エンデヴァー事務所
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警察が到着してエンデヴァーさんは状況説明のために夏雄さんの側を離れた。私はみんなにばれないよう、涙を押し込めふらふらと立ち上がる。鼻が赤いのは寒いからってことで何とか誤魔化そう。
「おい。」
後ろからドスの利いた声がして、振り向くと不満げな爆豪くんと目が合った。これはどう考えても怒ってる。どうしよ。
「ごめんね、もう大丈夫だか「さっきから大丈夫大丈夫うるっせえ。自分のツラ見てから言えや。」
へらりと笑おうとすれば言葉を遮られ、彼はズカズカと私の目の前に歩み寄ってきた。後ずさることもできないまま突然ほっぺを掴まれる。
「い、いひゃい。」
「この期に及んで作り笑い浮かべてんじゃねーぞ気持ち悪ィ。」
ひどい。気持ち悪いって、泣いてた女の子に言う台詞じゃなくない?それでも文句の一つも出てこないのは、私を見据える赤い瞳が存外真剣だったから。
近距離でじっと見つめられ、私も彼から目が離せない。心の奥まで見透かされそうで少しだけ怖かった。
「甘えろ。」
「うぇ?」
数秒間の沈黙のあと飛び出してきたのはあまりに意外な一言で。普段の彼の言動と結びつかなさすぎて変な声が出た。え、今甘えろって言ったよね?私の理解が追いつかないまま爆豪くんは畳みかける。
「甘えんならちゃんと甘えろ。みんながいるから大丈夫とか生易しいこと抜かす奴が遠慮してんじゃねえ。頼り方が下手過ぎんだてめーはよ。」
それを君が言うのか。呆気に取られて返す言葉も見つからない。だけどこんなに直接的な心配、爆豪くんの口から聞けるだなんて思ってなかった。ほっぺを掴まれたまま呆然と彼の目を見る。
多分、ずっと気にかけてくれてたんだろう。轟家に来てからずっと私の様子がおかしいから。さっき爆豪くんに父のことを聞かれた時には大丈夫って笑ってたのにあっさり泣いちゃうし。泣いたと思ったら無理やり笑顔作ろうとするし。こうして並べてみると情緒がおかしい。彼が心配するのも頷ける。
それにしても頼り方下手なのか、私。瀬呂くんや響香には少しずつ頼りたいって言えるようになってきた気がしてたけど、まだまだなんだなあ。そういえば最近インターンやら周りへの配慮やらであんまり自分の気持ち話せてなかったかも。自分の中で整理が出来たらとかそんなことばかり考えて、言語化することを先伸ばしにしちゃってた。
まとまんなくても、今モヤモヤしてるってことだけでもちゃんと吐き出さなくちゃ。爆豪くんのおかげで、さっきまでの胸のつかえがとれた気がした。
「……うん、甘える。」
素直に首を縦に振れば彼はようやく解放してくれた。ひりひりと痛むほっぺをさすりながらありがとうを伝えようとしたけれど、焦凍くんたちが駆け寄ってくるのが見えたので叶わなかった。
「爆豪、なまえのこといじめてんのか。」
「ああ?」
「いじめられてないいじめられてない。」
どうやら爆豪くんが私のほっぺを掴んだのを目撃したらしい。焦凍くんが私と爆豪くんの間に入ってきて彼を睨んだ。なんだかあらぬ誤解が生まれている。慌ててただのスキンシップだと訂正して喧嘩に発展するのを防ぐ。
「それよりてめーは何ともねえんか。」
なんとか焦凍くんに納得してもらい話題は夏雄さんの方に向いた。焦凍くんの後ろからやってきた夏雄さんは食事会の時よりも柔らかい表情で無傷なことを爆豪くんに告げる。
「ありがとう。えっと……ヒーロー名……。」
「バクゴーだよね。」
夏雄さんにヒーロー名を問われて何故か爆豪くんの代わりに緑谷くんが答えた。インターン中ずっとバクゴーって呼ばれてたし私たちもそれにすっかり慣れてたんだけど、彼は静かにその名前を退けた。
「……違ぇ。」
「え!?決めたの!?」
教えて!と詰め寄る緑谷くんに爆豪くんは思いっきり顔を顰める。私も本当は一緒になって聞きたかったけどぐっと思い止まった。彼が一番にその名前を教えたい相手は、私達じゃない。
「言わねーよ!てめーにはぜってー教えねぇくたばれ!」
「俺はいいか?」
「だめだてめーもくたばれ!」
焦凍くん、なんで自分なら教えてもらえると思ったんだろう。謎の自信。緑谷くんが断られてるの見てたはずなのに強メンタルだなあ。爆豪くんの怒号もすごいし。道路に響き渡るほどの声量。後日ネットニュースになっても困るしくたばれはやめた方がいいよ。
「一番に教えたい人いるもんね。」
ジーニストさんを思い浮かべながら爆豪くんの顔を覗きこめば「誰誰!?」と緑谷くんは興味津々の様子。彼はうるせえと幼馴染を一蹴して今度は私を睨んだ。
「余計なこと言ってんじゃねェ泣き虫野郎。」
「や、野郎はひどい。」
容赦ない罵倒にちょっとへこむ。さっき泣いちゃったの内緒なのに。一瞬緑谷くんたちにばれたかもってひやひやしたけど幸いなことに言及はなかった。爆豪くんは配慮が上手いのか下手なのかよくわからない。
その後警察とのやり取りを終えたエンデヴァーさんに声をかけられ、私たちは夜遅くに寮に帰ることになった。雄英の門の前に下ろされ、離れていく車田さんの車を見送る。
「なんだかあっという間の一週間だったね。」
緑谷くんの呟きに私と焦凍くんが頷く。本当に怒涛のインターンだった。冬休みが明けてからもエンデヴァー事務所にはお世話になるから、あんまり終わったって感じはしないけど。
余韻に浸っている私たちをよそに爆豪くんはさっさと寮に戻ろうとする。咄嗟にその背中を呼び止めた。
「爆豪くん。」
彼はこちらを振り向かないまま言葉だけ聞いてくれてるようだった。私にとってはそれで充分だ。
「ありがとね。頼るの上手くなれるよう頑張るから。」
彼は何の反応も示さずどんどん寮の方に向かって行く。相変わらずぶっきらぼうだけど、これはきっと彼にとっての励ましと照れ隠し。やっぱり爆豪くんは優しい。
隣には不思議そうな顔の緑谷くんと焦凍くん。私は二人に「爆豪くんとの内緒話だよ」と笑って残り数百メートルの家路を辿った。
轟家訪問の翌日。共同スペースに下りていくと焦凍くんがソファに座っていた。何をするでもなくぼんやりと天井を見つめている。どうしたんだろう。私はなるべく驚かさないように小さく声をかけた。
「焦凍くん?」
「……ああ、なまえか。」
振りむいた彼の顔はどこか浮かない。いつもより眉も下がってる気がしてなんだか心配になってきた。とにかく話を聞いてみようとソファに一緒に腰かける。
「昨日はありがとな。わざわざ家来てくれて。」
「こっちこそ誘ってくれてありがとう。冬美さんや夏雄さんともお話しできて嬉しかったよ。」
「ああ、姉さんたちも喜んでた。」
あのあと冬美さんは本当にメッセージを送ってきてくれた。昨日のお礼から始まりそれからずっとやり取りが続いている。彼女とのトーク画面を見せようかとも思ったけど今はそんな雰囲気じゃない。雑談をしながらもやっぱり心ここにあらずの焦凍くんに、私は思い切ってその理由を尋ねてみることにした。
「あの、焦凍くん。なんか元気ない?」
私の問いかけに表情を硬くした焦凍くん。どうやら気のせいではなかったようで彼は考え込むように視線を床に落とした。
「……親父が新しく家を建てるらしい。」
しばらく沈黙したあと彼がぽつりと零したのは予想してなかった一言。突然の事態に一瞬理解が遅れる。
新しい家、ってあの家は?取り壊すんだろうか。心機一転で家族としての新しいスタートを切るみたいな?いやでもそうだとしたらタイミングおかしくないか。今は許すための準備をしてるんだって昨日話したばかりなのに。
あまりに性急すぎて上手く返答できずにいると、私よりも先に焦凍くんが言葉を続けた。
「俺たちに、そこで母さんを出迎えてやってくれって。」
私はハッと息を呑んだ。なんとなくエンデヴァーさんの考えがわかった気がしたから。確かにそういうことなら彼が新しい家を建てることを急いだのにも納得がいく。
「その、エンデヴァーさんは……。」
「親父は……あの家に残る。」
やっぱり。エンデヴァーさんは轟家がもう一度家族になるために自分が抜けることを選んだんだ。自分がいることでみんなを傷つけてしまうから。自分が壊したから。家族が新しいスタートを切る時そこにエンデヴァーさんの姿はない。それが、彼にとっての償い。
「焦凍くんは、そのことどう思ってるの?」
私は恐る恐る目の前の彼の気持ちを聞いてみた。焦凍くんは少し視線を彷徨わせたあと、一つ一つ自分の中で整理するように口を開いた。
「自分でもよくわかんねえ。親父がいなくなれば確かに関係はスムーズになると思う。でも、これが俺たちにとって正しい道なのかどうか。今はまだ答えが出ねえ。」
そう言って焦凍くんは目を伏せた。エンデヴァーさんの決断を、彼は肯定も否定もできないでいる。きっとほかの家族もそうなのだろう。
いくら本人からの申し出であっても、すぐにはみんな割り切れない。はっきりと父親を拒絶して切り捨てることになるのだから。家族をやり直すために家族を捨てていいのか。こんなの、簡単に答えが出る話じゃない。
「……みんなで話し合いながら、進めるといいね。全員の納得する方向に。どちらかの一方通行じゃなくて、みんなで話して考えて。」
今はただ、エンデヴァーさんが決めたことを家族に伝えただけ。でも、それじゃあきっと解決しないと思う。みんなそれぞれに考えてることがある。感情がある。だからちゃんと、対話しなくちゃ。
誰も傷つかずに事が収まるなんてことはないだろうけど。それでも。お互いどれだけ傷ついたか、傷つけたかを理解して初めて見えるものだってある。だからエンデヴァーさんも、どうか自分だけで決めつけてしまわないで。
焦凍くんは「それが一番難しいかもしんねえな」と寂しそうに笑った。私の肩に頭を預けてきた彼は答えのない答えを必死で探しているように見えた。彼の進む先がどうか少しでも明るくありますよう。そう願わずにはいられなかった。