年末
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合同訓練の翌日、空が夕焼けに染まった頃に教員寮を訪ねた。通形先輩と一緒に玄関で待ってくれていたエリちゃんは珍しい来客に困惑の表情を浮かべた。
「ゆうえいの……ふのめん……。」
「アハハハ何言ってんのかなこの子ォ!何言ってんのこの子ォ!?」
あわわわと私の後ろに隠れるエリちゃんにふのめんと呼ばれた物間くんは意味が分からないといった様子で高笑いしてる。すでにカオス状態。エリちゃんを抱き上げると少し安心したようで、怖々と窺うように物間くんを見つめていた。
「文化祭の時君のこと雄英の負の面と教えたんだ。」
「僕こそ正道を征く男ですけどォ!?」
「物間くん正道の意味知ってる?」
エリちゃんの真意について通形先輩が説明すると物間くんは即座に反論した。正道を征く人は小さい女の子にこんなに怖がられないんだよ。とりあえず落ち着いて声のボリュームを下げてほしい。
「あの……一体何が始まるのでしょうか。」
「おう、みょうじ・緑谷・通形。悪いな呼びつけて。」
痺れを切らした緑谷くんが先輩に質問したところにちょうど消太くんが現れた。
「物間に頼みたいことがあったんだが、如何せんエリちゃんの精神と物間の食い合わせが悪すぎるんでな。」
「僕を何だと思ってるんですかあ!アハハハハ!」
ずっと笑ってるの怖いよ。消太くんももうちょとオブラートに包んで。食い合わせが悪いの物間くんと消太くんなんじゃないの。
とにかく本題に入ろうということになりみんなで寮の中へと移動した。物間くんがそっとエリちゃんに触れコピーできる個性かどうか確かめる。
「うーん……スカですね。残念ながらご期待には添えられませんイレイザー。」
物間くんは額にエリちゃんのような角が生えたものの力まではコピーできなかったようで首を横に振った。消太くんも残念だと考え込む。
「エリちゃんの個性をコピー……!?一体何を?それに物間くんスカって……。」
「前に合宿でも言ってたよね。」
「ああ、緑谷くんと同じタイプって事。君も溜め込む系の個性なんだろ?」
彼の説明によるとどうやら物間くんは個性の性質そのものをコピーするらしい。何かしらを蓄積してエネルギーに変えるような個性だった場合、その蓄積まではコピーできないんだそうだ。そうか、ファットさんの個性をコピーしても脂肪の蓄積まではコピーできないから衝撃が来ても沈めることはできないんだ。ワンフォーオールもこれまでの継承者の力の結集だから物間くんはコピーできない。
それを聞いてほっとした。合同訓練では本当に肝が冷えたもん。オールマイトからワンフォーオールは器がしっかり鍛えられてないと力に耐えきれず四肢が爆散するって教えてもらってたし。場合によっては物間くんの体噴き飛んじゃうところだった。緑谷くんも事の重大さを痛感してるのか青ざめてる。
「何でコピーを?」
思ってたことを通形先輩が先に質問してくれた。大方予想してたことは当たっていて、やっぱり物間くんが能力をコピーすることによってエリちゃんに直に個性の使い方を学んでもらえないかという配慮だった。また個性を発動した時に暴走すれば周りもエリちゃん本人も危険だ。どのように扱えばいいか対処がわかっていればそんな不安もなくなる。だから物間くんの可能性に賭けたんだろうけど今回はちょっと難しかった。
一通り説明を終えたあとにそう上手くはいかないかと消太くんは肩を落とした。あ、これは駄目だ。こっそり消太くんのお腹を小突いたけど遅かった。彼の残念そうな態度にエリちゃんがみるみるしゅんとしてしまう。
「……ごめんなさい。私のせいで困らせちゃって。私の力……皆を困らせちゃう。……こんな力無ければ、よかったなあ……。」
今にも泣きだしそうな顔でエリちゃんは自分の角を抑えた。いまだに自分を責める癖が抜けない彼女に胸がぎゅっと締めつけられる。私は消太くんを一睨みしたあとなるべく優しく笑って両手を広げた。
「エリちゃん、大丈夫だよ。抱っこしよっか。」
こくんと頷いたあと飛び込んできてくれた。その頭をよしよしと撫でる。すると緑谷くんも近づいてきて、エリちゃんに目線を合わせて目の前に屈んだ。
「困らせてばかりじゃないよ。忘れないで。僕を救けてくれた!」
緑谷くんの言葉に目を丸くするエリちゃん。そう、彼女の巻き戻す力のおかげで緑谷くんは全力100%で治崎と戦えた。パワーの出し過ぎで骨が折れることを気にせず敵に立ち向かっていけたのだ。想像したくないけど、もし彼女がいなかったら緑谷くんはナイトアイさんの予知通り死んでいたかもしれない。エリちゃんの個性が緑谷くんの命を救ったのは紛れもない事実。
「使い方だと思うんだ。ホラ……例えば包丁だってさ、危ないけどよく切れるもの程おいしい料理がつくれるんだ。だから君の力は、素晴らしい力だよ!」
緑谷くんの力強い激励にエリちゃんも心動かされているようだった。彼の笑顔に応えるように意気込んで見せる。
「私、やっぱりがんばる。」
「エリちゃんえらい!」
頷いた彼女を抱きしめ一緒に頑張ろうと指切りをした。他のみんなも穏やかな表情で味方でいることを示してくれる。
ちらりと横を見ると緑谷くんも明るく笑っていた。さっきの言葉を思い出し、少しだけ苦しくなる。彼がエリちゃんにかけた言葉は、自分に言い聞かせてるようにも聞こえたから。
昨日、爆豪くんは緑谷くんの力をオールフォーワンと同じだと形容した。個性の複数持ち。しかもこれから6つに増える。高校生には手に余り過ぎるほどの莫大な力。緑谷くん自身、その使い方を一歩間違えれば危険どころでは済まなくなることがわかってるのだろう。自分の、そして誰かの命を脅かすかもしれない個性。早く完全に制御できるようにならなければ彼は待ち受ける運命に飲み込まれてしまう。あやふやな恐怖だけが胸の中に渦巻いていた。
エリちゃんも緑谷くんも、そして私も。結局みんな与えられたものと向き合うしか道はないのだ。それが自分のものとして使いこなせるようになるまでもがくしかない。道のりはまだまだ遠いのかもしれないけど。
視線を落とすと意気込むエリちゃんと目が合った。微笑んでくれる赤い瞳が、まるで希望の光に見えた。
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