全面戦争
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春休みが始まっても私たちの慌ただしさはなくならなかった。むしろインターンに専念できるようになった分さらに忙しくなっている。
夜になって続々とみんなが寮に帰って来る中、私はソファに座って今日エンデヴァーさんにもらったメールをぼんやり見つめていた。
「そろそろ春休みが終わっちまうな。」
上鳴くんがしみじみと呟く。この休みが終われば私たちも2年生。どこか感慨深くなってしまうのはきっとみんな同じだ。
「今度のインターン遠征だって。」
「あら、本当ね。」
玄関から入ってきたばかりのお茶子ちゃんと梅雨ちゃんがスマホを見ながらこちらに歩いてくる。恐らく彼女たちが話しているのはリューキュウさんからのメールについてだろう。二人の言葉を聞いて、私の心臓がどきりと音を立てた。
「梅雨ちゃんたちも?まじで?俺らも俺らも!」
「僕たちもその日遠征だよ!?」
「え~~!?何だろうね!?」
上鳴くんと緑谷くんも驚きの声を上げ、一体何があるんだろうと顔を見合わせている。他の面々もウチも俺もと続いていて、同じ日にクラス全員が遠征であることがわかった。これが偶然であるはずがない。
先ほどエンデヴァーさんに遠征を告げられた時、そうじゃないかと思っていた。いよいよその時が来たんじゃないかと。それは恐らく的中で、メールに書かれてある日時に指定の場所で私たちは戦うことになる。とてつもなく巨大な悪意の塊と。私は誰にもばれないように小さく息を呑んだ。
「なまえ、大丈夫?」
「え?」
気づくと隣の三奈ちゃんが心配そうにこちらを覗いている。
「顔色悪くない?」
「そうかな、ここのところ忙しくてちょっと疲れちゃったかも。」
「そういう時はお風呂に限る!そしてよく寝る!」
「ふふ、そうだね。一緒に入ってもらえる?」
「もちのろーん!」
行こう行こうと彼女に腕を引っ張られて立ち上がる。お茶子ちゃんや響香たちも一緒に入ると手を挙げてくれて久しぶりに女の子みんなで湯船に浸かることになった。
大きな戦いまで残された時間はあと少し。ホークスさんとエンデヴァーさんの顔を思い浮かべて、歩く足に力が籠もった。
決戦が近いとわかってから、胸のあたりがざわざわと落ち着かない。何しろ敵の数は十万以上。学生まで駆り出されて総動員で立ち向かわなければならない。インターンでの敵退治とは規模がまるで違う。これはもはや戦争なのだ。
さっきから何度も寝返りを打っているが眠れない。お風呂に入ったというのに体は冷たかった。今から緊張してても仕方ないのにどうにもその日のことばかり考えてしまう。
「……駄目だ、起きよう。」
こうなったら自然と眠くなるまで待つしかない。私はのそりと体を起こして部屋を後にした。
もうすっかり夜中だということもあって、当たり前だけど廊下はシンとしていた。これは下に行っても誰もいないかもしれないなあ。
望み薄のまま共同スペースに向かうと意外なことに一つ明かりがついていた。こんな時間まで起きてる人がいるのか。そろりとその様子を窺うと、ソファで膝を抱えて座っていたのはさらに予想外な人物だった。
「……青山くん?」
彼の肩が大きく揺れる。声をかけるまでこちらに気づかなかったらしい彼は、私の姿を確認するなり「やあ☆」とウィンクしてくれた。
さっき少し元気がないように見えたけど気のせいだったのだろうか。にこにこと笑っている青山くんはいつもの青山くんそのものなはずなのに、妙な違和感が心に残った。
「珍しいね。青山くんいつも早寝でしょ。」
「ウィ☆ちょっと今日は寝られなくてね。君もなのかいっ?」
「そうなの。誰もいないかもと思って下りてきたから青山くんがいてくれて良かったよ。」
話し相手になってほしいと頼めば彼は快く了承してくれた。入学したての頃は彼の独特な会話についていけなかったけど演習や文化祭を通して仲良くなり、今ではその言葉の意味をちゃんと理解できるようになった。慣れってすごいなあ。
「青山くんはヨロイムシャさんのところでインターンなんだよね。」
「そうさっ。日々鍛錬で僕のキラキラも勢いを増してるよ☆」
「透ちゃんとのコンビ技もすごいもんね。負けてらんないなあ。」
「僕はお腹の調子との戦いでもあるけどね!」
キメ顔で親指を立てる青山くん。彼は個性を使いすぎるとお腹が痛くなるのだ。自分のキャパシティを超えると体調に影響が出てしまうという点では私と同じだった。
「私ももっと個性上限上げられるように頑張んないと。」
「君はもう充分じゃないのかい?最近は血もでてないだろ?」
「うーん確かに結構キャパ広がってはいるんだけど。自分的にはもうちょっといけるかなって思ってるんだよね。」
この先さらに圧倒的脅威と戦わなければならなくなったら。今のままでは勝てないかもしれない。きっとクラスのみんながそうだろうけど、ヒーローを志すなら上を目指すに越したことはないのだ。
私の返事を聞いて青山くんは口を閉じた。何故だか黙ってじっとこちらを見ている。え、何だろう。表情があまり変わらないから心の内が読めなくて怖い。
「……君は、変わったよねっ。」
「え。」
ようやく言葉を紡いだ彼は私に向かってにこりと笑った。
「前はそんなに上昇志向が高くなかった☆どんな心境の変化があったんだい!?」
突然の質問にぽかんとしてしまう。何だかあまりに意外だ。青山くん、クラスメイトのことよく見てる人なんだ。普段の彼のイメージとは異なる言動に返事をするのが遅れる。
「……あ、えっと。何て言ったらいいのかな……。色々と自分の中で決着がついたというか、大丈夫かもって思えるようになったんだよね、最近。」
ふんわりとした説明で納得してもらえるか不安だったけど彼は「そっか」と頷いてくれた。その時青山くんはどこか遠い目をしている気がした。
「それじゃあ、君はお父上がヒーローだったことを煩わしく思ったりするかい?」
またもや唐突な質問が続く。今日の青山くんはいつになく饒舌だ。しかもいつもなら決して踏み込んでこないようなことをいくつも聞いてくる。一体どうしたんだろう。夜中でテンションが上がってるからってわけでもなさそうだけど。
「どうして?」
「だって、父親がヒーローだと周りから色々言われるだろう?君は望んでそこに生まれたわけじゃないのに。自分じゃどうにもできない運命を恨んだりはしないのかい?」
「それは……。」
彼からこんな核心を突かれるとは。戸惑ったけど青山くんの目が真剣だったから誤魔化す気にもなれなかった。
「……恨んでる時期も、あったよ。というか今でもちょっとある。けど……。」
「けど?」
青山くんのキラキラと光る目は縋っているようにも見えた。彼は今、何を望んでるんだろうか。私には到底わからなかった。
「その運命から逃げたくないと思ったの。それを背負って生きていくって、もっと強くなりたいって……思わせてくれた人がいたの。」
彼が何を考えているのか理解することはできなかったけど、訴えるようなその瞳に応えたかった。どうやら私が嘘偽りなく本心を話していると彼にも伝わったらしく、青山くんはいつもの調子に戻る。
「そっか、やっぱりかっこいいね君は☆」
「青山くんもかっこいいよ?」
「知ってるさ☆」
「ええ……。」
明るくウィンクをする青山くんに拍子抜けする。さっきの、何だったんだろう。彼が悲しそうに見えたのは私の勘違いだったんだろうか。
「さて、そろそろ僕は寝るよ。君もあまり夜更かししちゃ駄目だからね!?」
「あ、うん。相手してくれてありがとね。」
「お安い御用さっ。」
再びきらりとキメ顔を作った彼がおやすみと私に背を向ける。こちらもおやすみと投げかけると青山くんは男子棟に戻る手前で一度足を止めた。
「……僕にも、そんな風に思わせてくれる人が現れたら……。」
「え?」
「何でもないっ☆」
にこりと笑って青山くんは階段を上っていった。最後に彼が何を言ったのか、上手く聞き取れなかった。この時私が彼の言葉に気づき、その意味を理解していたら。あんなことにはならなかったかもしれない。
私は後にこの夜のことをひどく後悔することになる。