エンデヴァー事務所
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インターン3日目の朝。身支度を済ませて食堂に向かっていると焦凍くんに呼び止められた。
「おはよう。どうしたの?」
「ああ、ちょっとなまえに聞いときたいことがある。」
何だろう。ホークスさんのこと。初日にエンデヴァーさんの部屋を訪ねたこと。心当たりは色々あるけどどれも答えられるものじゃない。朝から頭をフル回転させてどう言い訳しようか考えていると焦凍くんは心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「その、辛くねェか。」
「え?」
どういう意味で聞かれたのかわからず首を傾げる。訓練のことかな。No.1について行くのが辛くないかって聞かれてるんだろうか。うーん、確かに昨日はスピードの上げ過ぎで2回くらい地面とこんにちはしたしちょっと鼻血も出たけど。でも成長してる実感はあるから辛いとは思ってない。大丈夫だよと口を開こうとしたら焦凍くんの次の言葉に遮られ自分の見当違いを知ることになった。
「親父のことだ。」
「……エンデヴァーさん?」
「ああ。」
理解するのに時間がかかって一瞬間があいてしまった。エンデヴァーさんに対して辛いって、もしかして日記のことばれてる?いやそんなはずはないんだけど。
「親父と、なまえの父親は仲良かっただろ。だからあいつの顔見て、生きてる時のこととか思い出して辛いんじゃねェかと思って。」
なるほど。ようやく合点がいった。焦凍くんは、私が父のことを恋しく思ってるんじゃないかと心配してくれていたのだ。
焦凍くんには父のことは話してない。体育祭の時、私たちが会うのを阻んでたのは父だと伝えただけでそれ以上のことを彼は知らない。だからきっと焦凍くんの中で幼馴染の優しい父親像は崩れてないんだろう。だからこうやって気遣ってくれてる。
好きだった父親を思い出して辛くないか。エンデヴァーさんが私の悲しむ原因を作ってないか。本当に、彼は優しい心の持ち主だ。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。」
「そうか。なら、いい。でも無理しないでくれ。」
「うん。しんどいの我慢しないって瀬呂くんとも約束してるから。」
うっかり零した言葉にしまったと口を押さえた。でも時すでに遅し。ああ、何でここで瀬呂くんの名前出しちゃったんだろう。焦凍くんは一瞬ポカンと口を開けたあと眉間に皺を寄せた。
「……俺も頼られたい。」
「う、うん。頼りにしてる!」
いつもより低い声に冷や汗が出る。私の宥めるような態度が気に入らなかったのか焦凍くんの顔はますます不機嫌になった。
「なまえは、瀬呂のことが好きなのか。」
「え……っと。」
彼の瞳に捉えられて私は動けなくなった。左右色の違う綺麗な目がこちらをじっと見つめている。その質問にどう答えればいいのかわからず黙りこくっていると、そっと彼の手が伸びてきて私の頬に触れた。するりと彼の親指が肌を撫でる。鏡を見なくても自分が赤くなっているのがわかった。
「可愛い。もっと近くで見てェ。」
焦凍くんの不機嫌はいつの間にか治っていて、ふわりと目を細めた彼の顔が段々と近づいて来る。相変わらず整ってるなあなんて。場違いなことがぼんやり浮かんだ。
「おい。」
ドスの効いた声が焦凍くんの後ろからして、見ると鬼の形相の爆豪くんが立っていた。そういえばここ廊下でしたね。今まで人が通らなかったのが奇跡。我に返った私はものすごい勢いで焦凍くんから距離を取った。
「爆豪、おはよう。」
「おはようじゃねンだよ。朝っぱらからいちゃついてんじゃねェ燃やされたいんかクソ半分野郎……!」
「朝から元気そうだな。良かった。」
「良くねーわ舐めプが‼」
早速喧嘩が始まってしまった。焦凍くん、あんなに大胆なことしたのに顔色一つ変わってないし爆豪くん相手に地雷しか踏み抜かないし、メンタル強すぎない?私まだ心臓バクバクで顔熱いのに。
「ご、ごめん先食堂行ってるね。」
半ば逃げるようにくるりと向きを変えると後ろから不満げな声が投げつけられる。
「てめーも、簡単に触られてんじゃねェ。」
ちらりと爆豪くんの方に視線を移すと、どこか真剣な目が私を射抜いた。赤い瞳が少し揺れていて、それが何だか寂しげに見える。
「どけ、俺が先に行く。」
焦凍くんも私も押しのけて、爆豪くんは乱暴に廊下を歩いて行った。私は緑谷くんがおはようと声をかけてくれるまで、呆然とその背中を見送っていた。
「うう、疲れた……。」
あっという間に夜になり、クタクタになった体を休めるよう私はベッドに倒れ込んだ。やっぱ足での空気操作難しいなあ。昨日よりはぐらつく回数減ったけどまだまだ理想には程遠い。今日もエンデヴァーさんより速く撃退は達成できなかったし。
肘の擦り傷がひりひりする。お風呂染みたなあなんて思いながらベッドに放り投げていたスマホにのそのそと手を伸ばす。ロックを外そうとしたその瞬間に突然着信が鳴り、私は思わず飛び跳ねた。
「び、っくりしたあ……。」
誰だろうと名前を確認してみるとディスプレイに表示されていたのは会いたいと考えていた相手。私は急いで応答ボタンを押した。今朝のことがあるからなんだかちょっと緊張しちゃう。
「もしもし?」
「お、起きてた。今へーき?」
「うん、あと寝るだけ。」
前に会ってからまだ一週間もたってないはずなのに随分久しぶりに感じる。耳元で瀬呂くんの声がするのが嬉しくて胸が高鳴った。
「あ、そういやラインでしか言ってなかったな。あけましておめでとうございます。」
「ふふ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくね。」
「こちらこそ。どーよ、No.1のとこは。順調?」
彼も疲れてるだろうにいつもと変わらない優しい口調。考え事に追い回されて疲弊していた心が穏やかに溶かされていく。
「順調、って言いたいところなんだけど。めちゃくちゃ苦戦してる。エンデヴァーさんより速く敵を撃退するのが目標なの。」
「……それかなり過酷なんじゃない?」
瀬呂くんは若干羨ましさを滲ませながら感嘆のため息を吐いた。No.1の技間近で見られてるんだもんね。ほんと、私今凄い現場にいるんだよなあ。
「そうなんだよね。スピード上げるの頑張ってるんだけど今日も一回地面に落ちちゃって。」
「え、まじ?大丈夫なのそれ。」
光の速さで心配されてしまってちょっと笑っちゃう。こんな風に過保護にされるの久しぶりかも。
「大丈夫。落ちたって言ってもそんな高くからじゃないし大したことないよ。」
「可愛いみょうじに傷でもついたらと思うと瀬呂くん心配よ。」
「う、あの、大丈夫です。ありがとうございます。」
「ハハ、やっぱ敬語。可愛い。」
顔のすぐ近くで聞こえる瀬呂くんの声。何だかいつも以上に心臓がうるさい。彼の口から零れる可愛いは、いつだって特別な響きだ。
「瀬呂くんはMt.レディさんのところだっけ。上鳴くんと峰田くんも一緒?」
「そーなのよ。チームラーカーズで最短効率チームプレイ学んでるとこ。なかなか上手くは行かねーけどな。」
「連携って難しいよねえ。私も並列思考勉強中。」
「や、ほんとに。プロの凄さってモンを目の当たりにしてるわ。」
みんなそれぞれのところで頑張ってるんだなあ。私も負けてられない。
「みょうじは、最近大丈夫?」
話が一区切りしたところで漠然とした問いかけが降ってきて私は首を捻った。それを感じ取ったのかはわからないけどすかさず瀬呂くんは補足の説明をくれる。
「なーんかここのところ悩んでたでしょ。インターン前浮かない顔してたし。」
「……お気づきで。」
「ま、よく見てるんでね。」
さらりと嬉しいことを言ってくれる彼に口元が緩む。ホークスさんのことで悩んでたの消太くんにもばれてたみたいだし、当然瀬呂くんにはお見通しだったわけだ。
「確かにちょっと前まで悩んでたんだけど、それは一旦解決したの。」
ホークスさんが私をエンデヴァー事務所に呼んだのは、あの本を渡す為だったんだろう。何で私が選ばれたのかはまだ謎のままだけど。それでもこの件に関してはとりあえず解決ってことでモヤモヤは晴れた。
問題は近々敵連合が乗っ取った解放軍とヒーローとの全面抗争があるだろうということ。そして父が変わってしまったのにはエンデヴァーさんが関わってるかもしれないということ。この二つだ。だけど今の段階では、どちらも彼に伝えられない。
「……多分今後、瀬呂くんに頼ることがあると思う。その時は、話聞いてもらっていい?」
「はいよ。限界迎える前に言うのよ?」
「うん。まだ自分の中でも色々まとまってないから……上手く言語化できないかもだけど。」
「それでもいーの。みょうじのことなら何でも聞きたい。」
「……ありがとう。」
こうやっていつでも心配してくれる。私の歩幅に合わせてくれる。ああ、やっぱり好きだなあ。今日はじわじわとそれを感じる。
「んじゃ、みょうじの声聞けて満足したしそろそろ寝ますかね。」
「あ、もうこんな時間か。寝坊なんかしたら爆豪くんに殴られそうだしちゃんと寝なきゃ。」
「……あの三人とは上手くやってんの?つーかあの三人が上手くやれてんの?」
「えーと、エンデヴァーさんやサイドキックさんへの爆豪くんの暴言に緑谷くんが胃を痛めてたり爆豪くんは焦凍くんのこと目の敵にして張り合ってるけど焦凍くんは仲良しだと思ってたり……?」
「うん、もういーわ。大体わかった。」
顔が見えないのに瀬呂くんの苦笑いが容易に想像できた。私もあの三人見ながら毎日同じような顔してるよ。
「まあ色々大変だろうけど、お互い頑張ろうな。」
「うん。瀬呂くんも体壊さないようにしっかり休んでね。」
「ん、みょうじがくれたプレゼントつけて寝るわ。」
「ふふ、嬉しい。」
どうやらクリスマスプレゼントの肘ウォーマーは使い勝手がいいらしく、寮でも頻繁につけてるところを見かけていた。自分のあげたものを好きな人が身に着けてくれてるってなんかいいな。
「じゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみ。電話出てくれてありがとな。」
「こっちこそ、かけてきてくれてありがとう。」
二人でもう一度お休みを言い合って通話を切る。まだ耳に残る瀬呂くんの声に名残惜しさを感じて、そっとスマホの画面を撫でた。
彼の温かさに触れると明日も頑張ろうって思える。迫りくる脅威に立ち向かう前の、ほんの少しの柔らかな時間。それをしっかりと胸に仕舞い込んで、私は緩やかに眠りについた。