番外編
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重たい足を引き摺って何とか寮に戻る。体は随分冷え切っていた。
「あれ、遅かったね回原。」
「もう風呂入っちまったぞ。」
玄関で靴を脱いでいると夕食を食べに来た柔造と泡瀬に鉢合わせる。俺は二人の顔を見るなり深いため息を吐いた。
「失礼な奴だな。」
「何、どしたの。」
不思議そうに覗き込まれて一瞬迷う。どうする、話すべきか。泡瀬はともかく柔造は恋敵だぞ。そう思ったけど弱った心というのは正直で。この行き場のない感情をどうにかしてくれと気づけば縋りつくように口を開いていた。
「……振られた。」
ぽつりと零すと二人が目を丸くする。居心地の悪い視線に気まずくなり俺はふいと視線を逸らした。
「え、それは……みょうじさんに?」
「他に誰がいるんだよ。」
「いやそうだけど。」
こんなのもう八つ当たりだ。俺のぶっきらぼうな態度に柔造は怒るわけでもなく何やら考える仕草をして黙り込んだ。
「……お前にそんな度胸があったとは。」
泡瀬にぽんと肩を叩かれる。ずっと俺とみょうじの仲を見守ってくれてた男だ。その言葉の中には労いが籠っていた。
場所を変えようと提案され俺たちは泡瀬の部屋に移動することになった。いつまでもコスチューム姿でいるわけにはいかないので一度自室に戻って服を着替える。
「入るぞ。」
特にノックもせず部屋のドアを開けるとそこには鱗と円場もいた。話回んの早すぎだろ。苦笑しつつベッドに腰かければ「まあ食えよ」とポテチの袋を渡される。あれ、これ慰められてんな。
「で、振られたってことは告ったってことだよな?」
切り出したのは意外にも鱗だった。今さら隠す必要もないので大人しく肯定すると「すげえな」と素直な感想が返ってくる。
「別にすごかないだろ。振られてんだし。」
「いやすごいでしょ。面と向かって気持ち伝えてるんだから。」
何故か柔造にまで称賛され泡瀬と円場も頷いている。なんだこの反応。よくわかんねえ。俺は少し気恥ずかしくなってポテチを口に放り込んだ。
「みょうじさんはその……何て返事したんだ?」
「おい円場。」
「いいよ別に。」
泡瀬が諫めようとしてくれたけど円場の気持ちもわかる。好きな子の反応って気になるもんな。俺は彼女とのやり取りを簡潔に話した。
先日の戦いでもう彼女に会えなくなるんじゃないかと怖かったこと。後悔しないように今言わなきゃと思ったこと。彼女はずっと真剣に俺の言葉を聞いてくれていたこと。そして自分の想像していた通り彼女はこれまで通り友達でいることを望んできたこと。
「最後さ、震えてたよ。みょうじの声。」
好きになってくれて、ありがとう。そう言って笑った彼女は今にも泣きだしそうだった。俺を傷つけないために必死で涙を堪えてくれているのだとすぐにわかって、いつの間にかその綺麗な髪に手を伸ばしていた。振り払われるかもという恐怖はあったが、優しい彼女は拒否することなくしっかり俺を受け入れてくれた。
「好きな人がいる的なことは……。」
「特に言ってなかった。まああれだけはっきり断るってことは瀬呂と何かしらあったってことなんだろうけど。」
「あ、やっぱそうだよね。」
質問してきた円場ががくりと項垂れ柔造はどこか納得した様子だった。そうか、さっきこいつが考え込んでたのってその可能性についてだったのか。「まあどう見てもみょうじさん瀬呂のこと好きだもんね」と肩を竦めながらしみじみ呟く柔造はある程度こういう展開になると予想していたのだろう。相変わらず侮れねえな。
「回原が振られてんだから俺も失恋だよなあ。」
明らかに落ち込んでしまった円場は俺よりこの世の終わりみたいな顔をしている。慰める気にもなれず黙っていたら「お前ら元気出せよ」と泡瀬に同情の目を向けられた。
「……別にどうにかなろうと思って告ったわけじゃないし。」
「でもオッケーされたら付き合ってたでしょ?」
「そりゃ……そうだけど。」
かっこつけて強がってみたのを柔造に一刀両断される。確かに元々砕ける前提で伝えたとはいえほんの少し期待している自分がいたのも事実だ。結局は見事に散ったわけだけど。いいだろ別に夢くらい見たって。
「そこまで落ち込んでんのはやっぱまだ吹っ切れてねえから?」
中々鋭い泡瀬の指摘に追い討ちをかけられる。こっちは傷心中だってのにどいつもこいつも容赦がない。
「……かもな。結果がどうあれもっと清々しい気持ちになるもんだと思ってた。でも何か違ったな。」
「まあそう簡単に割り切れるもんでもないでしょ。」
とっくに心の整理をつけたみたいな顔してフォローしてくる柔造にやっぱり俺が女々しいのかと自問してしまう。こんな未練たらたらな姿みょうじだけには絶対見られたくないなと頭を抱えた。
「……付き合ってんのかな、瀬呂と。」
「やめろ。自分から傷つきにいってどうすんだ。」
鱗が核心に迫ろうとしたので慌てて止める。今そのことだけには触れたくなかった。俺とあいつの何が違うんだとか、多分不毛なことを考えてしまう。
いっそ瀬呂がひどい奴なら俺にしとけばって堂々と言えるんだけどな。あいつ性格いいんだよなあ。それはもうお似合いだと思ってしまうほどに。
「はあ……。」
もう一度深いため息を吐く。みんなが「まあ飲めよ」とコップを差し出してくれた。もちろん中身はお茶だ。
彼女に気持ちを伝えたところで全然すっきりしない。友達でいられるならいいかと楽天的にもなれない。今後遠目に瀬呂とみょうじを見かけただけで苦しくなることは目に見えていた。
それでも、不思議と後悔は一ミリもしていない。俺のために彼女が呑み込んでくれた涙をなかったことにはしたくなかった。ありがとうと震える声で笑った彼女は、間違いなく俺だけのものだったから。
「どうせならめちゃくちゃ幸せにしてもらってくれ。」
言われなくても瀬呂ならそうするんだろうけど。好きという思いはそのままに俺の入り込む余地なんて作るなと矛盾した願いを込める。複雑な心情に振り回されながら、俺は泡瀬のベッドに倒れ込んだ。
「え、それなんかすごく良い。」
「ああ、振られてんのに負けてる気がしねえ。」
「男らしいな。」
「やっぱすげーよ回原。」
俺の心意気に感銘を受けたらしい友人たちから何故か拍手が沸き起こる。上から柔造・泡瀬・鱗・円場なのだが振られてんのには大分余計だ。
「うるせえよ、ありがとな。」
泣きそうになって両腕で目元を隠す。そのあと俺を元気づける会は夜更けまで続いた。眠たい目をこすりながらも他愛ない話で笑わせてくれる四人に、気分は少しだけ軽くなった。