年末
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その日の夜。年越しそばとおせちを食べてお腹がいっぱいになったあと私は自室へと籠った。もちろん父の日記を読むために。少し重かったけどゆっくり時間を取れることもそうないからと思って3冊ほど持ち帰っていたのだ。
何かに突き動かされるように1冊目を開き、エンデヴァーさんの名前を探す。といってもどの日付にもほとんど「炎司」の文字が書かれていて重要な部分を探すのはかなり困難。エンデヴァーさん大好きすぎでしょとページをめくりながら眉間を抑えた。
こうして見ると本当にマメな人だったんだなあ。ちゃんと毎日記述がある。だからこそあまりに膨大な量に今くじけそうなんだけど。重要な情報だけを掬い取るように流しながら読み進めていくと、あるページで手が止まった。
『炎司の結婚が決まった。めでたいことだ。個性婚であることを心配していたがどうやら相手からも理解が得られたらしい。冷さんが良い人でよかった。』
これ、エンデヴァーさんたちが結婚した頃の話だ。つまりは轟家の始まり。父の書き方からしてやっぱり冷さん自身も望んで結婚してるみたい。きっと彼女はちゃんと自分の意志でエンデヴァーさんに嫁ぐことを決めたんだ。
再びページを進めていくと、今度は別の名前が出てきた。
『炎司に子どもが生まれた。燈矢という名前らしい。彼がずっと望んでいたことなので、私も嬉しい。』
燈矢。轟家の長男、焦凍くんのお兄さんの名前だ。小さい頃焦凍くんの家に遊びに行った時に遠くの方で数回だけ姿を見かけたことがある。冷さんに似たおっとりとした顔立ちが印象的だった。だけどそれ以上は何もわからない。言葉を交わすのはもちろん、挨拶も会釈すらしたことがない。ただ、焦凍くんが火傷を負ったと知ったあの日よりもずっとずっと後になって彼が亡くなったことを聞いた。それも父からではなく、ポロリと零してしまった母の口から。
『燈矢くんはどうやら炎司よりも強い火力を持っているらしい。すごい才能だ。これで炎司も少しは気楽になれるだろうか。早く私も同じ景色が見たい。』
以前母が言ってた通り、父は本当に上昇志向の持ち主だったらしい。いや、これは上昇志向というよりエンデヴァ―さんと肩を並べたいだけかも。父にとっての親友だったとはいっても結構執着心重めだよなあ。なぜだか緑谷くんと爆豪くんの幼馴染コンビが思い出されたけどあの二人とはまたちょっと関係性が違うか。
それにしても、燈矢さん炎使いだったんだな。しかも火力はエンデヴァーさん以上。力を求めていた彼のことだからきっとすごく喜んだんだろう。もし燈矢さんが今も存命だったら、焦凍くんと一緒に稽古したりしてたかもしれない。
あれ、でも。じゃあなんであの頃焦凍くんは隔離されてたんだろう。同じ炎の個性なら使い方とか教えてもらえるんじゃないのかな。不思議に思い首を捻っていると、その疑問の答えは2冊目の日記の中にあった。
『燈矢くんが火力を抑えられないと聞いた。ヒーローにすることはできないと。冬実ちゃんもヒーロー向きではない。炎司の態度が気がかりだ。』
火力を抑えられない。そうか、焦凍くんの半冷半燃みたいに上手く体温調節ができなかったんだ。自分の火力に体が耐えられなかった。エンデヴァーさんはヒーローを諦めざるを得ない我が子を見て、一体何を思ったんだろう。いやそれよりも、燈矢さんはその時どんな気持ちだったんだろう。
『燈矢くんは毎日火傷を作ってきているらしい。ヒーローになるという野望はそう簡単に消えるものではない。自分も彼の夢を目覚めさせてしまった一端だ。どうにかできないものか。』
やっぱり。彼はもうヒーローを目指してしまっていたらしい。強くてかっこいい父親からの期待を一身に受け、自らもまた今よりもっと強い力を望んだ。それなのに、大人たちに途中で諦めろと言われて。子供の体を心配する親の気持ちも理解はできる。それでも、なんて自分勝手なんだろうと思ってしまった。やり方を変えれば、サポートアイテムで工夫をすれば戦いようだってあったはずだ。それなのに、No.1になれないならもうそこで終わりなのか。ヒーローを目指すことすら許されないとでも言うのか。
いや、駄目だ。こんなの憶測でしかない。勝手に決めつけるのは事実の捻じ曲げるのと同じだ。
冷静になる為に目を瞑って大きく深呼吸をした。父の文章を読むだけで判断してはいけない。その時実際何があったかなんて、本人たちしか知り得ないことなんだから。誰かに感情移入して読んでると視野が狭くなってしまう。あくまで第三者として俯瞰で見ないと。
なんとか落ち着きを取り戻してまたページをめくる。この巻にはもう終わりまで重要そうなことは書かれておらず、私は3冊目に手を伸ばした。するとはじめの方にまた新しい名前が出てきて、その内容に思わず顔を顰めた。
『夏雄くんが生まれた。今度こそ炎司の望む個性だと良い。冷さんにとっても燈矢くんにとってもいい方向に向かうことを祈る。』
もう一度ゆっくり息を吐く。モヤモヤとした気持ちが心の中で渦巻いていた。さっき冷静を保とうとしたばっかなんだけどなあ。
なんだかこれ、エンデヴァーさんのことは心配してるけど燈矢さんの気持ちには全然寄り添ってるように見えない。仮に夏雄さんがエンデヴァーさんの望む個性を持って生まれてたとして、それが燈矢さんの中で良い方向に向かうわけなくない?だってきっと今度はその子が期待を受けて持て囃される。かつて自分がされたみたいに。親の興味が他の人に移って喜ぶ子供なんていないと思うけど。
やっぱり父はどこか偏ったところがある。特にエンデヴァーさんに関しては。友人の力になりたいという気持ちが強すぎて他に対する配慮が少々欠けているように思えた。私も父に似た部分があったらどうしよう。途端に普段の自分の言動が不安になってくる。
『結婚を炎司が祝ってくれた。家族を守れるよう、一層私も頑張らなければ。』
自分のこれまでを顧みているとふと家族の文字が目に入った。これは初めての我が家に対する記述だ。結婚に対する父の決意の言葉にちょっとだけ涙が出そうになる。
この頃は多分、まだ優しかった時の父だ。本当に笑ってくれてた、大好きだったお父さん。彼に一体何があったのか。きっとこの先を読んでいけば嫌でも知ることになるんだろう。
『夏雄くんはヒーローに向かなかったと聞いた。燈矢くんの表情が日に日に変わっていっているようで心配だ。』
数ページ先にまた燈矢さんに関する記述があった。この時もまだ彼はヒーローへの夢を諦められていなかったらしい。そりゃそうだ。自分の憧れた未来は簡単に手放せるものじゃない。ましてや父親は人気ヒーローなのだ。
うーん、どうしても燈矢さんのことを思うと憤ってしまう。平常心と自分に言い聞かせて次のページをめくった。するともう何百回目だかわからない炎司という名前が出てきて、その内容に私は何故だかぞくりとした。
『またオールマイトがNo.1を維持した。炎司が、どんどん追い込まれている。私もまたNo.6止まりだ。早く炎司の隣に行きたい。』
確信に変わった瞬間だった。父は間違いなくエンデヴァーさんに、轟炎司という男に固執していた。日記を読み始めた当初からその兆しはあったけれど、この1冊には特に顕著にそれがあらわれている。父が求めていたのは恐らくTOP3でもNo.1でもなく「炎司の隣」だったのだ。彼の努力の先には常にエンデヴァーさんの姿があったのだ。
ということは。やっぱり父の変化にはエンデヴァーさんが関わっている。それをはっきりと理解した途端、私は先を読むのが怖くなった。
もし本当にそうなら。私はインターンでエンデヴァーさんの顔をまともに見られるだろうか。それに轟家のことも。今の時点できっと焦凍くんの知らないことまで知ってしまっているというのに、彼と自然に会話ができるだろうか。どうしよう、急に手が震えてきた。
自分だけで抱えていられる自信がない。でも人に話すわけには。そうだ、瀬呂くん。いやこんなこと誰にも。エンデヴァーさんの立場が悪くなったら。焦凍くんを傷つけたら。どうしよう。どうしよう。
「なまえまだ起きてるの?」
突然ノック音がしてドアの向こうから母の声が聞こえた。ぐるぐると回っていた思考が中断され呼吸が浅くなっていたことに気づく。
「明日早いんだからあんまり夜更かししすぎないようにね。」
普段通り心配してくれる母にへなへなと肩の力が抜けていった。そっと日記を閉じてドアを開ける。喉はカラカラに渇いてしまっていた。
「ありがとう。もう寝るよ。」
「寮に戻ってからもあんまり無理しないのよ?」
「うん、気をつける。」
「それじゃあおやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
母が自分の寝室に入っていくのを見届け私も再び扉を閉めた。机に置いてある日記に手を伸ばし、まるで逃げ出すかのように全て鞄へと押し込める。
この続きは今読むべきじゃない。読んでしまえば、その事実を受け止めなければならないから。せめてインターンが終わるまでは。
時計を見ると23時51分。もうすぐ新しい年を迎えようとしているというのに、言い知れない焦りばかりが立ち込めていた。
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