合同訓練
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B組との合同訓練終わり、私は制服に着替えて仮眠室に向かった。オールマイトに呼び出されていたのだ。ノックしてドアを開けると爆豪くんと緑谷くんはすでに腰かけていた。待たせちゃったかな。
「みょうじ少女、来たね。」
「遅くなってすみません。」
ぺこりと頭を下げるとオールマイトは気にしないでくれと言ってお茶を差し出してくれた。それを受け取り爆豪くんの横に座る。
「さっきの黒いやつの話ですよね?」
お茶を一口すすりながら緑谷くんの暴発について切り出せばオールマイトは頷いてくれた。
「そうだ。緑谷少年はあの黒鞭を使う歴代の継承者の一人から話を聞いたらしい。これから少年には6つの個性が発動すると。」
6つの個性。複数持ちでもその数は聞いたことがない。いや一人だけいるか。オールフォーワン。もともとワンフォーオールは奴から派生した個性だし何か関係があるのかもしれない。
まさかそんな得体のしれない力が今後緑谷くんの身に降りかかるというのか。そもそも継承者から話を聞いたってどういうことなんだろう。緑谷くんが今朝教えてくれた夢と同じような感じで、ワンフォーオールそのものが意識下の中で具現化したってことなのかな。
「あ、もしかして暴発のあと緑谷くんが黒いの使いこなせるようになってたのってその人と話したから?」
心操くんの洗脳が解かれたあとの戦闘で、彼は暴発していたはずの黒鞭を今度は味方につけて操って見せた。不思議に思ってたけど洗脳で意識がぼんやりしてる間に継承者の人が出てきていたんだとしたら納得できる。緑谷くんも自分の掌を見つめながらその時のことを思い出してるようだった。
「そうなんだ。その人スキンヘッドでいかつかったけど悪い人には見えなくて。だから自分に起きた変化が怖いものじゃないって気づけて冷静になったというか……。」
「丸顔と洗脳野郎がいなかったら勝手に自滅してたかもしんねーだろ。棚ぼたで喜んでんじゃねーぞ。」
「お茶子ちゃんと心操くんね。」
「うん、二人には本当に助けられた。それにこの力がまだどんなものかわからない以上、喜ぶなんてできないよ。」
一向に人の名前を覚えない爆豪くんに丁寧に訂正を入れる。緑谷くんが彼の言葉を受けてさらなる向上心を見せたのが気に入らなかったのか、爆豪くんは眉間の皺を濃くしていた。
「先代の個性、ワン・フォー・オールそのものの成長……か。」
私たちのやり取りを見つめながらオールマイトが深刻そうに呟いた。ワンフォーオールの成長。超パワーだけでなく、6つの個性が発現するという継承者からの言葉。恐らく緑谷くんはそれを背負って行かなければならない。
「オールマイトは知ってたんか今回の事。黒い個性ん事。」
「私も初めて目にした。スキンヘッドの継承者、お師匠の前の継承者は黒髪の青年と聞いている。歴代継承者の個性が備わっていた事、恐らくお師匠も知らなかったハズ。」
爆豪くんの質問にオールマイトは首を振った。これまで誰にも発現しなかった歴代継承者の個性。それが今緑谷くんだけに現れてるのは何か意味があるのだろうか。複数個性から連想される巨悪の姿も相まって、嫌な予想が頭をよぎった。
「じゃあ現状てめーが初ってことだなゴミ。オイ何かキッカケらしいキッカケあったんか。」
「いやゴミはやめようね。」
「ううん全く……。ただ時は満ちたとだけ言ってた……。何か外的な因果関係があるのかも……。」
「緑谷くんも普通に返さないで。爆豪くん甘やかしちゃ駄目だよ。」
「てめーは茶々入れんな。」
「これ私が悪いの?」
聞き捨てならない暴言を咎めただけなのになんで私が怒られてるのか。緑谷くんも彼の口の悪さに慣れてしまってるのか反論すらしない。オールマイトと苦笑いをしながら緑谷くんの言葉を反芻した。外的な因果関係。彼は今個性複数持ちでしかもそれが今後6つに増える。これまでどの継承者にも現れなかった力。まるで大きな敵と戦うための準備みたいだ。やっぱり今予想していることは当たってしまうんだろうか。
「オール・フォー・ワンが関係してんじゃねえのか?」
思っても口にする勇気のなかった言葉を爆豪くんはあっさり言ってのけた。史上最強の巨悪。彼に対抗するために生まれた力がワンフォーオールだとすれば、その力が活発化したのはオールフォーワンが動き出すという警鐘にもとれる。
「ワン・フォー・オール、元々あいつから派生して出来上がったんだろ?複数個性の所持、なるほどあいつとおんなじじゃねえか。」
「……言いたくなかったことを……。」
オールマイトは緑谷くんにその可能性を聞かせるつもりがなかったのか頭を抱えた。でも緑谷くんも馬鹿じゃない。分析派の彼は遅かれ早かれその考えに思い至るはずだ。消太くんといい、みんな弟子には甘くなるのかな。
「ワン・フォー・オールは誰かを守る力。暴走して人を傷つけるなんてあってはならない。またああならぬようもっとその力を知る必要がある。」
今日の訓練を振り返りながらようやくオールマイトは私たちを集めた本題を持ちかけた。新しい個性が発現する度に暴走していたのでは周りも危ないし緑谷くんの体も持たない。今回はどんな時に個性が発現してどうすれば制御できるのか私たちで試そうというのだろう。ちょっと怖いけど爆豪くんも一緒だし大丈夫だよね。
体育着に着替えて体育館に来るよう指示があり、私たちは仮眠室を出た。さっきまで散々悪態を吐いてた爆豪くんは緑谷くんと二人で更衣室に向かうことになった途端口を噤んだ。あまりに静かすぎる彼の目に何が映っているのか、今の私にはわからなかった。
着替えを済ませて体育館にやってきたとこまでは良かった。はずなんだけど。うーん、どうしてこうなった。
「オラどうしたびびってんのかゴラ‼」
「待ってって‼待って!マジで出ないんだって‼」
「何でこっちにも腕向けるの!?私には攻撃しなくていいんだってば!」
「ちょうどいいからまとめて相手したるわ‼」
「何にもちょうど良くない!」
容赦なく繰り返される爆豪くんの爆破に緑谷くんと私は逃げるのに必死だ。いや本来私は緑谷くんの黒鞭を引き出すっていう謂わば爆豪くんと同じ立ち位置のはずなんだけど?一体何で攻撃が飛んでくるのか。
「やめ――‼そういうんじゃないから落ち着きなさイブハッ‼」
慌ててオールマイトが止めに入ってくれた。急に叫んだから吐血してる。大丈夫なのかな。ようやく爆破の嵐から解放され、三人揃って地面に着地する。
「ヤバくなりゃ出るもんだろうがこういうのは!」
「でもやり方ってあると思う……。」
息を切らして抗議すれば余計なこと言うなってチョップされた。何でよ。
「いやこれ出さないための練習だから!緑谷少年どうなんだい?」
オールマイトが緑谷くんの様子を窺うけど個性発動中なはずの彼からは危険な香りが全くしない。もしかして黒鞭が発動したのは偶然だったのかな。
「……やっぱり出ないです。気配が消えた……。」
「危機感が足ンねンだよ!もっとボコしゃあひょっこり発現すンだよ!んでその状態のテメーを完膚無きまでにブチのめして俺が一番「モチベーションおさえて。」
「それらしい理由つけて殴りたいだけなのでは。」
およそヒーローとは思えない爆豪くんの発言をオールマイトが遮り私も続けて疑いの目を向けた。彼の一番になりたい精神はいまだ衰えない。だからって虎視眈々と攻撃できる機会を窺わないでほしい。怖い。
緑谷くんはというと自分でもあの時何故発現したのか、逆になぜ今発現しないのかわからないらしい。大方の検討をつけるしかない状態でブツブツと何かを呟き始めた。
「僕の気持ちに呼応するならあの時僕は、今扱える力じゃない、そう判断した。それでロックが掛けられたような状態になってるのかも。……だとすると解錠と施錠のイメージを構築してみて……。」
自分の世界に入ってしまった。このモードの緑谷くんは極限まで集中しているので話しかけてもあまり答えは返ってこない。隣の爆豪くんは戦えないストレスからなのかついにブチギレてしまった。
「つまンねえなクソが!扱えねーなら意味がねェ!帰る!てめーのブツクサ聞くと俺ぁサブイボ立つんだ!」
短気だなあ、とぼんやり彼の背中を眺める。本当に帰っちゃうんだ。彼がいなくなって静かになった体育館。私は緑谷くんの集中が一区切りしたのを見計らって声をかけた。
「爆豪くんの手前言いづらかったけど、緑谷くんの感情がトリガーになってるってことはないのかな。」
「僕の感情?」
「うん、体育祭で心操くんと戦った時も歴代の人たち現れたんでしょ?あの時も何か、尾白くんのこと言われたんじゃなかったっけ。」
「あ、そういえば……!」
「今日物間くんも爆豪くんのことかなりひどく言ってたしそういう怒りとかが爆発して発現に至ったのかななんて、ちょっと思ったんだけど……。」
あの時の緑谷くんは多分怒りに任せて物間くんに攻撃しようとしていた。その瞬間に黒いものが彼の腕からぶわりと出てきたのだ。感情が大きく揺さぶられれば揺さぶられるほど彼の内に秘められた力も大きくなり、暴走してしまうんじゃないだろうか。
「確かにそれは、そうかもしれない。どうしようもなく感情が抑えられなくなって急に力が溢れて……。継承者の人にも怒りを制御しろって言われたよ。怒りのままに力を振るえば力は応える。肝心なのは心を制する事だって。」
「てことは今個性が現れないのは制御をかけすぎてるってことなのかな。」
「そうかもしれない。やっぱりこの個性は僕の気持ちに呼応する性質みたいだ。」
「それじゃあ鍛えるべきは精神面?」
「うーんそれはまだ何とも……。」
二人で考え込んでいると見兼ねたオールマイトが私たちの肩を叩いた。
「何にせよまだまだ様子を見る必要があるってことだ。今日はもう遅いし二人ともこの辺にしとくか。」
それが訓練終わりの合図となって私たちも体育館を後にする。外はもう白い息が出るほど寒かった。オールマイトは別れ際、新たな力に翻弄されている愛弟子の顔を心配そうに覗きこんだ。
「……大丈夫かい?」
緑谷くんは気丈に振る舞って平気な姿を見せていた。でもオールマイトに背を向けた彼の顔はやっぱり深刻そうで。じっと自分の手を見つめる彼に私もなんと声をかけていいのかわからない。
大きな力が、彼の肩にのしかかっている。今回の新しい個性発現は彼の過酷な運命を突きつけてくるようだった。嫌でもオールフォーワンの不気味な笑顔が浮かんでしまう。
緑谷くんは、あの男と戦わなければいけないっていうのか。まだ私と同じ高校生なのに。途方もない悪意が待ち受ける底なし沼に彼はすでに片足を突っ込んでいるのかもしれない。友人の行く末に唇を噛んだ。
立ち止まったままの彼に帰ろうと声をかけ歩みを進める。緑谷くんはすぐにいつもの明るい顔になって私に歩幅を合わせてくれた。私を不安にさせないように笑顔を作ってくれているのがわかる。今一番不安なのは彼のはずなのに。
自分を犠牲にして明るく見せるとこ、オールマイトにそっくり。せめて誰か一人でも彼が弱音を吐ける存在になれればいいのに。それが私の役目ではないことはもうなんとなくわかってしまっていて、結局何を言えるわけでもなく寮までの道を並んで辿るしかなかった。