年末
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「みょうじはインターンどうすんの?」
放課後、帰りの支度をしていると隣の席の瀬呂くんから問いかけられた。先ほど消太くんから説明があったのだけれど、なんと年明けからインターンが再開されることになったのだ。敵の動きを警戒して私たち学生は待機を命じられていたはずなのに、一体どうしてこの時期に再開するというのだろうか。泥花市の事件もあってむしろ社会はより不安定になってきてるというのに。
「うーん、ちょっと迷い中。」
「あれ、ファットのとこじゃねえんだ?」
「うん、なんか色々考えちゃって……。」
「……まあベストジーニスト今回も無理っぽいしな。」
彼の言葉に私はそっと目を伏せた。ジーニストさんは、少し前から行方不明になっている。突然姿を消したまま彼との連絡は一切途絶えているのだそうだ。あのジーニストさんに限って敵にやられてるとは考えにくいけど何か嫌な感じがする。ホークスさんの意味ありげな態度も思い起こされ、ここ最近は妙な胸騒ぎがして私の心は揺れていた。
今回学生のインターンを強引に再開させたのにもきっと理由があるんじゃないか。あの夜のホークスさんの瞳が頭に浮かぶたびにそう思ってしまう。自分の本心は決して明かさないくせに人の全てを見透かしているような、あの瞳。彼は私に何を伝えたかったのだろう。エンデヴァーさんのところに行けばそれがわかるんだろうか。だからといってせっかくお父さんに教えを請おうとしている焦凍くんの邪魔をするのもなあ。私がインターン先を決めかねているのはようやく前に進み始めた轟家を案じてのこともある。
「みょうじ?」
不意に瀬呂くんに顔を覗きこまれた。自分の表情が沈んでしまっていたことに気づき慌てて顔を上げる。
「ごめん、余計なこと言っちゃったな。」
「ううん、違うの。本当にちょっと行き先考えてただけだから。」
「一人で無理しないって約束、覚えてる?」
机の上にのせていた手に、そっと瀬呂くんの手が重なる。もうすぐクリスマスだというのに彼の手はとても温かかった。じんわり心が溶けていくような、安心する体温。
「……もちろんだよ。それに瀬呂くんなら私が無理してるってすぐ見抜いて止めてくれるでしょ?」
「ま、俺ほどみょうじのことよく見てる男もいねーからね。」
悪戯な顔で口角を上げた瀬呂くんに一気に体が熱くなる。いつの間にか教室には私たち二人だけになっていてそれが余計に心臓をうるさくさせた。
「んじゃとりあえず寮帰ります?」
「あ、うん。あの、瀬呂くん。」
「ん?」
「いや、その。手、このまま?」
そう、私たちの手はしっかり繋がれたままだ。瀬呂くんは真っ赤になっている私を見て目を細め、するりと指を絡ませた。
「こっちの方がいい?」
これはいわゆる恋人繋ぎってやつだ。さっきより格段に恥ずかしい。やばい、手汗ばんでるかも。何も答えられずにいると甘い雰囲気を壊すように突然教室の扉が開く音がした。肩がびくりと跳ねほとんど反射的に手を離す。
「お、みょうじここか。……なんだその顔。」
「いえ!全然!全く!何でもありません!ちょっと暑くて!」
「今真冬だろうが。」
消太くんが呆れ気味に首を捻る。いや本当に驚かさないでほしい。心臓止まるかと思った。ちらりと横を見ると瀬呂くんは申し訳なさそうに眉を下げていた。
「あの、それでどうしたんですか。」
「ああ、インターンのことで少し話がある。悪いが瀬呂は席外してもらえるか。」
「はーい。」
「返事を伸ばすな。」
瀬呂くんはもう一度短くはいと返事したあとまた後でなと言って帰っていった。ガランとした教室で消太くんからどこか気まずそうな視線を受ける。
「邪魔したか?」
「え!?全然そんなことないけど!?」
明らかに動揺してしまった。これ完全にばれてるよね。身内に逢引き見られたみたいでものすごく恥ずかしい。幸いにも消太くんは気づかないふりをしてくれてすぐに話題は変わった。
「……まあいい。それで本題だが。」
インターンについてって言ってたな。何だろう。もしかしてジーニストさんが発見されたとかだろうか。それなら飛び上がるほど嬉しいけど。
「エンデヴァー事務所から直々に声がかかった。」
「え。」
「今回のインターンは俺のところに来いだと。名指しがあったのはお前だけ。何か心当たりあるか?」
正直心当たりはありまくりだ。ホークスさん、エンデヴァーさん本人にも話通してたのか。それともエンデヴァーさんがホークスさんに頼んで私を勧誘しに来たのかな。どっちにしても謎過ぎる。
「ううん。全然わかんない。何でだろ。」
とりあえずホークスさんの態度からして内密のことだろうから黙ってはおくけど。インターン行ったらちょっとは何か教えてもらえるんだろうか。消太くんはだよなとため息を吐いて頭を掻いた。
「どうする。別に断ることもできるが。」
「……いや、行くよ。何か意図があるのかもしれないし。ファットさんには私から連絡入れておくね。」
「ああ、悪いな。」
エンデヴァーさんへのお返事と焦凍くんへの事情説明は消太くんがやってくれるとのこと。ファット事務所に行けないのは残念だけどNo.1の元で学べるのはやっぱり願ってもないチャンスだ。何よりホークスさんの意図が知りたい。私の中の胸騒ぎも少しは解消されるかもしれないし。焦凍くんとエンデヴァーさんの親子関係は邪魔しないように。それだけ気をつけていれば多分大丈夫なはず。
消太くんはこのあとエリちゃんのところに行くらしい。相変わらずの忙しさだ。私は一人になった教室でぼんやり窓の外を見つめ、期待と不安が入り混じった心を落ち着かせていた。さっきの瀬呂くんの体温を思い出しながら。
寮の自室に帰ってすぐ、私はファットさんに電話をかけた。出てくれるかなあ。この時間だと見まわりかもしれない。
「もしもし?みょうじちゃんか?」
心配とは裏腹にファットさんはすぐ電話を取ってくれた。久しぶりの明るい声。自然と口元が緩んでしまう。
「ご無沙汰してます。今お時間大丈夫ですか?」
「ばっちりや。どないしたん?」
快く話を聞いてくれるファットさんに申し訳なくなりながら断りを入れる。うう、やっぱり胸が痛い。
「あの、ちょっと言いにくいんですが今度のインターン別の方から指名頂いてしまってファットさんのところ行けなくなっちゃいました……。」
「あー、それはしゃあないなあ。可愛いみょうじちゃんに会えんのは寂しいけど。」
「申し訳ないです……。」
私が声を曇らせるとファットさんは気にしなくていいというように豪快に笑ってくれた。
「謝ることやないやろ!んで誰に指名もろたん?」
「あ、エンデヴァーさんに。」
「No.1か!ええなあ!」
「はい。せっかくなので揉んでもらってこようかなと。」
「その方がええ!トップの景色見せてもろうてき。」
どこまでも優しいなあ。私が気まずくならないように背中を押してくれてる。この包容力があるから街の人も信頼が置けるんだろうな。
「ありがとうございます。……でもやっぱりファットさんにお会いしたかったです。」
「ええ~……。何この子ほんま可愛……。俺がエンデヴァー事務所にお邪魔したいくらいやわ。」
素直な気持ちを伝えてみればファットさんからも嬉しい言葉が返ってきた。会いたいって思ってるの、私だけじゃなくてよかった。
「ふふ、お二人とも大きいから事務所ぎゅうぎゅうになっちゃいそうですね。」
「言えとるなあ。ま、そのうち会えるやろうからそれまで楽しみに待っとるな。」
「はい。私も楽しみにしてます。お忙しいのにお時間とっていただいてありがとうございました。」
「えーのえーの。そういやもうすぐクリスマスやろ?何か予定あるん?」
電話の終わり際、突然話題が変わった。そう、今は12月下旬。あと数日でクリスマス。本来なら心躍る時期だ。
「えっと、クラスでパーティーやろうって話になってます。」
A組のみんなでサンタコスしてご馳走を食べる計画になっている。プレゼント交換もあるらしく、ちょうど明日響香と百ちゃんとそれ用のものを見に行く予定だった。
「ええなあ!高1のクリスマスは一回きりやからな。色々考えることもあるかも知らんけどちゃんと青春するんやで?」
ファットさんからの返事に私は言葉に詰まってしまった。そういえば最近訳の分からないことが多すぎて悩みっぱなしだったかもしれない。泥花市の事件にジーニストさん。ホークスさんの意味深発現にエンデヴァーさんからのインターン指名。社会もまだまだ不穏な中で私たちヒーロー科がクリスマスを楽しんでいいのかって気持ちも少なからずあった。
「は、い……。そう、ですよね。」
ファットさんとはちょっと話しただけなのに。どうしてわかったんだろう。いや、単純に私の性質を理解して心配してくれたのかもしれない。彼の優しさにうっかり泣きそうになってしまう。
「ちゃんと楽しみます。」
「ん、ええお返事。」
来るべき時に戦えるように。今はきっと休息だって大事なんだ。私が緑谷くんに思い詰めてほしくないと思ってるみたいに、周りの大人も私たち学生にあまり気を張ってほしくないと考えてくれているんだろう。クリスマスパーティーを許可してくれた消太くんも、多分ファットさんと同じ気持ちなんだ。
電話を切ったあとさっきより頭がすっきりしていることに気づいた。ファットさんのおかげだなあ。私の知らないところで様々な思惑が飛び交っているのだとしても、もう少しだけは。子どもでいることを許してくれる優しい大人たちに感謝をして共同スペースへと下りて行った。