番外編
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片付けが終わりそれぞれが自室に帰った。俺も例外ではなく自分のベッドに座って机に置いてある袋を眺めている。お、もうすぐ23時。そろそろいいかね。起きてるかわかんねえけど部屋行ってみるか。さっと袋を手に取りドアノブに手を掛けた。
「う"っ。」
「え?」
いつもと同じ感覚でドアを開ければゴンという鈍い音と共に聞こえる呻き声。驚いて廊下を見るとおでこを抑えてしゃがみこんでいるみょうじがいた。嘘だろ。
「え、っとみょうじ!?悪い全然気づかなかった……!」
「……あの、うん。平気なので気にしないで。」
「涙目じゃねーか。」
眉を下げてへにゃりと笑う彼女の目は少し潤んでいる。やってしまった。予想外だったとはいえ俺の不注意で怪我させたかもしんねえなんて。最悪だ。
「ごめんなどこ打った?」
「本当に大丈夫。私がうろうろしてたのが悪いんだし瀬呂くんのせいじゃないよ。」
「ンなこと言ったって……あ、やっぱちょっと赤くなってんじゃん。うわもうほんとごめん。」
「ふふ、気にしすぎ。」
俺が謝るたび彼女は何度も大丈夫だと首を振ったがあまり気は収まらない。これからプレゼント渡すってのになんつー失態だよ。
内心冷や汗だらだらで彼女の手を取り立ち上がってもらう。ここで問答続けてたら轟たちにも聞こえるかもしんねえしな。とりあえず二人で部屋に入って机の前に腰かける。
「もうほんとに何ともないよ?赤いのも多分引いてると思うし。」
「そう、だな。腫れたりもしてねーみたいだけど。でも痛いのぶり返したら瀬呂くんに言いなさいよ?責任取るから。」
「いや言い方。」
明るい室内でもう一度彼女のおでこを見たら確かに赤みは引いていた。とにかく大事には至らなかったみたいで一安心だ。久々にまじで焦った。動揺を悟られないようにわざとおどけて見せると彼女が俺の責任発言に顔を赤くさせる。やべ、口元緩んじゃう。
ちょうど俺もみょうじの部屋に行くところだった旨を伝えると彼女は心底驚いた。まあみょうじが俺の部屋の前にいたのもかなりびっくりだったんだけど。つーかさっきまであんま気にする余裕なかったけどつまりはみょうじも俺に会いに来てくれてんだよな。この事実はかなりクる。待て待て、にやけんの耐えろ。必死で表情筋を押し殺して当初の目的に立ち返ることにする。
「はいこれ。渡そうと思ってたの。」
手に持っていた小さな袋を目の前に差し出すと彼女はそれをそろりと受け取った。綺麗な目をさらに輝かせて大事そうにそれを見つめる彼女は言うまでもなく愛しい。喜ぶ顔が見たくてつい贈り物が多くなんのは惚れた弱みってやつね。自覚はある。
「開けてもいい?」
「ん、どーぞ。」
中に入っていた箱のテープを丁寧に剥がすみょうじを見て律義だななんて思う。それだけ大切に扱ってくれんのはかなり嬉しーけど。
「几帳面ね。」
「うん。瀬呂くんにもらったものだから。」
ふわりと目を細めた彼女から見事に攻撃を食らった。たまにこういうことストレートに言ってくれるから気が抜けねえんだよな。心臓の音聞こえてねえか心配しちゃう。
箱の蓋を開けてパッケージが見えると彼女は驚きの声を上げた。大きな目を零れ落ちそうなほど見開いて俺を見ている。自然とにんまり口角が上がった。
「これ、なんで。」
「ちょっと前に芦戸たちと話してるの聞いちゃった。欲しかったやつこれで合ってる?」
「こ、これ。これです。」
その表情から彼女が少し興奮気味なのが伝わってくる。どうやら気に入ってもらえたらしい。2週間ほど前に共同スペースにいたら偶然耳に入ってきた会話。もしかしたら自分で買うかもとは思ったがプレゼントの候補にと化粧品のブランドと名前をメモっておいたのだ。店員の人に「彼女さんへのプレゼントですか?」と聞かれていけしゃあしゃあと「そうです~」って答えたのはここだけの話ね。
「もう買っちゃってたらごめんな。」
「え、買ってない……!あとちょっと、今、なんか泣きそうかも……。」
2週間前の判断はどうやら大正解だったようで。幸い彼女はまだリップを買っていなかった。まじまじとパッケージから取り出したリップを見つめて目に涙を溜めている彼女。俺の前で泣き虫なとこ、ほんと可愛い。
「なァんでよ。」
「なんか……嬉しくて?」
笑いながら彼女の頭を自分の肩へと引き寄せる。ふわりと彼女特有の甘い香りが鼻腔をくすぐった。背中をさすると体重を預けてくれてさっきよりも距離が近くなる。
「喜んでもらえてよかったわ。ちょっとつけてみる?」
ただ俺が見たいだけという欲望丸出しの提案をしてみると彼女は困ったように眉を下げた。
「う、今はちょっと恥ずかしいのでもっとちゃんとした時に……。」
「ちゃんとした時?」
「その、デートの、時とか……。」
段々と尻すぼみになっていく語尾。言葉の意味とかリップつけて俺の隣を歩いているみょうじとか色々なものが頭を駆け巡って一瞬固まってしまう。本当にこの子はもう。
「いやあの、やっぱ今の忘れて。」
「……ンな可愛いこと言われて忘れられるわけないでしょーが。」
恥ずかしいこと言った自覚はあったのか彼女は一目瞭然なほど真っ赤になっている。まあ多分俺も似たようなもんだとは思うけど。正直こんな可愛い顔されると我慢が揺らいじまうんだよなあ。今すぐにでも手を出してしまいたいのをぐっとこらえる。耐えろ俺と必死で自分に言い聞かせながら思わず頭を抱えた。
「んで?みょうじさんも俺に何か用があったんじゃないですか?」
このまま理性が吹っ飛んでしまうとまずいので話題の方向転換を図る。さっきからちらちら見え隠れしてる彼女の後ろの包み紙。みょうじはどうやら本来の目的を思い出したようで慌ててそれを差し出してきた。
「これ、あの……冬の間とか普段使いに良いかなって思って。」
「え、何だろ。開けてい?」
「うん。」
胸膨らませながらガサガサと包みを開くと現れたのはなんか暖かそうなもの。でもあんま見たことない形状でこれが何なのかすぐにはわからなかった。
「肘ウォーマーなんだって。瀬呂くん個性的に冬は調子出ないって言ってたでしょ。だから少しでも普段から暖められたらなって。」
彼女からの説明に抱きしめたくなる衝動をぐっと抑える。一体今日何回この葛藤を繰り返せばいいのか。
いや、確かに話した。冬の寒さで個性に影響出るって話。それちゃんと覚えてくれてて俺が戦いやすくなるような物選んでくれたってこと?最高に健気すぎて泣けてくんじゃん。
しかも俺好みのデザイン。プレゼント交換の時も思ったけどセンスいいんだよなみょうじ。まあ彼女からもらうもんなら何でも嬉しいんだけど。
幸せを噛みしめながら早速腕まくりしてつけてみることにする。おお、サイズぴったり。素材もいい感じ。
「うん。すげーあったかいわこれ。え、まじであったかい。感動。」
「喜んでもらえた……?」
「当たり前でしょ。色もデザインもいいしめちゃくちゃ嬉しい。いやほんと最近もっぱらの悩みだったから助かるわ。ありがとな。」
「そう言ってもらえると私も嬉しい。」
不安そうだった彼女の表情がみるみる明るくなっていく。はい可愛い。いやこれほんとお世辞抜きですげーんだけどね。腕上下左右に動かしても全然ずれねえし。まじでどうなってんだろう。ちょっと製造工程気になる。
「家宝にするわ。」
「ふふ、それは言い過ぎ。」
「言い過ぎじゃねーの。」
みょうじの緩んだ頬をふにふにとつつく。恥ずかしそうにはしているが特に嫌がる様子もない。これが俺だけの特別ってわかるからちょっと優越感。照れる彼女をもう少し眺めていようかと思ってたけど突然みょうじが俺の方に向き直った。
「プレゼントにしても、優しさとか思いやりとかそういう気持ちにしても、いつも瀬呂くんにはもらってばかりだから。何かお返しがしたいと思ったの。もちろんこれだけで返せてるとは思ってないけど、ちょっとだけでもって。」
真剣な瞳が俺を捉えている。どこまでも真面目で誠実な彼女。日々救われてんのはこっちの方だっていうのに。相変わらず自分は何もできてないって思ってそうでちょっと困りもんだけど。こうやってちゃんと気持ちを伝えてくれんのは、素直に嬉しい。
「ちょっとなんかじゃねえって。もう充分もらってるよ。」
どこまで伝わるかわかんねーけどこれだけははっきり言っとかねーと。彼女は少しはにかんで笑ってくれた。うーん、まだちょっと完全には理解した感じしねーなァ。どれだけ俺がみょうじのこと大事に思ってんのか、わかってんのかねこの子は。
彼女の髪に手を伸ばしするりと撫でると心地よい感覚が指の隙間をすり抜けた。安心した顔で俺にされるがままになっている彼女に、信頼されてるんだなと改めて思い知る。まだこの穏やかな空間を手放したくなくて、俺はずるい聞き方をした。
「もう結構遅い時間だけど、どうする?」
彼女がちらりと時計を見る。もう日付を越える直前だ。いつもならここで彼女は慌てて帰る準備を始めるし俺も無理に引きとめたりしない。でも今日は。なぜかどちらの体も動かなかった。同じような二人の視線が、クリスマスのせいにしてしまいたいと告げていた。
「……もうちょっとだけ一緒にいてもいい?」
「ん、いーよ。俺も正直その答え待ってたし。」
俺のずるい問いかけに彼女はしっかりと乗ってくれた。何を話すでもなかったけどその後も延々と会話は続き、何でもないようなことで笑い合った。
こんな時間がずっと続けばいいのに。彼女は俺の想像以上に重たいものを背負っているのだと理解してはいても、そう願わずにはいられなかった。父親への想いも周りへのしがらみも、全部捨ててこんな風に普通に笑ってくれれば。ヒーローになりたいと目標を掲げている彼女には口が裂けても言えないが。
今日が終わらなければと思ってるのはどうやら俺だけじゃないようで。みょうじもずっと俺の手を握って離さなかった。現実逃避だって言われてもいい。今だけはクリスマスを口実にさせてほしい。日付がとっくに変わっていることにはもちろん気づいていたが、結局お互い口に出すことはなかった。
「みょうじ、眠い?」
「……ん、」
夜が更けるのにつれて彼女の瞼が段々と下がってきた。とろんとした顔つきで俺の肩にもたれかかり、呼びかけてもあまり返事がない。少し黙ってみると彼女は数分もしないうちに寝息を立て始めた。
寝顔、可愛い。悪いとは思いながらもまじまじと見てしまう。いや、でも眺めてる場合じゃないんだよな。この状況は非常にまずい。うっかり唇に視線が行ってしまう。
駄目だ駄目だ。煩悩を振り払って彼女の体をゆっくり抱き上げた。お姫さま抱っこってやつ。初めてしたかもな。できれば起きてる時がよかったけどそれは次回のお楽しみということで。
あー、密着具合にドキドキする。体の柔らかさもダイレクトに伝わってくるし。これなんて拷問だよ。
今目覚ましたらすげー真っ赤になるんだろうな。容易に想像できてしまってふっと笑いが零れる。自分のベッドに彼女を下ろして風邪をひかないようしっかり毛布と布団をかけた。
「んん……。」
身じろぎする彼女に気づけばガン見してしまってる自分がいる。仕方ねーじゃん健全な男の子だもん。とはいえ落ち着け俺。とりあえず深呼吸して無心で数を数えながら着る毛布を探す。いやほんと通販で買っといてよかったなこれ。
クッションを枕にして床で横になる。その間もずっとベッドで眠る彼女のことが気になっていたがなるべく視界に入れないようにしてさっさと電気を消した。ほっぺやおでこならちゅーしてもいいんじゃね?とはちょっと思ったけど耳郎の顔が浮かんできたからさすがに夜這いみたいなことはやめた。
無理矢理目を閉じて寝ようと頑張ってはみるが隣からはずっと規則正しい彼女の寝息が聞こえてくる。時折彼女が寝返りを打つとなぜか色っぽく聞こえてしまう声が漏れる。まあ当然眠れるわけもなく。一晩中自分の欲望と戦う羽目になった。耐え抜いた俺を誰か褒めてほしい。
次の日の朝彼女は案の定真っ赤な顔で飛び上がった。もちろん完全に寝不足の俺だったが、初めて彼女と一緒に朝が迎えられたということでそれは良しとしよう。