仮免試験
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この後集計が行われてこの場で合否の発表があるらしい。怪我をした人以外は着替えて待機するよう指示があった。私は二人のことが気になってとりあえず焦凍くんの元へ向かう。
火柱があったあたりに姿が見えて急いで駆け寄る。夜嵐くんも焦凍くんもセメントガンと超音波アタックで動けなくなっていたけど、一応無事ではあるようだった。
「お二人とも平気?」
「ああ。緑谷が加勢に来てくれて助かった。」
「いや!すぐ試験終了になっちゃったし僕は何も……。」
緑谷くんがあわあわと首を振る。私が焦凍くんの体を起こそうとすると彼も手伝ってくれた。焦凍くんは私を見て気まずそうに眉を下げた。
「なまえ、悪かった。ろくに連携取れなくて迷惑かけた。」
「俺も!俺が喧嘩ふっかけたせいで……!」
「もういいよ。私も怒っちゃってごめんね。」
夜嵐くんからも威勢のいい謝罪。どんな時でも声大きいんだなあ。気にしてないことを伝えると二人は首を傾げた。
「怒ってたか?」
「え、いい加減にしてって言っちゃったけど。」
「怒ったに入んねえっス!」
「それなら僕の方が強めに怒鳴っちゃったよ。」
緑谷くんが困ったように笑う。そう言えばそうだったかもとみんなで顔を見合わせた。私もなんだかつられてしまって笑いが零れる。
とにかく試験は終わったんだ。あとは結果を待つだけ。恨み言は無しということになりとりあえず着替えに向かうことになった。
制服に着替えて先ほどまでいたステージに戻る。合否発表っていうのはいつでも緊張するもので。みんなと一緒にドキドキしながらアナウンスが始まるまで待機してる。
「こういう時間いっちばんヤダ。」
「うう、心臓出そう。」
「人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ。」
響香と私がそわそわしてると百ちゃんが励ましてくれた。試験中は二人の姿も見えなかったけど、みんなそれぞれの場所で活躍してたんだろうなあ。
「みょうじはどこにいたのよ。」
後ろから瀬呂くんに話しかけられる。そういえば彼とも会わなかったなあ。あれだけ広いステージだったから仕方ないか。
「都市部ゾーンの方にいたよ。後半はギャングオルカさんのとこ。瀬呂くんは?」
「敵制圧してたのか、スゲエな……。俺も倒壊した建物の方だな。なんせ便利な個性なもんで。」
「確かに。災害時とか重宝されそうだよね。」
素直に感想を言うと自慢気に胸を張る瀬呂くん。ドヤ顔に思わず笑ってしまった。
「だろ~。ギャングオルカ強かった?」
「強すぎだよ……。ぬいぐるみ見るの怖くなっちゃう。」
「それは笑えねえな。でも轟もそっち行ってたんじゃねえの?」
「あー、ちょっとトラブルがあって……。」
意味深な私の発言に瀬呂くんが首を傾げる。夜嵐くんとの喧嘩。それによって真堂さんに怪我をさせるところだった。最後に挽回したといってもかなり採点には響いてるはずだ。ちらりと焦凍くんの方を見る。いつもと変わらない無表情だけど、その瞳はどこか寂しげだった。
今回のことは私も他人事じゃない。焦凍くんがぶつかった壁。それは大きすぎる父親の影だ。彼らの良い評価も悪い評価も、私たちの意志に関係なくまとわりついて来る。夜嵐くんみたいに憎しみの目で見てくる人もきっといる。だけどそれは受け入れなきゃいけない試練だ。焦凍くんも私も、この先ずっと背負っていかなければならない。それを改めて気づかされた気がした。
いよいよ結果発表。ヒーロー公安委員会とHUCの人たちによる二重の減点方式で採点されてるらしい。危機的状況でどれだけ間違いのない行動をとれたかを審査してるということだ。
モニターに合格者が映し出された。合格点の人は五十音順で名前が載っている。えーと私の名前。
ドキドキしながらモニターを見ていく。お願い受かってて。祈る思いが募っていく。
「あ、あった。」
よ、よかった。A組のみんなも次々に安堵の声を漏らす。けどやっぱり、焦凍くんの名前は見つからなくて。彼の方を振り向くと、夜嵐くんが近づいて来るのが見えた。
「轟‼」
二人が向かい合う。夜嵐くんは体も大きくてかなり威圧感がある。また喧嘩が始まってしまうのかとおろおろしていたら、突然夜嵐くんが頭を下げて地面にめり込ませた。
「ごめん‼あんたが合格逃したのは俺のせいだ‼俺の心の狭さの‼ごめん‼」
まっすぐな夜嵐くんの謝罪。彼の性格は本当に裏表がないらしい。よくないと思った時には素直に謝ることができる。尊敬にも似た気持ちでその姿を眺めていた。
焦凍くんも思うところがあったらしく、もう眉を顰めることはなかった。険悪な空気はなくなっていてほっと胸を撫でおろす。
「元々俺がまいた種だし……よせよ。おまえが直球でぶつけてきて気付けたこともあるから。」
焦凍くんはいつもの穏やかな表情に戻っていた。今後もぶつかるだろう父親の壁。それを私たちは受け入れるしかない。そのことに彼も気づいたのかもしれない。
焦凍くんが落ちたと聞こえてクラスのみんなが集まってきた。心配そうに三奈ちゃんが覗き込む。
「轟……落ちたの?」
「ウチのツートップが両方落ちてんのかよ!」
「え、爆豪くん落ちたの?」
瀬呂くんに思わず聞き返す。そういや爆豪くん戦闘に来てなかったなあ。ギャングオルカさん相手だったら相当活躍できてたんじゃないか。適材適所って大事なんだなと改めて思い知らされる。
「そーなのよ。ね、だから暴言改めよ?言葉って大事よ。」
「黙ってろ殺すぞ‼」
「まさかHUCの人に対してもこんな感じだったの?」
「そうそう。自分で助かれやとか言っちゃって。」
「驚愕。」
「うるっせェ!殺されたいんか‼」
上鳴くんに煽られて顔めちゃくちゃ怖くなってる。暴言もひどい。それが仇になっちゃったわけか。なんかすごく納得してしまった。
焦凍くんたちはまだ向かい合ったままだ。不合格になってしまった二人の重苦しい雰囲気に言葉をかけられずにいるうちに、採点内容が書かれたプリントが配られる。
「みょうじさん。」
「はい。」
名前を呼ばれて係の人からプリントをもらう。自分の動き可視化されることあんまりないから嬉しいなあ。
『ボーダーラインは50点。減点方式で採点しております。どの行動が何点引かれたか等下記にズラーっと並んでます。』
みんなわいわい言いながら自分の点数を見せ合う。
「61点ギリギリ。」
「俺84‼見てスゴクくね!?地味に優秀なのよね俺って。」
「瀬呂くんすご。私80点。」
「待ってヤオモモ94点‼」
「ひえ。」
百ちゃんの高得点に声が漏れる。ほぼ減点されてない。すごい。私の点数は80点で、全体的に判断が遅いと書かれていた。同時に色んなこと考えながら動くの、やっぱり課題だなあ。
『合格した皆さんはこれから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち敵との戦闘、事件事故からの救助など、ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは君たちの行動一つ一つにより大きな社会的責任が生じるという事でもあります。』
総括をしてくれる目良さんの言葉に背筋が伸びる。仮免取得は、力を誇示していい理由にはならない。私たちは正しく行動するための正規の手段を手に入れただけだ。よく考えて、これまで以上に注意しながら個性を使っていかなきゃ。
仮とはいえヒーロー活動ができるようになる私たち。その責任は重く、これからの心構えについて目良さんが話を続ける。オールマイトが引退した今、犯罪の抑制である平和の象徴は不在のままだ。抑止力がなくなり増長する人間は増えていくだろう。均衡が崩れ世の中が大きく変化していく中で、私たちはヒーローとして社会の中心を担っていく。今度は自分が抑止力になれるよう、ヒーローとして市民の規範とならなくちゃいけない。
今回はあくまで仮免許。私たちはまだ半人前だ。力の足りなかった部分は反省して、これからまた訓練していく。目良さんの言葉は私たちがリスタートを切るには十分すぎるくらい力強いものだった。
『そして、えー。不合格となってしまった方々。点数が満たなかったからとしょげてる暇はありません。君たちにもまだチャンスは残っています。三カ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば君たちにも仮免許を発行するつもりです。』
「!」
予想外の救済措置。焦凍くんや爆豪くんの目の色が変わる。目良さんがさっき話していたこれからの話。敵が増えていくかもしれない不安定な社会。それに対応していくにはより質の高いヒーローがなるべく多く欲しいのだそうだ。一次試験を潜り抜けた100人はなるべく育てていきたいと考えてくれているらしい。
だから二次試験、不合格になった時点で退場させずに最後まで全員を見ていたのか。目良さん曰く、落ちてしまった人も至らなかった点を修正すれば合格者以上の実力者になる人ばかりだということだ。それはこちらも負けていられない。
『学業との並行でかなり忙しくなるとは思います。次回4月の試験で再挑戦しても構いませんが……。』
「当然‼」
「お願いします‼」
爆豪くんと夜嵐くんの声が響く。焦凍くんも気合十分の顔だ。
「やったね轟くん‼」
「焦凍くん、よかった……!」
緑谷くんたちと一緒に彼の元へ駆け寄る。焦凍くんは穏やかに笑ってすぐ追いつくと言った。きっと彼なら大丈夫。焦凍くんの強い瞳を見てそう確信した。様々な思いが飛び交った仮免許試験は、それぞれの形でようやく終了した。
一歩ずつヒーローに近づいている。受け取った仮免許証を眺めながら胸が熱くなった。試験に合格できたことを喜ばしいと感じている自分がいたのも、ちゃんとヒーローを目指せてる証拠みたいでなんだか嬉しかった。
みんなでバスを目指して施設を後にする。空はもう夕焼けだった。
「みょうじさん、ちょっといい?」
「真堂さん。」
途中で真堂さんに呼び止められる。共闘のおかげで彼の本性も見ることができ、試験前みたいな苦手意識は無くなっていた。
「結局また助けられたな。」
「そのあとすぐ足止めしてくれたじゃないですか。」
彼が言ってるのは焦凍くんの炎が当たりそうになった時のことだろう。結局私も地面割って助けてもらったしお互い様だ。けれど彼はまた借りができたと言って引かない。
「何か返せることもあるかもしれないし、連絡先交換しといてよ。」
「ええ、本当に大丈夫なんですが。」
「嫌ってこと?」
「そうは言ってないじゃないですか……。」
半ば強引にスマホを奪われてQRコードを読み取られる。やっぱりこの人だいぶいい性格してるなあ。爆豪くんとはまた違った有無を言わさない感じ。無事連絡先の交換が終わると作り物みたいな爽やかな笑顔が返ってきた。
「ま、これで何かあっても平気だな。気軽に連絡してよ。」
「猫被らないって約束してくれるなら……?」
「言うね。一度見られてる相手に今さら隠したりしねえよ。」
つい本音を漏らすと先ほどよりも砕けた口調。表情も普通に戻った。もう駆け引きなしに接してくれているのだとわかって笑みが零れる。
「じゃあ俺はこれで。後ろの彼も怖いしね。」
「え?」
「……ドーモ。」
真堂さんが指さした方を見ると瀬呂くんが立っていた。かなり警戒した様子だ。真堂さんは特に気にする様子もなくひらひらと手を振って自分の学校の元に帰っていく。それを確認すると瀬呂くんは私のそばまで歩いてきてくれて隣に並んだ。
「なんかされてない?」
「うん、ありがとう。連絡先聞かれただけだよ。」
「なに、教えたの。」
「う、うん。」
ため息をついて項垂れる瀬呂くん。やっぱりまずかったかなあ。でも断る理由もなかったし半強制的だったから。これは仕方ないということで許していただきたい。
「真堂さん話してみたらいい人だよ?」
「それが問題なんでしょーが。」
「ええ、ごめん?」
「まァ嫌なことされてないならいーけど。とりあえずバス行こ。」
言葉通り一緒にバスへと向かう。彼が暗い顔をしていたので帰りは隣に座ろうと提案してみる。すると少し機嫌がなおった。近い距離に緊張してしまったけど、それがなんだか心地よかった。妬いてくれたのかもなんて。都合の良いことを考えて口元が緩んだ。