全面戦争
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「あ?」
バキリという音がして死柄木の体から血が噴き出した。驚いて目を瞠ると奴の胸のあたりから真横にぱっくりと裂け目が入っている。肩と切り離された右腕は皮だけで繋がって宙ぶらりんになっていた。
死柄木は個性を使っていない。私たちも奴に攻撃していない。にもかかわらず唐突にその肉体は壊れ始めた。
「……さっきまで……のは……まだわかる……。肉体の限界を超えて動いた負荷……。」
どうやら本人にとっても不測の事態だったらしい。ぶつぶつと自分の現状を分析し、死柄木は焦った様子で私たちを見た。
「……今、何月何日だ?」
不意にグラントリノさんの言葉を思い出す。死柄木はAFOの個性を移植されている。そして急に始まった体の崩壊。そこから導き出される答えは一つしかない。
死柄木は今、入学当初の緑谷くんと同じ状態だということ。
「大き過ぎる力に体が間に合ってないんだ……!」
隣の緑谷くんも気づいたようでその事実を口にする。そう、ワン・フォー・オールの強大な力に振り回されてきた彼だからこそわかる死柄木の異変。まだ奴は器としての体が完成されていなかったのだ。ということは。
ここを凌げれば、戦況は変わるかもしれない。
もちろんその"凌げるかどうか"が問題なのは重々に承知している。相手の綻びは見えてもピンチなことに変わりはない。抹消を使うことができない現状ではこちらが圧倒的に不利だ。
それでもやるしかない。死柄木が弱っている今が絶好の機会なのだ。未来は、この場にいる私たちヒーローにかかっている。
「触れりゃ、終わりだ。」
死柄木がぶら下がっている右腕を無理矢理もう片方の腕で掴んで照準を定める。あの手が地面に触れた瞬間、崩壊がくる。私は再び消太くんたち三人を抱えて宙に上がった。
他に飛べない人、怪我人は。リューキュウさんとグラントリノさんがあっちに倒れてる。どうしよう全員分は重すぎる。エンデヴァーさんは今動けるだろうか。ぐるぐると様々なことが脳内を駆け巡る中、とてつもない速さで何か黒いものが横をすり抜けたのがわかった。
「み、どりやくん……?」
気づけばその場の全員が空中に浮いていた。中心には緑谷くんがいて私が助けられなかった人たちみんなの体を黒鞭で固定している。その中には死柄木の姿もあった。そうか、奴が地面に触れる直前にその体を縛り上げて上空に移動したんだ。
理解が段々と追いついてくる。緑谷くんはまさに飛んでいた。これまでのような超パワーを利用した飛び方とは明らかに違う。複数の黒鞭を操りながら空中に留まるその姿から、新しい個性が発現したのだと悟った。
「志村の……。」
グラントリノさんが静かに呟いた。ワン・フォー・オールセブンス。7代目継承者志村菜奈さんの個性・浮遊。3つ目の個性を、彼はたった今モノにしたのだ。もう誰にも傷ついてほしくないという、強い意志によって。
「ここで、おまえを止める。僕の出来る全てをかけて。」
緑谷くんはまっすぐ死柄木を見据えた。彼は奴に崩壊を使わせないため空で決着をつけるつもりなのだ。地上で脳無と戦っている人たちのことも考えて。自らの危険を顧みないで。本当に、どこまでもヒーロー気質だ。
「グラントリノたちを頼みます‼」
死柄木の拘束を緩めないまま緑谷くんは黒鞭で他のみんなを地上に下ろした。まさか彼はこのまま一人で戦う気だろうか。いくら何でもそんなの無茶だ。
急いで私も三人を地面に下ろす。そこではエンデヴァーさんが焦凍くんに怪我人の処置を指示していた。
「消太くんのこと、お願いします。」
「おい!なまえ!」
すぐに消太くんのことをエンデヴァーさんに託して飛び上がる。けれど頭上から聞こえてきた声にぴたりと足が止まった。
「みょうじさんはそこにいて‼」
降ってきた拒絶に耳を疑う。今の緑谷くんに余裕なんてないのは百も承知だったけれどさすがに聞き返さずにはいられなかった。
「何で‼」
「地上に飛べる人がいなきゃ何かあった時対応できない‼」
「でも‼」
「いいから!」
「……っ!」
彼が私を死柄木から遠ざけようとしているのは明白だった。どうして、どうして一人で戦おうとするの。これがワン・フォー・オールを受け継いだ者の覚悟なのだろうか。大きすぎる力は彼を一人ぼっちにさせてしまうのだろうか。そんなの、あまりに悲しすぎる。
彼の言葉通りに大人しくなんてできない。聞きわけがないって怒られたっていい。指示を無視して上空へ上がっていこうとすればがしりと足を掴まれる。
「っ何……。」
見下ろすとそこにいたのは爆豪くん。彼の目には焦りと悔しさが滲んでいた。行くなと視線で制され仕方がなく着地する。
どうしてだろう。何となく、今の彼に逆らうことができなかった。爆豪くんは頭上に向かって大声を上げる。
「待てデク‼おまえが一番そいつに近付いちゃいけねェんだぞ‼抹消はもう……消えてンだぞ‼」
「じゃあ他に誰が死柄木を空に留めておける!?」
幼馴染の身を案じる必死な叫び。けれどその思いは緑谷くんも一緒だった。死柄木からみんなを守りたい。その一心で彼は一人脅威と向かい合っているのだ。思わず零れたその本音に私も堪らず口を開く。
「私がいる!戦える‼お願い行かせて‼」
「みょうじさんじゃ押し負ける‼これ以上誰も傷つけたくないんだ‼」
もっともな意見を返され言葉が出ない。さっき死柄木は私の空気圧縮をいとも簡単に破った。圧倒的な腕力の差。言い逃れなどできないほど身をもって実感してしまった。もはやOFAでなければ対抗できない力なのだと、頭のどこかでは理解していた。
「空が好きなら力奪った後天国にでも送ってやるぜ!下のジジイ共も同伴でな!」
「これ以上皆を‼傷つけるな‼」
緑谷くんの咆哮が響き一騎打ちが始まる。私たちはどうすることもできず空を見上げて立ち尽くした。ただこうやって緑谷くんが傷つくのを眺めてるしかないのか。絶対に何かできることがあるはずなのに。私は唇を噛んで拳を握った。
緑谷くんは黒鞭で繋いだ死柄木と距離を詰め、重い一撃を奴の腹に入れる。衝撃波が辺り一帯の瓦礫を吹き飛ばしその威力は凄まじかった。緑谷くんはすぐさま体勢を立て直し、立て続けに三発攻撃力の高い必殺技を放つ。
デトロイトスマッシュ、ワイオミングスマッシュ、セントルイススマッシュ。最近は自分の体を守るために使っていなかったパンチ技だ。それもきっと100%の力。彼は彼自身を犠牲にしてでも目の前の敵を止めるつもりなのだ。
けれど死柄木はダメージを受けても完全に意識を飛ばしてはくれなかった。きっと緑谷くんはこの三発で押しきるつもりだったはず。奴があの打撃を凌いだのは彼にとってあまりに痛手だ。
「俺の夢を、阻む!」
「その、為の力だ‼」
個性を使おうと手を伸ばす死柄木に緑谷くんも負けじと向かって行く。
「テキサススマッシュ!!!」
またも衝撃波で上空から爆風が起こる。鬼気迫る緑谷くんはもうすでに腕がボロボロで真っ赤に染まっていた。このまま攻撃を続ければ確実に限界がくる。先に倒れるのは多分、緑谷くんの方だ。
「す……凄すぎない?」
「駄目だこのままじゃ負ける!」
「!?」
緑谷くんの派手な戦い方に思わずマニュアルさんが感嘆を漏らしたけれど私と爆豪くんは首を横に振った。
「脚やエアフォースで反動を殺しつつ複数個性を並行操作……死柄木を空に留める為にデクは今まで習得したもん総動員してる。」
「多分緑谷くんは初撃で倒すつもりだったんだと思います。でもそれができなかった。今はもう消耗戦になってしまってるんです。再生持ちの死柄木が相手じゃ分が悪すぎる。」
爆豪くんも考えてたことは同じで予断を許さない状況に焦ってる。私たちは緑谷くんについて簡潔に説明したあと次の一手に頭を巡らせた。
「あと数分後にゃ力奪られて粉々だ!轟処置は済んだな!?」
エンデヴァーさんの片腕を掴んだ爆豪くんが怪我人の処置を終えた焦凍くんにも声をかける。恐らく彼はこれから賭けに出る気だ。
「ああ、何を……。」
「うるせー俺に掴まれ!」
焦凍くんはわけのわからぬまま爆豪くんの言う通りに動く。もう猶予がないことをこの場の誰もがわかっていた。
「エンデヴァー‼上昇する熱は俺が肩代わりする!こいつの風もあっから勢いは問題ねえ!轟はギリギリまでエンデヴァーを冷やし続けろ!」
「ある程度まで近づいたら邪魔しないように個性解除するからね!?」
爆豪くんは満身創痍のエンデヴァーさんにもう一度頑張ってもらうつもりだ。焦凍くんと一緒に彼を空中まで運んで死柄木にとどめを刺してもらう。No.1の渾身の一発なら何とかあいつを止められるかもしれない。
この状況の打開策。私も爆豪くん同様その方法しか思い浮かばなかった。
「俺の最高火力を以て……一撃で仕留めろということか……。任せろ。なまえは個性を解除したあともデクの言った通りここにいろ。何かあればいつでも怪我人を連れて逃げられるようにしておけ。」
「わかりました。」
意図を理解したエンデヴァーさんはすぐに頷いてくれた。私たちの間で着々と進んでいく話にロックロックさんだけが顔色を変えている。
「そんな……子どもに……。」
彼は最初の印象とは裏腹にとても心優しいヒーローだ。自分の命が危険にさらされている状況でも私たちを守るべき対象として扱ってくれる。私はそんな彼を安心させるようその肩をぽんと叩いた。
「大丈夫です。」
訴えかけるように彼の目を見る。ロックロックさんはぐっと何かを堪えたあと小さく息を吐いた。
「先生たちを頼みます!」
「っああ……!」
「みんな気をつけて!」
最終的には彼も焦凍くんの声に頷いてくれた。私たち学生が一人前のヒーローとして認めてもらえた瞬間だった。
爆豪くんが焦凍くんとエンデヴァーさんを抱えて上空へと飛び上がる。その爆破に合わせて私は思いっきり下から風を吹き上げた。緑谷くんと死柄木が戦っている衝撃波の中へ、とてつもないスピードで三人が向かって行く。
「緑谷くん……頑張れ……!」
彼らが二人に追いつく直前で個性を解除する。爆豪くんと焦凍くんがエンデヴァーさんの体を押し上げ、彼が死柄木を羽交い絞めにしたのが見えた。お願い。お願いだから上手くいって。
「プロミネンスバーン‼‼」
祈りと共に頭上に広がる鮮烈な炎。死柄木の姿が確認できないほど燃え盛っていて汗が吹き出るほどの熱が伝わってきた。
「どうだ、どうなった!?」
ロックロックさんの声を背に必死で目を凝らす。
「……!」
為す術なく焼かれている死柄木が見えて息を呑む。もしかしたら勝ったのだろうか。期待を込めながらじっと様子を見つめていた次の瞬間、私の体は凍りついた。
「エンデヴァーさん‼」
彼の背中から黒くて細い長い刃のようなものが三本飛び出た。緑谷くんの黒鞭とも違う。それが死柄木からの攻撃だと理解するのに時間はかからなかった。
「な……ぜ……死なん……‼」
エンデヴァーさんの体が傾きゆっくり下に落ちていく。私は慌てて飛び上がった。
彼を突き刺した死柄木はもうほとんど原型はなく丸焦げになっている。皮膚が焼け落ちどす黒くなった体。それでも奴は動いていた。背中から複数の刃を出し、それらが緑谷くんに向かっていく。
彼はもうぼろぼろで死柄木からの攻撃を避けられるほど余力が残っていない。早くあの刃を何とかしないと緑谷くんまでやられてしまう。けれどエンデヴァーさんを助けてからでは間に合わない。どちらも救うには時間がなさすぎる。
どうしよう。どうすればいい。非情な選択を迫られようとしていたその時。
「あ……。」
緑谷くんの近くにいた彼が咄嗟に庇ったのが見えた。自らの爆破の勢いで緑谷くんの体を弾き飛ばし、複数の刃が彼の体をぐさぐさと貫く。
「う、そ……!」
まるでスローモーションのようだった。誰かのために考えなしに体が動いた。そんな爆豪くんを見たのは、皮肉にもこの時が初めてだった。