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消太くんの病室からの帰り道、何やら外がさらに騒がしくなっていることに気づいた。近くの看護師さんに聞いてみるとどうやら先ほどヒーローの関係者らしき人が病院に入ってきたらしい。誰かの家族だろうか。
何にせよ心配してお見舞いに来てくれた人たちの気持ちも考えずに話を聞かせてほしいと詰め寄るなんて無神経にも程がある。むっとしながら歩みを進めていると廊下の向こうからちらりと紅白頭が見えた。
「焦凍くん?」
名前を呼ぶと綺麗な瞳が私を捉える。まだ怪我の治ってない体で駆け寄ってきてくれた。彼の後ろには冬美さんと夏雄さん。そしてもう一人、彼女の姿に私は目を丸くした。
「冷さん……!?」
そこには療養中のはずの冷さんがいた。轟家のお母さん。会うのは幼少期以来になる。彼女は凛とした姿勢で、私にぺこりと頭を下げた。
「なまえちゃんお久しぶりです。うちの息子があなたにまで迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい。その怪我も、なんとお詫びしたらいいか……。」
急な展開に一瞬反応が遅れる。そうか、関係者の家族って轟家のことだったんだ。って今はそんな場合じゃない。すぐに我に返りぶんぶんと首を横に振った。
「いえ、あの!あ、まずはお久しぶりです。焦凍くんにはいつもお世話になってます。それと父の件は……本当にこちらの自業自得なのでお気になさらないでください。火傷も1週間もすれば治るそうなので!痕も残らないらしいですし!なのであの……。」
向かい合う形になって冷さんの肩にそっと手を乗せる。ゆっくり彼女の体を起こして私は眉を下げた。
「どうか顔を上げてください。冷さんが気に病むようなことはないですよ。」
にこりと笑うと冷さんはきょとんとしたあと穏やかに微笑んだ。やっぱり親子だ。焦凍くんと同じ、安心する笑顔。
「ちょうどよかった。なまえの部屋行くとこだったんだ。」
「え、私の?」
一段落したところで焦凍くんから意外なお言葉。理由がわからず私は首を傾げた。轟家総出でお見舞い、っていうのもちょっと違う気がする。何だろう。
「これから親父の病室に行くんだが、なまえにも一緒に来てほしい。」
「え……。」
驚いて思わず他の三人の方に視線を向ける。すると冷さんたちは揃ってうんうんと頷いてくれた。
「でも、いいの?だってその……家族会議、しに行くんでしょ?」
冷さんがこの場にいるということは十中八九轟家のこれまでとこれからについてを話しに来たのだろう。当然燈矢さんの名前も出るだろうしそもそも議題の中心は彼に他ならない。そんなセンシティブな集まりの中に私がいても邪魔なだけじゃないだろうか。
頭を悩ませていると焦凍くんが私の手を取った。どうやら不安が顔に出ていたらしい。彼は私の言いたかったことを先回りしてこちらに訴えかけてくる。
「俺たち家族が前に進むためには、なまえとなまえの親父さんは不可欠な存在だと思ってる。俺たちを、あいつを助けると思って……来てくれねえか。」
真剣な瞳に言葉が詰まる。彼の思いは痛いほどに伝わってきた。けれどどうにも胸がざわつく。私は自分が危惧していることをぽつりと零した。
「……傷つけちゃわないかな。」
「何がだ。」
あの時。燈矢さんがお父さんのことを話した時。エンデヴァーさんは確実にショックを受けていた。それがずっと気がかりだったのだ。
「その、エンデヴァーさんを余計追い詰めてしまうんじゃないかと思って。お父さんのことは事実だし……。エンデヴァーさんのことが何より大切で、そのせいでおかしくなっていったなんて知ったらさらに責任感じちゃうんじゃ「いいのよ。」
続きを遮ったのはなんと冷さんだった。彼女は俯く私の顔を覗きこみ、安心させるように笑みを浮かべた。
「強い力に固執したのも家族を壊していったのも、全部あの人とあなたのお父さんが勝手に始めたことなの。なまえちゃんが気にすることは何もないのよ。」
そう言い切る彼女は昔の冷さんとは違っていた。どこまでも真っ直ぐに、地に足をつけて立っている。ここに来るまでにどれほどの葛藤があったんだろう。私は無性に泣きたくなった。
「……でも、私がちゃんと自分の気持ち話せてたら……。」
「そうね。何も行動を起こさなかった私たちにも責任はあるわ。だから、これから話をしに行くのよ。」
それを聞いた瞬間、私の不安は吹き飛ばされた。彼女の強さに心を打たれる。そうだ、話さなければ、伝えなければ何も変わらない。これまで嫌というほど味わってきたじゃないか。
エンデヴァーさんは、確かに父の別の顔について知りたくはないかもしれない。でも、きっと今がチャンスなのだ。父の気持ちがわかれば今度こそ二人は本当の意味で親友になれるかもしれない。父のエンデヴァーさんを助けたいという執念にも似た思いが彼の背中を押すことだってあるかもしれない。まだ父の過去が彼にとって絶望だと決まったわけじゃない。全ては話さないと始まらないのだ。もう二度と後悔しないためにも。
「一緒に来てくれるかしら。」
再び冷さんが私に問いかける。次は答えを迷わなかった。
「行かせてください。」
私も父も、そしてエンデヴァーさんも。自分の運命から逃げちゃいけない。何より轟家のみんなに父のしたことを謝りたかった。
もう一度No.1に立ち上がってもらうため。私たちは長い廊下の先を目指す。前を行く冷さんの背中は、どんなヒーローよりも頼もしく見えた。