エンデヴァー事務所
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インターン初日の夜、お風呂とご飯を済ませて私は用意してもらった部屋でようやく一息ついた。エンデヴァー事務所はしっかりとした宿泊施設が完備されていて、サイドキックさんたちもそこで寝泊まりしているらしい。No.1の事務所なだけあって設備の整い方も桁違いだなあ。
「……さて。」
机に置いていた本にちらりと視線を向ける。異能解放戦線と書かれた妙に威圧感のある本。この中に一体何が隠されているのだろうか。
私はそれを手に取りベッドに腰かけた。開いた表紙はなぜか重たい気がして、昼間のホークスさんの険しい表情が頭に浮かんだ。
『マーカー部分だけでも目通した方がいいですよ。2番目のオススメなんですから。』
2番目のオススメ、なんて言い方普通しないよなあ。俺のオススメとかならわかるけど。ってことはやっぱりそこに意味があるってことで。
内容を読んでいくと、一見異能解放の思想の歴史や成り立ちがまとめられてるだけのように思える文章。だけど絶対にそれ以外の意味があるはずだ。私はホークスさんが引いたマーカー部分を注意深く確認していく。
「2番目、2番目……あ。」
マーカー部分の2文字目。繋げると別の文章が浮かび上がってくることに気づいた。私は目で追いながら一つずつ文字を読み上げていく。
「敵、は、解放軍……連合が、乗っ取り、え?」
数、十万以上。
ひゅっと喉の奥が鳴った。何なのこれ。解放軍って異能解放思想の人たちのこと?それを敵連合が乗っ取って、しかも軍勢の数は十万を超えてる。もしそれが本当なら。ドクンドクンと心臓が脈打つ。私は震える手でページを進めた。
「よ、4か月後、決起……。それまでに、合図、送る。失敗、した時……備えて、数を……。」
失敗した時の備え。それってもしかして私達のことだろうか。私たち学生もヒーローとして戦いに駆り出されるほど切羽詰まっているのだとしたら。絶対にないとは言いきれない話だ。なにせ敵の数は十万以上。敵に備えてヒーロー側も数を揃えておかなければならない。
こんな形でインターンが急に再開されることになった理由を知るなんて。ちょっと、本当に考えがまとまらない。
落ちつけ。状況整理しなきゃ。ホークスさんがエンデヴァーさんに伝えたかったこと。十万以上の規模を持つ解放軍を連合が乗っ取り4か月後に決起しようとしている。それはきっととてつもない戦いになる。恐らくこのヒーロー飽和社会が危機に陥るほどの。だから私たち学生にさえも力を借りたい。戦力の為の備え、つまり保険として私たち学生のインターンが行われている。そして。
ホークスさんはきっと、今これを私たちに伝えられない危ない状況にいる。多分解放軍の中とか、監視のありそうなところ。
エンデヴァーさんはこれに気づいたんだろうか。いや気づいたからこそ直接私たち4人のことを見てくれるって言ったんだよね。だから私がわざわざこのことを伝えに行く必要はないはず。でも。
「こんなの、一人で抱えろって方が無理でしょ……。」
ああもうホークスさん。何で私に本渡してきたんだろう。重大な事実を知ってしまったことに泣きそうになりながらほとんど反射的に部屋を飛び出していた。
エンデヴァーさん今事務所にいるんだっけ。というかどこに行けばいいの。社長室?すぐに入れてもらえるかもわからない。
ぐるぐる考えながらも足は止まらなくて。今朝サイドキックさんたちが迎えてくれた事務処理部屋の前に辿り着き、中にいたバーニンさんと目が合った。
「お、どした?」
「え、っと、あの、エンデヴァーさんに、会えませんか?少しお話したいことがあって。」
「ん?今?」
「はい、その……やっぱり難しいでしょうか……。」
「あー、大丈夫大丈夫!なまえちゃんだし!聞いてくるからちょっと待っといて!」
「ありがとうございます……!」
深々とバーニンさんに頭を下げる。部屋にはまだ事務処理をしている人たちが何人もいた。私は手持ち無沙汰になりながらソワソワと落ち着かない。ほんの数秒がものすごく長く感じた。
幸いバーニンさんはすぐに戻ってきてくれ「OKだってさ!」とにっこり笑った。
「……失礼します。」
数回ノックをして大きなドアを開ける。中ではいつもと同じ険しい顔をしたエンデヴァーさんが豪華な椅子に腰かけていた。彼はしっかりドアが閉まったことを確認し、私を手招く。
「なまえも、気づいたのだろう?」
いきなりの核心。エンデヴァーさんは私が訪ねてきた時点で何を言いに来たのかわかっていたみたいだった。彼の問いかけに私はこくこくと頷く。
「はい。エンデヴァーさんも当然あの文章に辿り着いてるだろうって思ってはいたんです、けど、その。」
「別に構わん。一学生が抱えておける内容じゃない。」
「はい……。」
エンデヴァーさんは私に近くの椅子に腰かけるよう言った。その言葉通り指定の場所に大人しく座る。幼い頃ずっと苦手だった鋭い目つきが、今は私を落ち着かせるための優しいものに変わっていた。
「ホークスさんは、なんで私をここに呼んだんでしょうか。エンデヴァーさんだけでも絶対意図は伝わってたはずなのに。」
「……待て、なまえも理由を聞かされてないのか。」
「え?はい……もしかしてエンデヴァーさんも?」
私が驚いて聞き返すとエンデヴァーさんは重々しく首を縦に振った。嘘でしょ。まさかとは思ってたけど本当にホークスさんの独断だったんだ。
「ああ。焦凍だけではなくなまえもインターンに誘ってはどうかと言われてな。きっと役に立つだろうとのことだったがそれ以上は何も。」
「え、ええ……。役に立つってどういう……。」
もう混乱してばかりだ。ホークスさんの中での私の立ち位置が全然わからない。彼の辞書に説明って言葉を赤文字で付け加えたい。
「ホークスが何を考えているかは俺にもわからん。ただ、なまえを俺の側に置いた理由はもしかしたら……あいつのことかもしれん。」
「あいつ?」
「お前の父親だ。」
「え……。」
エンデヴァーさんから急に父の名前が出てどきりとした。日記が頭をよぎる。
「なまえを見ているとあいつのことを思い出して心が安らぐ。ホークスがNo.1としての重圧を背負うことになった俺を気遣ってなまえをよこしたのなら……いや、そんな奴ではないな。」
「そう、ですね。」
私は曖昧に返事をすることしかできなかった。ホークスさんがこんな回りくどいことをしてまでエンデヴァーさんの為に父の形見とも呼べる私を寄越したかった、なんて。にわかには信じられない。私を買い被りすぎて間違えて呼んでしまったという理由の方がまだ現実的なんじゃないか。
それにしても。本当に仲が良かったんだな、とエンデヴァーさんのどこか遠い目を見て思った。エンデヴァーさんから父のことを聞く千載一遇のチャンスだったというのに、私はこの時怖くて何も言えなかった。これほど父を大切に思ってくれてる人が、父の性格を変えてしまったと思いたくなかった。まだ何も知らないままでいたかった。やっぱり日記のことは、インターンが終わるまで考えないようにしよう。
「……焦凍となまえが仲良くしてるのを見るのは幼少期以来だな。俺が家族を壊してしまってから会うこともなくなった。なまえにもすまないことをした。」
エンデヴァーさんは静かになった私に気を遣ってくれたのかそれとなく話題を逸らしてくれた。自ら家族を壊したと表現した彼に胸が痛む。会わせないようにしてたのはむしろ父の方だと訂正しようかとも考えたけれど、結局口には出さなかった。なんとなく父はエンデヴァーさんの前では優しい友人のままでいたいんじゃないかと、そんな気がしたのだ。
「焦凍をよろしく頼む。」
「はい、お世話になってるのはむしろ私の方なんですけどね。」
「そうか。……焦凍は、良い幼馴染を持った。」
焦凍くんのことを話すエンデヴァーさんの目は穏やかで、それが昔の父と重なってチクリと胸が痛んだ。
轟家は着実に未来へと進んでいる。だけど、私は。これからどれだけ彼のことを理解できたとしても、父と共に未来を歩むことはできない。父の心の内を本人から教えてもらえることは、この先一生ないのだ。
結局ホークスさんからの暗号のことは他言無用でと釘を刺されるだけでその場は終わった。学生を巻き込んですまないと、エンデヴァーさんは武骨な手で私の頭を撫でた。
自室に戻ってから、なぜだか少しだけ涙が出た。エンデヴァーさんのぬくもりは、幼い私をあやしてくれた父の温かさとどこか似ていた。