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No.2とNo.3が二人揃ってエンデヴァーさんの病室に入ってくる。それを私を含めその場の全員がぽかんとしながら見つめていた。
『俺は昨日既に退院して色々と情報を集めてたんですけ……。』
昨日と変わらず痛々しい包帯姿のままホークスさんが話を始めようとすると冷さんがすっと床に手をついた。
「ウチの息子が……申し訳ありませんでした。」
燈矢さんが負わせたホークスさんの火傷。それに対して彼女は深々と頭を下げる。いわゆる土下座の形で謝罪されてしまいホークスさんは慌てて彼女の言葉を否定した。
『ややややそういうつもりで出てきたんじゃないんで!やめて下さい奥さん!』
「荼毘について伺いたかっただけです……!盗み聞きは違法デニムでしたが……。」
ジーニストさんもさっと駆け寄り冷さんの体を起こす。ところで違法デニムとは。空気的にツッコめないから黙っとくけど。いつになく焦った様子の二人にちょっと笑いそうになる。
「怨嗟の原点は捜査の手掛かりになります。その後の"どう生き延びどうやって荼毘へと変貌を遂げたか"は本人に直接聞くとしましょう。」
冷静さを取り戻したジーニストさんが淡々と今後についての説明に入る。その時一瞬彼と目が合い抱きつきたい衝動に駆られたけれどぐっと堪えた。ゆっくり再会を喜ぶのは、もう少し後だ。
『俺、あなたの昔の映像とかよく観てましたけど若い頃の執念がまさかこんな形で肥大していたとは……ショックですねー。』
「ちょっとホークスさん。」
「……いいんだ、なまえ。」
相変わらずの明け透けな物言いに苦言を呈そうとしたけれどエンデヴァーさん自身に制される。俯いたままの彼は思い詰めているようだった。きっと父親としての自分を責め続けているのだろう。そんなエンデヴァーさんに構わず、ホークスさんは焦凍くんの肩に寄りかかる。
『燈矢君のお話ってことで出てきませんでしたが焦凍君の火傷、これもエンデヴァーさん?』
家族の領域にずけずけ踏み込んでくるホークスさんに一瞬口を開きかける。けれど彼の目があまりにも真剣なことに気づき、文句はするすると萎んでいった。
ホークスさんも立ち入りすぎていることに自覚はあるのだ。それでも、今後のためにその確認を躊躇ってはいけない。No.1ヒーローエンデヴァーが信用に足る人物なのか、彼なりに見極めているんだろう。
「……私です。」
ホークスさんの問いかけに答えたのは冷さんだった。焦凍くんはそれに対して何か言いたげにしていたけれど、冷さんの表情を見て口を噤んだ。お母さんのせいじゃない。恐らくそう伝えたかった彼は自分の気持ちを心の中に仕舞ったように見えた。
冷さんからの返事を聞いてホークスさんはどこか遠い目をした。その横顔はとても寂しげだった。
『そっか。焦凍君、君はかっこいいな。』
唐突にも思える称賛に焦凍くんが首を傾げる。私は何となく、ホークスさんが自分の家族に思いを馳せているような気がした。燈矢さんが言っていたことが事実だとするときっと彼も父親に翻弄されてきたのだ。家族に振り回されてきたのだ。過去の自分が取った選択と焦凍くんの選択を重ねて、ホークスさんは焦凍くんをかっこいいと形容したのだろう。
No.2も認めるほどに、彼は険しい道のりを歩いてきたのだ。
『エンデヴァーさん。外は今地獄です。』
ちらりと窓を見遣るホークスさんにエンデヴァーさんも憔悴した顔で頷く。世界がどうなってしまっているのか、彼にも予想がついているようだった。
『死柄木・荼毘・トガヒミコ・スピナー・スケプティック。逃走した解放戦線構成員132名。そして7匹の脳無ニア・ハイエンド……全て行方不明。更に死柄木と脳無によりタルタロス他6か所の刑務所が破られ少なくとも1万以上の受刑者が野に放たれました。ヒーロー公安委員会の中枢メンバーが死亡および重症。ヒーローをまとめる機能が失われています。風向きの悪さを察したヒーローたちが今も続々と辞職中。』
ホークスさんの説明の中には知らなかった事実が混ざっていた。ヒーローたちの辞職。そうか、今私たちはふるいにかけられている。本当に誰かを守るために動ける人間なのか。富や名声が欲しくてこの職業に就いたのか。前者であったとしてもあまりの被害の大きさに耐えきれず辞めてしまう人もいるだろう。ヒーロー飽和社会が、現在進行形で崩れ去ろうとしているのだ。
『敵の活性化が進みヒーローを信じきれなくなった一般市民が武器を手に取り戦うことで被害が被害を呼ぶような状況。現在政府は各国からの救助隊・ヒーローの要請をしていますが公安の停止によりヒーローの派遣手続きが滞っています。』
加えて一般の人たちまで戦いに乗り出しているのか。素人が慣れない敵との戦闘を行えばどうなるか。容易に想像がつく。街も人も、このままじゃ被害はさらに広がってしまう。
『これが、わずか二日間で起きています。奥さんの仰った通りあなたは、戦う他に道はありません。』
ホークスさんは冷さんと同じようにきっぱりと言い切った。エンデヴァーさんをもう一度ヒーローの壇上に上げる。この場の誰もが望んでいることだった。けれど二人も、彼を一人ぼっちにさせるつもりは毛頭ないらしい。ホークスさんはエンデヴァーさんの前に手を差し出した。
『そして俺たちもです!此度の責任No.1だけのモノじゃない。ご家庭で占有しないでいただきたい!』
その重たい荷物を自分たちにも分けろ。そんな風に言ってる気がした。確かに燈矢さんのことは轟家の問題かもしれない。でも彼が連合にいる以上、私たちの敵に変わりはないのだ。そうでなくても、困っている人様の家に介入しちゃいけないという決まりはない。おせっかいはヒーローの基本。ホークスさんたちも私と一緒。焦凍くんを、エンデヴァーさんを、燈矢さんを、轟家を。助けたいのだ。彼らを助けるために、ここにやってきたのだ。
「なぜ……何を……。」
エンデヴァーさんはホークスさんの言葉に戸惑っていた。彼に安心してもらえるよう私もホークスさんたちと一緒に深く頷いて見せる。たとえ燈矢さんの言っていたことが真実でも、それをどれだけ多くの人が信じたとしても。私たちは知ってる。エンデヴァーさんがちゃんと自らの過ちを認め変わろうと努力していること。正しい自分であろうと家族のことを必死に考えていること。
大丈夫。信じてる。みんなエンデヴァーさんを、No.1を信じてる。またその姿を見せてくれと心の底から願ってる。私と目を合わせたホークスさんがにこりと笑った。
『てなワケでこっからはトップ3のチームアップです!』
エンデヴァーさんの力になれるのが心底嬉しい。そんな笑顔だった。やっぱり彼はエンデヴァーさんファンなんだなあ。ホークスさんに続いてジーニストさんも凛々しい表情で一歩前に出る。
「私はもとよりホークスに命をベットした身。地獄の花道ランウェイなら歩き慣れている。」
きっとエンデヴァーさんが思ってるよりずっとたくさん彼の味方はいる。もちろん私も。自分は孤独じゃないのだと彼自身が気づけたなら、それはとてつもなく大きな一歩。
『ホラ俺らとご家族、さらになまえちゃんまでいたら少しは肩も軽くなって立って歩ける気ィしません?』
ホークスさんの優しい声色にエンデヴァーさんが大粒の涙を流す。
「……ああ……‼」
たった一人この感動ムードに耐えられなくなった夏雄さんだけは大泣きする彼を前に釘を刺した。
「燈矢兄を……止めるまでだから。」
「……ああ……‼」
全部が全部大団円とはいかない。葛藤も後悔も、轟家の中では何一つ終わっていないのだ。だからこそ今は心を一つに。みんなで戦った先に答えがあると信じて。轟家の未来は何もかもこれからなのだから。
『早速ですがまず皆々様への説明責任!荼毘の告発を受けた以上避けて通れません。』
話がまとまったところでホークスさんが今後の予定を伝える。みんなが真剣な顔で彼の言葉を聞いている中私はそろりと手を挙げた。
「あ、そのことなんですけど。」
「無論なまえがその場に出る必要はない。」
口を挿めばさっさとジーニストさんに遮られる。ホークスさんの目も若干笑ってないし聞き分けない子だって思われてるよねこれ。誤解なんだけど。
「ああいえ。それはもう重々承知しております。」
プロヒーローからの鋭い視線に冷や汗をかきながら慌てて訂正を入れる。消太くんたちにも止められたしさすがに会見出ましょうかなんて言う度胸はない。私が気にしていたのは会見での我が家の立ち位置だ。
「その、父についてなんですけど。」
『タイフーンさん?』
「はい。」
ちらりとエンデヴァーさんを見るとその瞳には心配の色が滲んでいた。親友が世の中からバッシングを受けることを気にかけてくれているのだろう。やっぱり彼はとても優しい。だからこそ、これだけはちゃんと言っておかなくちゃいけない。
「エンデヴァーさん。父のこと、庇おうとしなくていいですから。」
にこりと笑うとエンデヴァーさんは目を見開いた。私の申し出は彼にとっては酷なものかもしれない。けれど、もう何もかもをエンデヴァーさん一人に背負わせたくはなかった。父のやったことの責任は父だけが取るべきだ。
「嫌な言い方になっちゃいますけど、皆さん父のことは好きに使ってください。父はもう、この世にはいないんです。だからどれだけ叩かれたとしても本人が傷つくことはありません。それに。」
困惑した様子のエンデヴァーさんをまっすぐ見据える。何だか気持ちは晴れていた。
「きっとお父さんもその方が喜ぶと思うから。」
エンデヴァーさんがまた孤独に苦しむなんて、そんなこと父が望むはずない。彼が生きてたら、もしこの場にいたら、今度こそ二人で一緒に泥を被ろう。そう言ってたはずだ。
私の意図をすぐに理解してくれたホークスさんたちはふっと目を細めた。エンデヴァーさんはさっきからずっと泣きっぱなしだ。プロヒーローたちの温かさに頬が緩んでしまう。
チームアップは三人だけじゃない。父もいるのだと、そう思わせてくれた。
『了解。それじゃあお言葉に甘えて君のお父さんに関してはこちらでどうするか決めさせてもらうよ。で、さっきの話に戻しますけど……ざっくり答弁内容考えてたところで一つ不明瞭な要素が……。』
ホークスさんが涙を拭いているエンデヴァーさんに向かって段取りの説明を続ける。私はなんだかぽかぽかと嬉しい気持ちになっていたのだけれど、次に彼の口から零れた単語に息を呑んだ。
『ワン・フォー・オールって、何なんですかね?』
さっと体温が下がる。そういえば。バーニンさんがエンデヴァーさんとの通信でそのことについて話していた。冬美さんもさっきマスコミに聞かれたと頷いている。ワン・フォー・オールはオール・フォー・ワンと関係があるのか、と。
足が何だか震えてくる。記者ですらそこまで勘づいているのだからホークスさんたちにばれるのは時間の問題だ。きっともう、逃げることはできない。
『ワン・フォー・オール……我々はその正体を知らなきゃあいけません。』
ホークスさんの問いかけにエンデヴァーさんが自身の記憶を辿る。当然思い当たる節はあるらしかった。どうかその名前を出さないで。祈るように拳を握っていたけれど、無情にもNo.1ヒーローの口からその名前は零れた。
「……デク……?」
エンデヴァーさんが発した意外な人物に焦凍くんが呆然とこちらを見る。私は思わずさっと目を逸らした。それはもはや、緑谷くんがワン・フォー・オールに関わっているという最大の証明だった。
「……なまえは何か……知ってるのか。」
彼が私に尋ねたことにより全員分の視線が集まる。どうしよう。世界がこんなことになって、轟家は本当に胸を痛めていて、ヒーローたちは一つにならないといけなくて。そんな中で、大事な秘密だからと隠しておくことは到底できない気がした。ワン・フォー・オールという言葉は、大勢の人の知るところになってしまったのだから。
「わた、しの口からはお話しできません……ごめんなさい。」
『じゃあ誰なら話してくれる?』
それでも私が全てを話してしまうのはあまりに責任が重すぎる。心苦しくなりながらも何とか声を振り絞ると間髪入れずにホークスさんの質問が返ってきた。その目は鋭い。もう一刻の猶予もないのだということは私もちゃんと理解していた。
「……緑谷くん、それか……オールマイト。」
私が彼の名前を出した途端ホークスさんはなるほどと考え込んだ。どこか納得したような、そんな様子だった。
『わかった。ありがとう。とりあえず彼の病室に行ってみるよ。』
「あ……私も行きます。」
同行しようと手を挙げればジーニストさんがこちらをじっと覗き込んだ。
「休まなくていいのか。」
「元々緑谷くんの様子は見に行こうと思ってたので……。」
「それならいいが、無理はしないように。」
「シュ、シュア。ベストジーニスト。」
何だか消太くんともまた違った圧を感じる。ジーニストさんも大概過保護だ。二人について行く前に改めて轟家の皆さんに頭を下げる。
「今日は大事なお話、聞かせて下さってありがとうございました。」
お礼を言うと誰かが近づいてきたのがわかった。ぽんと肩に手を乗せられる。顔を上げるとそこには綺麗な瞳の焦凍くんがいた。
「こっちの台詞だ。親父さんのこと話してくれてありがとう。なまえがいてくれてよかった。」
するりと彼の手が私の頬に伸びてきてまるで壊れ物を扱うかのように優しく撫でてくれた。じっと見つめられて距離の近さにどぎまぎする。あの、みんな見てるよ焦凍くん。
「緑谷のこと、よろしく頼む。」
私の緊張とは裏腹に彼が口にしたのは大事な友人の名前だった。きっと自分が立ち入るべき話題ではないとわかっているからこそ、その思いを私に託してくれている。
「うん、任せといて。」
にっと口角を上げる。少しでも彼に安心してもらえるように。焦凍くんはほっとした表情になって私から手を離した。
「じゃあ、行ってきます。」
「ああ、また後で。」
幼馴染と約束を交わして私はエンデヴァーさんの病室を後にした。廊下ではホークスさんとジーニストさんが待ってくれている。
『君も隅に置けないねえ。』
「え。」
「爆豪と仲が良いと思っていたが、違うのか?」
「ん!?」
にやにやしてるホークスさんと何かを思案しているジーニストさん。すぐに二人の言いたいことがわかってしまい体温が上がった。
「ふ、二人ともそういうんじゃないですから……!」
『ほんとにぃ?』
「本当です‼」
軽口を叩いてくるホークスさんをきっと睨む。だけどこれが彼なりの優しさだということには気づいていた。私が変に気負い過ぎないよう、気を遣ってくれている。やっぱり二人にとって私はまだ守るべき対象なんだろうなあ。
大人の余裕を羨ましく思いながら、少しだけ二人との柔らかな時間に身を委ねていた。