全面戦争
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ぐい、と体が引っ張られた。
「グラントリノ‼」
助けてくれたその人の姿に緑谷くんの目が見開く。以前エリちゃん救出の時に顔見知りになったグラントリノさん。オールマイトの秘密を知る数少ないヒーローの一人だ。彼は私たち三人を小さな体で抱え、猛スピードで死柄木から距離を取ってくれた。
「ワン・フォー・オールと聞いて嫌な予感がしたよ。おまえら戦うつもりだったのか、アレと!?」
グラントリノさんの様子から私たちがいかに無謀な挑戦をしようとしていたのか思い知る。彼の次の言葉を聞いて背筋が凍った。
「死柄木の崩壊は触れ合うもの全てを消す!降りそそぐ瓦礫に触れただけで……死ぬ!今のおまえでどうにかなる相手じゃねえ!」
瓦礫に触れただけで死ぬ。死柄木の個性がそこまで進化していたなんて。直に触れられればひとたまりもない。さっきだって死んでいてもおかしくはなかったのだ。
「っでも‼」
「ヒーローはまだ、死んじゃいねェ‼アレは、残った全員で討つ‼」
食い下がろうとする緑谷くんにグラントリノさんは力強く言い切った。病院側にもきっとまだ他のヒーローがいる。生きてる。その言葉に希望が見えた気がした。
「……!リューキュウさん!」
思わずグラントリノさんの腕の中で叫ぶ。さっきまで私たちがいた場所にリューキュウさんの姿が見えた。死柄木が追ってこないよう、足止めしてくれているのだ。だけどあの大きな体では奴からの攻撃を避けるのは困難だ。
「……っ!」
死柄木の手が彼女に触れ、息を呑んだ。けれど崩壊は始まらない。まさかと思い下を見ると他のヒーローに支えられ、足を引きずるように歩く大好きな人。
「……消太くん。」
死柄木の個性が発動しなかったのはやっぱり抹消のおかげだった。生きてる。生きてる。彼の姿を確認して小さく胸を撫でおろす。だけど安心なんてしていられない。今は戦いの最中なのだ。
エンデヴァーさんがリューキュウさんの加勢に入った。この短時間で死柄木に追いつくなんて。やっぱり彼はすごい。
「ここらでいいか。」
ようやくグラントリノさんが地面へと下ろしてくれた。私たちは避難先とは反対方向、山の近くまで逃げてきた。辺りは一面瓦礫だらけ。さっきまで病院があったはずの場所はすっかり更地になっている。
「今下に相澤先生が‼」
「うん。個性使ってるみたいだった。」
緑谷くんと一緒に彼を見つけた場所へと視線を移す。消太くんは死柄木と私たちとの中間地点で奴に個性を使わせないよう奔走してくれているようだった。
「ああ。死柄木の個性を封じとる。」
「ジイさんもっと離れた方がいいだろ‼」
向こうでエンデヴァーさんの凄まじい炎が上がっている。距離を取ったとはいえ戦いが行われているのはすぐそこだった。援軍も駆けつけてくれたようでエンデヴァーさん以外のヒーローやサイドキックの皆さんの姿も確認できる。ぶわりとNo.1の熱気が頬に伝わり、爆豪くんの言う通りさらに遠くに行かないと安全は確保できそうになかった。
「グラントリノ、かっちゃんとみょうじさんは……。」
「ヒミツの共有者じゃろ。俊典から聞いとる。ここが限度じゃ爆豪。」
緑谷くんが私と爆豪くんの説明をしようとしたところグラントリノさんが渋い顔で遮った。オールマイト、私達のことも話してくれてたんだ。
「奴の移動速度が想像以上に速い。追える者は限られる。通信が封じられた以上離れ過ぎは却って奴を自由にさせる。留まらせ人々から引き離しイレイザーの視界に入れた……!すでに充分な成果じゃ!」
そういえばさっきインカムが壊されたんだった。ヒーロー同士の通信は不可能ってことか。こちらの連携を崩そうとしている。狡猾だ。
だけど死柄木の狙いはワン・フォー・オール。ここに緑谷くんがいる以上は避難している住民の人には危害を加えないはず。彼が囮の役割をしながら消太くんの抹消を駆使してヒーローたちが総力戦で挑む。確かに、これなら勝機があるかも。
「俺はイレイザーの足になりに戻る。」
「……!やっぱり怪我してるんですね。」
「ああ、初めの崩壊から逃げる最中脳無に右足を掴まれてな。今は引きずって歩いとる。」
グラントリノさんの返事に胸が詰まる。さっきロックロックさんたちに体を支えられていたのは見間違いじゃなかった。あの状態で死柄木に襲ってこられたら逃げようがない。
「隠れてろって……ことですか!?」
私たちを置いていこうとするグラントリノさんに緑谷くんが抗議する。けれど彼の次の一言に私たちは黙るしかなかった。
「奴はAFOの個性を移植されたらしい。DJヒーローが言っとった。」
「‼」
AFOの個性。もしかして奴が今まで取り込んだ全ての能力も使えるのだろうか。ひざしくんの無事が確認できたというのに嫌な汗がじわりと滲んだ。
そうか、だから死柄木は急にワンフォーオールを狙い始めたんだ。移植の際にAFOの意識も入り込んでしまったのかもしれない。だとしたら本当に緑谷くんが危険だ。きっとあいつは意地でも彼の個性を奪いに来る。
「万が一ワン・フォー・オールを奪われでもしたら……。最悪を考えろ。」
グラントリノさんの言う通り、どんなに悔しくてもここは無暗に動くわけにはいかない。考えたくもないけど、緑谷くんがやられてしまったらもう打つ手は無くなるのだ。今目の前で戦いは行われているというのに。自分達ではどうすることもできない歯痒さに唇を噛んだ。
「なに敵は一人!これを討てねば何の為のヒーロー飽和時代か!」
俯いてしまった私たちを元気づけようとグラントリノさんがその胸を張ってみせる。大人しくその背中を見送ろうとしたその時、まるで彼の言葉が前フリだったかのような信じられない光景が土煙の中で浮かび上がった。
「こ、れは……。」
四人ともあんぐりと開いた口が塞がらない。敵は死柄木一人。そのはずだったのに。視線の先には見渡す限りの脳無、脳無、脳無。何体いるのこれ。どこからやってきたのかもわからない巨体に唖然とする。これも死柄木の仕業だろうか。奴らはまるでエンデヴァーさんへの加勢を阻むかのように他のヒーローたちに襲い掛かっている。
「いかん!二体イレイザーに向かいよる‼おまえらは隠れていろ!」
すぐさまグラントリノさんが消太くんのところへ飛んでいく。最悪。その二文字が頭に浮かんだ。
「待って、あれ……死柄木だ。」
消太くんのいる位置に脳無より速いスピードで向かって行ってる。まずは抹消から潰そうってことか。私たちは先ほどグラントリノさんから隠れていろと指示を受けたばかり。でも。
考えるより先に体が動いていた。
「見てるってことは、見られてるってことも考慮しなくちゃあな。邪魔だ、イレイザーヘッド。」
死柄木が消太くんに触れようと手を伸ばす。USJでの血だらけの彼が脳裏によぎった。間に合え、間に合え。今度こそ絶対助ける。
「邪魔はおまえだぁ!!!」
消太くんが叫んだのと同時に彼らの周りの空気を思い切り引っ張った。緑谷くんとグラントリノさんは死柄木へと突っ込みその体を抑えつける。
「すみません!水の位置ずれたかも!」
「おいなまえ!?」
空気操作で消太くんの肩を支えていたマニュアルさんごと後ろに下がらせてしまったため慌てて態勢を整えてもらう。とにかく目の保湿が最優先。気にしている余裕がなくて驚く消太くんの呼びかけは無視する形になった。何としても今、消太くんに瞬きさせるわけにはいかないのだ。
「なまえ!どうしてここにいる!?」
「イレイザー、動かないで。」
突然現れた私たちにまだ混乱している消太くんがマニュアルさんに宥められる。普段よりいくらか声が大きくなっている彼を落ち着かせようと、私はその手をぎゅっと握った。
「守りたかったから。」
私の答えに消太くんは言葉をなくしていた。私はふっと笑って改めて死柄木の方へと向き直る。
いつだって誰かのために、私たちのために体を張ってくれる消太くん。かっこよくて大好きな、憧れの先生。彼にもらったものは計り知れない。
私たちのピンチには必ず駆けつけてくれる。その背中を見てきたから、私たちは今ここにいるのだ。彼が担任だったから、私たちはここまで強くなれたのだ。彼の気持ちに報いたい。守られてるばかりじゃないと、その優しさに甘えてばかりじゃないと証明したい。
消太くん、あなたのおかげで私たちちゃんと成長してるよ。だから、今度は。
「こっちの番だ!!!」
爆豪くんの叫びがその場に響いた。三人とも気持ちは同じ。ただあなたを守りたい。彼がこれまで教えてくれた全てを胸に、私はヒーローとして目の前の敵を見据えた。