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父の話は、みんなわかってくれた。父と轟家との関係、私の家庭環境。そして特に目標もないまま雄英に入学してしまったこと。けれど体育祭で意識が変わったこと。それからA組のみんなと過ごすうちにヒーローが本物の夢になったこと。途中声が震えてしまったけど黙って聞いてくれているみんなの真剣な顔を見れば落ち着いた。響香と百ちゃんも、ずっと傍らで手を握ってくれていた。
「なまえ、今まで何も知らなくてごめん……っ!」
「え。」
話し終わると、三奈ちゃんと透ちゃんが涙を浮かべながら抱き着いてきた。彼女たちは私のことを受け入れてくれるばかりか気づけなかった自分に悔しさまで滲ませていた。泣いてしまうほど嬉しかった。
他のみんなも優しい笑顔を浮かべて「よく頑張った」と褒めてくれた。「轟もみょうじも、俺らにとっちゃ大事な友だちだからな!」と念を押してくれる切島くんの明るさが眩しかった。
みんな、私の過去を知っても友達のままでいてくれる。やっぱりA組はこんなにも温かい。
しばらくみんなと抱き合って泣いたあと私は外の空気を吸いに寮を出た。外はどんより曇っていて今にも降ってきそうだ。天気予報、明日は晴れのはずだけどな。
もう4月だというのに風は冷たい。コートのポケットに手を突っ込んでゆっくりとあてもなく歩いた。
雄英の敷地内とはいえ街の人が避難してくる場所には近寄れない。タイフーンの娘の姿を見れば、きっとみんな不安がる。お母さんも今は教師寮の方で保護されていた。
「……緑谷くん。」
ふと彼の名前を口にする。A組の中でまだ退院できてないのは彼だけだった。何だか無性に会いたくなる。
病室で目を覚ました緑谷くんの、覚悟を決めたような表情。あれがずっと引っかかっている。また何か重要なことを一人で抱え込んでしまってるんじゃないかと、嫌な予感がするのだ。彼はとても責任感の強い人だから。
「こんなとこで何してんの。」
ぼんやり立ち止まっていると後ろから声を掛けられた。振り返って目に飛び込んできた姿に言葉を失くし、一瞬で涙が込み上げる。
「しん……そ、くん。」
「え、ちょ。」
視線が合った時にはもう私は泣いていて、彼は慌ててこちらに駆け寄った。
「何で泣くの。」
「ごめ、ほっとしちゃって……っ。」
「いやそれこっちの台詞なんだけど。」
困ったように眉を下げた彼がそっとハンカチを差し出してくれる。こういうところマメだよなあなんて滲む視界のままそれを素直に受け取った。
目元にハンカチを当て呼吸を整える。黙って隣にいてくれる彼に心底安心している自分がいた。
「ちょっとは落ち着いた?」
近くのベンチに移動して肩を並べる。湿った空気がするりと頬を撫でた。
「うん、ありがとう。これ洗って返すね。」
「いいよ別に。」
ふ、と目を細めて彼が笑う。こうして言葉を交わすのは随分久しぶりな気がした。彼はじっとこちらを見つめて、ため息交じりに私の手を取った。
「え、っと。」
「もう会えないんじゃないかと思った。」
いつもより幾分か低い声だった。その時ようやく私は彼との約束を思い出した。戦いの前、確かに笑顔で帰ってくると誓ったのに。彼はまだ傷の残っている私を見て顔を歪めた。
「……ごめん。」
「笑顔で、って言ってたのに会った瞬間号泣してるし。」
「う、面目ない。」
「まあ生きてるからいいけどさ。」
咎めるような視線に思わず体が縮こまる。心操くんは私の生存を確認するようにしっかり手を握ったあとゆるりと離した。
「すごい怪我だったんでしょ。」
「……うん、あの、全身火傷で……でも消太くんほどじゃないよ。」
言ってしまったあとしまったと思った。案の定心操くんが深刻そうに俯く。恐らく彼もどうしようもなく心配なはずなのだ。
「イレイザー、そんなひどいの。」
「あ、いや……意識も戻ってるし問題なく喋れてはいるんだけどね。その、片足と片目、失くしちゃって……。」
容体を聞いて彼は目を見開いた。イレイザーヘッドにとってそれがどれだけ痛手であるか、彼にはもうわかっていた。
「でも、A組の担任は続けてくれるって。きっと心操くんも消太くんの生徒の中に入ってるから、これからも関係は変わんないよ。」
「……そう、なのかな。」
明らかに沈んでしまった彼に自分の軽率さを恨む。なんとか元気づけることはできないかと言葉を探していると不意にあることを思い出した。そうだ、まだお礼も言えてなかったんだ。
「……ありがとね、心操くん。」
「え……。」
突然の感謝に彼の怪訝な視線がこちらに向く。私はそれを気にすることなく先日の戦いを振り返った。
「消太くんが敵にやられた時、捕縛布で止血したの。周りの人は扱いが分からなくて手こずってたけど、私は心操くんと一緒に訓練してたから手際よく処置できた。心操くんも一緒に消太くんを助けようとしてくれてるんだって思って、頼もしかったの。」
あの時、手当てが数分遅れていたら彼は助からなかったかもしれない。心操くんが私に手を貸してくれたのだと、そんな気がしてならなった。
「俺は、何も……。」
「ううん、一緒に戦ってると思えたから頑張れたの。だからありがとう。」
ぺこりと頭を下げると彼は項垂れながら頬を掻いた。
「……次は、俺も現場で戦うから。」
膝の上に乗せている拳をぎゅうと握りしめる心操くん。彼の瞳には闘志が宿っていて、その姿は明確に敵を見据えるヒーローそのものだった。
「それは……百人力だね。」
自然と口元が緩んで柔らかな空気が二人を包む。彼の強さと優しさに触れることができて、私の気持ちは穏やかになっていた。
それからしばらく寒空の下で座っていた。彼にも父のことを聞いてもらいたかった。一番間近で私の成長を感じてくれていたのは、訓練仲間の心操くんだから。
私が話し終えると心操くんは同情も否定もせずに、ただ「そうか」と呟いた。
「風起は頑張ったんだな。」
納得したようにそう零した彼にまた私が泣いてしまったのは言うまでもない。心操くんは「ハンカチ大活躍だな」と言って笑った。
ああ、こんなにも恵まれすぎてていいのだろうか。みんなの優しさがなければ私は立ち上がれなかった。夢に向かって真っすぐ向かっていけなかった。ヒーローみょうじなまえは、決して一人では作ることができなかったのだ。
「聞いてくれてありがとう。」
涙声で改めてお礼を言う。相変わらず謙虚な彼は「何もしてないけど」と首を振った。
「そろそろ戻ろうか。」
話が一段落着いたところで心操くんが立ち上がる。名残惜しさを感じながらもさらに冷え込んできた外の風に耐えきれず私も腰を上げた。気づけば陽が傾きかけていた。
「じゃあ、また。」
「うん、またね。」
寮の前まで送ってくれた彼にお礼を言って笑顔で別れる。私が玄関の中に入るまで、彼はずっと見守ってくれていた。
次こそは、心操くんに心配かけたくないなあ。恐らくすぐそこに迫っているだろう決戦に思いを巡らせる。お互いの背中を預けて一緒に戦っている私と彼の姿が頭に浮かんだ。
二人とも、生きて帰ってこられますように。精一杯の祈りを込めて玄関の扉を閉める。部屋から流れてくる暖かい空気が、まるで私の気持ちに応えるみたいに体を包んだ。
その日の夜、いつもより早めにベッドに入った。久しぶりに外を歩いたからか、何だか体がだるい。うとうとと眠りに落ちながら、いまだ病院にいるだろう彼のことが頭に浮かんだ。
緑谷くん、明日には戻ってこられるだろうか。無茶してないだろうか。早く会いたい。会って、また話がしたい。
いつの間にか寝息を立てていた。夜中に誰かがこの部屋の前を訪れていたなんて、全く気づきもしなかった。