全面戦争
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
戦いが明日に迫る中、私は彼と訓練をしていた。なるべくいつも通りに、平常心で。焦って怪我などしないように細心の注意を払いながら体を動かす。
「っは、ごめん、参った。」
捕縛布を使おうとした心操くんを風で抑え込むと彼は観念したように唸った。今日はこれまで3戦2勝。まずまずの成果だ。
休憩のため二人で荷物の置いてある場所に向かう。ペットボトルに口をつけながら彼はちらりと私を見た。
「……これから何かあるの?」
「え、何かって?」
「わかんないけど……ナイトアイの時と同じ顔してるから。まあ、あの時よりは思い詰めてないみたいだけど。」
本当に彼の観察力はすごい。自分でも無意識だったけど、どうやらエリちゃん救出の時のように切羽詰まっていたらしい。それでも今泣かずに強い覚悟のままいられてるのは、多分いくらか成長できたから。不安に押し潰されてしまうようなことはなかった。
「ちょっと大事な遠征があって……でも、大丈夫。」
「信じていいの?」
「え、それはもちろん。」
疑わしげな目。全然信じてくれてないなあこれ。思わず苦笑が漏れる。
「……じゃあとりあえず先謝っといていい?」
「やっぱ大丈夫じゃないじゃん。」
「いやなんて言うか、今回ばっかりは無茶しないって約束できないかも、とか……。」
私の言葉に彼の眉がピクリと動いた。怒られるかなあ。でも本当に、多少無理しないとこの戦いには勝てないかもしれない。頭のどこかでそれがわかっていた。
「……じゃあ、死なないって約束して。」
それは重い一言だった。目の前の彼を見るととても真剣にこちらを見つめていて、明日のことを知っているんじゃないかとさえ思える。だけどそんなはずはない。私は彼に全てを話してしまいたいという衝動を必死で抑えた。
「うん、約束する。ちゃんと笑顔で帰って来るから。また一緒に訓練しよ。」
にっと口角を上げると心操くんは肩を竦めた。渋々了解って感じの反応だなあ。ほぼ諦めるような形で納得してもらってしまって申し訳ない。
「何か死亡フラグみたいで不安なんだけど。」
「あ、この戦争が終わったら結婚するんだみたいな?」
「それ。」
確かに。だけど死ぬつもりは毛頭ない。心配しないでと笑えば彼は深くため息を吐いた。
「ま、こういうのも大事かもね。死亡フラグでもなんでも、何か大きいことがある前にちゃんと気持ち伝えとく、みたいなのってさ。」
「え。」
「いつ後悔するかわかんないし。特に俺達みたいなヒーロー目指してる人間はそうじゃない?」
「……そう、だよね。」
恐らく心操くんに特別な意図はない。話の流れで出た言葉だったんだろう。でも、それを聞いて私は考え込んでしまった。まるで自分の弱さを見透かされているようだった。
ヒーローにある日突然死が訪れることを、少なからず私は知っている。その人がいなくなってから取り返しのつかない後悔をすることになるということも。どれだけああしていれば良かったこう言っていれば良かったと嘆いても、その願いは二度と叶わない。
そうだ、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。私は自分の手をぎゅっと握りしめた。
「心操くん、ありがとう。」
「え、何が。」
「なんか、腹括ったかも。」
「……そりゃよかった。」
不思議そうにしていた彼が私の表情を見て目を細める。一つの決断を下したことを理解してくれたみたいだった。
もちろん誰も死ぬ予定はない。みんな無事で戻ってくるのが大前提だ。それでも言いたい時に言っておかなければ、その言葉は決して届きはしない。
もう絶対に私は私の気持ちを無視しない。向き合わなきゃいけない人から逃げない。決戦に向けて、さらに覚悟が深まった。
次の日の朝、私はすっきりと目を覚ました。体の調子も良く頭も冴え渡っていて、自分史上一番よく動けそうな気さえする。
しっかり朝食を取り自室でコスチュームに着替える。大事なそれを右腕に着け、鏡の前でぱちんと両頬を叩いて気合を入れた。
「なまえ、おはよう。」
「おはよう響香。」
共同スペースにはすでに何人もの姿があり、その顔つきはみんな頼もしかった。誰もが大きな戦いになると予想している。
「なまえは避難誘導だっけ。」
「うん。街の人が避難できたらそこからは状況に合わせて動くって感じかな。」
「ウチもとりあえず後方待機。お互いやれること頑張ろ。」
「うん!」
二人でぎゅっと抱き合う。響香からのエールで余計に力が湧いてきた。
全員が揃い、指定の時間通りに寮を出る。前線に出る上鳴くんと常闇くんにみんなが声をかけていた。
「頑張れよ上鳴!」
砂糖くんがその肩を叩く。すると彼は涙目で深くため息を吐いた。
「なあんで俺が前線かね……。」
「弱気禁止ー!常闇くんとかめっちゃ落ち着いてるよ!?」
「じたばたしても仕方あるまい……。」
「大人!」
透ちゃんがわざと明るく返す。少しでも彼らの緊張を和らげようとしているのが見て取れた。
みんなが雄英の外に向かうのを眺めながら、私は最後尾で彼の手を引いた。驚いた彼は振り返って私の姿を確認したあと、いつも通りに目を細める。
「ん、どした?」
その優しい声色にじんわりと心が温かくなった。私は自分の右腕を上げ、キラキラと光るそれを彼に見せる。
「これ、瀬呂くんからのお守り。つけてくね。」
「お、さんきゅ。やっぱすげー似合ってる。可愛い。」
口を突いて出てくる褒め言葉。こうやって何度も何度も彼に救われてきた。いつだって瀬呂くんは私の光だ。
だから今、言わなくちゃならない。
「あのね、瀬呂くん。今までずっと待っててくれてありがとう。私、もう大丈夫だよ。」
真っ直ぐに彼の顔を見据える。瀬呂くんは目を見開いたあと自分の口に手を当てた。
「は、そ、れって……。」
もう大丈夫。その意味を理解した彼の耳が一瞬で赤く染まる。私も赤い顔のまま、笑って拳を突き出した。
「それじゃ、気張っていこう!」
「……っし、さっさと終わらせて絶対二人とも帰ってくんぞ。」
二人の拳がコツンと重なる。それ以上は私も瀬呂くんも話さなかった。一番大切なことは伝えられた。続きはここに帰ってきてからでいい。
より一層背筋が伸びた私たちは明日を迎えるためにその一歩を踏み出した。