エンデヴァー事務所
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焦凍くんと緑谷くんに挟まれながら私は流れていく夜の街をぼんやり眺めた。爆豪くんが窓を全開にしてるから、凍った空気が車内に入ってきて頬を刺す。
やっぱり轟家には思い出が詰まりすぎていた。日記と燈矢さんのことが交互に浮かんで、今一度父と向き合わなければという焦りが高まっている。自分のことで手いっぱいになってる暇なんてないのに。目を逸らすことができない現実に頭が痛くなってきた。
「貴様らには早く力をつけてもらう。今後は週末に加え……コマをズラせるなら平日最低2日は働いてもらう。」
エンデヴァーさんから今後の説明を受けて駄目だ駄目だと首を振る。やるべき課題は目の前に山積み。私的なことで悩んでいられないのだ。もっとちゃんと、集中しなくちゃ。こうやって自分周辺のことを後回しにしちゃうから爆豪くんに怒られるのかもしれないけど。
「前回麗日やなまえたちもそんな感じだったな。」
「うん。期末の予習頑張っとかなきゃ。」
「僕も勉強先取りしときたい。轟くん英語今度教えて。」
焦凍くんの指摘に私と緑谷くんが頷いている間も爆豪くんは不満オーラ駄々洩れ。緑谷くんの隣がよっぽど嫌なのか極力窓側に寄って顔を外に出してしまってる。危ないって。
「No.1ならもっとデケェ車用意してくれよ!」
高級ハイヤーに専属運転手さんなんてこの上ない贅沢をさせてもらってるはずなのに爆豪くんは全く気にせず文句を垂れる。運転手の車田さんがクワッと眉間に皺を寄せた。
「ハイヤーに文句言う高校生か―――‼エンデヴァーあんたいつからこんなジャリンコ乗せるようになったんだい‼」
「頂点に立たされてからだ。」
「ケエ―――‼立場が人を変えるってやつかい‼」
唐突な大声に思わず肩がびくりと揺れる。かなりアグレッシブな運転手さんだ。エンデヴァーさんにも臆せず物が言えていて長年のお付き合いなのが見て取れる。ところでケエって何?
「……あれ?」
車田さんの言動について考えていると進行方向、道路の真ん中に何かの影が見えた。何だろう、工事でもやってるのかな。そう思ったのも束の間。
「良い家に住んでるな‼エンデヴァー‼」
ヘッドライトが照らしたそれはまさかの人間。街灯の下で白い包帯のようなものを身にまとっている。空中にはぐるぐる巻きになった何かが浮かんでいて、その正体がわかった瞬間息を呑んだ。夏雄さん。車内に緊張が走る。
「夏兄‼」
「頭ァ!引っ込めろジャリンコ!」
車田さんがぶつかる寸前で敵を避けドリフトしながら助手席のドアを開けた。すぐにエンデヴァーさんが飛び出していく。私たちもと車を降りようとした瞬間敵の攻撃によって車が拘束されてしまいドアが開かなくなる。
だけど幸い爆豪くん側の窓は開いていて彼は迷わず爆破で拘束を破り外に出た。私も間髪入れずに後に続く。
緑谷くんと焦凍くんも無事車内から脱出し、私たちはまっすぐ夏雄さん救出へと向かった。背中から車田さんの溌溂とした声が聞こえてくる。
「忘れものだぞ‼」
後ろから飛んできたのは私たちのコスチュームバッグ。空中で爆豪くんのも一緒に受け取りそれを彼に投げる。みんなの手元にバッグが届いたのを横目に急いでブーツと手袋を装着して臨戦態勢に入った。
「夏雄兄さん‼」
焦凍くんの叫びに焦りの色が見られる。無理もない。家族を人質に取られてしまったなんて。敵はいまだ夏雄さんを拘束したまま後ろへと移動していく。
「インターン生……。俺の死を仕切り直すぞマイホープ‼」
マイホープって何。文脈的にエンデヴァーさんを指してるみたいだけど。それに俺の死って。もしかして夏雄さんを人質にしたのはエンデヴァーさんに自分を殺させるため?そんな熱烈なファン絶対許せない。マナー違反も甚だしい。
空中からちらりと道路を見下ろすとさっきまであった白線がすべて消えてしまっている。そうか、こいつが纏ってるのは包帯じゃない。白線を自由自在に操れる個性なんだ。だから襲撃場所も道路を選んだ。
緊迫した空気は消えてない。でも、攻撃するなら今がチャンス。仕切り直しと言って場所を変えようとしている相手は攻撃の手が緩んでる。ここで一気に距離を詰めて敵を抑える。エンデヴァーさんもきっと同じことを考えてるはず。だと思ったんだけど。
敵を追おうと走り出したエンデヴァーさんの足がなぜだかピタリと止まった。それを視界の隅に入れながら、私たちは敵へと向かって行く。ついに彼の背中を追い越し、彼より速くヒーローとしての手を伸ばす。
「俺の希望の炎よ‼息子一人の命じゃアまだ、ヒーローやれちゃうみたいだな!」
敵は物騒なことを口にしながら焦凍くんに無数の白線を仕掛けた。なるほど、人質を息子二人にしたいのか。けれど焦凍くんは全く怯むことなく白線を捉える。
「夏兄を、放せ!」
炎を溜めて放出させる。以前よりも威力を増した彼の左が一瞬で白線を燃やした。間違いなくインターンの成果だ。
「早く!俺を!殺っさねェから‼」
焦った敵は何かを叫びながら今度は別方向に白線を飛ばした。その先には道路を走っていたいくつもの車。一般市民まで人質にするつもりだ。案の定車は白線に持ち上げられて空中に放り投げられる。
「死人が増えちゃうんだ。」
次に敵は対向車線から走ってくるタクシーに視線を移した。拘束されてる夏雄さんがタクシーの目の前へと移動させられる。このスピードじゃブレーキが間に合わない。ぶつかる。
「増、えないから!」
私は迫りくるタクシーの動きを片手の空気圧縮で止め、もう片方の手で空中に投げられた車の一つをゆっくり地上に下ろした。並列思考。ここに来て咄嗟の判断ができてる。
「そうだ、お前の望みは何一つ!叶わない!」
私がタクシーを止めたのと同時に爆豪くんは夏雄さんを敵から切り離して救出。緑谷くんは黒鞭で空中に上がった残りの車を地面に下ろしてくれた。そして焦凍くんの渾身の一撃。敵はエンデヴァーさんではなく、彼の拳によって沈み込んだ。我に返ったエンデヴァーさんが夏雄さんと彼を助けた爆豪くんの元に向かって行く。
エンデヴァーさんは自身の炎を収めることなく二人を強く抱きしめた。幸い、夏雄さんにも爆豪くんにも怪我はないみたい。
「白線野郎は!?」
爆豪くんは心底嫌そうな顔でエンデヴァーさんの腕から逃れたあと敵の姿を探した。
「違う……!おまえ……じゃ……っない……!ダメだ……ダメだあ~~……!」
「確保完了。」
泣きながら呻く敵の体を焦凍くんが氷結で拘束している。空中に投げられた車に乗っていた人たちも全員無事が確認出来て一件落着。一人も死傷者は出なかった。完全勝利、ってやつだ。爆豪くんが勝ち誇ったようにエンデヴァーさんに吠える。
「何だっけなァNo.1‼この冬!?一回でも!?俺より速く!?敵を退治してみせろ!?」
「ああ……‼見事だった……‼」
敵顔負けの煽りを発揮した爆豪くんへの返答は予想とは正反対の称賛の言葉だった。
「俺のミスを、最速でカバーしてくれた……!」
エンデヴァーさんのあまりのしおらしさに爆豪くんも拍子抜け。もっと悔しがれと険しい顔のまま口を尖らせる。
街の人の安否確認が終わって緑谷くんと一緒に爆豪くんの側まで駆け寄ると、抱きしめられていた夏雄さんがエンデヴァーさんから距離を取っているのが見えた。エンデヴァーさんは悔しさを滲ませながら俯いている。その背中はいつもより弱々しかった。
「夏雄……!悪かった……‼一瞬、考えてしまった!俺が助けたらこの先おまえは俺に何も言えなくなってしまうのではないかと……。」
「え?」
夏雄さんの目が見開かれる。エンデヴァーさんが立ち止まってしまった理由。それは夏雄さんのこの先を案じてのことだった。命を助けてもらったという恩により、夏雄さんがエンデヴァーさんの気持ちを汲まざるを得なくなるのではないか。感情を押し殺して家族全員と笑い合う未来を無理矢理選ばなくてはいけなくなってしまうのではないか。エンデヴァーさんはそれを危惧したのだ。
私は二人のやり取りを見て、地面に縫い付けられたように動けなくなった。夏雄さんのことがどうしようもなく羨ましかった。
「夏雄、信じなくてもいい……!俺はおまえたちを疎んでいたわけじゃない。だが、責任をなすりつけ逃げた。燈矢も……俺が殺したも同然だ……!」
きっと夏雄さんにとっては都合よく聞こえる謝罪。彼は目に涙を溜めながらその弁明を跳ね除ける。
「疎んでたわけじゃない……?だったらなに……?俺はずっと燈矢兄から聞かされてきた。俺が許す時なんて……来ないよ。俺は焦凍みたいに優しくないから。」
ああ、やっぱり。先ほど廊下で私と同じ表情をしていた夏雄さん。彼も私と似たようなことを考えていたんだろう。緑谷くんは自分の発言が夏雄さんを傷つけてしまったのではないかと気づいたようで、焦ったように眉を下げた。
「それでも、それでも顔を出してくれるのは冬美と冷のためだろう?あの子は家族に強い憧れを持ってる……。俺が……壊したからだ。戻れる……やり直せると浮足立つ姉さんの気持ちを酌もうと頑張っているんだろう……!?」
エンデヴァーさんはまっすぐ夏雄さんを見据えて語りかける。もう二度と逃げないとでも言うように。
「おまえも優しいんだ。だから、俺を許さなくていい。許してほしいんじゃない。償いたいんだ。」
我慢できなかった。エンデヴァーさんの決意にも似た言葉を聞いた途端心の底から何かが溢れた。
「おい。」
その場にしゃがみ込んでしまった私に爆豪くんの足音が近づく。私は彼以外に気づかれることのないよう涙を止めるのに必死だった。
「……だ、いじょう、ぶ……っ。」
父のことを許すも許さないも、私の言葉で彼が変わってくれたかもエンデヴァーさんのように償おうと努力してくれたかも今となってはわからない。こんな未来が私たち親子にもあっただろうかなんて、もう誰も答えてはくれないのだ。理解はしていても今はその事実がどうしようもなく突き刺さった。
轟家は和解なんてまだまだ遠くて、現状を羨ましいと思うだなんて本当に失礼な話だ。それでも。生きていてほしかった。生きててほしかったよ、お父さん。もし私達も彼らのようにちゃんと話ができていたら、あなたは私を優しいと褒めてくれたでしょうか。黒く塗りつぶされた能面のような目に、一筋の光は宿ったでしょうか。
「っ会いたい……。」
パトカーのサイレンが近づいてくる。私が鼻をすすりながら吐き出した呟きは誰にも聞かれることはなく、涙と一緒に地面へと落ちて行った。