エンデヴァー事務所
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あり得ないくらい眉間の皺が濃くなっている爆豪くんとは反対に、出迎えてくれたのは朗らかな笑顔だった。
「忙しい中お越し下さってありがとうございます!初めまして焦凍がお世話になっております、姉の冬美です!なまえちゃんもお久しぶり!」
「こ、こちらこそ。ご無沙汰してます。」
声は震えてなかっただろうか。普通に笑えているだろうか。色んな心配事が頭で回る。そもそも私は兄弟と切り離されていた幼い日の焦凍くんと遊んでいたのだ。冬美さんも夏雄さんも、遠くから見かけたことはあっても会話をするのは今日が初めて。それほどいい印象を持たれてなくてもおかしくはない。
「こんな可愛いお嬢さんになってたんだねえ。小さい頃からお人形さんみたいだったけど。」
ネガティブを打ち消してくれたのは他でもない冬美さんだった。彼女の柔らかい口調にようやく肩の力が抜けてくる。
「突然ごめんねえ。今日は私のわがまま聞いてもらっちゃって。」
「嬉しいです!友達の家に呼ばれるなんてレアですから!」
「私も、また遊びに来たいと思ってました。」
うん、ちゃんと話せてる。思い出が一気に溢れてきて緊張しすぎてたのかもしれない。いまだに「何でだ……」と不満そうな爆豪くんに笑ってしまう余裕も出てきた。
「夏兄も来てるんだ。クツあった。」
「家族で焦凍たちの話聞きたくて。」
今日の主催者は冬美さん。彼女はきっと、この家の誰よりも家族を欲しているんだろう。焦凍くんが作ったチャンスを手放すまいと、必死で手繰り寄せている。彼女自身、ずっと家族に振り回されてきただろうに。
いや、だからこそかもしれない。手に入らなかったからこそ、世間一般のありふれた家族を求めてしまうのかもしれない。私がかつての父を求めて本心を探ろうとしているように。彼女の気持ちが想像できてしまい、何だか胸が苦しかった。
案内された部屋には大きなテーブルがあり、すでにたくさんの料理が並んでいた。竜田揚げに麻婆豆腐、餃子にシュウマイ。どれも全部おいしそう。これ全部冬美さんが作ったのか。すごい。
「……どうも。」
先に席についていた夏雄さんが遠慮がちに挨拶してくれた。彼と目が合って私もぺこりと頭を下げる。
「お久しぶりです。」
「ああ、昔よく遊びに来てた……。」
「はい、みょうじなまえです。今日はお招きいただきありがとうございます。」
「別に俺は……姉ちゃんに呼ばれたから来ただけだよ。」
夏雄さんは一瞬だけエンデヴァーさんの方を見てふいと視線を逸らした。どうやら全員が歓迎ムードってわけでもなさそう。そりゃそうか。焦凍くんだってエンデヴァーさんのこと許したわけじゃないもんね。私も、父のことが好きなのか何なのかいまだによくわからない。
「さっきも思ったけど、みょうじさん轟くんの家来たことあるんだね!家族ぐるみのお付き合いだったの?」
み、緑谷くん。そこかなりデリケートなところです。冷や汗を出しながら無邪気な質問になんて答えようか思考を巡らせていると私より先に夏雄さんが口を開いた。
「話すのは初めてだよ。エンデヴァーが俺らには近づけないようにしてたから。」
急にずんと空気が重くなる。夏雄さんの鋭い視線がエンデヴァーさんを刺した。
あの頃、焦凍くんはほぼ隔離状態だったから私しか遊び相手がいなかった。それに彼が兄弟と交流をしないよう、私も父から近づくことを禁止されてた。
夏雄さんはきっと、私を見て嫌な記憶を思い出してしまったんだろう。私がこの家を見て幼い日の記憶を呼び起こしたように。もしかしたら私は今日来ない方がよかったのかもしれない。自分がこの場の雰囲気を壊してしまうのではと途端に不安になってきた。
緊張が漂う中、食事会は始まった。私は緑谷くんの右隣、焦凍くんはエンデヴァーさんの対面に座っている。目の前の夏雄さんの顔は、やっぱりずっと浮かないまま。
「食べられないものあったら無理しないでね。」
いただきますをして早速冬美さんの作ってくれたシュウマイに手を伸ばす。口に入れるとぶわりと肉汁が溢れた。これ、すっごくおいしい。一瞬不穏な空気を忘れてしまうほどのおいしさ。どうやって作るんだろう。レシピ知りたい。
「どれもめちゃくちゃ美味しいです!この竜田揚げ味がしっかり染み込んでるのに衣はザクザクで仕込みの丁寧さに歓喜の鼓が「飯まで分析すんな!てめーの喋りで麻婆の味がおちる!」
「緑谷くん食リポうま。」
ヒーローだけじゃなくてごはんに対しても語彙力豊富なんだなあともはや感心してしまう。緑谷くんの言葉をキレながら遮った爆豪くんは麻婆豆腐がお気に召したようでそればかりをかきこんでいた。高校生らしいところもあるんだよなあ。ちょっと可愛い。
「そらそうだよ。お手伝いさんが腰やっちゃって引退してからずっと姉ちゃんが作ってたんだから。」
「全員分をですか?すごい……。」
炒め物に手を伸ばしながら思わず驚きの声が漏れる。男だらけのこの家で料理って絶対大変だよね。食べる量すごそうだし。冬美さん、本当に苦労されてる方だよなあ。改めて彼女の偉大さを実感し、しっかりと美味しい料理を噛みしめた。
「そんなそんな!夏もつくってたじゃん、かわりばんこで。」
「え!?じゃあ俺も食べてた!?」
焦凍くんが初耳といった様子で目を見開いた。そっか、ご飯も別々だったんだもんね。兄弟で同じ家に住んでるのに一緒にご飯食べられないって、やっぱり異様だ。
「あーどうだろ。俺のは味濃かったから……エンデヴァーが止めてたかもな。」
本日二度目のピリっとした空気。私と緑谷くん、爆豪くんはどう反応すればいいかわからず無言になってしまう。部外者が口を挿めるはずもなく、私は一口お茶を飲んだ。
「焦凍は学校でどんなの食べてるの。」
冬美さんが夏雄さんの腕を抑え、その場を和らげようと焦凍くんに話題を振る。この家の緩衝材役は冬美さんなんだ。本当に、苦労されてる。
「学食で「気づきもしなかった。今度……ムッ……。」
被った。焦凍くんとエンデヴァーさんの声が。最悪のタイミングで。その後会話は続くことなく食卓がシンと静まり返る。
ど、どうしよう。なんか取り返しつかなくなってきてるんだけど。夏雄さんはこの居心地の悪さに耐えられなくなったのか食器をもって立ち上がった。
「ごちそうさま。席には着いたよ、もういいだろ。」
「夏!」
「ごめん姉ちゃん、やっぱムリだ……。」
冬美さんの制止を聞くことなく夏雄さんは部屋の外に出て障子を閉めた。残された私たちには気まずさが漂っている。お通夜状態で食事が上手く喉を通らない。
「……ごめんね?あの、そうだなまえちゃん!」
「え?」
「なまえちゃん今でも焦凍と仲良くしてくれてるんだね。私ちっとも知らなかったよ!」
なんとか空気を和やかにしようと冬美さんが精一杯話題の方向転換を図る。彼女の笑顔に応えようと私もできるだけ穏やかな表情を浮かべた。
「焦凍くんとは……雄英に入学して久々の再会だったんです。最初はお互いぎこちなかったんですけど、緑谷くんがきっかけになってくれて。」
「え、僕!?」
急に自分の名前が出されて緑谷くんはご飯を詰まらせそうになっていた。慌てて胸を叩きながら水を飲み窒息を逃れる。彼は口を抑えながら私と焦凍くんの顔を交互に見た。
「ああ。体育祭でのトーナメント戦。あれで元の関係に戻れた。」
「そうそう。だからお礼言わなくちゃねって二人で話してたの。でもタイミング逃して今日になっちゃった。緑谷くん、本当にあの時はありがとうね。」
「ええ!?僕本当に何もしてないっていうかあの時も夢中で正直あんまり覚えてないし……!」
真っ赤になってぶんぶん頭を横に振っている緑谷くん。相変わらず謙虚だなあ。彼の誠実さが、おせっかいなところが、私たちを変えてくれた。緑谷くんがいなかったら今日私がここに来ることもなかった。本当に、感謝してもしきれない。
「それでも、私たちにとっては充分だった。ありがとう。」
焦凍くんと一緒ににこりと微笑めば緑谷くんは「そうかな……」と言って照れ臭そうに頬を掻いた。私の個性も、焦凍くんの個性も、自分のものだって気づかせてくれた。私たちは私たちの人生を歩んでいいと、そう思わせてくれた。あの時の私たちにとって、彼は間違いなくヒーローだったのだ。
「素敵なお友達に恵まれたんだね、焦凍。」
冬美さんが嬉しそうに目を細める。それは間違いなく、弟を思う姉の瞳だった。心なしかエンデヴァーさんも顔の険しさが薄らいでいる。ほんの少しだけ、食卓の空気が緩んだ気がした。