日記
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「で。」
「何を。」
「すればいいの?」
外では冷たい北風が吹き荒れる中、体育館に集まってくれたのは瀬呂くん・お茶子ちゃん・梅雨ちゃん。体育着姿の三人は緑谷くんとオールマイトに呼び出された理由がわからず首を傾げていた。
「悪いね、皆忙しい時に。」
「新しい力についてアドバイスをお願いしたいんだ!」
緑谷くんは髪の毛が爆発した状態のまま元気よく三人に頭を下げた。そんな彼に瀬呂くんが怪訝な視線を向ける。
「黒鞭だっけ?もう使えるじゃん。つか何その頭……。」
「これはかっちゃんとみょうじさんを黒鞭で捕まえるって訓練で負け続けた結果だよ。二人とも全然捕まえられなくてさ……速い標的にどう対処すればいいか個性の使い方が近い瀬呂くんたちに聞きたいんだ。」
「ちなみに私は途中で棄権しました。髪の毛燃えそうだったので。」
「爆破がルールにない!爆豪くんあーた相変わらずひどいねえ!」
「実戦形式ってデクから言ってきたんだよ!」
「だとしてもみょうじの髪まで燃やそうとすんなよ……。」
お茶子ちゃんと瀬呂くんがしっかり抗議してくれる。うん、常識のある人の反応ってこれが正解だよね。緑谷くんが甘んじて爆破を受け入れてるから私がおかしいのかと思った。
今日は朝から緑谷くんの黒鞭と浮遊の練習にお付き合い。緑谷くんは私か爆豪くんを黒鞭で捕まえられたら勝ち。私たちは捕まらずに緑谷くんの体のどこかにタッチできたら勝ちというルールでずっと動き回っていた。最初の方はただ黒鞭を回避してるって感じだったのにいつの間にか主に爆豪くんがヒートアップして爆破を始めた。訓練的に私たちは共闘の立ち位置だったはずなんだけど、なぜか私にまで攻撃が向かってくる始末。おかげで逃げ回らなきゃいけない相手が二人に増えててちょっと意味が分からなかった。
とりあえず練習の形式を決めるためにみんなで話し合う。お茶子ちゃんは私の髪が焦げてないか確認してくれながら緑谷くんに呼びかけた。
「私はどうしよっか!?ワイヤーは教わってる側ですが。」
「技術ってんなら相澤先生じゃね?」
瀬呂くんからもっともな指摘。だけど最近の消太くん忙しすぎるからなあ。授業以外で顔見ることほとんどないし。
「麗日少女には彼に空中制動時の身のこなしをご教授願いたい‼」
「デクくんいつもとび回っとるのに。」
「ピョンピョンしてるわ。」
オールマイトの力強いお願いにお茶子ちゃんと梅雨ちゃんは不思議そう。確かに緑谷くん普段から問題なく飛べてるイメージあるよね。だけど今回は超パワーを活かしての浮遊じゃない。より自由に空中を動き回れるようにならなくちゃいけない。その練習を行うためにはお茶子ちゃんがうってつけなのだ。
「彼はパワーと共に滞空時間も増しているんだ!」
「ほほう!」
「空中でもより高度な動きをしていかねばならないのさ。そして相澤くんだが、彼は今多忙を極めている。」
オールマイトが一つずつ説明してくれる。お茶子ちゃんたちも今の緑谷くんの状態と消太くんが不在の理由は理解してくれたみたいだった。
「でもそれならウチよりなまえちゃんの方がええんちゃう?」
だけどやっぱり疑問に思ったらしく彼女は再び首を傾げた。私と緑谷くんは先ほどの訓練を思い出し、顔を見合わせて苦笑する。
「実は私もさっきまで一緒に訓練してたの。でもなかなか飛びながら教えるっていうのが難しくて。空気操作で緑谷くんの周りの空気圧縮しちゃえば空中に二人で留まることは可能なんだけどそれだと緑谷くん動けなくなっちゃうし……。空気の塊足場にして移動するとなるとどうにも不安定で……。」
「落ちるかもって思うと僕も怖くて動きがぎこちなくなっちゃって。」
「それでお茶子ちゃんのゼログラビティなら恐怖心なく練習できるかなって。絶対落ちないっていう安心感あるし。」
「ナルホド。」
試行錯誤しながらも遅々として進まなかった浮遊訓練について話すとお茶子ちゃんも納得してくれた。本当に朝は大変だったんだよね。緑谷くんの移動位置と私の作った足場が噛み合わなくて何度も地面に落としそうになっちゃったし。毎回すんでのところで引っ張り上げてたけどあの練習は心臓に悪い。
一通り話し合いが終わって三人と緑谷くんは本格的に訓練へと移った。私は休憩がてら爆豪くんと一緒に近くのベンチに腰かけ、その様子を眺める。
「空中を泳ぐイメージで手足のバランスを……。そーそー。」
「なるほど……こういう事か。」
無重力効果によってふよふよと浮かんでいる緑谷くんとお茶子ちゃん。空中でのバランスのとり方を教わり緑谷くんは少しずつ感覚が掴めてきてるみたいだった。
何分も経たないうちに緑谷くんがエアフォースの推進力を使って空中を移動してみせる。それを見てお茶子ちゃんも「おお!いいじゃん!」と声を上げた。すぐに応用できちゃうとこ、彼の強みだなあ。
「その状態で黒鞭のコーチもしてもらおう!」
「はい‼」
下からのオールマイトの指示に緑谷くんはすぐさま頷く。瀬呂くんと梅雨ちゃんも加わって彼は空中戦での黒鞭の扱い方を模索し始めた。
「やれてンな。」
私たちの座っているベンチへとやってきたオールマイトに爆豪くんが声をかける。
「浮遊は体を宙に留める個性・無重力と近い……。先にイメージを固めておくことで暴発も抑えられるハズだ。あとは飛びたいと意識し開錠するだけ……。」
オールマイトは愛弟子の様子を気にしつつ爆豪くんの隣へと座った。どっかりと私の方にまで足を広げている爆豪くんとは対照的にちょこんとつま先を揃えている。何だか可愛い。
「そろそろごまかしきかねぇと思うんだが。」
しばらくの沈黙のあと切り出したのは爆豪くんだった。私も薄々思っていた懸念が彼の口から次々に零れる。
「超パワーだけだった時とは訳が違ェ。隠し切れねぇぞこの先。」
緑谷くんはこれからもっと多くの個性が発現してくる。黒鞭までは何とかなっても三つ目、四つ目となると周りだっておかしいと気づく。
どう答えるのか気になって静かにオールマイトの返事を待つ。彼は眉間に皺を寄せて重々しく口を開いた。
「黒鞭以外は他の者に開示しない。しかし前のような暴発を起こさぬ為に習得はしてもらう。あの夜君たちも理解したように大いなる力を他者へ継承させられるという事実が人々にどのようなリスクをもたらすのか慎重に考えなきゃいけない。」
あの夜、というのは神野のことだろうか。それとも二人が大喧嘩した日のことかな。どちらにしてもオールフォーワンのことを言ってるんだろうというのはすぐにわかった。
「力を求めるのは、悪い人だけじゃない。」
オールマイトのその一言は、とても重かった。もしワンフォーオールの力が世間に明るみになったとして、悪人から善人までどんな行動に出るのか予想もつかない。とりわけどちらにも属さない普通の人こそが、その力を欲するのかもしれない。現に緑谷くんはヒーローになりたい普通の中学生だった。
「デクは信じ切ってっけどさァ……。継承者のノート、四代目の記述だけ半端に終わってる。五・六・七は死因までキッチリ書いてあるのに何で?」
核心をつこうとしている。いつもより表情のない爆豪くんの横顔に思わず息を呑んだ。私も引っかかっていた継承者ノートの違和感。まるで何かを隠すかのように途中で消されていた四代目の記述。爆豪くんもずっと気になっていたんだ。
「以前俺の言葉にあんたは……あんたは何か言い淀んだだろ!?」
爆豪くんの顔が余裕のないものに変わっていく。これはきっと、幼馴染の行く末を心配してるから。
「なァ、何か気付いちまったんじゃねぇのか!?ワン・フォー・オールが「まだ。」
彼がはっきりと口に出そうとした言葉をオールマイトは無理矢理遮った。深刻そうに俯きながら決して緑谷くんに聞かれないよう声を落とす。
「……分かってないんだ……分かってない事を断言はできない。」
緑谷くんに言うつもりはないと、はっきり告げられたようだった。
「分かる前に死んじゃったらどうするんですか。」
気づけば我慢できずに呟いていた。二人が目を見開いてこちらを向く。私が口を挿むと思ってなかったのだろう。想像以上に弱々しい調子で私はオールマイトに抗議を続ける。だってあまりに無責任だ。
「どれだけ不確かな情報であっても、緑谷くんにはそれを知る権利があると思います。」
ぎゅうと自分の拳を握る。それきり何も言えなくなっているとオールマイトは苦しそうに私を宥めた。
「……少年を案じているからこそだ。君たちと同じように。」
もちろん納得なんてできなかったけどそれ以上は反論しなかった。あまりにオールマイトの顔が険しかったから。きっと彼も迷ってるんだ。この先どうするべきなのか。
「あいつは……根っこの部分で自分を勘定に入れてねェ。きっと昔からずっとそうで、やれる事が増えた今も……。」
私たちの問答を聞いたあと、普段とは雰囲気の違う爆豪くんがぽつりぽつりと零し始めた。こんな風に彼から緑谷くんのことを聞いたことはなく、何か大切なことを伝えようとしてくれてるのがわかった。
「それが不気味で、遠ざけたくて、理解できねェてめーの弱さを棚上げして、虐めた。」
その綺麗な横顔は遠くで訓練している緑谷くんを見つめていて。ぐっと胸が詰まった。自分の弱さについて語る爆豪くんを、初めて見た。
「……律儀に訓練に付き合ってくれるのはその贖罪も含まれてる……そうだろう?緑谷少年はそんな風に思ってもいないだろうがね。」
爆豪くんはオールマイトの問いかけには答えなかったけれど、それは無言の肯定であるように感じた。そうか、最近彼が積極的にワンフォーオールの訓練に参加してくれていたのは、自分の中で一つの折り合いがついたからなんだ。
「エンデヴァーと似てると言ったのはその変化さ。私はこうなるまで省みることもできなかった。また……話し合える時がくるさ。私が言えた義理じゃないけどね。」
オールマイトは自身の小さくなってしまった体を指して寂しく笑った。思いがけず知ってしまった爆豪くんの気持ち。今になって席を外すべきだったかと後悔が募ってきた。
「あの、私聞いちゃってよかったの?」
「てめーは……別にいーわ。」
爆豪くんは少し考える仕草をしたあとため息交じりにそう言った。別にいいっていうのはある種突き離す言葉にも思えるけれど、この時の彼の言い方にはどこか温かさがはらんでいる気がした。あえて私がいるところでこの話をしたのには何か意味があったんだろうか。考えたってわからないけれど。
爆豪くんはとても頭の良い人だ。だからきっと、緑谷くんの根本的な強さにはとっくの昔に気づいていたんだと思う。多分、小さな頃から。だけどどうしても認めたくなかった。俺の方が強いと、そう思っていたかった。
そして雄英に入って、成長していく緑谷くんを目の当たりにして、嫌が応にもその強さを認めざるを得なくなった。激しいコンプレックスを感じてしまうほどに、緑谷くんに追い越される恐怖に支配されていた。どうしてと怒りを覚えながら随分葛藤していたんだろう。でも、彼は賢くて強い。ちゃんと自分と向き合って、目を逸らしていたものをちゃんと見て。弱さも葛藤も全部を糧にして進む道を選んだんだ。それは、生半可な決断じゃない。
「……爆豪くん。ありがとう。」
「あ?」
彼に何かを聞かれる前に立ち上がる。後ろから呼ぶ声に気づかないふりをして緑谷くんたちの下へと走った。
目を逸らさず、自分と向き合う。たとえそれがどんなに辛くとも。私も全てを強さに変えられるように。
父の過去を知る覚悟が、ようやく決まった。