年末
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片付けが終わりそれぞれが自室に帰ったあと、私はこっそりと男子棟に足を運んだ。先日選んだプレゼントを片手に彼の部屋の前をうろうろとしている。
どうしよう、勢いで来ちゃったけどなんて言って渡せばいいの。明らかに個人的な贈り物。何だか今さら恥ずかしくなってきた。いやでもせっかく選んだし。日頃のお礼ってことなら変じゃない、はず。大丈夫大丈夫。そう自分に言い聞かせてドアノブに手を掛けようとした瞬間。
「う"っ。」
「え?」
突然ドアが開いた。鈍い音と共に低い声が漏れる。おでこをぶつけた衝撃で私はその場にしゃがみ込んだ。
「え、っとみょうじ!?悪い全然気づかなかった……!」
「……あの、うん。平気なので気にしないで。」
「涙目じゃねーか。」
とりあえずここでうずくまってるわけにもいかなくて中に入れてもらう。瀬呂くんは何度も謝ってくれて、私が勝手にあそこにいただけなのにと罪悪感が湧いてくるほどだった。幸いおでこの痛みはすぐに引いてたんこぶにはなってないみたい。瀬呂くんのクッションに腰を下ろしてもう何ともないことを伝えると彼はほっと胸を撫でおろした。
「ほんとごめんな。ちょーど俺もみょうじの部屋行こうとしてて……。」
「え?」
彼の言葉に心臓がどきりと跳ねた。外では雪がシンシンと降っているというのに、体はじんわりと熱くなってくる。
「はいこれ。渡そうと思ってたの。」
差し出されたのは小さな袋。クリスマスカラーの可愛らしいラッピングで、まだ中身を見てないのにこれが私の宝物になることが確定した。
先、越されちゃったな。だけどきっと瀬呂くんも私と同じような気持ちでプレゼントを選んでくれてる。その事実がこんなにも嬉しい。
「開けてもいい?」
「ん、どーぞ。」
中に入ってた箱のテープを丁寧に剥がす。その様子を見た瀬呂くんが几帳面ねって目を細めて、つられて私も笑った。本当は少しでも綺麗な形のまま箱ごと保存しておきたかったからなんだけど、これはちょっと秘密の話。
箱の蓋を開けてパッケージが見えると私は驚きの声を上げた。思わず目を見開いて瀬呂くんの方を見る。
「これ、なんで。」
「ちょっと前に芦戸たちと話してるの聞いちゃった。欲しかったやつこれで合ってる?」
「こ、これ。これです。」
中に入っていたのは前々から可愛いと思っていたリップ。色もばっちり私が欲しかったものだ。三奈ちゃんがおすすめしてくれてずっと買おうか迷っていた。
それにしても前に私がリップについて話してたのっていつだっけ。瀬呂くんが聞いてたってことは共同スペースでの会話なんだろうけど記憶にない。言った本人が忘れてるような些細なことを、彼は覚えててくれたのか。
「もう買っちゃってたらごめんな。」
「え、買ってない……!あとちょっと、今、なんか泣きそうかも……。」
パッケージから取り出したリップを手に取りじんわり涙が滲んでくる。やっぱり彼といると涙腺緩くなっちゃうなあ。
「なァんでよ。」
瀬呂くんは少し笑って私の頭を自分の肩へと引き寄せた。背中をさすって子供をあやすように私を落ち着かせてくれる。
「なんか……嬉しくて?」
鼻をすすりながら手の中のリップをまじまじと見る。やっぱり可愛い。これ、女の子たちの中に交ざって買ってきてくれたんだろうか。想像の中の彼は全く慌てることなく買い物を済ませていて相変わらずスマートだなあなんて勝手に思う。瀬呂くんならデパコス店員さんとも軽快に会話交わせそう。
「喜んでもらえてよかったわ。ちょっとつけてみる?」
「う、今はちょっと恥ずかしいのでもっとちゃんとした時に……。」
「ちゃんとした時?」
「その、デートの、時とか……。」
段々と尻すぼみになっていく語尾。このリップをつけて彼の隣を歩いてみたいと思っての言葉だったんだけど、口にしてみればどんどん恥ずかしくなる。絶対今顔赤い。
「いやあの、やっぱ忘れて。」
「……ンな可愛いこと言われて忘れられるわけないでしょーが。」
彼は深い溜息を吐いたあと頭を抱えた。瀬呂くんもちょっと頬が色づいてる。
「んで?みょうじさんも俺に何か用があったんじゃないですか?」
照れ隠しなのか瀬呂くんは私の横に置いてある包みに話題を変えた。リップが嬉しくて頭から抜けてたけどそういえば私もプレゼント渡したくて彼の部屋を訪ねたんだった。自分がここに来た理由を思い出し慌てて袋を彼に差し出す。
「これ、あの……冬の間とか普段使いに良いかなって思って。」
「え、何だろ。開けてい?」
「うん。」
ガサガサと彼が包みを開くと現れたのは防寒アイテム。
「肘ウォーマーなんだって。瀬呂くん個性的に冬は調子出ないって言ってたでしょ。だから少しでも普段から暖められたらなって。」
瀬呂くんの個性であるテープは冬になると粘着力が少し弱まるのだそうだ。パワーローダー先生に相談しようかとぼやいていたのを以前聞いた。だからショーウィンドウで見かけた時、これだって思ったんだよね。気に入ってもらえるかはわかんないからまだちょっとドキドキだけど。
瀬呂くんは取り出した肘ウォーマーをじっと見つめたあとすぐに腕まくりをしてそれを装着した。
「うん。すげーあったかいわこれ。え、まじであったかい。感動。」
「喜んでもらえた……?」
「当たり前でしょ。色もデザインもいいしめちゃくちゃ嬉しい。いやほんと最近もっぱらの悩みだったから助かるわ。ありがとな。」
「そう言ってもらえると私も嬉しい。」
どうやら本当に気に入ってくれた様子の瀬呂くん。腕を上下左右に色々と動かしたあとウォーマーが全くずれないことにスゲエと感嘆の声を漏らしていた。
「家宝にするわ。」
「ふふ、それは言い過ぎ。」
「言い過ぎじゃねーの。」
緩んだ頬をふにふにとつつかれる。プレゼントを絶賛してくれる彼に気恥ずかしさを覚えながらも私は改めて瀬呂くんに向き直った。
「プレゼントにしても、優しさとか思いやりとかそういう気持ちにしても、いつも瀬呂くんにはもらってばかりだから。何かお返しがしたいと思ったの。もちろんこれだけで返せてるとは思ってないけど、ちょっとだけでもって。」
瀬呂くんはいつもみたいにやんわり目を細め、じっと私を見つめた。
「ちょっとなんかじゃねえって。もう充分もらってるよ。」
彼の手がいつも以上に優しく私の髪を撫でる。大事にしてくれてるのが指先から伝わってきて、どこかくすぐったい。やっぱりたくさんもらってるのは私の方だ。
「もう結構遅い時間だけど、どうする?」
彼に言われて時計を見てみれば日付を越える直前だった。いつもなら慌てて帰る時間帯だけど今日はどうしてだか体が動かない。クリスマスという特別な気分がそうさせるのだろうか。
「……もうちょっとだけ一緒にいてもいい?」
「ん、いーよ。俺も正直その答え待ってたし。」
二人の意見が合致しておしゃべりが続行される。他愛のないことを延々と話しては笑った。こんな時間がずっと続けばいいのに。本気でそう思った。正体不明の不安がこの先待ち受けていることには少しだけ知らないふりをしていたかった。
きっとそれは二人とも同じ気持ちで。クリスマスを口実にして今だけはと互いの手を握って離さなかった。日付がとっくに変わっていることには気づいていたけれど、どちらも口には出さなかった。
夜が更けるのにつれて段々と瞼が重くなり、私はいつの間にか寝息を立てていた。意識が落ちてから瀬呂くんが自分のベッドにそっと運んでくれたのも知らずに。
次の日の朝床で眠る彼を見つけて自分の状況を把握し、真っ赤な顔で飛び上がるのはまた別のお話。