年末
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日曜日の朝。今日は布団から出たくなくなるくらい寒い。まだ12月入ったばっかりなのになあ。凍えそうになりながら着替えてカーテンを開けると急激な冷え込みに納得した。
「雪だー!!!」
「心頭滅却!乾布で摩擦!」
共同スペースに下りていくとすでに何人かはしゃぎ倒していた。切島くんは本気で乾布摩擦しようとしてるみたいで上脱いでる。いや風邪ひいちゃうよ。
「おはよー。」
「あ、なまえおはよう。」
玄関のドアを開けて外の様子を窺っていた響香に朝の挨拶。部屋の中だからと油断して薄手のカーディガンだった私を彼女は自分のパーカーの中に招き入れてくれた。あったかい。
「積もってる?」
「いやこれからって感じ。」
二人で空を見上げるとどんより曇っている。だけど雪が降ってるってだけでなんだかテンションが上がるから不思議だ。地面に溶けていくそれに目を奪われながら積もってほしいなと期待を込めた。
お茶子ちゃんから梅雨ちゃんが動かなくなったと緊急事態を通達されて慌ててドアを閉める。梅雨ちゃんは蛙と同じ性質だから冷えると冬眠しちゃうらしい。ソファでむにゃむにゃ微睡んでる姿が可愛かった。でも冬の間中冬眠は困るよね。部屋が温まるように暖房の温度上げよう。
「ねえ轟たち何時に帰って来るか聞いてる?漫画の続き借りてェの。」
「確か18時くらいって言ってたかなあ。」
朝ご飯を食べてる瀬呂くんの前の席に移動すると幼馴染の帰り時間について聞かれた。会話の流れでスルーしたけど焦凍くん漫画読むんだ。意外。
今日は爆豪くんと焦凍くんがいない休日。つまりは仮免補講。いよいよ最終日ということもあって二人は昨日から静かに燃えてるっぽかった。
さっきはしゃいでた切島くんや峰田くんも一旦落ち着いてみんなでソファに腰かける。
「今頃テスト中かねえ。大丈夫かなあ。」
「大丈夫でしょ!爆豪くんも最近感じ良いし!悪いけど!」
「透ちゃんそれ褒めてる?けなしてる?」
やっぱりみんな二人のことが気になるみたい。ソワソワしてる。私もなんだか落ち着かない。今日二人が合格したらA組全員仮免持ちだもんね。何をできるわけでもないけど合格しますようにって祈っちゃう。あの二人なら私が願掛けしなくても大丈夫なんだろうけど。
「ケーキでも作って待っとくか。」
「やった!」
二人を心配してたはずなのに砂糖くんの一言で女子の注目がケーキ一択になってしまった。甘いものは強し。思わず私の頬も緩む。
積雪情報を見たいと言っていた上鳴くんがテレビの電源をつける。ちょうど天気予報のコーナーが映りこれからまだまだ降りそうだなと胸躍った。
「俺があの二人に唯一勝ってたのが仮免持ちっつーとこだったのになー。」
軽い気持ちで上鳴くんが零せばチンケなこと言うなと周りからは非難囂々だった。みんなじゃれてるだけなのがわかるし軽快な会話が聞いてて楽しい。
天気予報はいつの間にか終わっていて、デトネラット社という会社がヒーローサポート事業へ本格参入したというニュースが流れていた。私はそれを特に気に留めることもなく降りしきる雪をぼんやり窓越しに眺めた。
朝ご飯を食べ終え自室に戻ろうとしたら瀬呂くんに呼び止められた。
「みょうじ今日はどうすんの?」
「うーん、課題したあと日記読もうかなと思ってる。」
「日記?書くんじゃなくて読むの?」
聞き慣れない単語が私から出たからか彼は怪訝な目をこちらに向けた。ホークスさんからもらったこと内緒にしておいた方がいいんだろうなと思ってタイミング逃してたんだけど、ちょうどいい機会だからここで話しておこう。
「えっとね、お父さんの日記。色々あって入手できたから今ちょっとずつ読んでるの。」
「……何ともねえの?」
詳細を聞くより先に彼の口から零れたのは心配の言葉だった。瀬呂くんが気にしてくれたのは恐らく私のメンタル。父の人となりを直に感じられる日記は確かにずっと向き合ってると苦しくなることもある。彼はいつだって私の気持ちを一番に考えてくれる。やっぱり好きだなあ。
「今のところ大丈夫だよ。まだ私が生まれる前だし、逆にヒーローとして学ぶことの方が多いかも。」
これは本心だった。私の個性は父からそのまま受け継いだものだから、若かりし日の父が改善点や敵への対策をまとめてくれているのはヒーローとして有益な情報だ。やっぱり偉大な人だったんだなって感動すらしてしまう。
「ならいいけどね。無理すんなよ。」
「うん、ありがとう。しんどくなったら瀬呂くんにちゃんと言うから。」
大丈夫だよという意味を込めて笑って見せたんだけど、瀬呂くんは複雑そうな顔で私の頭に手を乗せた。
「本当はしんどくなる前に言ってもらいたいんですけどね?」
「う、善処します。」
「俺も部屋戻るから。親父さんのこと、何かわかったら良いな。」
そう言って瀬呂くんは私にひらひらと手を振った。私も何かあったら連絡すると約束して共同スペースを後にする。いつでも私の心の平穏を考えてくれる瀬呂くん。我儘な私に待ってると言ってくれた彼との距離感は心地よかった。部屋に向かう途中の廊下は冷え切ってたけど、ココアを飲んだあとみたいに心の中は温かかった。
夜8時。爆豪くんたちはまだ帰ってきてない。さすがに遅いなあとみんなも心配そうにしている。砂糖くんのケーキの仕上げをキッチンで手伝っていたところ、玄関のドアが開いた。
「おかえり!」
「仮免、どだった!?」
緑谷くんと三奈ちゃんが駆け寄ると、二人は黙って免許証を見せてくれた。よかった、合格したんだ。ちょうどケーキも完成して砂糖くんが二人の分を取り分けてテーブルへと運んでくれる。
「ホラホラ食え!」
「私紅茶を淹れてまいりますわ。」
百ちゃんがキッチンに走っていく。私も人数分のお皿取ってこようかな。
食器棚からお皿を出していると後ろに気配を感じた。振り向くとマフラーをつけたままの爆豪くん。
「あれ、ケーキ食べないの?」
「あんな甘ったるいもん食えるか。おめーにやるわ。」
「え、嬉しい。じゃあ爆豪くんには激辛おせんべいをあげよう。」
みんなのお菓子入れになってしまっている缶を開けて真っ赤なおせんべいを取り出す。上鳴くんが地獄みたいな色してんじゃんって言ってたやつ。彼の目の前に差し出すと珍しく素直に受け取ってくれた。
「そういえば夜ご飯は?」
「外で食ってきた。帰りに敵倒して腹減ってたからな。」
「敵!?」
聞けば財布を巻き上げる不埒な強盗がいたから焦凍くんと一緒に捕まえたらしい。仮免取ったその日に敵制圧って。さすがとしか言いようがない。
「これで並んだからな。デクとまとめててめーのことも完膚なきまでに負かしたらァ。」
「いや体育祭の時に負けてるけど。」
「ありゃおめーが気絶したからノーカンだ。殴り合いで勝たなきゃ意味ねえ。」
殴り合いで私が爆豪くんに勝てるとでも?謎の挑戦状に首を傾げてたら爆豪くんは寝ると言ってさっさと自室に戻ってしまった。ボコボコ宣言だけされたの怖すぎる。
「爆豪さん、あれだけ言いに来たのでしょうか。」
「よくわかんないね……。」
私たちのやり取りを見ていた百ちゃんがティーポットにお湯を注ぎながら不思議そうな顔をしていた。私も理解追いついてないけど、爆豪くんとは職場体験も同じだし体育祭でも戦ってる。ワンフォーオールの秘密も共有してるし何かと接点が多い。緑谷くんまではいかないにしても私もちょっと対抗意識持たれてるのかな。マブダチなのに。こんなこと言ったらまた怒られそうだから心の中に留めておくけど。
お皿を出し終えて百ちゃんと一緒にキッチンから出る。途中で尾白くんが半分持ってくれた。ソファでは先にケーキを頬張っていた焦凍くんが敵退治について質問攻めにあっていた。
「まだ仮免取って秒だろ!?」
「いや、30分は経ってた。」
「何でお前らが戦うんだよ!?」
「財布を……取り返さなきゃいけなかったから。」
一応丁寧に答えてはくれてるけど若干返してほしい内容とはずれてる。爆豪くんがこの場にいたら要領の得なさにブチギレそう。財布やバッグをひったくる敵集団がいてすぐ来てくれるヒーローも見当たらなかったから二人が処理したらしいとさっき爆豪くんに聞いた説明を簡潔に話せばようやくみんな合点がいったようで納得してくれた。
お皿を並べている間に砂糖くんが全員分切り分けてくれた。私は焦凍くんの隣に腰かけて先ほど爆豪くんがくれると言ったケーキに手を伸ばす。
「焦凍くん、イチゴいる?」
「お、いいのか。」
「うん。仮免取得おめでとう。」
「ありがとう。なまえと肩並べられて嬉しい。」
ストレートな返しに周りから冷やかしの声が上がる。ちょっと恥ずかしいけど、今日はお祝いだから良しとしよう。二人の頑張りが報われてよかったと、爆豪くんが譲ってくれた幸せの味を口いっぱいに頬張った。