全面戦争
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「終わりだ、死柄木弔。」
お腹を抱えて地面に蹲っている死柄木に向かってエンデヴァーさんが静かに言い放つ。
「いくら……力を得ようとも……っ‼信念無き破壊に我らが屈する事は無い‼」
ヒーローのトップに立つ人間の力強い言葉。私たちは相対する二人を固唾を呑んで見つめていた。
「ハァア……!」
満身創痍の死柄木が息を漏らす。声を出すのも難しそうなほどボロボロの姿で、何かを訴えるように語り始めた。
「……おまえら……ヒーローは……他人をたすける為に、家族を傷つける……!」
一瞬、不覚にも吞まれそうになった。胸の奥がざわりとする。
「父の言葉だ……信念なら……ある……!あったんだ……!」
ビキビキと死柄木の体が音を立てる。再生しているのか何なのか。判断がつかないまま奴はふらりと体を起こす。
「おまえたちは……社会を守るフリをしてきた。過去……何世代も……守れなかったモノを見ないフリして傷んだ上から蓋をして……浅ましくも築き上げてきた。」
息も絶え絶えの死柄木がこんな体になってまで何を伝えたいのか。とどめを刺さなければならない場面で私たちは思わず耳を傾けていた。
「結果……中身は腐って蛆が湧いた。小さな、小さな積み重ねだ。守られることに慣れきったゴミ共……そのゴミ共を生み出し庇護するマッチポンプ共。これまで目にした全て……おまえたちの築いてきた全てに否定されてきた。だからこちらも否定する。だから壊す。だから力を手に入れる。シンプルだろ?」
胸が詰まった。苦しくて悲しい叫びだと思った。だってこれだけで理解してしまった。この人はヒーローに助けてもらえなかった側の人間なのだと。
もし私が雄英に入っていなかったら。もし大事な人たちと出会っていなかったら。その上でもし父のしてきたことに気づいていたら。一体私はどうなっていたんだろうか。
焦凍くんを見捨てた父を軽蔑したかもしれない。勝手に将来を押しつけた父を心の底から憎んだかもしれない。恐らくヒーローを目指すことすらやめていた。
幼い頃からヒーローに感情を殺されてきた。この事実が明らかになった時、みんなが周りにいてくれていなかったら。彼がいなかったとしたら。私も、落ちるところまで落ちただろうか。
死柄木弔は、誰かに手を差し伸べてもらえなかった私のなれの果てだ。それがどうしようもなく悲しかった。
「理解できなくていい。できないから、ヒーローと敵だ。」
左腕の再生を完了しようとしている死柄木に、もう一度エンデヴァーさんが鮮烈な炎を放つ。
「わざわざインターバルをどうも‼貴様ももう虫の息だろう‼観念―」
観念しろ、そう続けるはずだったエンデヴァーさんの頭上に死柄木の姿。さっきまで地面にいたはずだった。これだけ体を酷使してどうしてそんなスピードで動けるの。獣のような顔で笑っている死柄木に悪寒が走る。奴を突き動かすもの、それはヒーローへの憎悪なのだろうか。
死柄木の攻撃がエンデヴァーさんに撃ち込まれる前にグラントリノさんが素早く奴の体を捻じ伏せる。再び地面に倒れ込んだ死柄木はぐるりと体を方向転換させグラントリノさんの足を掴んだ。ぐしゃりという音と共に彼の左足から血飛沫が上がる。
「グラントリノォ‼」
緑谷くんの絶叫が響き渡る。誰もが早く助けに入ろうと手を伸ばしていた。けれど私たちよりも先に死柄木の拳がその小さな体に届く。地面に沈み込んだグラントリノさんから大量に血が噴き出たのがわかった。
「うわあああああ‼」
泣きながら緑谷くんが死柄木に向かって行く。エンデヴァーさんの制止する声も聞かずに私と爆豪くんも攻撃を放った。緑谷くんの黒鞭も先ほどより素早く奴を捕らえようとしていた。けれど、死柄木は私たちの間をいとも簡単に潜り抜けた。ここに来てスピードが上がっている。奴の体も限界を迎えていてもおかしくはないというのに。
死柄木の移動した方向、視線の先には消太くん。駄目だまずい。
「しょう、たくん……!」
行かせまいと急いでその背中を追いかける。すると突然大きな手が横から伸びてきて私より先に奴を捕らえた。ばさりとあたりに風が舞う。
「リューキュウさん‼」
「ぬ"う"ぅ"‼」
拘束から逃れようと死柄木の拳が彼女の手を貫通する。自分を犠牲にしてまで奴の行く手を阻んでくれているリューキュウさんに感謝しながら私は両腕を構えた。彼女がくれた猶予を逃すわけにはいかない。
すぐに死柄木周りの空気を圧縮して力の限り奴の動きを止める。さらにその上から緑谷くんの黒鞭が死柄木の体に巻きついた。
「死柄木ィ‼」
奴の背中に回り込んだ緑谷くんがその首と顔を掴む。
「おまえだけは許さない……!」
「俺は誰も許さない。」
後ろを振り向かずに死柄木は緑谷くんのみぞおちに肘を食らわせた。どうして。ここまで空気固めてたら立ってることもままならないはずなのに。死柄木の目はまるで何も映していないかのように虚ろで、一層不気味さが増していた。
「緑谷くん‼」
モロにお腹で攻撃を受け止めてしまった彼が血を吐いた。思わず声を上げてしまったけれど緑谷くんの拘束は緩まらない。
「締めろ黒鞭‼」
それどころか黒鞭の威力をさらに上げ、行かせまいと必死に死柄木を押さえつけている。こちらも負けてられない。さっきよりもギアを上げて圧縮を続ける。私は空中からだけど緑谷くんはあの至近距離。少しでも彼にとっての危険を減らさないと。
「そのまま頑張れデク‼トルネード‼」
エンデヴァーさんの声が背中から聞こえる。このままもう一撃彼が決めてくれれば。いや今の死柄木なら彼が追いつくより先に私たちを振り切る。どうすればいい。
嫌な汗が滲んだその時緑谷くんが左腕を振り上げるのが見えた。彼はここで確実に奴の動きを止めるつもりだ。この距離でワンフォーオールを使えば死柄木といえど気絶してくれるかもしれない。意図を汲み取り彼が心置きなく攻撃を放てるよう私は横に避けた。
その時、リューキュウさんの腕の間から死柄木の指が見えた。その指の隙間に、何かが挟まっている。目を凝らすとそれは見覚えのあるものだった。さっと体温が下がった気がした。
「消太くん‼消失弾‼」
「100%ワイオミングスマッシュ‼‼」
私が叫んだのと同時に緑谷くんが拳を振り下ろした。その衝撃で辺り一帯に風が巻き起こり土煙が舞う。私は吹き飛ばされないよう自身の周りの空気を操作し体勢を保つ。
まさかとは思ったが緑谷くんの威力をもってしても死柄木は倒れていなかった。すぐさま消太くんの姿を探すと彼は自身の足をナイフで切り落とす最中。あの銃弾は、彼の右足にしっかりと当たっていたのだ。
「……っ!」
銃弾の効果が出る前に即座に足を切り離して個性の消失を防ぐ。消太くんらしい合理的な判断。けれど自分の足を自分で切るなんて並大抵の痛みじゃない。どんなに気をつけていてもほんの一瞬、綻びは出る。
ぶわりと衝撃波が辺りに広がった。私たちの隙を見逃さない死柄木は驚異的なスピードで消太くんに向かって行く。奴が放った爆風のせいでエンデヴァーさんを含め周りのヒーローは上手く動けずにいた。だけど私は。
「ようやくクソゲーも終わりだ。」
すぐに目的の場所まで辿り着いた死柄木。その腕が消太くんの顔に触れる寸前。私はそれを見計らっていた。
「……あ?」
風を凝縮撃ちして死柄木の右腕を吹き飛ばす。私はありったけの力を込めて奴を地面へとめり込ませた。
「私人より空気には慣れてるから‼」
死柄木は足止めのために衝撃波を放ったんだろうけど私には効かない。インターン中風のいなし方も覚えたし上空で吹き飛ばされる回数も格段に減った。空中戦で不利になる部分を、私の個性なら克服できる。
「あんま、関係ねえよ。」
そう思っていたのも束の間、不気味な笑みを浮かべた死柄木はすぐにむくりと起き上がった。嘘でしょ。これでも駄目なの。圧倒的力の差。私だけじゃ抑えきれない。ビキビキと音を立てるその手はもう半分くらい治りかけてる。
「お前がいんのも大分クソゲーだな。」
放つ風の威力は衰えていないのに死柄木は容易く目の前にいた。伸びてくる手にひゅ、と喉が鳴る。
「やめろ‼」
「お望みどおりに。」
消太くんの叫びに応えるように死柄木はくるりと向きを変え、再び地上の方へと加速した。私を殺そうとしたのはフェイク。恐怖で動きが止まるのを見越していたのか。まずい、このままじゃ。消太くん。
「今度こそ終わりだな。」
「やめて!!!」
その手が彼の顔を掴む。お願い、間に合え。祈るような気持ちで放った風は突然現れた氷と共に奴の体を突き刺した。
「先生ぇ‼‼なまえ‼‼」
「焦凍くん‼」
間一髪。と言っていいのかこれは。頼もしい幼馴染の大氷壁により死柄木の体は固定され、その隙を逃すまいとこちらに追いついた緑谷くんから奴の腹へと拳が入ったけれど地上の彼は顔と足から血を流していて一向に目を開けない。その光景に私は頭が真っ白になりながらほとんど反射的に消太くんと彼を支えてくれている二人を抱えて飛び上がった。
早く、早く。焦凍くんと緑谷くんが攻撃してくれてる間に逃げなきゃ。
「消太くん、消太くん……!」
腕の中の消太くんはぐったりしていて返事がない。出血の量が多すぎるんだ。どうしよう、嫌だ。もう誰のことも失いたくない。その姿が血だらけのナイトアイさんと重なってボロボロと涙が零れた。
「お願い……っ約束した!死なないって!置いていかないで!」
「トルネード、落ち着けって。」
取り乱す私をロックロックさんが宥める。けれどその声はあまり聞こえていなかった。
「……っ下ろします。」
滲んだ視界のままなるべく安全な場所にみんなを下ろす。急いで寝かせた消太くんの顔は大量の出血で青白かった。彼がいなくなってしまう。そんな未来を想像して手が震えてくる。
「脚を上に!捕縛布で止血を!ってめっちゃ絡まるこれどうなってんの!?」
マニュアルさんの声にはっと意識が引き戻される。しっかりしろ。諦めちゃ駄目だ。消太くんはまだ息をしてる。生きてる。ナイトアイさんの時自分にも何かやれることがあったんじゃないかと途方もないほど後悔した。だから今度こそやるんだ。その何かを、今ここで。
私は自分の頬を両手で思いっきり叩いた。
「……っ私がやります。」
気合を入れなおして覚悟が決まった。震える手を抑えてマニュアルさんの指示を受けながらするすると捕縛布をほどいていく。心操くんとの訓練中に何度も絡まった布を戻してきたから扱いには慣れていた。彼も一緒に消太くんを助けようとしてくれている。そんな気がした。
「先生!先生は‼」
死柄木と交戦していた緑谷くんがすぐに後ろからやってきた。彼は消太くんを見つけると流れる涙を拭うこともせずに怒りで肩を震わせた。深刻な状況を前にロックロックさんが声をかける。
「デク……‼逃げろ。」
「嫌です。」
ロックロックさんの呼びかけは子どもを守る大人として当然だった。でも、大切な人が傷つけられて我をなくしている緑谷くんにその思いは届かない。かくいう私も逃げる気など毛頭なかった。
絶対に許さない。沸々と腸が煮えくり返る。消太くんの足をきつく縛るたび真っ赤に染まっていく捕縛布を見て、鉄の味が広がるほど唇を噛んだ。
「さてと……死ね。」
遠くの死柄木が私たちを見据える。抹消はもうない。奴の個性から伝播したものは瓦礫一欠片でも触れたら死ぬ。そんな絶体絶命な状況だというのに、不思議と恐怖はなかった。
ただこいつを倒したい。その一心が私を突き動かしていた。
死柄木が地面に触れようと手を伸ばす。攻撃がくる。空中に逃げられるよう消太くんを抱きかかえようとしたその瞬間、死柄木の体がぐらりと傾いた。