全面戦争
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「あ?」
燈矢さんがその目を見開く。先ほどまで晴れていた空が彼らの周りだけ急に暗くなり、大粒の雨が降り始めた。
「……これは、なまえの……力なのか……?」
じゅわりという音と共に炎が消えていく。私の狙いはこれだった。凝縮した空気で一時的に雲を作り雨を降らせる。土壇場で思いついたにしては上出来だ。
勿論その代償は大きくさっきから眩暈が止まらない。口から血が垂れていることにも気づいていた。それでも躊躇なんかしてられなかった。正直上手くいくかは賭けだったけど、彼のお守りのおかげでその勝負に勝つことができた。
「チッ。」
燈矢さんから舌打ちが聞こえようやく二人の体が離れたのが見えた。ほっとしたところで急に不調が回ってきて一瞬視界が真っ暗になる。
「なまえ‼」
名前を呼ばれてはっと顔を上げると目の前に青い炎がいた。まずい、意識飛ばして個性解除してしまった。今の体じゃ体勢も立て直せない。
「そう死に急ぐこともねェだろうになァ。みょうじなまえ。」
拳が顔面に迫る。動かない手を必死で振り上げようとしたけど間に合うとは思えなかった。
「う、」
痛みに備えて目を瞑ると体がぐいと引っ張られる。
「ん"ん"ん"‼」
いつまでたってもやってこない熱さの代わりに緑谷くんの声が聞こえ、ようやく自分の腰に黒鞭が巻きついているのだとわかった。弾き飛ばされた私の体を焦凍くんがしっかり受け止めてくれる。
「なまえ‼平気か‼」
「だい、じょうぶ……とべる……から……。」
「おい‼」
半ば強引にその腕から抜け出る。この状況でお荷物になるなんて絶対に嫌だ。もうすでに気力だけで動いている体を私は必死に自力で支えた。
緑谷くんが梅雨ちゃんスタイルで口から黒鞭を出して燈矢さんに向かって行く。彼の腕ももう使い物にならなくなってるんだ。それなのに、助けに来てくれた。その優しさに報いるべく私もまだ戦うことを諦めない。
「どいつもこいつも他所の家に首突っ込むなよ!」
「ガッ!」
燈矢さんが再び鮮烈な炎を放ち緑谷くんが後ろにのけぞる。彼はその勢いに怯むことなく大声で叫んだ。
「突っ込む!轟くんは大事な友だちだ‼エンデヴァーは僕を強くしてくれた恩師だ!過去は消えない!だから頑張ってる今のエンデヴァーを僕は見てる!おまえはエンデヴァーじゃない!」
ぐっと胸が熱くなる。本当に緑谷くんはすごい。いつだってその真っ直ぐな言葉で、行動で、いとも簡単に私たちを救ってしまうんだ。
「はははそんな事は誰でもわかる‼でも俺はかわいそうな人間だろ!?正義の味方が犯した罪それが俺だ!悪が栄えるんじゃねェ!正義が瓦解するだけ!俺はその責任の所在を感情豊かな皆々様に示しただけだ!これから訪れる未来はきっとキレイ事など吹けば飛んでく混沌だろうぜ!」
燈矢さんの高笑いが響いた瞬間ぶちぶちと嫌な音が地上から聞こえ、その巨体が起き上がった。大型敵がジーニストさんの拘束を破ったのだ。まずい。そう思ったのも束の間。眩い炎が地上から上空へと線を描いた。
「エンデヴァーさん……!」
緑谷くんの言葉に救われていたのは私たちだけじゃない。エンデヴァーさんにも、彼の思いは届いていた。再び意識を取り戻したNo.1ヒーローが体当たりでその巨体を地面に沈める。あっという間に倒れてしまった大型敵はどういうわけか手足に力が入らないようだった。
エンデヴァーさんが復活して脅威だった巨人は動きが鈍っている。きっとこれはヒーローたち全員で繋いだチャンスだ。下はみんながなんとかしてくれる。私が今すべきなのは、目の前の彼を止めること。手放しかけてる意識を気合いで引き戻し、私は最後の力を振り絞って腕を構えた。
「たとえ今……信じてくれる人が一人もいなかったとしても!誰かが信じてくれる未来はきっとある!過去は消えなくても、それを背負って何度でも変わっていける!あなたのことをなかったことになんかしない!私たちは何一つ忘れず後悔を引きずってちゃんと生きてくの‼」
「んなもんはご立派な人間の詭弁でしかねェんだよなァ‼おまえだってこっち側だったかもしんねェっつうのによォ!」
放った風が青い炎と交じり合って辺りに熱波が漂う。びりびりと傷口が痛む中焦凍くんが燈矢さんに向かって左腕を振りかぶった。
「燈矢―――‼」
「ごめん焦凍。事情が変わった。」
兄弟同士の赫灼熱拳がぶつかり、加えて燈矢さんはジェットバーンを繰り出した。爆炎が辺り一帯に広がり気づけば体が動いていた。焦凍くんの前に立ちふさがるように飛び出し炎相手に目一杯風を吹きつける。けれどすでに満身創痍の体。爆炎の直撃は避けられたもののそれをいなす力は残っていなかった。とてつもない火力に圧し負け熱さと共に地上へと吹き飛ばされる。
「轟炎司がまだ壊れてに上に気絶しちまったらこのショーの意味がない。ごめんな最高傑作。」
「来い!荼毘‼」
炎を放った張本人の名前を大型敵の背中でMr.コンプレスが呼ぶ。気づけば奴もジーニストさんの拘束から抜け出していた。私は焦凍くんと一緒によろよろと地面に着地し片膝をつく。もううっすらしか意識はなかった。
「俺ぁ張間の孫の孫‼盗賊王の血を継ぐ男‼カゲが薄いと思ってた!?そりゃこっちの術中よ!ここぞという時の為に、タネはとっとくもんなのよ!」
先ほどまでそこにいたはずの燈矢さんの姿がぱっと消える。代わりにコンプレスの手にはビー玉が握られていた。合宿襲撃時奴と対峙した私たちならわかる。あの中に、仲間を隠したのだ。奴はそのビー玉を死柄木を抱えているスピナーの服の中へと投げ入れた。
「Mr.コンプレス一世一代―――‼脱出ショウの開演だ‼」
このままでは逃げられる。頭で警鐘が鳴っていた。早く奴らを止めなきゃいけないのに、なかなか足が言うことを聞いてくれない。
スピナーに仲間を託したコンプレスがヒーローに立ち向かっていく。それを通形先輩が渾身の力で抑えつけた。あれ、先輩個性使えてる。そっかエリちゃんに治してもらったんだっけ。良かったなあ。頭がぼーっとして思考が上手く回らない。こんなことを考えている場合ではないというのに。
コンプレスを片腕に抱えた先輩が死柄木とスピナーに手を伸ばす。もう少しで奴らを捕らえられる。そう思った瞬間スピナーが黒くボロボロになった手を死柄木の顔に取りつけた。それは奴が以前身に着けていたトレードマークのようなものだ。
途端にド、という音がして爆風が辺りに吹き荒れた。上手く体を支えられずに数十メートル吹き飛ばされる。遠くで死柄木が立ち上がったのが見えたけれど、その口から発せられたのは奴の声ではなかった。
「本当に……良い仲間を持った……。心とは力だ。彼の心が原点を強く抱けば抱く程、共生する僕の意識も強くなる。憎しみを絶やすな弔。」
禍々しい雰囲気。頬がひりつくほどの恐怖。あそこにAFOがいる。何故だかそう思った。
「‼脳無が‼」
誰かの声が聞こえ振り返ると向こうで戦っていたはずのたくさんの脳無がこちらにやって来ていた。その何体かはスピナーと死柄木を素早く抱えて猛スピードでこの場から離れていく。まずい、連合は逃げ出すつもりだ。体が痛いなどと言っている余裕はなかった。
足に激痛が走りながら空に浮かぶ。遠ざかる黒い巨体をみんな必死で追いかけた。
「荼毘もそっちだ―――‼逃がすな‼」
ジーニストさんの声を頼りにスピナーの見える方向へと空気を飛ばす。けれど脳無の巨体はあまりに頑丈。ちょっとの衝撃ではびくともしてくれない。ああ、駄目だ。この程度の力じゃ。せめて、せめて追いつければ。
スピードを上げようと体に力を込めるけれどその差は一向に縮まらない。ぐらりと体が傾き私は地面に叩きつけられた。
「……っ。」
朦朧とする意識の中遠くなる足音の方向に何とか顔を動かす。死柄木の攻撃を受け後ろに弾き飛ばされている緑谷くんが見えた。いや、あれはもう死柄木ではないのかもしれないけれど。
ぐらりと目の前の景色が回る。あまりに瞼が重かった。ああ、燈矢さんとちゃんと話がしたかったなあ。エンデヴァーさんは大丈夫だろうか。クラスメイトたちは無事だろうか。焦凍くんは、緑谷くんは、爆豪くんは、他のヒーローたちは。
たくさんの人の顔がぐるぐると浮かぶ。いつの間にか何の音も届かなくなって、私の意識はぷつんと切れた。
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