年末
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
賑やかだったクリスマスも終わって今日は大晦日。敵の動きを警戒して全寮制化が進められたこともあり今年は帰省が難しいんじゃないかと思ってたけど、プロヒーローたちが護衛に付いてくれることで私たち生徒は一日だけ家に戻れることになった。
雄英専用のバスが所定の場所に到着し、そこからはひざしくんが自宅まで送ってくれる。大晦日まで仕事なんて本当に先生方には頭が上がらないなあ。
「実家久しぶりだろ?」
横並びになって家までの短い道のりを辿る。辺りの空気はキンキンに冷えていて、私は赤くなった鼻を小さくすすった。
「合宿後からずっと寮だったもんね。電話とかもほとんどしてなかったし心配かけちゃってたかも。」
「だよなァ。ちゃんと顔見せてお袋さん安心させてやんねーとな!」
サングラスの奥の瞳がやんわり細められた。まるで娘や妹を見るかのような優しい笑顔に、自然と私の表情も緩む。
「ま、心配って言やァお前さん。最近また何か悩んでんな?」
和やかな空気も束の間、ひざしくんから発せられた言葉に私はほんの一瞬だけ息を呑んだ。顔色は変わってないはずだから動揺はばれてない、と思いたい。なんとか平静を装ったままとぼけたふりをする。
「え、なんで?」
「よく小難しい顔してるって相澤がぼやいてた。」
「あー。」
消太くん、気づいてたんだなあ。確かにここのところ私はずっとこの先起こるだろう何かについて考えていた。ニュースを隈なくチェックしたりネットで犯罪事件について調べたり。年明けにはインターンが始まるからそれまでに何か掴めないかと思って。ホークスさんは無意味にNo.1事務所に行けなんて言う人じゃないし、絶対どこかに彼の意図を探るヒントがあるはず。まあ努力虚しくさっぱり見当はついてないんだけど。
「エンデヴァーさんのところ行くのちょっと緊張しちゃって。」
当たり障りのない返答で誤魔化すとひざしくんは合点がいったという顔をした。うん、この反応を見ると別にホークスさんとのことがばれたわけじゃないみたい。心配してくれてる二人には申し訳ないけど、やっぱり誰かに話すのは憚られるし。怒るなら学生に無許可で接触してきたNo.2を怒ってください。
「あの指名なァ。正直俺ら教師陣もよくわかんねーのよ。」
「だよねえ。」
いまだに雄英サイドにも全く説明はないらしくひざしくんは首を傾げている。エンデヴァーさんとホークスさんが通じてたとしても不審な点満載のオファー。我ながらよくOK出したなと苦笑が漏れた。
「まー肩の力抜けつってもNo.1相手じゃ土台無理な話だからな。問題児達もいるし気苦労多いだろうが死ぬ気で食らいつけ!」
問題児達ってもしかしなくても爆豪くん達のこと?不安要素の一つではあったけど改めて口に出されるとちょっと面白い。3人とも何かと事件に関わっちゃうからなあ。あんまり人のことは言えないかもだけど。
「なんかひざしくんが先生みたいなこと言ってる。」
「こいつぁシヴィー‼相澤が言いそうなこと並べたのは事実だけどな!」
「ふふ、確かに言いそうかも。」
二人して寒空の下歩いてると家の門が見えた。玄関先でひざしくんとお母さんが挨拶をして私はそれをぼんやり眺める。ひざしくんが敬語使ってるの変な感じだなあ。
「それじゃあこれで失礼します。」
「ええ、ご苦労様。」
ひざしくんが頭を下げたので私も母と一緒にお辞儀をする。最後に彼は私の顔をじっと見つめた。
「久しぶりの我が家なんだからいっぱい甘えろよ?」
「うん、そうする。送ってくれてありがとう。」
ポンポンと私の頭を撫でたあと彼は二ッと口角を上げた。こうやって気遣ってくれるとこ、消太くんと同じ。遠ざかっていく彼の背中を見送りながら嘘吐いちゃってごめんねと心の中で謝った。
家の中に入ると暖房の温かい空気が体を包んだ。さっきまで寒さで強張っていた体から段々力が抜けていく。
「寒かったでしょ。ケーキ買ってあるからお茶にする?」
「そうする!ありがとうお母さん。すぐ手洗ってきちゃうね。」
洗面台に直行して手洗いうがい。ヒーローは体が資本だからね。制服から部屋着に着替えてテーブルへと向かった。
久々の母とのおやつ。私はいちごのショートケーキを一口頬張った。甘い幸せが口の中にふんわり広がっていく。
「インターン、炎司さんのところに行くのね。」
同じようにモンブランに口をつけた母から投げかけられたのは年明けの予定。炎司さん、とはエンデヴァーさんのことだ。父の日記にもよく名前が出てくる。彼がそう呼んでいたから母にも呼び方が移ったんだろうか。そういえば我が家では焦凍くんのことがタブーになってしまっていたからあまり踏み込んだことは聞いてこなかった。父はエンデヴァーさんとは外で会ってたみたいだし。
「うん。なんか指名もらったから。」
「どうしてかしらねえ。もしかして焦凍くんの嫁にしようなんて思ってるんじゃ……。」
「んぐ、さすがにそれはないでしょ。」
突然突拍子もないことを言われて紅茶噴きそうになってしまった。なんとか堪えて飲み込む。まあ以前のエンデヴァーさんなら否定できない可能性だったかもしれないけど。今は多分、というか絶対違う。母はそうよねと相槌を打ってくれたけどなんだか浮かない顔をしていた。
「昔は夫婦そろって食事に招かれてたりしたんだけどね。ほら、その……冷さんのことがあったじゃない?あの少し前から私炎司さんのことが怖くなってしまって……ここだけの話ちょっと苦手なのよ。」
冷さんのこと。つまりは焦凍くんが火傷を負ってしまったあの事件のことだ。
「怖い?」
「ええ。どんどん顔が険しくなっていくのよ。やつれてるようにも見えたんだけど。」
母は昔を思い出したのかふっと目を伏せた。あの頃焦凍くんは追い詰められてて、それ以上に冷さんは思いつめてた。そして二人を追い込んだのは間違いなくエンデヴァーさんだ。彼の頂点を追い求める性格が家族を崩壊させてしまったのだと思ってたけど、何かが引っかかる。
もしかしてエンデヴァーさんもあの頃は余裕がなかった?顔つきが変わってしまうほど、彼自身が何かに追いつめられてた?
違和感はもう一つある。母の話から察するに轟夫妻は友人夫婦と一緒に食事をとるような仲だったということ。いや家族だから同じ空間で食事くらいするだろうけど。それでも私にとってその情報はあまりに意外だった。焦凍くんからはエンデヴァーさんが嫌がる冷さんを個性婚で無理矢理娶ったと聞かされていたから、最初から二人の関係は破綻していたのだろうと勝手に決めつけてしまっていた。でもそうじゃなかったのなら。初めは一緒に食事をして笑い合う普通の夫婦だったのだとしたら。一体いつから、何がどうしてあんなことになってしまったのだろう。
「そういえばあの人があまり笑わなくなったのもあの時期からだったわね。」
「え……。」
不意に母が呟きハっと意識が引き戻される。しかも彼女の口から零れたのは父のことで、私は驚きを隠せなかった。
笑わなくなった、というのは少し語弊があるかもしれない。恐らく彼女が言ってるのは父の本当の笑顔のことだから。父は常に微笑を保っていたので傍から見たらいつでも笑顔な優しい人だっただろう。でも目の奥を見ればわかる。彼は心の奥底では笑っていなかった。それがいつからだったか私ははっきり覚えていなかったけど、いつも近くで彼を見てきた母にはその変化は明確なものだったらしい。
精神的に追い詰められた冷さんが焦凍くんに熱湯を浴びせてしまい病院に入れられた。そしてエンデヴァーさんと焦凍くんの間の確執はより深くなり轟家は一般的な家族という形を保てなくなった。そうやって轟家が激動を迎えていたあの頃、父にも何かがあったというのだろうか。父が変わってしまったことに、もしかしてエンデヴァーさんが関係してる……?
「……せっかくなまえが帰ってきてるのにこんな暗い話ばかりじゃ駄目よね。一緒に晩ごはんの準備しましょうか。」
「う、うん。」
何かに気づきかけたような気がしたけど母が席を立ったことによって思考は中断された。最後に取っておいたイチゴを口に放り込み私も台所へと向かう。
父とエンデヴァ―さん。二人について知る必要がある。不明瞭なことが多い中それだけははっきりとわかっていた。鞄の中に忍ばせておいた父の日記ばかりが頭に浮かんできて、あまり準備に身は入らなかった。