エンデヴァー事務所
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何とか夕食が終わって、私は爆豪くんと緑谷くんと一緒に台所へと食器を運んでいる。冬美さんはゆっくりしてていいと言ってくれたけど、動いていた方が気まずさが紛れていい。
「エンデヴァーさん、食器ここに置いておきますね。」
「ああ、すまない。」
台所の机に持ってきた食器を置きながら、洗い物をしているエンデヴァーさんに声をかけた。彼はこちらを振り向かず返事したので、今何を考えているのか表情を窺うことはできなかった。夏雄さんを、冬美さんを、焦凍くんを。彼は今一体どんな気持ちで見ているんだろう。
残りの食器を取ってこようと再び長い廊下を三人で歩く。さっきからずっと爆豪くんは不機嫌そうで、彼の足音だけが大きく響いていた。
「ていうかかっちゃんも知ってたんだ。みょうじさんは幼馴染だからわかるけど。」
「は?俺のいるところでてめーらが話してたんだよ。」
「聞いてたの!?」
「ごめんあの時私もいた。」
「みょうじさんまで!?か、完全に油断してた。」
こそこそと家の人に聞かれないように話す。それにしても緑谷くん、やっぱり体育祭の時気付いてなかったんだなあ。偶然とはいえ盗み聞きしちゃって申し訳ない。
「つーかよ、」
ピタリと爆豪くんの足が止まった。彼は不機嫌さをそのままに私を見る。
「てめーも父親となんかあんだろーが。」
「「え?」」
私と緑谷くんの声が重なった。まさか私の方に矛先が向くと思ってなかったのでどくりと心臓が跳ねる。緑谷くんは何のことだかわからないといった顔で首を傾げた。
「外野に父親の名前出されるたび愛想笑い浮かべてりゃアホでも気づくわ。」
「ぜ、全然気づかなかった……。」
ショックを隠し切れない様子の緑谷くん。ばれてる人にはばれてると思ってたけどこんなにはっきり口にされるとは。私は困ったなあと苦笑いしながら眉を下げた。
「爆豪くん意外と人のことよく見てるよね。」
「あ?笑わせんな自意識過剰が。てめーがわかりやすすぎんだろ。」
今日いつも以上に口悪くない?こんなデリケートな話題持ち出しといて悪態吐くってどうなってんのよ。誤魔化そうにも彼は私から視線を逸らしてはくれなくて、ちゃんと答えないと解放してくれそうにない雰囲気。うーんどうしよう。これなんて言うのが正解?
「……私の家は焦凍くんみたいに特別何かあったってわけでもないし、大した話はないよ。それにもう……。」
「もう親父はいねーからってか。」
「!」
考えていたことをそのまま当てられて言葉に詰まった。本当に彼は人のことをよく見ている。
「てめーン中で解決してねーからグチグチ悩んでんだろが。人ン家と不幸比べして自分のがマシだから我慢しなきゃってか。高尚なこった。」
「かっちゃん!」
「何も気づいてなかった奴が口出してくんじゃねェ。」
緑谷くんが爆豪くんを咎めようとしてくれたけど彼は全く怯まない。私はというとあまりに図星を突かれて何も反論できそうになかった。父親はもうこの世にはいない。だから今家族のことでもがいている焦凍くんと同じ土俵で父への悩みを語るのは違うんじゃないかって。確かにそんな気持ちがあった。
こうやって自分の感情を軽んじて飲み込むのは悪い癖。爆豪くんに指摘されるまで気づけないなんて進歩のなさに落ち込んでしまう。私は一つ深呼吸をして、自分の情けなさを噛みしめた。
「緑谷くん、いいの。そういう気持ちがあったのは事実だし。爆豪くんありがとね、心配してくれて。」
「ああ?」
相変わらず鋭い眼力でぎろりと睨まれる。結局私は明言を避けてるし怒るのもわかる。でも。
「確かに父にはちょっと複雑な思いがあるし、前はそれで悩んだりもしてた。でも、大丈夫。今は本当に……我慢しなくてすんでるから。」
これは本心だった。私の抱えてるものを一緒に背負いたいと言ってくれる人がいる。事情を知った上で味方でいてくれる彼の存在があるから、私は前より苦しまなくてすんでる。先ほどより少し穏やかになった私の顔を見て、爆豪くんは視線を床へと落とした。
「……醤油顔かよ。」
言い当てられてドキリとする。緑谷くんはまた何のことだろうという顔をしたけど口を挿もうとはしなかった。
「瀬呂くんもだし、響香とか……爆豪くんもそう。こうやって心配してくれる人が周りにたくさんいるから大丈夫だよ。」
「……調子乗んな。」
「あ、かっちゃん!」
爆豪くんはそれ以上の追及はせずスタスタと廊下を歩いて行った。私たちもその後に続く。
日記のことは解決してないし今日だってこの家に入るのが怖かった。この先何を知っても折れないだなんてそんな大層な自信はないし父のことを考えればモヤモヤと心が重くなる。それでも今大丈夫だと言えたのは雄英に入って出会った人たちのおかげ。みんなが一人じゃないって思わせてくれるから、私はこうして立っていられる。
本当は少し轟家が羨ましいと思うことはある。エンデヴァーさんは生きていて、各々が関係を修復させようと努力してる。彼らの姿がどうしても眩しくなって目を背けたくなってしまう時があるのだ。そんなこと、口が裂けても言えないけれど。
「焦凍はお父さんの事どう思ってるの?」
食事をした部屋の前に到着すると、中から深刻そうな冬美さんの声が聞こえた。障子を開けようとしていた爆豪くんの手がピタリと止まる。
「この火傷は、親父から受けたものだと思ってる。」
焦凍くんの答えに私たちはより一層動けなくなった。これは部屋に入っていけるような雰囲気じゃない。体育祭で緑谷くんと焦凍くんの話を聞いてしまった時のようにただ立ち尽くして、二人の会話に耳を澄ます他なかった。
「お母さんは堪えて堪えて……あふれてしまったんだ。お母さんを蝕んだあいつをそう簡単に許せない……。」
エンデヴァーさんは冷さんを追い詰めていた。それは紛れもない事実。自分が虐げられたからではなくお母さんを苦しめたから許すことができないと言った彼は、やっぱりどこまでも優しい。
「でもさ、お母さん自身が今乗り越えようとしてるんだ。正直……自分でもわからない。親父をどう思えばいいのか。まだ……何も見えちゃいない。」
きっと焦凍くんもまだ自分の気持ちがあやふやなんだ。私と同じように。許したい気持ちも許せない気持ちも綯い交ぜの状態で、この先どうすればいいのかわからなくて。これが家族じゃなければ、これほどまでに悩んでなかったかもしれないのに。どうしたって自分から切り離せない苦しみに、必死でもがいてる。
なんだか泣きそうになって口許を抑えた瞬間、私の感傷的な心を切り裂くように爆豪くんが容赦なく障子を開いた。
「客招くならセンシティブなとこ見せんなや‼まだ洗いもんあんだろが‼」
「ちょ、爆豪くん。」
慌てて止めに入るけど時すでに遅し。冬美さんは私たちの突然の登場で顔が真っ青になっている。
「ああ!いけない!ごめんなさい、つい……!」
「あ!あの!僕たち轟くんから事情は伺ってます……!」
「俺ァ聞こえただけだがな!」
気にしないで下さいと頭を下げて机の食器を片付ける。その間も爆豪くんの文句は止まらなくてこっちの気まずさが増していく。
「晩飯とか言われたら感じ良いのかと思うわフツー!四川麻婆が台無しだっつの!」
「ほんとに気に入ったんだね。おいしかったもんね。」
「うるせえ!運べ!」
「運んでるよ……。」
この場を和ませようと相槌を打てば余計に怒らせてしまった。今日の彼は一段と難しい。
「ごめんなさい聞こえてしまいました。」
緑谷くんも項垂れながら謝る。爆豪くんは食器を手に取りながらずっとプンプンしていて、それが余計に冬美さんを恐縮させる原因になっていた。私はあまりに忍びなくなってしまい、爆豪くんを宥めながらさっさと障子の方へ急いだ。すると少しの間を置いて聞こえてきた緑谷くんの真剣な声。
「轟くんはきっと、許せる準備をしてるんじゃないかな。」
「え。」
私は思わず部屋を出ようとする足を止めた。体育祭の時のように何か救ってもらえはしないだろうかと緑谷くんにずるい期待をしていたのかもしれない。
「本当に大嫌いなら許せないでいいと思う。でも君は優しい人だから。待ってる……ように見える。そういう時間なんじゃないかな。」
緑谷くんの言葉を背中で聞きながら、食器を持つ手に力がこもった。許すための準備。許せるようになるまでの待っている時間。
私は、どうだろうか。私にとって今この時間はどういう意味を持つんだろう。待ってるんだろうか。父を許せるようになるまで。
もしかして私は父を許したくて、また手放しで大好きだと言いたくてずっと彼を探っているのかもしれない。そこに待ち受けるのは、自分の望んだ父の姿ではないかもしれないのに。
一体どんな結末になれば、私は満足するんだろう。最後まで日記を読んで理想の父親像がちゃんとその中にあったとして、じゃあどうして実際の私には圧をかけて過ごしていたのかと憤ったりしないだろうか。あるいは彼がやっぱり許せない父親であったとして、彼への愛情をきっぱり捨てることができるものだろうか。どっちつかずの私には今それを判断することはできなかった。
どう転んだって父はもうこの世には戻らない。エンデヴァーさんのように自身と家族を顧みる機会があったかどうかも、結局知り得ることはない。私に残されているのはすでに用意されている結末を受け入れるか否か選ぶことくらいだ。置いて行かれた側に出来るのはそれだけしかない。
彼を許したくて自分の望む父の姿を探しているのか、許したくなくてひどい父親としての証拠を掴もうとしているのか。ここに来て余計わからなくなった。こんなことを考えている時点で、私は緑谷くんの言う優しい人間とはかけ離れている気がした。
私は焦凍くんのようにはなれない。父を許すための準備をしてると、はっきり断言することなんてできない。薄暗い気持ちを引きずりながら廊下に出ると、私と同じ顔をした夏雄さんと目が合った。