全面戦争
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いつでも勝ち気な彼がか細い声を振り絞る。
「一人で……勝とうと……っしてんじゃ、ねェっ!」
爆豪くんの体から死柄木の刃がずぶりと抜けた。支えのなくなった彼はそのまま地面へと落ちていく。
「っ爆豪くん‼‼」
目の前が涙で滲みながら急いでエンデヴァーさんを受け止める。空気凝固で彼の片腕と私の腕をくっつけたあとすぐさま爆豪くんの元へと向かった。地面まで残り数十メートル。間一髪で焦凍くんが彼の足を掴み私は二人まとめて抱きかかえた。
「爆豪くん!爆豪くん聞こえる!?」
腕の中でぐったりとしている爆豪くん。耳に届くのは浅い呼吸音ばかりで私に応えてくれる元気な声はなかった。私から零れた雫がぼとぼとと彼の顔に落ちていく。
「駄目だ返事がねえ‼それに緑谷も……っ!」
焦凍くんの視線の先には上空に取り残された緑谷くんの姿。再生を始めた死柄木を前に呆然と幼馴染の凄惨な現状を見つめていた。そんな彼を嘲笑うかのように、どす黒い顔の悪魔が腕を構える。
「今日の戦いで……無駄な血が多く流れたが……今のが最も無駄だった。」
そう聞こえた瞬間緑谷くんの全身の毛が逆立ったのがわかった。こちらまでたじろいでしまうほどに彼は怒りに打ち震えていた。途方もない悪意の底に、AFOの影が見える。
「取り消せ。」
最早動ける状態ではない彼が死柄木に向かって突っ込んでいく。奴の腕から伸びてくる刃を捉え、己の口でそれを咥えて噛み砕いた。まずい、今死柄木に近づいたら。予感は的中で奴の手が緑谷くんの顔を掴む。
「緑谷ァ‼‼」
最悪の展開に焦凍くんが彼の名前を叫んだけれど怒りで我を忘れた緑谷くんには聞こえていなかった。ワン・フォー・オールが奪われる。息を呑んだその時、突然頭上で何かが光った。
「な、に……。」
「緑谷と死柄木が落ちてる!なまえ‼」
眩い光の中から緑谷くんと死柄木が弾き飛ばされたのが見えた。緑谷くんは浮遊が発動できておらずバランスの取れないまま地面へと落下を始める。一体何が起きたのかはこの際後回しでいい。私は抱えている三人を地面に下ろしてすぐに緑谷くんを受け止めるため体を浮かせた。
「はっ……!」
無事空中で彼の体をキャッチし焦凍くんの元へ戻る。彼以外はみんな傷だらけで爆豪くんは息をするのがやっとだった。緑谷くんもエンデヴァーさんも、何とか自分の体を支えている状態だ。
「爆豪くん生きてる!?」
「ああ!緑谷も含めてすぐ処置しねえと――」
焦凍くんが言葉を続けようとしたその時、パキ、という嫌な音がした。そちらを振り返ってみると、無数の刃の中心で吊るされるように体を浮かせている死柄木。その姿はおぞましく、人間らしいところはどこにもなかった。
「……弔っ、ダメだよ……退かナ―……あんた……の……言っ、言、言いっ~……なり……には……。」
何かをうわ言のように呟いている。怖くてたまらないはずなのに、私は何故だかその様子が悲しく見えた。死柄木の中でとてつもない葛藤が暴れている。そんな気がした。
「焦凍くん、みんなをお願い。」
「なまえ!」
「今空中戦出来るの私しかいないでしょ。それに今日、あんまりいいとこないから。」
「……っわかった。」
死柄木の背中からはさらに刃が増幅している。合宿でのムーンフィッシュやインターンで遭遇したヤクザ男が思い出された。けれどそれよりも遥かに、遥かに驚異的な力。
震えるなしっかりしろ。絶対にみんなを守る。私は乱暴に目尻を拭い、一つ深呼吸をして地面を蹴った。空中へ上がり、両腕を死柄木に向かって構える。
「今度こそ捕らえる!」
意識を集中させ風を放つと死柄木を支えている刃がボロボロと崩れた。数が多いだけで意外と脆いのかもしれない。とにかく攻撃の手を緩めず遠くに追いやらないと。みんなから距離を取るのが先決。再び風を放つと今度は別の衝撃波が後ろからもやってきた。
「皆!!!」
「波動先輩!飯田くん!?」
ありがたいことに援軍だ。空中戦ができる波動先輩と機動力抜群の飯田くん。これでみんなのことも運んでもらえる。
「大型敵がここに向かってる‼向こうで脳無と戦ってるヒーローにも伝えてある‼」
頼もしい委員長の到着に涙腺が緩むけどぐっと堪える。大型敵まで来るかもしれないこの状況で泣いてなんかいられない。
「飯田‼緑谷たちを運んでくれ!」
「消太くんやリューキュウさんのこともお願い!」
「……全くどおりで帰ってこないわけだよ‼」
彼に怪我人の処置を任せて目の前の敵を見据える。隣の波動先輩はリューキュウさんのボロボロの姿を見たあときっと眉を吊り上げた。
「僕は……死柄木と……一緒にいなきゃ……‼死柄木はまだ……僕を狙ってる……!かっちゃんと……エンデヴァーを……‼」
息も絶え絶えに緑谷くんが声を絞り出す。これだけ傷だらけだというのにまだ戦う意思があるなんて。毎度のことながら緑谷くんの強さには驚かされる。誰かを救いたいと願う優しいヒーロー。彼に休んでもらえるよう、少しでも死柄木を追い詰めなくちゃ。
「再生能力も牛歩……だいぶ弱ってる!なまえ!波動先輩!」
「うん、今ならやれる。」
焦凍くんに声をかけられ三人で腕を構える。大型敵の到着前に何としてもここで決着をつける。
「蛆……が、無限に……湧く……。」
パキパキと音を立てた死柄木の刃が一斉に飛んでくる。焦凍くんが奴の体を固定しようと氷結を放ったけれどすぐに抜けだされた。私と先輩は刃の一本一本を風と波動で壊していく。
「キリがない!」
ひゅっと刃が頬を掠めた。死柄木から飛んでくるそれは折っても折ってもまた生えてくる。しかもそのスピードは尋常じゃない。長い刃で間合いを取られて中々本体にも近付けない。
「こ、の……!」
奴の顔面へと風を凝縮打ちするけれど当たらない。刃によって弾き返された。攻撃にも防御にも移動にも使えるって汎用性高すぎでしょ。
「!?」
防戦一方の戦況に焦りが高まる中急に地響きが聞こえた。音のする方にちらりと視線を向けると、まるで特撮映画のような光景が目に飛び込んでくる。
「主よ、おオオオオ!!!」
ビルや家をなぎ倒しながらこちらにやってくる巨大な何か。もしかしてあれが大型敵、なのか。まだ死柄木に一発入れられてすらいないのに最悪のタイミング。あれと同時に死柄木を相手にするなんてどう考えても無理だ。それなら。
「陣、風到来……!」
まずは手負いの死柄木から倒す。私の必殺技と波動先輩の出力100%、それに焦凍くんの赫灼熱拳を合わせてそれぞれの方向から最大威力の攻撃を放った。
死柄木が私たちの風と炎の中で悶え苦しむ。これまでとは異なる確かな手応え。けれどそれと同時にエンデヴァーさんが叫んだ。
「逃"げろ"ォ"オ"‼」
一体何。そう思った瞬間目の前に大きな岩が現れた。咄嗟に近くにいた波動先輩に手を伸ばし彼女を抱えるようにして吹き飛ばされる。
「いっ‼」
「トルネードちゃん!」
「だい、じょうぶです……!」
背中に衝撃。どうやら死柄木の刃の破片が当たったらしかった。じわりと血が滲むのを感じる。
痛みに耐えながらくるりと体勢を立て直す。波動先輩と一緒に後ろを振り返るとそこには遠くに見えていたはずの大型敵がいた。先ほど岩が降ってきたと思ったのはこいつの掌だったらしい。とんでもないスピードとパワー。これはもはや災害だ。
急いで下を見ると何とかみんな無事のようだ。同じように吹き飛ばされた焦凍くんもエンデヴァーさんの近くで起き上がっている。
「ハァ……ハァ、主よ‼来たぞ‼次の指示を‼あなたの望み通りに‼」
大型敵の手の上には横たわる死柄木の姿があった。奴はようやく気を失ってくれたようで動かない。本来ならば喜ばしいことなはずなのに奴に呼びかけている巨人のせいで気分は全然晴れなかった。脅威はいまだ目の前にある。
それにしてもさっきからあいつはずっと死柄木を主と呼んでいる。もしかして主従の関係を結んでいるのかもしれない。だからさっき私たちを攻撃して死柄木を助けたのか。
これはまずい。死柄木が目を覚ます前にこいつを倒してしまわないと。主のために何をしでかすかわからない。
背中の傷がずきりと痛む。それでも泣き言は言ってられなかった。事は一刻を争う。すぐに仕留めないと。
「波動先輩、行けますか。」
「大丈夫!No.1もまだ諦めてないよ!」
彼女の視線の先にはよろりと立ち上がったエンデヴァーさん。彼ももう動ける体じゃない。それなのに、あの巨人に立ち向かおうと地面をしっかり踏みしめている。決して諦めないヒーローの姿。一緒に戦っていてこんなに心強いことはない。
改めて気合が入り私はぎゅっと拳を握った。波動先輩と一緒に巨大敵の背後に回り込もうと合図をする。
その瞬間、場違いな明るい声が響いた。
「おーう、いたいた!こっから見るとどいつも小っさくて!」
巨大敵の手の隙間から顔を覗かせたのは見覚えのあるつぎはぎ。何か瓶のようなものをシャカシャカ振りながら愉快そうに地面を見下ろしている。まさか巨大敵に連合まで乗ってきたのか。あまりに危機的状況だ。
「お!?焦凍もいんのか、それに元No.4の娘!役者がそろい踏みでこりゃいいや!」
「え?」
急に自分が呼ばれて思わず声が出た。焦凍くんの名前が出てくるのも意味がわからないし脈絡のなさが一層不気味だ。地上を見下ろすと私と同じような顔をした焦凍くん。お互い困惑の表情を浮かべていた。合宿での奴の意味深な発言も思い出され、私はますます眉を顰める。
「荼毘!!!」
その姿を捉えてエンデヴァーさんが叫ぶ。彼にとっては九州での戦い以来の再会だった。
「酷えなァ……そんな名前で呼ばないでよ……。」
すると奴は持っていた瓶の中身をばしゃりと自分の頭に振りかけた。液体がその髪を濡らし、みるみるうちに色が白く変わっていく。ようやく現れた本来の姿に、心臓がどくりと音を立てた。
「燈矢って立派な名前があるんだから。」
信じたくない言葉に息が止まる。にたりと細められた目は私たちを絶望に突き落とすのに充分すぎるくらい青かった。