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次の朝いつも通りのアラームで目が覚めた。寝ぼけ眼を擦りカーテンを開けると陽が差し込んでくる。良い一日なるといいな。そんなことを思いながら身支度を整えた。
朝ごはんを食べに行こうと部屋の扉に手を掛けたところで何かが挟まっていることに気づく。何だろうこれ。昨日はなかったはずだけど。
「手紙……?」
恐る恐る手に取って中身を確認する。差出人の名前が見えた瞬間、ひゅっと喉が鳴った。
『みょうじさん 今までありがとう。みょうじさんとワン・フォー・オールの秘密を共有できたおかげで僕は一人で悩まずに済みました。かっちゃんの暴言を諫めてくれたり僕に何か不調があるときは気遣ってフォローしてくれたり。本当にみょうじさんには助けられてばかりでした。いつだって他人のことを優先する君の優しさがあったから僕はここまで戦ってこられました。だからこそ、これ以上君を巻き込みたくない。僕のせいで君が傷つくのを見たくない。オール・フォー・ワンと死柄木は依然僕を狙っています。いつ襲ってくるかもわからない今、雄英に戻ることはできません。だから僕は行きます。黙って出ていくことになって本当にごめん。ずっと僕の味方でいてくれてありがとう。 緑谷出久』
私は自室を飛び出した。共同スペースに勢いよく駆け込むと険しい顔の爆豪くんと目が合う。嫌な汗が滲んで心臓はずっとうるさかった。
「ドアに緑谷からの手紙が……‼」
少し遅れて峰田くんがやってきた。彼の手にも私と同じように手紙が握られている。周りを見渡せばクラス全員が眉を顰めてその内容を読んでいた。愕然としながらも瞬間的に理解する。本当に緑谷くんは、私たちに別れを告げに来たのだ。
「オール・フォー・ワン……!?敵が……狙ってる……!?」
「緑谷……!何なんだよこれ……‼」
私と爆豪くんだけじゃない。緑谷くんは、クラス全員に彼の秘密を打ち明けたらしかった。みんなはまだ呑み込めていないようで、あちこちから驚きと困惑が入り混じった声が聞こえてくる。
「ばかやろう。」
お茶子ちゃんが小さく呟いた。私は持っていた手紙をくしゃりと強く握った。
どんな時でも、他人ばかりを優先しているのは緑谷くんの方じゃないか。君を巻き込みたくない、傷つけたくない。そう言って彼はいつも私たちを遠ざける。他人を守るために一人ぼっちで辛い道を進んでいってしまう。友達に傷ついてほしくないのは私たちだって同じなのに。その強すぎる責任感が、私たちから彼を奪う。
緑谷くんが雄英を去った。その事実はA組全員の心を抉っていた。みんな自然とテーブルの周りに集まり、沈痛な面持ちで彼からの手紙に目を落とす。いつも賑やかな共同スペースで言葉を発する人は誰もいない。時計の針の音だけがその場に虚しく響いていた。
「……なまえが知ってたのは、このことだったのか。」
初めに口を開いたのは焦凍くんだった。エンデヴァーさんの病室での私の様子と手紙の内容が繋がったらしい。それを聞いてみんなが驚きの視線をこちらに向ける。私は膝の上の拳をぎゅっと握って頷いた。
「ごめん、言えなくて……。」
俯いたまま答えると室内をまた沈黙が包む。みんなそれぞれに、思うところがあるようだった。
「いや、言えねえだろ……これは……。」
切島くんが改めて彼の抱えていたものの大きさを噛みしめる。ワン・フォー・オールは巨悪であるオール・フォー・ワンに立ち向かう力で、その力は人から人へ受け継がれるもので。無個性だった緑谷くんはオールマイトからその莫大な個性を授かった。今や世界中を混乱に陥れている死柄木たちが彼のことを狙っている。力を譲渡された緑谷くんは巨悪を倒すために戦わなくちゃいけない。こんな壮大で重要な話をおいそれと話すことなんてできるはずがなかったということは、もうみんなわかってくれていた。
「俺も知ってた。」
静かに吐き捨てた爆豪くんは見るからに苛立っていた。危険が迫っている幼馴染が何の相談もせずに黙っていなくなってしまったのだ。怒りたくなるのも納得だった。
「……緑谷くんが今どこにいるかわかるかい。」
いつもの溌溂とした彼とは違う、低い声。飯田くんが努めて冷静に私たち二人に聞いた。きっと溢れてくる感情を押し殺しながら。
「どこにいるかはわかんねえ。けど。」
「けど?」
食い気味に飯田くんが爆豪くんに詰め寄る。一旦言葉を止めた爆豪くんはちらりとこちらを見た。彼も私と同じ予想を立てている。直感的にそう思った。
「多分トップ3と一緒にいると思う。」
爆豪くんの代わりに私が答えるとみんなが目を丸くした。
「トップ3って……。」
「何でだよ!」
信じられないといった表情の響香と峰田くん。けれどその可能性以外思い浮かばなかった。恐らくホークスさんたちは緑谷くんが目覚めたあの日、オールマイトから全てを聞いている。当然彼に協力を要請するはずなのだ。そして責任感の強すぎる緑谷くんのこと。誰かを守るためならば、彼は絶対にその道を選ぶ。
「緑谷くんは現状……AFOを見つける唯一の手がかり。その事実をあの三人が見逃しておくとは思えないんだよ。彼が雄英に留まるって言うなら別の策を取ったかもだけど、緑谷くんは自分でここを離れる決断をしたわけだし……。」
「ヒーローにとっちゃ好都合だろうな。これで心置きなくデクを餌にAFOをおびき寄せられる。どうせダツゴクの捕獲も兼ねてんだろ。」
私たちの説明にみんなが言葉を失くす。当たり前だ。だってまだ緑谷くんは私たちと同じ高校生なのだ。トップヒーローに紛れて誰よりも自分を危険に晒して。あまりに大きすぎる敵に立ち向かっていかなくちゃならないなんてそんなの納得しろって方が無理だ。たとえ彼がもうほとんどワン・フォー・オールを使いこなせていたとしても。
「……轟くん、エンデヴァーに連絡取れる?」
痛いくらいの静けさの中お茶子ちゃんが彼の目を見た。焦凍くんは彼女の剣幕に一瞬たじろぎながらも「ああ」と頷く。
「私もジーニストさんに連絡してみるよ。」
「俺も、ホークスに事情を聞くとしよう。」
彼に続いて私と常闇くんもスマホを取り出す。クラスのみんなが見守る中三人で電話をかけてみたけれど、一向に彼らが出る気配はなかった。無機質に鳴り響くコール音に、何だか嫌な感じがする。
「……とりあえずメッセージは飛ばしといたから。」
「連絡を待とう。」
仕方なく私たちは電話を折り返してほしいという旨のメッセージを彼らに送った。あとはただ待つしかない。それにしてもベストジーニストさんやホークスさんはともかくエンデヴァーさんが焦凍くんからの呼びかけに応えないなんて。
やっぱり緑谷くんは彼らと一緒に行動している。予想はほとんど確信に変わっていた。
「とにかく今は……緑谷さんの無事を祈るしかありませんわ。」
何もできることがなくなった私たちに百ちゃんが悔しさを滲ませる。三奈ちゃんや口田くんの目には涙が浮かんでいた。
誰もはっきりと言葉にはしなかったけれど、気持ちは一つだった。緑谷くんと共に戦いたい。彼一人に全てを背負わせたりなんかしない。みんなの強い瞳は、友を想う覚悟の証だった。
大事なクラスメイトだから。かけがえのない友達だから。あんなにもヒーロー向きな性格の彼を一人にするのがいかに危険なことか、私たちは知ってしまっているから。どれだけ彼に遠ざけられようと、A組は緑谷くんの手を掴みに行く。
「気張って行こう。」
お茶子ちゃんが私たち全員に向かって拳を突き出した。みんなもそれに応えるように自身の拳を握り締める。
待っててね緑谷くん。絶対に助け出すから。いつでもあなたがそうしてくれたように。
余計なお世話はヒーローの本質だと言って笑う彼を思い浮かべて、私たちは決意を新たにした。