エンデヴァー事務所
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食事の片づけを終えたあと、私たちはお茶を飲みながら轟家の話を聞くことになった。さっきの話の流れから、隠しておく方が不自然だということになったらしい。エンデヴァーさんは自分がいない方が話しやすいだろうと今は別部屋にいる。夏雄さんは気まずい空気に耐えきれなくなり先に帰ってしまった。
「お兄さんが……。」
轟家の長男、轟燈矢さん。緑谷くんは初めて明かされた友人の家族の死に、神妙な面持ちになる。
焦凍くんが緑谷くんたちに燈矢さんのことを話してなかったと聞いて、冬美さんは少し意外そうな顔を覗かせた。私たちが家の事情を把握していたので、もう全て知っていると思っていたのだろう。焦凍くんは率先して話すもんじゃないだろうと首を振り、私たちもそれに納得した。こんなデリケートな話、親しい友達にだって簡単にはできない。
「みょうじさんはお兄さんとは……。」
緑谷くんが遠慮がちに私と燈矢さんとの関係を尋ねる。私は気まずさを滲ませながら言葉を選んで答えた。
「一応顔は知ってるんだけど……遠目でしか見たことなくて。会話とかはしたことないかな。冬美さんや夏雄さんとも今日初めて喋ったから。」
「そっか……。」
私と轟家との微妙な距離感を察して、彼は余計なことを聞いてしまったと言わんばかりに俯いた。変に気を遣わせてしまって申し訳なくなり私も黙ってお茶を一口啜る。
本当は父の日記で少しだけ燈矢さんについては知っていたけれど、絶対にこの場で言うべきことではない。私はヒーローを目指していたらしい幼い彼の姿を伏せておくことにした。
「夏は燈矢兄ととても仲良しでね……よく一緒に遊んでた。お母さんが入院して間もなくの頃だった。お母さん更に具合悪くなっちゃって焦凍にも会わせられなくて……。」
そういえば燈矢さんが亡くなったのは私が引っ越してすぐだったはず。後になってそれを聞いた時何故そんな大変なことを教えてくれなかったのかとショックを受けたのを覚えている。彼の死の詳細を父が私に言うはずもなく、いまだにわかってないことは多い。
燈矢さんはどうして亡くなったのか。事故や事件に巻き込まれたのか、はたまた別の理由か。昔からずっと気になっていたけれど、まさか今目の前の冬美さんにそれを聞くことなんてできない。彼女は当時を思い出すように遠い目をした。
「でも乗り越えたの。焦凍も面会に来てくれて……家が前向きになってきて。夏だけが……振り上げた拳を下ろせないでいる。お父さんが殺したって思ってる。」
エンデヴァーさんが殺した。それは一体どういう意味なんだろう。燈矢さんがヒーローを諦めなくちゃいけなかったことと何か関係があるのだろうか。轟家を壊してしまった一端に父もいる気がしてぐっと胸が詰まった。
夏雄さんは、燈矢さんのためにずっと怒っているのか。自分が受けた理不尽さじゃなく、兄が何らかの理由でエンデヴァーさんの犠牲になってしまったことをずっとずっと許せないでいるのか。
自分のためじゃなく誰かのためを思って怒ることができる。やっぱりこの家の人たちはみんな優しい。
「そろそろ学校に送る時間だ。」
障子が開いてエンデヴァーさんが声をかけてくれる。私たちは各々に考え込んだまま腰を上げた。
轟家の門の前にはすでに車が止まっていた。エンデヴァーさんの専属運転手の方が学校まで送ってくださるのだそうだ。寒い中冬美さんが見送りに来てくれて、私たちは改めて今日のお礼を言った。
「ごちそうさまでした!」
「どれも本当に美味しかったです。」
私と緑谷くんが深々と頭を下げると彼女は良かったとほっと胸を撫でおろした。きっと緊張していたのだろう。たくさん気を遣わせてしまった。
爆豪くんは四川麻婆がよっぽど気に入ったらしくレシピを教えてもらう約束までしていた。なんだかんだで彼なりに楽しんでたのかな。ずっと顔は怖いままだったけど。
「学校のお話聞くつもりだったのにごめんなさいね。」
申し訳なさそうに微笑んでくれる冬美さん。その笑顔は出迎えてくれた時よりもいくらか寂しそうだった。私は一瞬どうしようか迷いながらも、勇気を出して一歩前に歩みを進める。
「冬美さん、連絡先交換して頂けませんか。」
「え?」
彼女は大きな目をさらに真ん丸にして驚いていた。不躾かもしれないと思いながらも口は止まらない。このまま勢いに任せてしまった方がいいと判断して私は話を続けた。
「女同士でできる話もあるかもしれませんし……学生の私なんかじゃお役に立てないかもしれませんけど、誰かに話すだけで楽になることって多分あると思うんです。その、人様のおうちのことに首突っ込むとかそういうつもりはなくて。でも、あのなんていうか……。」
自分でも見切り発車だったと思う。いつになく歯切れが悪いしまとまらない。それでも何かを伝えずにはいられなかった。家に翻弄され続けた彼女にこれ以上一人で頑張ってほしくないと、自分勝手な衝動が私を突き動かす。
「冬美さんとお友達になりたいんです。」
ポケットから取り出したスマホをおずおずと差し出せば彼女はにっこり笑ってくれた。周りは不思議そうに私たちを見守っていたけど、目の前の彼女には何となく私の意図が伝わったらしかった。
「私も、なまえちゃんともっと仲良くなりたい。喜んでお友達にならせてください。」
穏やかに目を細める彼女はいつかの冷さんにとてもよく似ていた。幼い頃私を出迎えてくれた優しい笑顔。なんだか無性に泣きたくなってしまう。
ドキドキしながら無事連絡先の交換を終えじっとスマホの画面を見つめていると、エンデヴァーさんが不意に冬美さんに声をかけた。
「冬美。ありがとう。」
様々な思いの詰まった感謝の言葉だったと思う。冬美さんは変わり始めた父親の姿に嬉しそうな表情を浮かべていた。その光景に何だか温かい気持ちになっていると、彼女は私と緑谷くんの方にやってきた。
「緑谷くん、焦凍とお友達になってくれてありがとう。なまえちゃんも。これからも焦凍をよろしくね。」
それぞれの手をぎゅっと握ってくれる冬美さんからは真剣さが伝わってくる。本当に弟のことを大事に思ってるんだな。私もそれに応えたくてしっかりと彼女の手を握り返した。
「そんな……こちらこそ……です!」
「幼馴染として頼ってもらえるよう、私も精進します。」
二人でもう一度お礼を言って車に乗り込む。冬美さんは「あとで連絡するね」と最後まで笑いながら手を振ってくれていた。車が発進して段々と彼女が遠ざかる。入る前はあんなに緊張していた轟家に少しの名残惜しさを感じながら、小さくなっていく彼女の姿を見つめていた。