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12月下旬。終業まであと数日となった教室で今日は朝から笑い声が響いている。
「「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ‼」」
「一時間もインタビュー受けて‼」
「爆豪丸々カット‼」
瀬呂くんと上鳴くんは面白すぎてもはや泣いてる。私はぎりぎりと歯噛みする爆豪くんの肩にぽんと手を置いた。
「さすがというかなんというか。」
「使えやあああ……!!!」
クラスのみんなで見ているのは爆豪くんと焦凍くんのインタビューニュース。先日仮免取得30分で敵を制圧したいわゆる"仮免事件"についてだ。前に寮で結構な時間質問を受けてたというのに実際画面に映っているのは焦凍くんばかり。爆豪くんはほとんど見切れてしまっていて受け答えもカットされている。
それもそのはず。寮でインタビューされてるのを聞いてたけど、記者さんの「普段から仲は良いのか」という質問に「そう見えるなら脳外科行け」と相変わらずの暴言少年だったのだ。それとは反対に「仲は良いです」とまっすぐな瞳の焦凍くん。そして焦凍くんの返答にまたキレる爆豪くん。正直収拾がついてなかった。記者さんって大変な仕事なんだなって少しだけマスコミの見方が変わってしまうほどに。
『初々しくも頼もしい仮免ヒーローでした。彼らには一刻も早くプロとして活動してほしいですね。泥花市の悲劇を繰り返さない為にも……。』
アナウンサーが次の話題を読み上げ始め、途端に私たちは表情を変える。
『事件から今日で9日。たった20人の暴動、約50分程で泥花市は壊滅に追い込まれたのです。』
先日の泥花市での暴動。テレビで更地になってしまった街を見て唖然とした。20人が1時間足らずで一つの街を壊滅させるなんて信じられない。不幸中の幸いで泥花市が地方だったということもあり死傷者数は抑えられたけれど、被害規模は神野以上だったらしい。対応できなかったヒーローにヘイトを集めるのが目的だったんじゃないかと考えられてるみたいだけど、意外にも街の声は優しかった。
『泥花の英雄たちを責めるのは愚かしい。制度の緩和を議論していくべきです。』
『泥花のヒーローも責められないよ。要請の精査をしろって?後だから言える事さ。』
『ヒーローもっと頑張ってほしー!私たちもガンバルからーみたいな!?』
以前だったらヒーローの不手際に非難一色だっただろう世間の反応は、最近激励へと変わってきている。それは私たちヒーローを目指す者にとって嬉しい兆しだった。
「見ろや君からなんか違うよね。」
一緒にニュースを見ていたお茶子ちゃんが先日のエンデヴァーさんと脳無の戦いを振り返る。あの時No.1ヒーローを信じろと呼びかけてくれたエンデヴァーさんファンの男の子。彼の言葉に心動かされた人は多かったらしく、今や時の人となっている。
「エンデヴァーが頑張ったからかな!」
「エンデヴァーさんがヒーローへの風向きを変えてくれたんだね。」
三奈ちゃんと一緒に焦凍くんに向かって話題を振ったけど彼は何も答えなかった。親子関係が前進してるとはいえ複雑な心境があるのかもしれない。そう簡単に割り切れるものでもないからね。
「楽観しないで‼」
私たちの平和ボケを切り裂くように入ってきたのは最近テレビでもよく見かけるあの人。
「良い風向きに思えるけれど裏を返せばそこにあるのは危機に対する切迫感!勝利を約束された者への声援は果たして勝利を願う祈りだったのでしょうか!?ショービズ色濃くなっていたヒーローに今、真の意味が求められている!」
いきなり登場したのはMt.レディさん。実物見るとものすごくスタイルがいい。綺麗。峰田くんが歓喜の叫びをあげている。どうやら爆豪くんたちのインタビューを踏まえてメディア露出が増えてきた私たちのために特別講師として招かれたらしい。なるほど、だからメディア慣れしてるMt.レディさんなのね。
「今日行うはメディア演習!私がヒーローの立ち振る舞いを教授します‼」
「何するかわかんねェが……みんなあ‼プルスウルトラで乗り越えるぜ‼」
切島くんの声におー!と反応して気合を入れる。だけど場所を移動して案内されたのは見覚えのあるセットの前。
「ヒーローインタビューの練習よ‼」
うん、ちょっと緩い。力が入ってただけに拍子抜けしてしまった。街の人への対応とか世間に向けての心構えとか、そういうことじゃないのか。
『凄いご活躍でしたねショートさん!』
「何の話ですか?」
『なんか一仕事終えた体で!はい‼』
ノリと勢い。理解が追いつかないまま焦凍くんが壇上に上げられ訳もわからずインタビューが始まった。質問してるのはもちろんMt.レディさん。
『ショートさんはどのようなヒーローを目指しているのでしょう!?』
「俺が来て……皆が安心できるような……。」
『素晴らしい‼あなたみたいなイケメンが助けに来てくれたら私逆に心臓バクバクよ!』
「心臓……悪いんですか……。」
『やだなにこの子!』
ここでも彼の天然は健在。ヒーローインタビューでこんな発言されたら可愛くてファン増えちゃいそうだな。Mt.レディさんもおもしろみたいな顔してるし。
その後必殺技について聞かれた焦凍くんは大きな氷を出して穿天氷壁を披露した。確かに派手だし強そうだし見てる側も安心できるかもなあ。B組との対抗戦で使ってたエンデヴァーさん譲りの赫灼熱拳は、まだ力が及ばないからと言って彼は披露するのを拒否した。焦凍くんも私と一緒で、父親より先を見据えている。全く同じ技を追いかけるわけにはいかないのだとすぐ理解できた。
『パーソナルなとこまで否定しないけど……安心させたいなら笑顔をつくれるといいかもね。あなたの微笑みなんて見たら女性はイチコロよ♡』
「俺が笑うと死ぬ……!?」
『もういいわ!』
コントのようなやり取りに思わず吹き出してしまう。すると壇上の焦凍くんがこちらに気づいて目が合う。その時彼の目尻がやんわり細められた。
『そう!それ!その顔よショート!』
「?どの顔ですか。」
『無自覚かい!』
尚も首を傾げている焦凍くんに周りからも苦笑が漏れる。ファンサ覚えたら誰よりも早く支持率No.1になれそうなのになあ。まああの計算してないところが彼の良さなんだけど。
「技も披露するのか?インタビューでは?」
常闇くんが素朴な疑問を投げかける。確かに文字に起こされるだけなら披露する必要ないかもしれないけど映像として残るからなあ。自己紹介として覚えてもらえるし人気を得るために必殺技はかなり有効な気がする。
「あらら!ヤだわ雄英生。皆があなた達のこと知ってるワケじゃありません!必殺技は己の象徴!何が出来るのかは技で知ってもらうの。即時チームアップ連携、敵犯罪への警鐘、命を委ねてもらう為の信頼。ヒーローが技名を叫ぶのには大きな意味がある。」
そうか、視聴者に顔を覚えてもらうだけじゃなくて同業者へのアピールにもなるんだ。次の仕事にも繋がっていく。それに社会が不安定になっている今みんなに安心してもらえるように言葉も選ばなくちゃいけない。どうしたら信頼してもらえるか、このヒーローになら任せられるって思ってもらえるか。プロはいつだってたくさんのことを考えている。
Mt.レディさんから納得の説明を受けたあと、続々とみんなのインタビューが繰り広げられた。
「兄・インゲニウムの意思を受け継ぎ駆けるものであります!」
「私の前では全てが0kgなのですっ!」
「俺の後ろに血は流れねェ!」
みんな初めてとは思えないくらい堂々としててなんていうかこう、慣れてる。すごいなあ。爆豪くんですら一人のインタビューならただの戦闘狂じゃなく頼もしく見えた。やっぱり焦凍くんとの組み合わせが最高に最悪だったんだな。
緑谷くんはカチンコチンに緊張してた。ぎこちない返答かと思ったら戦闘スタイルの説明は早口で長い。うん、もうちょっと練習が必要かもしれない。メディアは慣れもあるけどね。
ミッドナイト先生から例の黒鞭について聞かれ、緑谷くんは訓練の成果を見せた。彼が構えると腕から黒いものがピョロっと出てきて消える。一瞬の出来事にMt.レディさんもなにそれとツッコんでたし傍から見たら今は全く威力のない技だけど、私には彼の努力の結果だとわかる。黒鞭、段々自分の意志で制御できるようになってるんだ。
「そういやなまえはメディアインタビュー強いよね!」
勝手に緑谷くんの頑張りに感動していると突然三奈ちゃんに肩を掴まれみんなからの注目を浴びる。そういや前にマスコミに囲まれてる彼女を助けたことあったっけ。
「いや、強いとかじゃなく……あんまりよくない慣れ方というか……。ヒーローとしてインタビューされたことはないよ?」
父親の死をきっかけにマスコミには散々追いかけられたからいい思い出ではない。おかげで耐性は少しついたけど。
「あーそうだな。みょうじは人よりインタビュー慣れしてる。せっかくだから手本見せてやれ。」
「え、お手本になれるようなことは何も……。」
「そうね!インタビューでは意地悪なことも聞かれるわ!そこでも私たちヒーローはイメージを崩さず対応しなければならない!まあわざと煽ってきたりセクハラ紛いのこと聞いてくる奴はクソくらえとは思ってるけど。」
Mt.レディさんの本音を聞きながら壇上に上げられる。プロヒーローお疲れ様です。消太くんも私がマスコミ好きじゃないの知ってるのになあ。いや、何事も経験だ。どんな質問が飛んでくるのかわかんなくて怖いけどとにかくやってみよう。
『いやあすごい活躍でしたねトルネード!さすが元No.4ヒーローの娘!』
うーん、やっぱりそうくるよね。悪気があってもなくてもデビューしたては絶対に父について聞かれるだろうなあ。
「ありがとうございます。偉大な父の陰に隠れないようこれからも精進して参ります。」
『あなたが女性ということもありお父さんより力が劣るのではとの声もありますが?』
「そのような声も受け止めております。確かに腕力という点では劣っていると言われても仕方がないです。けれど父には父の、私には私の戦い方があります。空中を飛び回って戦うというのは父の戦闘スタイルにはなかったですし、個性の使い方次第では父をも凌駕できるヒーローになれると思っております。皆さんに安心して生活を預けてもらえるだけの実力は備えていると自負しておりますので今後の活躍にも注目頂けると幸いです。」
必要以上に父のことも落とさず、けれど父を超えるという気概も見せる。街の人に信頼の置けるヒーローだと思ってもらえるように。ちょっとしゃべりすぎたかなと思ったけどステージの下からみんなのおおーという声が上がったのでよしとしよう。
『プライベートでは仲のいいヒーローがいると聞いていますがお付き合いなどされているんでしょうか?』
「えー、と。先日ネットニュースになってたものですかね。肯定にしても否定にしてもここで私が答えてしまうと相手に迷惑がかかってしまうのコメントは控えさせて頂きます。プライベートのことで何か発表がある時は事務所を通してきちんとご報告させて頂きますので温かく見守っておいてもらえるとありがたいです。」
『完璧じゃない!もっと狼狽えてよお。』
何でですか。意地悪な質問で熱愛のこと出してくるあたりMt.レディさんこの前シンリンカムイさんとの関係について聞かれてたの根に持ってるのかな。そりゃあんまりプライベートなことまで突っ込まれたくないよね。
とりあえずOKということで私の番は終了。その後もつつがなく授業は終わった。みんなに言い回しのコツとか聞かれたけど心を無にすることだよとしか言いようがない。緑谷くんは自然な笑顔の作り方を必死でメモしてたけど果たしてそれで自然さは作れるんだろうかとちょっと心配になった。
「……お前はもうちょっとフレッシュさを出した方がいいんじゃないか。」
「こればっかりは仕方ないですよ。マスコミの前では武装しなきゃって脳に刻み込まれてるので。」
教室への帰り際ボソリと消太くんから零れた言葉。自分が手本見せろって言ったのに。気持ちはわかるけどさ。あの頃培った能力だからどうしても口調が固くなっちゃうんだよなあ。勝手に完璧な娘でいなきゃって思ってたところあったし。
「みょうじや轟にはどうしたってああいう質問をする輩が現れる。無理に我慢するなよ。」
「……過保護。」
「何か言ったか。」
「ごめんなさいごめんなさい顔怖い。」
消太くんが心配してくれるのが嬉しくて軽口叩けば思いっきり睨まれた。泣く子も黙る眼力。さっさと着替えて教室帰れとあしらわれてしまったので大人しくそうする。前の方には響香と瀬呂くんがいて、声をかけると二人の肩が思いっきり跳ねた。どうしたんだろ。わけがわからず首を傾げたけれど話の内容は教えてもらえなかった。
「熱愛の質問の時にやけてたでしょ。」
「ばれてた?や、ちょっと輝かしい未来を想像しちゃって……。」
「熱愛の相手が瀬呂とは限んないじゃん。」
「そこは夢見させてくんない?」
こんな会話を二人がしていたことには全く気づかなかった。