エンデヴァー事務所
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路地を抜けると予想通り敵はすでにエンデヴァーさんに取り押さえられていた。近くには緑谷くんたちと、なぜかもう一人。全く想定していなかった人物の姿があった。いや何でここにいるの。
「すみません遅くなりました。周辺の方々の避難完了しました。」
「む、ああ。助かる。」
あれ、しかもなんか敵増えてる。老人はエンデヴァーさんが抑え込んでいたので、ひとまとめに倒れている3人組を空気圧縮で拘束しながら現状報告をする。
「ハッ、のろま。」
「逃げ遅れた人いないか確認してたんだってば。」
爆豪くんに小馬鹿にされてしまい私は口を尖らせた。確認に少し時間がかかってしまったのは事実だから強く言い返せないけど。
「いやー、さすがだねェ。ま、俺の方が速かったけど。」
「……こんにちは。」
拘束した3人はどうやら目の前の人が倒してくれたらしい。相変わらずへらへらと笑いかけてくる金髪をじとりと睨んだ。本人はしれっとしてて私の視線なんてまるで気にしてない。はあ、この人のせいで悩んでるの馬鹿らしくなってきたな。
「はーいこんにちは。久しぶりだね。最後に会ったのいつだっけ?」
軽薄そうなその目が、余計なことを言うなよと私を射抜く。何も説明してくれない癖に要求だけは多い。はいはい、心配しなくても何も話しませんよ。半ばやけくそになりながら張り付いたような作り笑いを浮かべた。
「さあ、いつでしたっけ。2年くらい前じゃなかったですか?」
「あーそうだそうだ!あの時まだ中学生とかだよね?いやあ~懐かしい!」
よくもまあいけしゃあしゃあと。どうしてくれようかと思ったけどぐっと怒りを飲み込んで表情を保つ。隣のエンデヴァーさんは何か言いたげな視線を私たち二人に落としていた。
そうこうしているうちに警察が到着し、敵たちの身柄を引き渡す。連行の間老人はずっとエンデヴァーさんに向かって叫んでいた。
「其奴こそが元凶じゃ‼奴の放つ光が‼闇を‼終焉を招くのじゃ~~~‼」
何だろう。なんかすごく思想が強いこと言ってる気がする。あの人エンデヴァーさんアンチだったのかなとぼんやり眺めていると、いつの間にか緑谷くんがホークスさん相手に自己紹介を始めていた。意外と彼も自由だなあ。まあエンデヴァーさんが警察の人とやり取りしてる間私たちは待機だから時間はあるんだけど。
「緑谷と言います。」
「指破壊する子。」
いや覚え方こわ。でも確かに体育祭での印象強かったからなあ。ワンフォーオールの調節まだ難しかったんだろうし。
「ツクヨミくんから聞いてる。いやー、俺も一緒に仕事したかったんだけどねー。」
絶対適当に言ってるでしょこの人。あまりに社交辞令な返しに苦笑が漏れる。
「常闇くんは……?ホークス事務所では……。」
「地元でサイドキックと仕事して貰ってる。俺が立て込んじゃってて……悪いなァって思ってるけど……何か言いたげだね。」
さっきから緑谷くんとの会話がずっと嘘くさくて思わず顔に出てしまっていたらしい。何もしゃべらせる気なんてない癖に話題だけ振るんだもんなあ。取り繕うのも面倒くさくなってきてこちらもあけすけな物言いになる。
「別に何でもありませんよ。ただお忙しいなと思って。ご自分からオファー申し入れたインターン生放っておくくらい。」
我ながら性格悪いなあと思ったけどこのくらいは許容してほしい。人に怒ることなんて滅多にないけど、さすがに数カ月単位でわけもわからず振り回され続けてると嫌味の一つくらいは言いたくなる。まあ彼にはどうせ全然響いてないんでしょうけどね。
「アハハ!君昔に比べて大分棘のある言い方するようになったねェ。」
「……誰のせいだと思ってるんですか。」
はあとため息を吐くと焦凍くんと緑谷くんが不思議そうに首を傾げた。
「なんか珍しいね。みょうじさんがそんな感じなの。」
「そんなにホークスと仲良かったのか?」
焦凍くんに真剣な顔で聞かれて思わず固まってしまう。言葉の意味を理解するのに若干時間を要した。仲いいって誰と誰が?もしかして私とホークスさん?
「え、どこをどう見たら仲良く……?」
「えー、俺傷ついちゃうよ?」
めちゃくちゃ笑ってるじゃないですか。全然顔と台詞が合ってない。焦凍くんは「仲良くないのか……」と考え込んでしまい相変わらずの天然ぶり。その様子をホークスさんは愉快そうに眺めていた。
なんかちょっともう説明するのも疲れてきちゃったな。爆豪くんがホークスさんに絡み始めたのでそっと会話から外れる。敵退治より体力使ったかもとぐったりしていたら警察とのやり取りが終わったエンデヴァーさんが戻ってきた。
「で!?何用だホークス!」
あ、エンデヴァ―さんに用事があったのか。ずっと何でこの場にいるんだろうと思ってたからようやく一つ謎が解けた気分だ。
「用ってほどでもないんですけど……エンデヴァーさんこの本読みました?」
そう言って彼が取り出したのは表紙に異能解放戦線と書かれた本。あまりに突拍子がなくてみんな頭にはてなを浮かべている。そんな私たちを無視してホークスさんは本の内容をペラペラと話し始めた。
異能解放戦線。この本の存在自体は少し前から知っていた。泥花市の市民交戦で昔の手記が注目を集めていると話題になっていたから気になってあらすじだけ読んだのだ。
まだ個性というものが日常になる前。人々が超常との共存を図り始めた頃、「異能の自由行使は人間として当然の権利である」と主張する解放主義者と呼ばれる人たちがいた。彼らをまとめ上げたのがデストロという名前の指導者。この本の作者だ。
だけど彼らが唱える異能解放というものは結構過激で、現代ではテロや犯罪の誘発になりかねないと危険視する声も多い。最近も本が再注目されたことによってこの手の犯罪が増えていると聞いた。いつだって最善を選び取るホークスさんがおすすめするような内容にはとても思えない。先ほどから異能解放の素晴らしさを滔々と語っている彼に、違和感しかなかった。
「デストロが目指したのは究極あれですよ。自己責任で完結する社会!時代に合ってる!」
ホークスさんの謎のテンションにエンデヴァーさんもポカンとしちゃってる。普段の彼の言動と一致しなさ過ぎて不自然なのだ。
「そうなればエンデヴァーさん。俺たちも暇になるでしょ!」
その瞬間、いきなり彼から表情が消えて私は思わず目を瞠った。明るい口調とは裏腹な険しい顔。そこにはいつものヘラヘラした笑みはない。こんなの、やっぱりどうしたっておかしい。
「読んどいてくださいね。ほら、君も。」
エンデヴァーさんに続いて私も本を手渡される。わざと緑谷くんたちには背中を向けて、私とエンデヴァーさんだけに何かを訴えるような鋭い視線。
絶対に何かある。受け取った本が妙に重く感じた。
「No.2が推す本……!僕も読んでみよう。あの速さの秘訣が隠されてるかも……。」
「そんな君の為に持ってきました!」
「用意が凄い!」
緑谷くんの言葉にもすかさず反応して人数分の本を取り出すホークスさん。その顔はすでにいつものヘラヘラした調子に戻っていた。彼は3人に本を渡したあと、もう用は済んだとばかりにさっさとこの場を立ち去ろうとする。
この本を届けるためだけにわざわざ九州から?って、そんなわけないよね。
「全国の知り合いやヒーローたちに勧めてんスよ。これからは少なくとも解放思想が下地になってくると思うんで。マーカー部分だけでも目通した方がいいですよ。2番目のオススメなんですから。」
マーカー部分。2番目のオススメ。そこだけやけに強調されてるように感じたのは気のせいだろうか。いや、彼は意味のないことをするような人じゃない。
「5人とも、インターン頑張って下さいね。」
最後にそれだけ言ってホークスさんは空へと飛び去った。彼の背中を見送りながら、緑谷くんたちがポツリと呟く。
「若いのに見えてるものが全然違うんだなあ……まだ22だよ。」
「6歳しか変わんねえのか。」
「ムカつくな……。」
3人の声はほとんど届かず、私は手元の本をひたすら見つめていた。2番目のオススメ。2番目。ホークスさんの言葉が頭の中でぐるぐると回る。
恐らく、彼の真意を知るには中身を読むしかないんだろう。相変わらず振り回されっぱなしで悔しいけれど、先ほどの表情から察するに彼にもストレートに説明できない相当大きな理由がある。
きっとあの夜彼が私に会いに来たことも、エンデヴァー事務所に行けと指示を出したのも、怖い顔で本を差し出してきたのも。気まぐれなんかじゃない。全部が繋がってるんだ。恐らく彼は私にそれを読み解けと無言の圧をかけている。
期待、されてるんだろうか。いやそれは都合よく考えすぎかもしれないけど。それでも。少しでも役に立てることがあるのなら。No.2の思惑に乗ってみるのもありかもしれない。
立ち尽くすばかりだった足に力がこもる。難しい顔をしていたエンデヴァーさんと目が合って、私はしっかりと頷いた。