全面戦争
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「皆さんこっちに!このまま真っすぐ逃げてください!」
崩壊が一時的に止まり、その隙に街の人たちにはより安全な場所へと移動してもらう。私は空中に留めていたバスとトラックを地上に下ろし、動けなくなってる人はいないか上空から確認していた。
「今のところ怪我人なしです!」
「こっちも!あのねまだバーニン繋がらないの!」
「……そうみたいですね。」
一緒に救助者の確認をしている波動先輩の目には明らかに心配の色が滲んでいた。きっとリューキュウさんの安否を考えているんだろう。いつまでたっても応答しない病院側のヒーローたち。こちらの不安は募るばかりだ。
「……!」
その時ザザ、という音が耳に流れ込んできた。誰かからの通信だ。聞き逃さないようインカムを片手で押さえる。
『全体通信こちらエンデヴァー!!!病院跡地にて死柄木と交戦中‼地に触れずとも動ける者はすぐに包囲網を―。』
待ち望んでいたNo.1の声。彼の無事を確認してほっとしたのも束の間。事態はあまりに深刻だった。
インカムの向こう側を想像してごくりと喉が鳴る。エンデヴァーさんは死柄木と戦っていた。これほどまでに大規模な街の壊滅を招いた死柄木と。壮絶な戦闘になっていることは間違いない。そんな中で通信してきてくれたのか。
彼は地に触れずとも動ける者に加勢を呼びかけていた。やっぱりあのひび割れ触らなくて正解だった。きっと死柄木は、五指で触れずとも相手を崩壊させられるようになったのだ。
どうやらエンデヴァーさんと死柄木がぶつかり合っているようで通信は途切れ途切れ。それでも、私のやるべきことは一つだった。
「波動先輩、私たちも病院の方に『ワン、フォー、オール?』
その時、エンデヴァーさんの口から予想していなかった言葉が零れた。今まさに踏み出そうとしていた足の動きがぴたりと止まる。
『あ!?ワン・フォー、何!?とりあえずアシスト向かう!』
その後のバーニンさんからの応答でも同じ単語が繰り返される。やっぱり聞き間違いなんかじゃない。ワン・フォー・オール。エンデヴァーさんは確かにそう言った。
全く状況がわからない。ワンフォーオールのことをエンデヴァーさんは知らないはずだからそれを先に発信したのは恐らく死柄木。でも一体何故。タルタロスで拘束されているオールフォーワンから指示は仰げないはずだ。死柄木はこれまでワンフォーオールに固執している様子も見せてなかった。それなのに。いやごちゃごちゃ考えてる暇はない。
下を見るとすでにバーニンさんは動ける他のヒーローたちと一緒に病院へ向かい始めていた。どうしよう、誰に状況を説明すればいいのか。そもそもワンフォーオールの力なんて信じてもらえる話じゃないし、私の独断で言っていいものでもない。必死で思考を巡らせていると再び通信が流れてくる。
『避難先の方角に向かってる!戦闘区域を拡大しろ‼街の外にも避難命令を‼』
緊迫を伝えるエンデヴァーさんの焦った叫び。死柄木がこっちに来る。急に進路を変えて、ヒーローに見向きもしないで。どうして。その答えの行きつく先は一つしかない。
奴はワンフォーオールを、緑谷くんを狙っている。目的も理由もわからない。だけどそれは明らかだった。
すぐに下にいる彼の姿を捉える。緑谷くんは避難に急ぐ街の様子を見て数秒考え込んだあと、一人で駆けだした。その背中を爆豪くんが追う。
「トルネード?どうしたの私たちも行こう?」
動かなくなった私を波動先輩が覗き込む。私は彼女の顔を見て一瞬迷ってから、覚悟を決めた。
「先輩、あと頼みます。」
「え?」
「ちょっと忘れ物したので!すぐ戻ります!」
「トルネード!?」
彼女の呼びかけを背に私は加速した。猛スピードで避難場所とは別方向に向かって行く彼らに持ち前の機動力で追いつく。
「みょうじさん!?」
「死柄木が狙ってるの多分緑谷くんだよね。私も行く。」
「でも……!」
「ここでプロの人員割くのは違うでしょ。今は遠くに行かないと。」
「そう……だね。街の人たちの安全を最優先……!」
「そういうこと。」
「"ワン・フォー・オール"の直後に"こっち向かってくる"だけじゃ正味根拠は薄いけどな……!とにかくてめェは動くしかねぇ。」
爆豪くんも私と同じ考えだったらしい。死柄木は緑谷くんを目標としているはず。確証は持てないけどもしも私たちの想像が正しいなら、一刻も早くここから遠ざからなければならない。
「おい!どこ行くんだ!」
後ろから焦凍くんの声が聞こえる。緑谷くんは「忘れ物!」とさっきの私みたいな言い訳をして先を急いだ。
「デクです‼個別通信失礼します!死柄木は僕を狙ってる可能性があります!人のいない方へ誘導できるかも‼少し通信お願いします‼」
「俺がツブしたらァ‼‼」
移動しながら緑谷くんがエンデヴァーさんに個別通信を試みる。隣の爆豪くんも気合十分だ。本当に何とも頼もしい。
「訳は後で‼遠すぎるのと土煙でこっちから死柄木が見えません!進行方向を変えるような素振りがあれば教えて下さい‼」
エンデヴァーさんは当然意味が分からないだろう。緑谷くんのインカムから戸惑いの声が漏れたけど事態はすぐに彼の言った通りになる。
『変えた‼南西に進路を変えた‼』
驚きを隠せない様子のエンデヴァーさん。緑谷くんはその叫びを受けてさらに避難場所から距離を取ろうとスピードを上げた。
「やっぱり……‼ありがとうございます‼避難の時間を稼げる‼このまま引きつけます‼」
言いたいことだけ言って一方的に通信を切る。これ、エンデヴァーさん困ってるだろうな。事が事なだけに説明してる暇もないんだけど。あとで三人一緒に怒られよう。そのためにはまず、目の前の脅威。
『皆聞け!死柄木跳躍し南西に進路変更‼超再生を持っている‼最早以前の奴ではない‼』
エンデヴァーさんから全体通信が入る。さすがNo.1判断が速い。私たち学生の言葉を信じてくれた上今何が最善なのか瞬時に選び取ることができる。
「来るって二人とも‼」
加速を続けながら緑谷くんが改めて私たちに状況を伝える。
「聞いたわ‼てめェこそ聞いたんか!?化け物になっちまってるってよあのカス!尚更ギリギリまで引き寄せンぞ!」
「超再生って何でいきなりそんなに成長しちゃってるんだろうね!?」
「俺が知るかよ‼」
思わず率直な疑問をぶつけてみたけど当然誰も知る人はいない。とにかくすぐに追いつかれるわけにはいかないので三人でひたすら空中を進んだ。街の人たちは無事に避難できているだろうか。そんなことを考えていると突然緑谷くんが思い出したようにこちらを振り向いた。
「二人とも何でついてきてくれたの!?」
「ブッ飛ばすぞ‼」
「そんな!」
彼の場違いな問いかけに爆豪くんが吠える。うん、普段通りの二人でちょっと安心する。
「それは今さらじゃない?」
「いや、そうなんだけど……。」
「あん状況でノータイムで事情納得していける奴なんざ俺とこいつだけだ!」
「他の人に説明するわけにもそこで時間使うわけにもいかないもんね。」
緑谷くんの置かれた立場をすぐに理解して援護できるのは秘密を知っている私たちだけ。爆豪くんの説明に私もうんうんと頷くと緑谷くんはようやく合点がいったらしく「ほんとだ」みたいな顔をした。
「あっ、ありがとう……!!!」
「どういたしまして!」
彼の素直なお礼に親指を立てて返事する。反対に爆豪くんはいつにも増して眉間に皺を寄せていた。
「自惚れんな。きてくれただァ?てめェ主役にでもなったつもりかよ。俺ァあのカスに用があんだよ。オールマイトを終わらせちまった男として。」
爆豪くんの真剣な瞳から何を思い出しているのかすぐにわかった。合宿での敵襲撃。神野の悪夢。そしてオールマイトの引退。彼は自分で自分に決着をつけるため、今この場所にいるのだ。
「てめーは餌だ。あの日の雪辱を果たすンだよ俺がぁ‼完全勝利する‼絶好の機会なんだよ‼」
「かっこいいけど面構えが完全にアウトなんだよなあ。」
据わった目でにたりと笑う爆豪くんはどう見ても敵だ。ちょっと恐ろしい。それでも並々ならぬ覚悟は伝わってくる。
「うるっせェ‼わかったらてめェらも気ィ抜いて足引っ張んなよ‼」
「うん‼」
「了解です。」
すっかり相棒のようになってしまった幼馴染二人を眺めつつ先へ先へと空中を進む。まるで己への誓いのように爆豪くんが叫んだ。
「負けねんだよ俺ぁ……負けたままじゃいられねんだよ‼」
彼はどこか吹っ切れたように見えた。やっぱり、自分の中で答えを見つけた人は強い。
「……!?何、」
爆豪くんの眩しさに目を細めていると、急なノイズ音と共にインカムから電流が流れた。機械が壊れてしまったのだと理解する暇もなく、目の前に現れる影。ぞわりと寒気が走った。
「頭ん中で響くんだ。手に入れろって。ワン・フォー・オールをよこせ緑谷出久。」
それは唐突に現れた。穏やかな表情とは裏腹な凄まじく禍々しい雰囲気。死柄木弔の手が、私たち三人に伸びてくる。咄嗟に攻撃を放とうと腕を構えるけれど、敵うはずがないと頭の片隅で警鐘が鳴っていた。ボロボロと崩れる私たちの姿がこちらの意志に関係なく浮かび上がってくる。あの夏神野で味わった、死のイメージ。
ああ、死ぬ。自分の直感がそう告げていた。