休戦
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次の日、私はお昼前まで目を覚まさなかった。心身の疲労がピークに達していたのだろう。お医者さんには休めるのは良いことだと褒めてもらえた。
たっぷり睡眠がとれたからか、散々泣いたあとにも拘わらず頭の方は昨日よりいくらかすっきりしている。やっぱり目は腫れていたけど体の重たさも随分なくなっていた。
わざわざ来てくださったリカバリーガールさんから治癒を受け、諸々の検査もこなして経過は順調だと報告をもらった。午後からは病院内の狭い範囲なら出歩いてもいいという許可も出て、少し自由な生活になったことにほっとする。早速別の部屋に行くために準備していると険しい顔のお医者さんからくれぐれも無理しないようにと釘を刺され、信用ないなあと苦笑が漏れた。
コンコンとノックをすると中から「どうぞ」と低い声が返ってきた。扉を開けて飛び込んできたのは、ベッド脇に座るひざしくんと横たわっている消太くんの姿。彼の頭と右目には包帯が巻かれていて、ずしりと心が重くなる。
「……寝てなくていいのか。」
自分も重症の癖に第一声は私の心配。泣きそうになるのをぐっと堪えて「大丈夫だよ」と病室の中に入った。
「お前も無事で何よりだぜ。とりあえずここ座れ、な?」
ひざしくんが自分の座っていた椅子を譲ってくれて大人しくそこに腰かける。消太くんを見ると右足が途中からなくなってしまっていて、夢ならよかったのにと唇を噛んだ。
「そんな顔するな。お前はよくやった。」
私の心中を察してか消太くんの声色は穏やかだった。結局また彼の大怪我を防げなかった不甲斐なさに思わずそっと目を伏せる。
「そんなこと……。」
「轟を助けるために雨を降らせたとベストジーニストから聞いた。」
「!」
ジーニストさん。あの時ギガントマキアの制圧で大変だったはずなのに私たちのことも気にしてくれていたのか。どこまでも視野が広い。本当に、学ぶべきところばかりだ。
「あの現場で新技かよ!火事場の馬鹿力ってやつだな。」
ひざしくんが私の頭をぽんと撫でると消太くんは穏やかに笑った。
「ああ。だが必要な時にいかに力を発揮できるかも実力の内だ。なまえの普段の努力が実を結んだ証拠だよ。」
ずっと私たちA組を見てきてくれた消太くんが言うからこそ信じられる言葉。二人の温かさに触れ、ふわりと心がほどけていく。いくらか柔らかくなった空気の中、私はおずおずと口を開いた。
「……あの、荼毘が言ってたことについてなんだけど。」
「ん、ああ。大体わかってる。お前が気にする必要はない。」
冒頭だけで瞬時に何が言いたいのか理解してしまったらしい。至極簡潔に話を切り上げようとする消太くんに私は慌てながら気になっていたことを告げた。
「え、と。ありがとう。でもあの、会見とか?やるなら私出席した方がいいのかなとか思ったりしてて。」
そう、これは昨日から考えていたこと。私としては本当に素朴な疑問だったんだけどそれを聞いた途端二人があからさまに顔を歪めた。ため息の二重奏が病室に響く。
「それこそあり得ねえだろ。」
「いくら当事者だからと言って未成年をマスコミの前には出さない。ホークスやベストジーニストにもそう伝えてある。お前はもう少し守られる立場だということに自覚を持て。」
「そ、そっか。ごめん。」
普通に叱られてしまった。そういえば昨日ホークスさんにも余計な心配するなって言われたっけ。でもどうしても気になったんだもん。エンデヴァーさんと違ってお父さんは生きてないし、それなら説明責任は私にあるのかなとか思っちゃったんだもん。
取り越し苦労だったなと肩を竦める。だけど正直助かった。プロヒーローの皆さんには迷惑かけることになるけど、マスコミの前に出るのはかなり気が重い。せっかくだから甘えておくことにしよう。
「他に何かあるか。」
消太くんがじっと私を見つめた。その目は心配事を吐き出せと言ってくれているようで相変わらず優しい。だからこそ、人を守るために自分を犠牲にしてしまうんだろう。私はぎゅっと拳を握り締め、恐る恐る彼の容体について尋ねた。
「その、目は。」
「……失明だそうだ。抹消も……ほぼ使い物にならないだろうな。」
「そんな……。」
言葉を失っているとひざしくんの手が私の肩に乗る。彼はいつになく真剣な表情で、同僚の変わり果てた姿に悔しさを滲ませていた。
「命があっただけありがたい話だぜ。」
「本当にな。足の方は回復を見ながら義足にするかどうか見極めていくことになってる。お前らの担任から外れる気はないから覚悟しとけよ。」
「……!」
最後の一言に思わずがたりと立ち上がる。消太くんはどこか嬉しそうに自分の掌を眺めた。
「お前らに助けてもらった命だ。無駄にはしない。」
じわりと涙が滲んでくる。生きててよかった。消太くんが、どこにも行かないでいてくれてよかった。頬に伝う雫を気にもせずに彼の手をそっと握る。力を込めると消太くんもそれに応えてくれた。
「強くなったな、なまえ。」
私の目尻を拭いながら消太くんが笑いかけてくれる。ひざしくんも傍らに来てもう一方の手を握ってくれた。二人の温かさが伝わって余計に涙がぼろぼろ零れる。もう絶対に手放したくない熱だった。
私が泣いている間、ひざしくんは時折何かを考え込んでいた。消太くんの怪我に責任を感じていたりするのだろうか。そんなことを思っていたけど、どうやら見当違いだったらしい。こちらの呼吸が少し落ち着いてきた頃、彼は意を決したように口を開いた。
「なまえ、お前がこんな状態の時に申し訳ねえが言っておかなくちゃならねえことがある。」
「何……?」
ひざしくんの重々しい声が病室に響き私は鼻をすすった。すると落ち着いた様子のひざしくんとは反対に突然目の前の消太くんが慌て始める。
「おいマイク。何もこんな時に。」
「こんな時だからだろ。」
二人が何で揉めてるのかわからず私はそのやり取りを黙って見ていることしかできない。会話の内容から恐らくかなり重要なことなのだろうということだけは予想できたけど核心は掴めないままだった。段々ヒートアップしていく二人にはらはらと不安が募る。
「もう少し時間を見てからの方がいい。」
「もう少しっていつだよ!?」
「せめて事態が落ち着くまではまだ「俺は‼」
大きな声に肩が跳ねる。消太くんの言葉を遮ったひざしくんは怒ってるように見えた。消太くんにじゃない。別の誰かに、何かに、言い表せないほど怒っている。何故だかそんな風に感じた。彼の目はとても悲しげだった。
「ちゃんと知っててほしいよ。なまえには知る権利があるだろ……!」
親友に訴えかけられた消太くんが視線を落とす。彼はまだ迷ってるようだった。その理由はきっと私が子どもだから。私の気持ちを守ろうとしてくれているから。その優しさの行く末を見守るしかなかった。
少しの沈黙のあと彼が一つ息を吐く。覚悟を決めた強い瞳で、消太くんは私に向き直った。
「いいか、なまえ。落ち着いて聞け。」
「う、うん。」
一体何を言われるのだろう。どくどくと心臓が脈打つ。ごくりと喉が鳴って嫌な汗が滲んだ。そうして続けられた次の言葉に、私の頭は真っ白になった。
「連合の黒霧、あいつの正体は……白雲だ。」
「え……?」
あまりに突拍子もない現実に理解が追いつかない。消太くん、今何て言った?どうして、ここで朧くんの名前が出てくるの。というか連合、黒霧って。だってUSJでも合宿でもそんな素振り一度も。
彼の言葉が上手く呑み込めない。涙さえも出てこなかった。だけど黙り込んだ二人の表情がそれが嘘ではないと告げていて。途端に呼吸が浅くなる。
「なに、それ……どういう、こと……?」
震える声でやっと絞り出せば二人は心苦しそうに眉を顰める。私のショックをなるべく和らげるように、ひざしくんがゆっくり順を追って説明してくれた。
「黒霧は……脳無だった。脳無ってのは人の手で体を改造されて複数の個性に耐えられるようになってる。そんで黒霧の場合複数の因子が結合されて一つの新しい個性になってた。そのベースになった因子、それが。」
「朧くんのものだった……?」
決して信じたくない事実。けれど二人は私の問いかけに頷いた。指先が冷たい。心臓が痛い。頭はぐらぐら揺れていた。
「恐らくどこかで白雲の遺体が回収された。AFOによって。そしてワープができる黒霧という脳無に作り替えられた。そういうことだろう。」
消太くんから零れた名前に全身が逆立ったのがわかった。オール・フォー・ワン。一体どれだけの悪意を持っていればそんなことができるというの。ずっと人を遊びの道具として愉悦に浸りながら扱ってきたというの。まるで使い捨てのおもちゃのように。
いつだって明るくて、誰かのことばかり考えて、幼い私にも優しく笑いかけてくれた。彼の笑顔が大好きだった。あんなにも素敵な人が、亡くなってからこんな形で利用されるなんて。
「っ許せない……!」
ふつふつと腸が煮えくり返る。奴のに奴いた顔が頭に浮かんで吐き気がした。血が出るかと思うほど爪が食い込んでいる拳を二人がそっと握ってくれる。
「俺たちも同意見だよ。ただ幸か不幸か黒霧の中にはまだ白雲がいた。ほんの一欠片だけどあいつの精神ちゃんとが残ってたワケ。」
「え……。」
私が目を見開くと二人はにっと口角を上げた。まるで彼らが学生時代に戻ったような、そんな雰囲気だった。どこか懐かしささえ覚える。A組の3バカ。ふいに朧くんの声が聞こえた気がした。
「あいつが教えてくれたんだ。ただ一言病院、ってな。そのおかげで俺たちは殻木を叩くことができた。」
教えてくれた。消太くんの言い回しから二人が朧くんに会いに行ったのだろうということが想像できた。そしてふと思い出す。そういえば年明けの実践報告会のあと、消太くん様子が変だった。真っ青な顔、縋りつくような手。普段の彼からは想像もつかないほど弱っていた。
そうか、二人はあの時朧くんに会っていたんだ。そして彼はどれだけ体を作り変えられても、誰かを助ける意思を失くさなかったんだ。そのことが、心の底から嬉しかった。
やっぱり消太くんたちは、三人で一つだ。ふ、と肩の力が抜ける。我を忘れるほどの怒りは目の前の敵を倒したいという闘志に変わっていた。
「……私、負けたくない。」
顔を上げて改めて二人を見る。消太くんもひざしくんも、深く頷いてくれた。朧くんをそんな目に遭わせた奴を、人のことを道具としか思ってないような奴を、私は絶対に許さない。みんな気持ちは同じだった。
「朧くんに誇れるようなヒーローに、必ずなるから。」
嘘偽りのない誓いを立てる。二人は「楽しみだな」と目を細めた。
お願い朧くん。ちゃんと見ててね。誰も泣かなくていいような平和な世の中にしてみせるから。もうこれ以上、AFOに罪のない人たちを傷つけさせたりしないから。
強い決意を胸に、次の決戦に向けて気合を入れた。あの弾けるような眩しい笑顔を思い浮かべながら。