休戦
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『あ、ちょっと待ってくださいトイレ行きたい。』
緑谷くんの病室に行く途中お手洗いを見つけたホークスさんが立ち止まった。すぐに追いつくからとのことで私とジーニストさんは先へ進む。なんか、本当に自由だなあの人。
ちらりと横を見るといつもと同じ涼しい顔のジーニストさん。だけど随分懐かしかった。戦闘の時もさっきも、彼が戻ってきたと実感するにはあまりに余裕がなかった。彼の復帰後二人きりになれたのは、今が初めてのことだ。
誰もいないし、良いだろうか。キョロキョロとあたりを見回し人気がないのを確認してから、私はそっとジーニストさんの袖を引っ張った。
「ん、どうした。」
怒ることもなく優しい眼差しで立ち止まってくれる。その温かさは職場体験の時と何も変わっていなかった。
「あの、すみません。嬉しくて。ジーニストさんとまた会えたの。」
「ああ。私も再びなまえに会えて嬉しい。強くなったな。」
ジーニストさんの細い指がするりと私の髪を撫でる。バレッタをもらった時のことを思い出して泣いてしまいそうだった。
「……一つ、わがまま聞いてもらってもいいですか?」
「いくらでも。」
即答してもらえることに心が弾む。私はその優しさに甘えて胸の内を素直にぶつけることにした。
「その、ぎゅってしてもいいですか……?」
少し熱くなりながらも恐る恐る尋ねてみる。小さい子どもみたいだって笑われるかもしれないけどジーニストさんがここで生きていることをちゃんと確認しておきたかった。
返事を待つ間に心臓が速くなる。ドキドキしながら様子を窺うと、彼はふわりと目を細めて腕を広げた。
「もちろんいいとも。戦闘中は再会を喜ぶ暇もなかったからな。」
お許しをもらって迷いなくその胸に飛び込んだ。ぎゅっと腕に力を込めるとジーニストさんも私の背中に手を回してくれる。温かくていい匂い。ずっとずっと会いたかった。我慢していた涙がポロポロと零れる。
「ジーニストさん、死んじゃ……ったかと思って……っ!怖か、った……!」
「心配かけてすまない。君を泣かせてしまったな。だがもうどこにも行かないさ。」
まるで子どもをあやすようにゆっくりと背中をさすってくれる。それがお父さんを感じさせて、さらに涙が込み上げた。
「……そうか、なまえは甘えられるようになったんだな。いい経験を積んだ。」
耳元で呟かれた言葉は私のこれまでを肯定してくれていて。彼に成長を認めてもらえたことが本当に嬉しかった。
「っまた、色々……教えてくれますか……?」
戦いで感じた彼のすごさ。ジーニストさんに学びたいことがまだまだたくさんある。彼はハンカチを取り出しながらこちらに向かって笑いかけた。
「もちろんだ。私のところに来ればなまえはさらに強くなる。」
いまだ泣き止まない私の目元を彼が優しく拭ってくれる。ハンカチまでデニム素材だったことにはちょっとだけ笑えた。
「さあ、そろそろホークスが戻ってくる。先を急ごうか。」
ジーニストさんは体を離す代わりに今度は手を握ってくれた。まるで親子のように仲睦まじいその光景は外にいるマスコミに見られでもしたら大いに騒ぎ立てられそうだ。それでもジーニストさんは距離を取ることなくしっかりと私に体温を伝えてくれている。まるで自分はどこにも行かないと約束してくれているかのように。
やっとジーニストさんがヒーローとして戻ってきてくれたことを実感できた気がした。
優しい彼に腕を引かれながら緑谷くんの病室を目指す。しばらく赤い鼻をすすっていたけれど後からやってきたホークスさんの『もしかして年上好きなの?』という一言によって完全に涙は引っ込んだ。思わずその病み上がりの肩にパンチを入れてしまったけどそれに関しては自業自得ということで許してほしい。
「デクてめゴラア"ア"ア"ア"ア"‼‼」
エレベーターを降りたところで聞き覚えのある怒号が響いた。え、待って目覚ましたの聞いてない。逸る想いに足がもつれながらも気づけば駆け出していた。
「あの、私先、行きます!」
『いってらっしゃ~い』とホークスさんの緊張感のない声が後ろから聞こえた気がしたけどそれどころじゃない。ここが病院だということも自分が重傷だということも忘れて彼が喚いているであろう方向へと走っていく。
「何で俺が起きててめーが寝とんだあ‼」
「叫ぶな‼」
「こいつが起きると悲しむ暇も無ェ!」
段々声が近くなってきた。これ峰田くんと砂糖くんもいるな。若干息切れしながら廊下の角を曲がる。その瞬間梅雨ちゃんの舌でぐるぐるに拘束され、砂糖くんと峰田くんに担がれた赤い瞳とばっちり目が合った。何これ。
感動的なシーンのはずなのに何とも珍妙な姿。それでも反射的に涙が噴き出した。爆豪くんが無事だったことにへなへなと体の力が抜けていく。
「……相変わらず情けねェツラしてんな。」
これでもかというほど心配させておいて開口一番この言い草。私は半分キレながら泣き叫んだ。
「爆豪くんが!全然目覚まさないからでしょ!馬鹿‼」
「ば……。」
普段言わないきつい言葉に彼がぽかんと口を開けた。砂糖くんたちもびっくりしてるけど気にする余裕もない。内心怒られるかもと思いながらわんわん泣いていたけど意外にも彼は穏やかな顔を見せた。
「そんだけ怒鳴れんなら大丈夫ってこったな。」
「いや反省しろよ……。みょうじがこんな怒ってんの見たことねえぞ……。」
珍しく真っ当なことを言う峰田くんを「うるせえ」の一言と共に睨みつける爆豪くん。うん、体も心も元気なことはわかった。でも心配してくれてた友だちに暴言吐くのはやめた方がいいと思う。
「問題はデクの野郎だ。」
「やっぱり、まだ起きてない?」
彼の容態を尋ねると爆豪くんの眉間の皺が深くなった。他の三人も暗い顔で肩を落とす。
「体は無事らしいんだけどな……。」
「緑谷ちゃんのことだもの。大丈夫よ。信じて待ちましょう。」
目を伏せる砂糖くんを梅雨ちゃんが励ます。緑谷くんはいまだ意識を取り戻していないようだった。彼の病室の前にはお茶子ちゃんと飯田くんもいて、不安そうに扉を見つめている。
「委員長!常闇も上鳴ももう退院できるってさ……ってなまえ。」
ふいに後ろから聞こえた落ち着く声。振り向くと響香が立っていた。私が泣いているのを確認するや否やぐいと体を引き寄せられる。
「何で泣いてんの。」
「……爆豪くんのせいです。」
拘束されてる彼の方をまっすぐ指させば響香がきっと睨みつける。こればっかりは病み上がりとか関係ないからね。全然目覚まさなかった癖にひどい言い草だったの私根に持ってるから。
「ちょっと爆豪!?」
「うるせェ!勝手に泣いとんじゃ‼」
二人が言い合いを始めぎゃーぎゃーとまた騒がしくなる。このままじゃ他の患者さんに迷惑がかかると砂糖くんたちが再び爆豪くんの移動を開始したところで今度はホークスさんたちが到着した。
『チワッす。』
「大・爆・殺・神ダイナマイト……!無事か……!」
「無事に見えンのか‼」
師弟の再会という温かい場面のはずなのに全くそれが感じられない。逆にすごいな爆豪くん。それにしても大・爆・殺・神ダイナマイトって何だろう。ジーニストさんが零した聞き覚えのない単語に首を傾げる。
「大・爆・殺・神……って何?」
「俺のヒーロー名だわ。」
「……嘘だよね?」
何の冗談かと思ったけどブチギレられたのでどうやら本当のことらしい。ダイナマイトは良いにしてもヒーロー名に殺の文字が入ってるって。神って。これ色んな意味で大丈夫なのかな。公安委員の人たちに怒られたりしない?
衝撃的な彼のネーミングセンスに一人でうんうん唸っているとホークスさんが扉の前の飯田くんに声を掛けた。
『緑谷出久くんと話したいんだけど。』
そうだ。ワン・フォー・オールの話をしに来たんだった。途端に緊張感が取り戻され気持ちが暗くなる。私の沈んだ表情に爆豪くんが怪訝な目を向けた。
「今はオールマイトが二人きりにしてくれと。」
『……オールマイトが……。』
飯田くんの返事にホークスさんはやはりと確信を持ったようだった。ワン・フォー・オールにはオールマイトが深くかかわっている。きっと彼にはもうそれがばれてしまっている。
「言ったんか。」
「え……。」
真面目な顔で爆豪くんがこちらを見ていた。私は視線を逸らしながら静かに頷く。何だか居たたまれなかった。
「ンなツラすんな。どうせばれるのは時間の問題だったろ。あとはデクとオールマイトに任せりゃいい。」
「そう……だね。」
こんな時ばかり優しいなんてずるい。私たちはホークスさんたちを引き留めることもせず、彼らが病室のドアをノックするのをただ黙ってみていた。意外にもすんなりオールマイトが出てきて、私と爆豪くんはこっそり聞き耳を立てる。
『初めましてオールマイトさん。俺は速過ぎる男なんて呼ばれてまして。諸々すっ飛ばして伺いたいことが……って緑谷くんやばい感じスか。』
オールマイトの目にはうっすら涙が浮かんでいた。嫌な不安が一瞬よぎったけどすぐにオールマイト自身が否定してくれる。
「いや!大丈夫。きっともうじき起きる。それより何だいホークスくん。」
大丈夫という彼の言葉を聞いてすぐお茶子ちゃんたちは緑谷くんの病室の中へと入っていった。私もその後に続きながらホークスさんとオールマイトの様子に注意を配る。
廊下の隅に移動してこそこそと話している二人を見ていると、一瞬オールマイトの顔が曇った。きっと彼は今ワン・フォー・オールについて聞かれてる。
緑谷くんが死柄木に狙われていたことを知ってるのはエンデヴァーさんだけじゃない。あの場で戦ったヒーローたちにはすでにばれてしまっている。ワン・フォー・オール。それは一体何なのか。どうして死柄木は緑谷くんを狙うのか。ヒーローもマスコミも世間も、みんながその説明を求めている。社会の混乱を防ぐためにずっと公表されずにいた秘密。それが今、まさしく混乱の種となっている。もう、隠しておける段階ではなかった。
「……場所が良くないな……。全てを話そう」
オールマイトが腹を括った声が聞こえた。後戻りはできない。ベッドで目を覚まそうとしている緑谷くんを見つめながら、これから待ち受けているだろう彼の困難に思いを馳せる。
どんな状況になったって緑谷くんは友達だ。力があるとかないとか関係ない。いつでも私は彼の味方でいたい。大丈夫、一緒に戦う覚悟はできている。クラスメイトにのしかかる重い責任に拳を握り締め、深く長い息を吐いた。