休戦
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あれから、日に日に街が荒れていっている。ほんの少し学校周辺の警備協力に出掛けただけでもそれは一目瞭然だった。
ヒーローの数が極端に減り社会に秩序がなくなった今、多くの犯罪が横行していた。そしてヒーローへの信頼を失くした市民が自ら武器を持って抗戦し、被害はさらに拡大してしまっている。素人とプロでは戦い方がまるで違う。その街をより住みづらいものに変貌させている原因は皮肉にも彼らの力任せの攻撃だった。
これ以上混乱を招かないためにも市民には指定避難場所へ移動してもらわなければならないのだけど、私たちヒーローに不信感を抱いてしまっている人たちの心を動かすのは容易ではない。どれだけ丁寧に説明をしても聞く耳を持たずに突っぱねられてしまうことがほとんどだった。
「これで全部?」
「ウィ☆」
「んじゃとりあえず運ぶか。」
雄英に避難している人のための支援物資。政府から送られてきたそれらを倉庫代わりの体育館まで届けるのは私たちの役目だった。何しろ段ボールは膨大な量。人手が足りないこの状況では学生が駆り出されるのも当然のことだ。
瀬呂くんと青山くんが率先して重たい箱を持ってくれる。割り振られた荷物の中で一番軽いものだけが最後に残り、申し訳ないと思いつつ二人の優しさに甘えて私はそれを抱えることにした。
「なんか最近天気悪ィなあ。」
どんよりとした空を瀬呂くんが見上げる。渡り廊下を歩きながら、そうだねと三人でため息を零した。
「ほら、あれ見て。」
「ああ、あいつがタイフーンの……。」
ひそひそと聞こえてくる声の方に視線を向けるとこちらを遠巻きに見ている市民の人たち。眉を顰めて嫌悪感を露わにしている。
「エンデヴァーの息子といいよく平気な顔でいられんな。」
「ほんと。出て行こうとは思わないのかしら。」
非難の言葉を投げつけられるのはこれで何度目だろうか。気づかないふりをしてそっと目を伏せる。私と焦凍くんは彼らにとって依然不安要素なようで、たまに姿を晒せばこうして鬱憤を晴らす的になっていた。仕方がないとはいえどうしたって苦しくはなる。わざと聞こえる声量で話しているということはもう充分理解していた。
「……だーいじょうぶ?」
瀬呂くんがむっとした顔で二人組を睨む。ちゃんと怒ってくれる人がいるというのは私にとって救いだった。自分一人だけだと、きっと全ての罵倒を受け入れてしまうから。
「ん、平気だよ。」
「ならいーけど。」
そう言って彼はすぐに別の話題へと切り替えた。私に必要以上に気にさせないため。少しでも心を軽くするため。本当にどこまでも気遣いの出来る人だ。彼には一生頭が上がらない。
「……。」
ちらりと横を見るとさっきから黙ったままの青山くんがどこか思い詰めた表情で地面を見つめていた。影が差したような瞳が虚ろに揺れる。何故だか急に胸が騒いだ。
「青山くん?」
「……何だいっ?」
気になって名前を呼ぶと彼はいつもと同じ明るい調子に戻った。
「あ、いや……元気?」
「僕はいつだって元気溌剌さっ!何たって輝いてるからね☆」
「今日も絶好調だな青山。」
「安心するわ」と瀬呂くんが笑う。確かにもう不自然なところはなかった。何だったんだろう、あの違和感。そういえば前にもこの感じ、体験したことがあるような。思い出そうとしてみるけど上手く頭に浮かんでこない。
まあ心配いらないか。きっと彼も疲れてるんだ。そう結論づけてモヤモヤとした思考を停止する。
「そろそろ体育館だよ☆」
「え、ちょっと待って……!」
目的地を見つけた青山くんはいきなり走り出した。私と瀬呂くんが慌ててその背中を追いかける。いつでもミステリアスな彼の顔が泣きそうに歪んでいたことなんて、一切気がつきはしなかった。
午後からはまた圧縮訓練。初日よりは大分広範囲に雨を降らせられるようになってきた。次の段階に進もうということで今は幅を狭めて量を増やすことができないか調節中だ。
「てめぇコラ俺の爆破が消えんだろうがよそでやれや‼」
意識を集中させていたら耳をつんざくような怒号が地上から聞こえた。視線を下にやると案の定般若の顔をした爆豪くん。
「ごめん濡れた?」
「見りゃわかんだろびしょ濡れだわ責任取れ!」
「ええ……。」
私ずっとこの場所から動いてないんだけど。絶対爆豪くんの方が勢い余って突進してきたでしょ。相変わらず彼の暴君ぶりは変わらない。
だけど周りが見えなくなるくらい真剣に取り組んでるってことだよね。その熱量は見習いたい。他のみんなも自分が今できる最大限の努力を一心不乱に続けてるし、私も負けてらんないなあ。
「わかったわかった、とりあえずどくから。そんな怒んないの!」
「宥めようとしてんじゃねェわ‼」
まだ彼の怒りは収まらないらしい。さらに色々叫んでたけどここは聞こえないふりをさせてもらった。爆豪くん思いっきり体動かせなくてイライラしてるんだろうなあ。緑谷くんのことも進展してないし。
触らぬ神に祟りなし。とにかく距離を取ろうと雨を降らせられそうな場所を探す。キョロキョロあたりを見回せばふと焦凍くんと目が合った。彼は私に向かって手を上げ、こっちへ来いと言わんばかりに手招きをする。
何か用事だろうか。気になって一度地面に降り立つと彼はふ、と目を細めた。
「なまえ、頑張ってるな。」
「ありがとう、段々モノになってきました。焦凍くんはどんな感じ?」
訓練の成果を聞き返すと彼は自分の両腕をじっと見つめた。そしてそれらをゆっくり重なり合わせ、何やらブツブツと唱え始める。その姿は少し緑谷くんに似ていた。
「右と左、半冷半燃……二つを一つに……。」
黙って様子を眺めていると一瞬ぶわりと燃え上がった炎が氷にぶつかって消えた。それはどうやら完成形とは程遠いようで、焦凍くんが悔しそうに眉間に皺を寄せる。
「……まだ上手くできねえ。けど、やってみてえことがあるんだ。」
真っ直ぐ未来を見据えているような瞳はとても強くて、この技が燈矢さんを止める重要な足掛かりになるのだろうと瞬時に悟った。彼は確実に一歩ずつ進んでいる。そう、私たちは諦めるわけにはいかないのだ。
「焦凍くんなら絶対できるよ。私も、今やってることちゃんと完成させるから。」
一緒に彼を助けよう。言葉にしなくても気持ちは同じだった。二人で顔を見合わせ深く頷く。燈矢さんに、荼毘に。私たちみんなで立ち向かっていくんだ。
「頑張ろうね。」
どこにでもあるありきたりな言葉。けれどそれだけで充分だった。
「ああ。」
拳を合わせて気合を入れる。オール・フォー・ワン、燈矢さん、緑谷くん。私たちが掴もうとしている目標に必要なのはいつだって強さだ。更に向こうへ行くために、全力をかけて無理をしよう。
残された時間は少ない。ほんの数秒を惜しみながら、再び私は空中へ上がった。