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事件から三日が経った。最先端医療とリカバリーガールさんのおかげで体は随分回復している。明日にはもう退院できるそうだ。私は病室のベッドの上でぼんやりと窓の外の流れる雲を眺めていた。
「なまえ、起きてる?」
コンコンとノックの音が聞こえて響香がひょっこり顔を覗かせる。
「ちょうどぼーっとしてたとこ。毎日来てくれてありがとね。」
「また無理するかもしんないから見張り。」
「う、信用ないなあ。」
悪戯っ子のように笑う響香は私の側までやってきてベッド横の椅子にちょこんと腰かけた。こちらが気を遣わなくていいようわざとおどけてくれている。彼女の優しさには助けられてばかりだ。
「会見見た?」
私の様子を窺うように尋ねる響香。その目には心配の色が滲んでいた。
「……うん。」
「エンデヴァー、かっこよかったね。」
「うん、本当に。」
先程、ヒーロートップ3がマスコミの前で会見を開いた。いつものコスチュームとは違う黒いスーツで、彼らの見つめる先にはずらりと大勢の記者が並ぶ。テレビの前の視聴者も、固唾を呑んで彼らの発言を待っている。あまりに物々しく、異様な雰囲気の会見だった。
三日経ってもパニックは収まらず不安は伝染し続けている。街の人たちはきっと、縋るような思いで画面を見つめていたことだろう。頼むから失望させないでくれ。清廉潔白であってくれ。私たちを安心させてくれ。誰もがそう思っていた。けれど。
「真実です。お詫びの申し上げようもございません。」
エンデヴァーさんは深々と頭を下げた。記者が絶句しているのがわかった。
その後彼は自身の過去を滔々と語った。包み隠さず、どこにも逃げることなく。どれだけ鋭い視線が突き刺さろうとも、彼は嘘を吐くことはしなかった。
「真実と仰りましたがホークスとベストジーニストは事実と異なるようですが……!」
詰め寄る記者を制するように今度はホークスさんが口を開く。まだ回復途中のガラガラの声で、荼毘の言っていた通り父親が犯罪者であること、駆け出したトゥワイスを刺し殺したことをはっきりと認め謝罪した。
「今回タイフーンについても本当のことを知りたいと思っている方は大勢いらっしゃると思いますがお話は聞けないのでしょうか!?」
当然父にも順番は回ってくる。私は病室のテレビを見つめてごくりと喉を鳴らした。
「タイフーンの件についても事実であるとの確認が取れました。」
他でもないエンデヴァーさんの口から父の真実が語られる。誰からも愛される誠実で真面目な父のヒーロー像がガラガラと音を立てて崩れていくような気がした。
けれどこれは報いだ。ようやく父が自らの行為に責任を取る日がやってきたのだ。今度こそエンデヴァーさんと肩を並べて。それはどこか誇らしかった。
「確認が取れたというのはご家族の方から聞いたということでよろしいしょうか!?」
記者の言わんとしていることが嫌でも理解できる。わざわざ家族という単語を出した彼らは話題の矛先を私に向けたいのだろうと簡単に予想がついた。エンデヴァーさんは質問してきた記者を一瞥して重々しく頷く。
「そういうことです。ただ一つ違っているのは娘であるみょうじなまえが今現在は本気でヒーローを目指しているという点です。それは彼女の頑張りを見れば皆さんにも伝わるはずだと思っています。実際今回の戦いで私は何度も彼女に助けられた。中途半端にヒーローを目指している人間にあんな行動はできません。みょうじなまえは一つの夢のために努力をしている学生です。荼毘の言葉に胸を痛めている被害者です。私のような者が偉そうに言えたものではありませんが、どうか彼女の将来を脅かすようなことだけはしないで頂きたいとこの場を借りてマスコミの皆様にお願い申し上げます。」
泣きそうになって唇を噛んだ。エンデヴァーさんの優しさがじんわり心に伝わってくる。彼は父と共に戦うことを選び、私を守ると決断してくれたのだ。大丈夫、No.1はちゃんと前を向いてくれている。
その後も記者の鋭い指摘が飛び交った。これだけの重傷を負っているヒーローを前にしても、人々の不満が止むことはない。興奮した記者に社会の不安を取り除け、敵を全部片付けろと怒鳴りつけられたエンデヴァーさんはただ一言「それが今エンデヴァーに出来る償いです」と言い切った。これには会場もしんと静まり返り、No.1の決意の強さを感じ取ったのか少しだけ聞く耳を持ってくれたように見えた。
そしてひとしきり事実確認が取れたあと、今度はベストジーニストさんが指定避難所の説明に移る。ヒーローがどんどん減っている今、あちこちに散らばる全ての人々を脱獄から守るのは困難を極める。そこで雄英をはじめとした広大な敷地と十分なセキュリティを持つヒーロー科の学校を指定避難所として開き、守るべき範囲を削減しようという提案だ。これは政府と相談して決められたことで、私の母を含め学生の家族はすでに避難を進めている。
「先の見えない避難所生活なんて……納得できるか!」
もちろん拒絶の声は上がる。今の生活が根こそぎ奪われてしまうという不安も大きいだろう。けれどエンデヴァーさんはその意見に真っ向から反論した。
「先を見る為です……。非難も不安も……私だけに向けて欲しい。これから命を張る者たちにではなく!」
力強い言葉に心が震える。きっと外で戦ってくれているヒーローたちにも彼の思いは届いている。
「みんなで俺を、見ていてくれ。」
ヒーローが篩に掛けられた。人々から求められる者をヒーローだと言うならば、あの日ヒーローは消えた。それでも。まだ立ち上がる人はいる。
絶対に自分の運命から逃げないと、彼の瞳がそう言っていた。ベッドの上で大泣きしていたエンデヴァーさんはもうそこにはいなかった。No.1が再びこの舞台に上がってくれたことが、こんなにも嬉しい。
最後にエンデヴァーさんはワン・フォー・オールについて聞かれ、わからないと答えた。緑谷くんとオールマイトに石が投げられないように。
「なまえも、明日には寮戻るんでしょ?」
響香が私の手をそっと握る。彼女のひんやりとした体温が心地よかった。
「うん、焦凍くんと爆豪くんも退院できるみたい。」
「人間とは思えない回復力だよね爆豪……。」
「ふふ、確かに。」
若干呆れながらも「何ともなくてよかったけどさ」と付け足す響香。目を覚ましたばかりで暴れ回っていた彼を思い出してくすりと笑みが零れた。
「……明日にはさ、言うよ。みんなに。」
「そっか……頑張れ。」
するりと頭を撫でられる。響香はいつだって私の決めたことを応援してくれるのだ。
A組のみんなに、ちゃんと聞いてもらおう。私の過去、気持ち、目標、決意。大丈夫、みんなならきっと受け入れてくれる。
「不安になることなんてないよ。ウチら、味方だから。」
紫色の髪がさらりと揺れる。私は思わず抱き着いていた。
「……ん、ありがとう。」
落ち着く匂いに目を細める。お互いの存在を確かめ合うように私たちはしばらくくっついて離れなかった。完全に病室の前で入るタイミングを失っている上鳴くんに気づいたのは、それから数分後のこと。