンデヴァーさん、ホークスさん、ベストジーニストさん。どれだけ3人に電話をかけても一向に繋がらないのだ。やっぱり緑谷くんはトップ3と一緒に動いてる。無言を貫く彼らの姿勢からその推測はどんどん真実味を帯びていった。
「はあ……。」
自室で深いため息を吐く。プロヒーローたちの頑なな態度に不安は募る一方だった。もはや着信拒否されてるのではとすら思えてくる。早く彼を見つけなくちゃならないのにどうにも手詰まりといった感じで、私は項垂れながらベッドに寝転んだ。
常闇くんも焦凍くんもチャット返してもらってないって言ってたしなあ。どうしたら緑谷くんに会えるんだろう。周辺警備要請の時に何人かで抜け出して捜索するとか?いや持ち場に穴をあけることはできない。やっぱりエンデヴァーさんたちに直接話聞けるのが一番いいんだよね。今のところその願いは全く叶いそうにないけれど。
結局今日も頭の中は堂々巡り。このまま一人でいてもどうせまとまらないからみんなに意見を聞きに行こう。よっこらせと体を起こしてパーカーを羽織る。他に何か持って行くものあったっけと部屋を見回したその時、勢いよく携帯が震えた。
「ジーニストさん……!?」
ベッドに放り投げていたそれを慌てて拾い上げる。逸る気持ちを抑えられずに画面を見れば、そこに表示されていたのは意外な人物の名前だった。
え、何で。というかそういえば連絡先交換してたんだっけ。
「もしもし。」
あれから一度も連絡がくることはなかったのにまさかこのタイミングで彼の声を聞くことになろうとは。もしかしたら何かものすごく重要な事件かもしれない。久しぶりということも相まってどこか緊張しながら耳を携帯に押しあてた。
「急に悪いな。ちょっと気になることがあって。」
「いえ、大丈夫です。お久しぶりですね真堂さん。」
電話の主は傑物学園の真堂さん。彼と話すのは仮免試験以来初めてのことだ。構えていたけど取り繕った様子のない低い声に何だかほっとして肩の力が抜ける。
「何かあったんですか?」
「ああ、単刀直入に聞くけど。緑谷出久くんって今雄英の寮にいる?」
その瞬間どくりと心臓が音を立てた。まさか真堂さんの口から彼の話題が出るなんて。途端に冷や汗が滲んで頭が真っ白になる。
「……今は、少し外に出てますけど……緑谷くんがどうかしたんですか?」
一つ一つ言葉を慎重に選ぶ。現状ワン・フォー・オールは世間に公表されておらず、私が下手なことを言うわけにはいかなかった。真堂さんの質問の真意を探りながら、極力曖昧に聞き返す。
「いや……昨日南区の田口ビルで彼のことを見かけたんだけど。何か以前の緑谷くんとは様子が違って……。」
「様子が?」
「ああ。ぼろきれみたいな風貌もそうなんだけどこう纏う雰囲気がさ……前とは比べ物にならない感じがした。どうしても気になって君に電話かけたんだけど。彼、何かあったのか?」
彼の問いかけに私はすぐに答えられなかった。緑谷くんに何があったのか今一番知りたいと思っていたのは他でもない私たちだったからだ。真堂さんの口から零れた彼の数少ない情報を噛みしめ、泣きそうになるのを何とか堪える。
南区の田口ビル。昨日ダツゴクである血狂いのマスキュラーが確保された場所だ。ここ最近ヒーローはすごいスピードでダツゴクを捕まえてると聞く。きっとその働きの中心にいるのが緑谷くんなんだろう。やっぱり彼は、エンデヴァーさんたちと共に行動している。恐らくオールマイトも一緒に。
「……ちょっと詳しくは言えないですけど、今緑谷くん過酷な状況にあって。強くなるしか、ないんだと思います……私たちもなるべく彼を一人にしたくはないんですが……。」
要領を得ない返事に真堂さんは黙り込んだ。彼が何を考えているのか。顔が見えない以上それを想像することは難しい。鼓動が速くなるのを感じながら、私はじっと次の言葉を待った。
「死柄木の狙いは彼ってことか。」
「え……。」
一気に核心を突かれ思わず驚きの声が漏れる。彼が急に死柄木の名前を出したことに私はかなり動揺していた。そしてそんな私を気にすることなく、真堂さんは推測を続ける。
「ネットで噂になってる。死柄木が狙ってるのは雄英生徒だって。その噂は概ね本当ってことなんだろ。」
さすがに3年生だ、勘がいい。言い当てられた私は上手い返答が浮かばず変な間があいてしまう。するとどうやら彼はこちらの無言を肯定と受け取ったようで「別に誰にも言わないけど」と付け足した。
「何か事情があるんだろ。俺はそれが知れただけで満足だよ。本当にちょっと気になっただけだしみょうじのこと追い詰めたんなら謝るさ。」
彼なりの気遣いだろうか。前回さん付けだったのにいつのまにか名字が呼び捨てになってる。確かに少し気安くなって緊迫感は和らいだかも。私は小さく息を吐いて何も聞かないでくれる真堂さんにお礼を言った。
「ありがとうございます。その、真堂さんと話せてよかったです。」
彼から電話をもらって希望の光が見えた気がする。喉から手が出るほど欲しかった緑谷くんへの手掛かりをようやく掴むことができたのだ。いくら頭を下げても足りないくらいだった。
「俺も久しぶりに声聞けて良かったよ。相変わらずお人好しそうで安心した。」
「え、褒めてます?」
「褒めてる褒めてる。」
ケラケラと笑う彼は初対面の時とは全然違う印象で。こちらを落ち着かせようとしてくれているのが伝わってきて自然と頬が緩んだ。やっぱり真堂さん、素の性格の方が取っつきやすくて好きだな。
「それじゃあそっちも色々大変だろうけど頑張って。次はヘマしねえようにな。」
「あ、う、気をつけます……。」
どうやら先の戦いで私が大怪我したことは彼の耳にも届いていたらしく、からかい気味に釘を刺された。必要以上に心配するでもなく怒るでもなくさらっと気にかけてくれるスマートさ。どう考えてもこの人モテるんだろうなあ。本人には恥ずかしくて言えないけど。
「……真堂さんもあまり無茶しないように。」
「ああ、ありがとう。また声聞きたくなったら連絡するわ。」
「え、と……お待ちしてます?」
突然の少女漫画のような台詞にドギマギしながら疑問形で返すと「何だそれ」と笑われた。恥ずかしくて反論する余裕はなく「真堂さんのせいですよ」という言葉は呑み込んでおいた。二人でもう一度別れの挨拶をして電話を切る。先程より熱が上がっている自分には気づいていた。
「ありがとうございます、真堂さん。」
静かになった部屋で携帯に向かって独り言を投げかける。A組にとって大きな一歩をくれた彼にこの上ない感謝をして、私は爆豪くんの部屋へと急いだ。