エンデヴァー事務所
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救助・避難・撃退。これがヒーローに求められる基本三項。通常は救助か撃退どちらかに基本方針を定めて事務所を構える。けれどエンデヴァー事務所は三項全てをこなす方針で動いてるらしい。
管轄の街を知り尽くし僅かな異音も逃さず、誰よりも速く現場へ駆けつけ、被害が拡大しないよう市民がいれば熱で遠ざける。確かに三項全部そろってる。エンデヴァーさんの指導を聞きながらさっきの敵退治を思い出していた。あの時もたくさんのことを同時に考えて処理してたんだろうなあ。
並列思考。ヒーローにとって基礎中の基礎。といってもなかなか実践は難しい。まずはそれを常態化させられるように意識しなきゃ。
「何を積み重ねるかだ。雄英で努力を、そしてここでは経験を。山の如く積み上げろ。貴様ら4人の課題は経験で克服できる。この冬の間に一回でも俺より速く敵を退治して見せろ。」
エンデヴァーさんの力強い背中に背筋が伸びる。とはいえなかなかハードルの高い要求。一瞬でも気が抜けない。
「行くぞ。」
「え?」
いきなりギュンとスピードを上げて走り始めたエンデヴァーさんを慌てて追いかける。どうやら当て逃げがあったらしい。何の音も聞こえなかった気がするけどどうやって判断したんだろう。
すぐに地面から浮いて加速する。足に加えて手の空気操作で追い風を足すとぐらりと体が傾いた。なんとか踏ん張って体勢を立て直す。
危ない危ない。これやるとスピードは上がるけどバランス崩れるんだよなあ。加減が難しい。一応4人の中では一番移動に長けた個性ではあるけどまだまだ発展途上って感じだ。
今できる精一杯で当て逃げ犯のいる現場に駆け付けたけどやっぱり間に合わなかった。すでに犯人はエンデヴァーさんに倒されててサイドキックの人が拘束をすませてる。うう、迅速。私より数秒遅れたやってきた3人も悔しそうに唇を噛んだ。
「冬はギア上げんのに時間かかんだよ。」
爆豪くんが不満そうに口を尖らせる。すると珍しくちょっと興奮気味の焦凍くんが彼に話しかけた。
「爆豪気づいてるか?」
「てめーが気付いて俺が気付かねーことなんてねンだよ何がだ言ってみろ。」
「みみっちいね爆豪くん。」
「殺されたいンか!」
あまりの器の小ささに思わず口を挿んでしまった。怒った彼の爆破が飛んできそうになって慌てて避ける。いやギア全開じゃん。
「あいつダッシュの度に足から炎を噴射してる。」
「あ、あれだよね。九州でやってたジェットバーン?」
「ああ。恐らくアレを圧縮して推進力にしてるんだ。」
焦凍くんの指摘には私も気づいてた。というのも普段から私がやりたいと思ってることをエンデヴァーさんがサラッとやってみせたから。
「私も同じような感じで足の空気操作したいんだけどね。バランス崩しちゃっていつもうまくいかないの。」
足で風を圧縮して一気に加速できればスピードは段違いになる。けどやっぱり足は最近習得した分できないことも多くて、正直腕で追い風足すより難しいんだよなあ。
「俺の爆破のパクリだ。」
「パクってないから。私もエンデヴァーさんも。」
「真似すんなウゼェ。」
「今日全然話聞いてくれないじゃん……。」
プロヒーローに先越されてばっかで不機嫌なのかなあ。私でストレス発散するのやめてほしい。
それにしても焦凍くんがエンデヴァーさんの移動の仕方にさっき気付いたっていうのは意外だった。やっぱり見ないようにしてたからなのかな。本人も遠回りしたって言ってたけど、ずっと一番身近な師を避けてきたんだもんね。ようやくその背中から学ぼうと自ら進んでエンデヴァーさんのもとにやってきた。きっと彼はこれからとんでもなく強くなる。
エンデヴァーさんはさらに炎で逃走経路を絞っていたという説明を加えてまた飛び上がった。なるほど、だからあっさり当て逃げ犯を捕まえられたのか。本当に色んなことが考えられていて思わず唸ってしまう。No.1ってすごい。
サイドキックさんが当て逃げ犯の処理をしてくれると言うのでお言葉に甘えて私たちはエンデヴァーさんの後を追う。
「先の九州ではホークスに役割分担してもらったが……本来ヒーローとは一人で何でもできる存在でなければならないのだ。」
ヒーローの三項をすべて一人でこなす。しかも被害を極力出さずに。トップヒーローと呼ばれる人たちはみんなそれができるんだろうけど私はまだいっぱいいっぱい。学ぶことがありすぎる。
「バクゴー、何が出来ないかを知りたいと言ったな。確かにいい移動速度、申し分ない。ルーキーとしてはな。しかし今まさに俺を追い越す事ができないと知ったワケだ。」
エンデヴァーさんが後ろを振り向くことなく淡々と爆豪くんに話しかける。現場への移動と私たちの指導を同時に行いながらきっと次の対応や処理のことまで考えてるんだろう。並列思考ってこういうことか。
「冬は準備が!」
「間に合わなくても同じ言い訳をするのか?」
最もなことを言われて爆豪くんは口を噤んだ。そう、手遅れになって言い訳なんてできない。あの時、嫌というほどそれを味わった。
「ここは授業の場ではない。間に合わなければ落ちるのは成績じゃない。」
私たちが一歩出遅れた横断歩道の真ん中で大型トラックを止めながら、エンデヴァ―さんは呟いた。
「人の命だ。」
目の前の光景にゾクリと背筋が凍る。信号無視のトラックが今まさに歩行者をはねようとしていた。エンデヴァーさんがあと一秒遅かったら死人が出てたかもしれない。私たちだけだったら確実に助けられなかった。
やっぱり訓練とは違う。現場ではこんなにも命が間近にあるのだ。私たちはそれに責任を持たなければならない。
「ショート、バクゴー。とりあえず貴様ら二人には同じ課題を与えよう。」
「何で毎度こいつとセットなんだよ……。」
「それが赫灼の習得に繋がるんだな?」
爆豪くんはむくれながらも焦凍くんと一緒にアドバイスに耳を傾ける。
「溜めて放つ。力の凝縮だ。最大出力を瞬時に引き出す事。まずはどちらか一つを無意識で行えるようになるまで反復しろ。」
力を凝縮させて威力を出す練習は私も職場体験の時にやった。だから腕の方は結構使いこなせてると思うんだけどなあ。
緑谷くんが爆豪くんの必殺技・徹甲弾と同じ要領だと声を上げて爆豪くんはブチギレた。さすが分析魔。幼馴染の戦い方もしっかり記憶してあるなあ。爆豪くんめっちゃ嫌がってるけど。
「トルネードは力の凝縮自体は腕でできているようだ。問題は足だな。コントロールは慣れしかない。腕と同じ要領で足でも無意識に最大出力できるよう反復しろ。」
「はい。」
やっぱり私の課題は足の使いこなし。こればっかりは本当練習あるのみだよね。自分でやる訓練と実際の現場とじゃ身につき方も違うだろうから、今回のインターンをいい機会にさせてもらって必死に食らいつくしかない。
事故処理を済ませたあとビルの屋上に場所を変えてみんなで昼食を取る。私はタマゴサンド。最初は何でこんな高いところで?って思ったけど多分街を見渡せるようにだろうな。いつどんな時もNo.1は気が休まらない。
少しの休憩時間なのにエンデヴァーさんはアドバイスを続けてくれる。後ろ全然振り向いてなかったのに、いつの間にそれぞれの弱点見抜いてたんだろう。
エンデヴァーさんは緑谷くんにまずエアフォースを無意識下でできるようになれと言った。副次的な黒鞭の方は一旦忘れろと。並列思考が基礎の基礎と教えられた私たちはきょとんと首を傾げる。
「そもそも誰しもが並列に物事を処理している。無意識下でな。」
エンデヴァーさんは道路を走る車を指さした。確かに車の運転もハンドル操作とアクセルブレーキ、他にも色んなことを同時に行ってる。でも運転手の人も初めからそれができたわけじゃない。スピードの出し方も後方確認のやり方も、教習所で一つ一つ段階を踏んで、さらに反復練習を重ねてようやく無意識でも行えるようになったんだ。つまりは私たちも同じこと。
まずは無意識化で二つのことをやれるように。それが終わればまた一つ増やしていく。そうやって出来るとことを積み重ねてさらに視野が広がっていく。
「どれほど強く激しい力であろうと礎となるのは地道な積み重ねだ。例外はいる。しかしそうでない者は積み重ねるしかない。少なくとも俺はこのやり方しか知らん。」
例外というのは多分オールマイトのことで。誰からも一目置かれる天才では教えることができないアドバイスを今もらってるんだと思った。エンデヴァーさんは一体どれだけ途方のない努力をしてきた人なんだろう。凡人である私が目指すべきは、彼のように緻密な積み重ねを腐らずできるヒーローだ。
「同じ反復でも学校と現場とでは経験値が全く違ったものになる。学校で培った物を、この最高の環境で体に馴染ませろ。」
小さくなったタマゴサンドを口に放り込みながら、いつかの通形先輩の言葉を思い出していた。No.1の下での、一線級の経験。私たちは今幸運にもそれを肌で感じられる状況にある。
「なに安心して失敗しろ。貴様ら4人如きの成否、このエンデヴァーの仕事に何ら影響することはない!」
エンデヴァーさんからの鼓舞に高揚しないわけがなかった。誰よりも速く駆け付けられる技術。どんな手も取り零さない強さ。このインターンで、絶対物にして見せる。一つ一つ。目標を見据えて。