番外編
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「もっとスピード出せないのか。」
「うるせーな落ち着けよ。」
気持ちばかりが焦って苛立ちが募る。さっきから全く時間が進んでいない気さえした。隣でハンドルを握っているマイクも何とか平静を保とうとはしているがその顔色は俺と似たようなもんだ。
「USJで戦った……そんな素振り、微塵も……。」
まさかあんな形でかつての級友と相見えていたとは。いや、あれだけ姿が変わってたんだ。気づけという方が無理な話だ。あいつはもう、俺の知ってる白雲じゃない。
「……なまえは、連れてこなくてよかったのかよ。あいつ相当白雲のこと……。」
マイクが歯噛みしながらなまえについて触れた。俺もこの話を聞いた時真っ先に教えるべきか悩んだ。それくらいあいつは白雲にべったりだった。
「こんな気色の悪い話あいつに聞かせてたまるか。趣味が悪いにも程がある。」
浅い息を一つ吐く。満面の笑みの白雲とその後ろを嬉しそうについて歩く幼いなまえの姿が頭に浮かんだ。かつての日常。もう二度と戻ってこない穏やかな日々。
「俺ぁ……塚内さん達の勘違いに賭ける。」
俺だってそう思いたい。それきり俺たちは黙りこくって長い長い道のりを祈りながら辿った。頼むから何かの間違いだと言ってくれ。ぎりぎりと首を絞められているような嫌な感覚がずっと纏わりついていた。
人の手によって改造され複数の個性に耐えられるようになった人間。それが改人脳無だ。ただし脳みそから心臓に至るまでめちゃくちゃにされており元の人間の体としてはとっくに死んでいる。
グラントリノさんたちが確保した敵連合の中核・黒霧は、どうやらその脳無だったらしい。複数の因子が結合され新たなワープという個性になっていた。そしてそのベースとなった因子、それが。
かつての俺たちの級友、白雲朧のものと極めて近いと判明した。
「……運転変わるか。」
「いい。おまえのが心配だわ。」
マイクは鼻をすすりながら再び運転席に乗り込んだ。俺たちの祈りは虚しく、黒霧の中にいたのは白雲だった。
あいつは俺と同じインターン先で亡くなった。倒壊される建物に巻き込まれて、あっけなかった。俺はあいつのすぐ近くにいたのに、自分のことに手いっぱいで気づいた時には手遅れだった。
俺が拾えないとやり過ごした猫を、迷わず拾ってくるような奴だった。中途半端だった俺を、ヒーローの道へ引っ張り上げてくれた。いつでも明るく人気者の自慢の友達。
そんな奴が、そんな奴の体が、死んだあとこれほど悪意に満ちた使われ方をするなど、一体誰が想像できた。胃の奥から何かが迫り上がってくるようでずっと気持ちが悪かった。
「病院。何かわかるか。」
「俺ァさっぱりだよ。悔しいことにな。」
白雲が俺たちに残した、たった一言。これを意地でも事件の進展に繋げないとあいつも死にきれない。窓の外を流れる景色は色を失ったかのようにくすんで見えて俺は思わず目を覆った。
「校長室寄ってく。先寮帰ってろ。」
雄英に到着し俺は報告のため校長室を訪ねた。正直ほとんど自分が何を言ったか覚えてないがそれはまあいい。すぐに帰っていいとの許可が出たので重い足取りで教師寮を目指す。思考が回っていないことにも気づかない程俺の心は疲弊していた。
「消太くん?」
不意に顔を覗きこまれ俺は驚きを隠せなかった。相手が悪かったっていうのもある。あんなことがあったあとによりによってこいつに会うとは。自分の運のなさを呪った。
「あ、ああ……お前か。もう授業終わったのか。」
「うん。消太くんも用事終わっ……どうしたの。顔真っ青だよ?」
必死で取り繕うが自分が何をしゃべっているのかももはや定かじゃない。なまえは俺の焦りを知るはずもなくその目に心配の色を滲ませた。
「……いや、何でもない。」
「何でもないって感じじゃないけど。」
こいつは妙に鋭い。いや今は俺が動揺しすぎてるのか。俺をじっと見つめて逸らさない意志の強い瞳に上手く次の言葉が出てこない。なまえのその表情が学生時代の白雲と重なって俺は不覚にも泣きそうになった。
いっそ全てを話してしまうか。普段ならあり得ない衝動に駆られて俺は思わず手を伸ばした。気づいた時にはなまえの背中に腕を回し細い肩に自分の顔を埋めていた。心底心配そうに俺を見るこいつの目がどうしようもなく白雲を思い出させ、俺は情けなくもその優しさに縋った。
「な、なに……「なまえ。」
大の大人に抱きしめられて戸惑うなまえを無視して俺は言葉を続けた。完全に余裕のなくなっている俺に対してなまえは黙って耳を傾けてくれていた。
「お前……もし、もしあいつが……。」
「あいつ?」
そのとき聞き返された声が妙にはっきり響いた。急に我に返り思考が戻ってくる。何をやってんだ。辺りを見渡してここが学校の廊下だとようやく認識する。
すぐに体を離しなまえから距離を取る。こんなところ誰かに見られでもしたらこいつまで処分の対象になる。段々とクリアになってきた頭で自分の失態を改めて悔いた。
「……悪かった。忘れてくれ。」
「え、っと。学生には言えない話?」
「まあ……そういうことだ。」
「……わかった。それなら聞かない。」
こんな言葉で納得するような奴じゃないと思っていたが意外にもなまえはあっさり引き下がった。参っているのがよっぽど顔に出てたらしい。誰に対しても気を遣いすぎるところは悪癖でもあるが、今は感謝せざるを得なかった。
「その代わり、今日はちゃんと早く休んで。隈酷くなってるよ。」
「ああ、約束する。」
何も教えてはもらえないとわかっていてなお俺の体を心配してくれる。こいつに話してしまう前に理性を取り戻せてよかった。初恋相手の遺体がめちゃくちゃにされた挙句黒霧として雄英を襲撃していたなんて。これほど残酷な事実なまえだけには聞かせたくない。
「これからもう寮に帰る。お前も遅くなるなよ。」
「うん、ありがとう。」
いまだしっかりしない足取りで玄関へと向かう。俺が背を向けてからもなまえはずっと心配そうにこちらを見ているようだった。
高校生なんてまだほんの子どもだ。簡単に心が潰れる。あいつは特に人の痛みに感情移入しやすい。綺麗な初恋の思い出のまま、あいつの心の中に仕舞われてた方が良いんだ。
叶うことなら、白雲にも本気でヒーローを目指しているなまえの姿を見てほしかった。そんな自分勝手な願望を握りつぶしながら、重たい体を引きずって寮を目指した。