エンデヴァー事務所
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
コスチュームから制服に着替え仮眠室に向かっていると、先ほど不在だった彼の姿が見えた。
「消太くんお疲れ様。」
忙しい彼を労おうと後ろから声をかけてみたけど反応はない。消太くんは何やら覚束ない足取りでふらふら歩き続けている。あれ、聞こえなかったかな。
「消太くん?」
その背中を追いかけて今度はしっかり顔を覗きこんだ。するとようやく視線がぶつかる。彼は本当に気づいていなかったようで私を見るなり目を見開いた。
「あ、ああ……お前か。もう授業終わったのか。」
「うん。消太くんも用事終わっ……どうしたの。顔真っ青だよ?」
顔面蒼白とはまさにこのこと。すぐに変化がわかるほどに彼から色がなくなっていた。そういやさっきからずっと名前で呼んじゃってるのにその指摘もない。いつもだったら絶対ここ学校だぞって注意されてる。今回の任務そんなに重かったんだろうか。途端に心配が大きくなってきた。
「……いや、何でもない。」
「何でもないって感じじゃないけど。」
じっとその目を見つめると彼は言葉に詰まった。必死で隠そうとしてくれてるけど明らかに彼は動揺していて。少しだけ泣きそうに顔を歪めた。
こんな消太くん、初めて。いつだって余裕たっぷりで私を包み込んでくれるのに。今はなんだかひどく傷ついた子どものように見えた。絶対何かあったんだ。胸がざわざわと落ち着かなくなる。
彼は苦しそうに深いため息を吐いたあと、ここが廊下だということも気にせず私に正面から寄りかかった。背の高い彼の顔が私の左肩に重さを加える。背中に回ってきた武骨な手は小さく震えていた。
「な、なに……「なまえ。」
急な出来事に戸惑う私を彼の低い声が捉える。幸い廊下には誰もいなくて、黙って次の言葉を待つことにした。
「お前……もし、もしあいつが……。」
「あいつ?」
わけも分からずそのまま聞き返すと彼は我に返ったように顔を上げた。数秒私を見つめたあとすぐに距離を取り自分の口元に手を当てる。
「……悪かった。忘れてくれ。」
彼の狼狽えようは尋常じゃなくて、うっすら汗まで滲んでいた。いつもの冷静な消太くんじゃないことは一目瞭然。忘れられるわけないでしょって思ったけど、こんなにも弱っている彼を目の前にしたら頷く他なかった。
「え、っと。学生には言えない話?」
「まあ……そういうことだ。」
「……わかった。それなら聞かない。」
消太くんは私の返事に心底ほっとした表情を見せた。詳細を教えてくれないのは、多分彼の優しさ。こんな時に何もできない自分が悔しかった。未成年だから。子どもだから。彼が私を頼るわけないって、ずっと前からわかってたはずなのに諦めきれない。
「その代わり、今日はちゃんと早く休んで。隈酷くなってるよ。」
「ああ、約束する。」
せめて私ができる範囲のおせっかい。それを聞いて消太くんは力なく笑った。これから教師寮に帰ると言った彼は依然顔色が戻らないまま玄関の方へ消えて行く。
消太くんが抱えてるもの、少しでも持てたらいいのに。まだ未熟な私にはそれを口にする権利はないけれど。私はしばらくオールマイトに呼ばれていたことも忘れて誰もいなくなった廊下で動けなくなっていた。
「相変わらず遅ェ。」
ようやく気持ちを立て直して仮眠室に入っていくとすごい剣幕の爆豪くんに睨まれた。怖い。
「ごめん。相澤先生とちょっと話してて……。」
遅れてしまったことを謝り急いでソファに腰かける。相澤先生という単語にオールマイトの瞳が微かに揺れたのに気づき、やっぱり消太くんに何かあったんだろうと確信してしまった。嘘吐くのもうちょっと上手くなってほしいなあ。
「二人には先に見てもらったんだが、みょうじ少女も目を通してくれないか。」
「歴代継承者個性……。」
机の上に置かれていたのは一冊のノート。どうやら緑谷くんのためにオールマイトが作ったものらしい。ワンフォーオール歴代継承者の詳細が可能な範囲でまとめられていて、今後の緑谷くんにとって非常に有益な優れものだ。
早速ノートを手に取りペラペラとページをめくる。
「五代継承者ラリアット……本名万縄大悟郎。身体から放出するヒモ状のエネルギーで捕縛と空中機動を得意とした。この人が黒鞭の個性の人ですね。」
「そうだ。爆豪少年からも先ほど指摘があったがワンフォーオールの継承者は皆が皆攻撃に特化した個性だったわけじゃないんだよ。」
オールマイトの説明を聞きながらノートを読み進めると確かにどの個性もオールマイトのような超人的なパワーがあったわけじゃなさそうだった。特別力の強い人に個性を譲渡してたわけじゃないってことか。
「てめーがもたもたしてる間にとっくに話済んでんだよ。二回も同じこと聞かせんじゃねェ。」
「ごめんって……。」
今回は完全に私が悪いので立場が弱い。オールマイトがまあまあと爆豪くんを宥めながら話の続きをしてくれた。
「AFOはワン・フォー・オールに固執していた。今では考えられない程に悪が力を持っていた時代、AFOは強いものを徹底的に潰していった。歯止めの利かない悪意と支配がそれを可能にしていたんだ。地獄の中を踠き……息絶える中、歴代はこの力に未来を託し紡いできた。彼らは選ばれし者じゃない。繰り返される戦いの中でただ託された者であり託した者だった。」
強いものを徹底的に潰す。それがまかり通っていた時代。継承者の人たちはどんな思いでワンフォーオールを受け継いだんだろう。あれほどまでの巨悪が迫ってくる恐怖を、どう乗り越えていたんだろう。そこにはきっと想像もできないほどの葛藤と勇気がある。
自分の代では為し得なくても次の継承者はオールフォーワンを倒せるように。そうやって繋いだみんなの夢が今緑谷くんの肩にのしかかっている。ワンフォーオールの話を聞くときはいつも、あまりに重たい事実に身が竦みそうになってしまう。
「……どーりで、どいつも早死にだ。」
「そー……だね。」
爆豪くんの言葉にオールマイトは何かを言い淀んだ。それが妙に気になってノートの死亡推定年齢の部分を注意深く見てみる。ほんとだ、みんな50代にも届かず亡くなってる。
あれ、でも四代目の人だけ死因が書かれてない。というか記述が途中から消されてる?これはオールマイトが意図的にやったものなんだろうか。全く情報がなかった二・三代目以外はきっちり詳細が書かれてあるのに。
何か緑谷くんに秘密にしたいことでもあるんだろうか。もしかして爆豪くんがさっき言った早死にと関係あるとか。そう思った瞬間一つの考えが頭に浮かんだ。
いやでも。そんな。もちろんこの予想は信じたくない。だけど本当にそうだったとしたら。私がオールマイトの立場でも直接緑谷くんへの明言は避けるかもしれない。
ふと視線を感じてそちらを見ると爆豪くんと目が合った。彼は何を言うわけでもなくじっと私の表情を窺っていた。恐らく彼も私と同じ結論に辿り着いてる。ごくりと喉が鳴った。
このことを緑谷くんに悟られてはいけない。そう判断して誤魔化すように爆豪くんから顔を背けると彼も小さく息を吐いた。
「で!?次はクソナードに何習得さすんだ!」
どうやらこちらの意図を汲み取ってくれたらしい。話題を本筋に戻しつつ次の行動を促してくれる。オールマイトが「円滑……」としみじみ感心していた。本当に出来る男だよ君は。
「浮遊。お師匠の個性だ。」
お師匠、というのはヒーローオールマイトを形作ったと言っても過言ではない志村菜奈さんという女性のことだ。彼女は私と同じく空中を飛び回ることができた。
「……浮遊って結構難しくないですか?」
ストレートに思ったことをぶつけてみる。私も足での空気操作には慣れるまでかなり時間を要した。ましてや緑谷くんは超パワーで地面を蹴って空中へと飛び上がるスタイル。浮遊となるとこれまでとは全然違った練習が必要になるはず。黒鞭みたいに体に変化が起きたわけでもないのに急に飛べるようになるなんて可能なんだろうか。
「もちろん難しいよ。習得するにはそれなりの努力が必要になる。」
「頑張ります‼」
緑谷くんは闘志のこもった瞳で頷いた。そうだよね。後退する道なんて彼の頭にはきっとない。可能かどうかより先に体が動いてしまうような人だから。
「勝った‼俺ァ爆破で浮ける‼てめーは俺が既に可能なことに時間を費す!その間インターンで俺ァ更に磨きをかける!つまりてめーより先にいる!Q・E・D‼」
緑谷くんの次の個性が浮遊だとわかった途端爆豪くんは上機嫌になり今日一番大きい声で叫んだ。
「考え方がせこいよ。」
「喧嘩売ってんのかてめーは‼」
あまりにジャイアニズムが強すぎて口を挿んでしまった。だってQEDとか言い出したんだもん仕方ないよね。緑谷くんはあわあわしながらも意気込みを見せる。
「そっそれはまずい!みょうじさんも元々飛べる個性だし……すぐ習得して追いつくよ!」
「私も協力するね。空中戦なら多少なりとも教えられることあると思うし。」
「心強い……!」
「どーせまたパニクって暴発して死ぬ‼」
「いや黒鞭で要領は把握してるわけだか「死ぬ‼」
「揺るぎない……!」
「爆豪くん今日テンション高いね。」
私たちのやり取りをオールマイトは微笑ましげに眺めていた。前の二人だったらこんな言い合いも出来てないもんね。相変わらずちょっと歪だけどそれでもいい幼馴染の関係になりつつある。爆豪くんの暴言は変わんないけどね。
「あ、そろそろ戻って準備しないと。」
時計を見るとそこそこの時間。今日はこのあとインターン意見交換会と称したお鍋パーティがあるのだ。準備に参加せずおいしいものだけ食べることになるのは頂けない。
「それは早く戻った方がいい。わざわざ来てもらってすまなかったね。」
オールマイトは訓練の日程についてはまた後日伝えると言って私たちを見送ってくれた。三人で廊下を歩きながらさっき考えていたことがまた頭に浮かんでくる。
ちらりと横を見ると新しい個性習得に向けて気合十分の彼。ちくりと胸が痛んだ。
「あの、緑谷くん。」
「ん?」
どうしたの?と小首を傾げる彼の顔は明るい。その笑顔が眩しくて、やっぱり私は何も言えなかった。
「……鍋パ何入れる?」
「え、どうしようかなあ。チーズとか?」
「ふふ、青山くんがうつってる。」
他愛のない話が廊下に響く。私たちがお鍋の具材について議論し始めたのを爆豪くんは無言で聞いていた。彼の瞳は何か言いたげで、その内容が私にはわかってしまっていた。
ワンフォーオールの力。それがもし自分の体を蝕むものだとしたら。緑谷くんは一体どうなってしまうんだろう。オールマイトが彼に伝えることができなかった核心を、今は心の奥底へぐっと吞み込むしかなかった。