合同訓練
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「B組との合同演習?」
「ああ。そこに心操も参加する。」
「それって……!」
言葉を続けようとしたら消太くんに口を塞がれた。どうやら心操くんには表立って編入試験だとは言わないつもりらしい。意図を理解して大人しく黙るとすぐに解放してくれる。
いよいよ心操くんがヒーロー科の授業に参加する。私の胸は期待に踊った。今日の訓練が消太くん一切口挿まずの30分耐久戦だったの、ちゃんと理由があったんだなあ。本番前の模擬試験みたいな位置づけだったみたい。今の弱点をここでしっかり把握して、当日に向けて詰めていくんだそうだ。何とも手厚いサポート。相変わらず弟子ラブだなと仏頂面の消太くんを見つめる。
「なんか、すごい楽しみかも。」
「油断してると足元掬われるぞ。」
「吠え面かかせるから。」
「あれえ!?」
ワクワクを抑えきれずに頬を緩ませれば二人からは辛辣な言葉が返ってきた。容赦ないじゃん。確かに遊びじゃないけどさ。心操くんは打ちひしがれる私を見て冗談だよとくつくつ笑ってる。
「でもまあ顔見知りだから手加減とか、絶対ないから。」
「それはもちろん。私だって絶対負けない。」
彼の挑戦的な目に私も勝気な表情を作って返した。彼の努力をずっと見てきたからこそ、手を抜くなんて失礼なこと許されない。
「まあお前らが当たるとは限らんけどな。」
「そこはいい感じになってるんだから乗ってくださいよ。」
「イレイザーって結構水差しますよね。」
演習直前の訓練だからやる気の出る言葉を、とかいう気遣いは消太くんの中にはないっぽい。空気に絆されない彼に心操くんと一緒に肩を竦めた。
「とにかくだ。今日でお前ら二人の訓練も一旦一区切り。心操、よく頑張ったな。」
「……まだまだです。」
あ、労いはできるのか。珍しい消太くんの態度に失礼なことを考えてると、心操くんは自分の掌を見つめてぎゅっとそれを握った。私も何かそういう言葉欲しかったなあって思ったけど場の雰囲気を壊さないように黙っておく。何より私自身が彼の頑張りや成長を間近で感じてきたから、やっとここまで来たんだっていう高揚感の方が大きかった。
「次の演習、楽しみに待ってるね。」
「ああ。すぐに追いつく。」
お互いの手を差し出して彼の体温をしっかり確かめた。初めて訓練をした時と同じ、熱い握手だ。感慨深さからかうっかり泣いてしまいそうだったけど、なんでお前が泣いてんだって二人に呆れられそうだったのでぐっと堪えた。この涙は彼がクラスメイトになった時まで取っておこう。
消太くんの背中に追いつきながら三人でグラウンドを後にする。演習前の最後の訓練が静かに終わりを告げ、私も身の引き締まる思いだった。
次の日の朝身支度をして共同スペースに降りると、何やらキッチンの方で音がする。こんなはやくに誰だろうと覗いてみると包丁をもって一心不乱に何かを切る青山くんがいた。いや、なんで?状況の不可解さにちょっと怖くなって自室に戻ろうかと迷ってると、先に彼が私の視線に気づき手招きされた。
「食べるかい?」
「え?あ、ああもらおうかな……?」
大人しくキッチンに足を踏み入れると差し出されたのはチーズ。本日二度目のいや、なんで?が口から滑りそうになったけど何とか耐えた。戸惑いながらも受け取って口に入れる。あ、おいしい。なんて種類だろうともぐもぐしながら、相変わらず謎のままの光景をじっと見つめる。
「緑谷くんが溜め込んでるみたいだからねっ。友人の危機にはサプライズが一番なのさ☆」
言ってる意味はあまりわからなかったけど前半の言葉を聞いてぴたりと口の動きが止まる。
「……溜め込んでるって?」
努めて冷静に聞き返すと青山くんは読めない表情で昨晩のことを教えてくれた。どうやら夜中にすごい音で目が覚めて、緑谷くんに苦情を入れに行くと彼の部屋はめちゃくちゃになっていたらしい。力が有り余っているというには度が過ぎた有様だったようで、心配になってチーズの差し入れを思いついたみたいだ。
一体彼の身に何が起きたのか。何だか胸がざわついていてもたってもいられなかった。青山くんに聞くと緑谷くんは走りに出掛けたとのことで私もすぐに玄関を飛び出す。残された青山くんが不思議そうな顔をしていたのには気づかなかった。
緑谷くんのジョギングコースは大体のクラスメイトが把握している。私もそれを辿るようにキョロキョロ探していると、何分も経たないうちに帰ってくる彼の姿を見つけた。
「あ、みょうじさん!」
「緑谷くん……!」
私に気づいた彼が足を止めていつもと変わらない表情で顔を覗く。あまり思い詰めてるようには見えないけど、私の思い過ごしだっただろうか。
「みょうじさんも走りに来たの?あれ、でも制服だね。」
肩で息をしている私に緑谷くんは首を傾げる。勘違いかもしれないと思って一瞬躊躇したけど幸い今は早朝で誰もいない。思い切って気になったことを聞いてみることにした。
「緑谷くん、個性のことで何かあった?」
そう尋ねると彼の表情は少しだけ強張った。やっぱりワンフォーオールに変化があったんだ。勇気出してよかった。短い沈黙があったあと、緑谷くんは昨晩のことを簡単に教えてくれた。
「……暴発?」
「うん。夢を見たあと力が抑えられなくなって……目が覚めた時には部屋がすごいことになってた。」
「怪我は大丈夫なの?」
「うん、とりあえず何ともない。」
苦笑する彼の体を一通り見てみたけど確かに傷は見当たらない。ひとまずほっと胸を撫でおろす。
それにしてもワンフォーオールの始まりとも言える重要な夢。初代の方が今現れたということに何か意味があるのだろうか。いくら考えても答えが出ない謎に、私たちは立ち尽くすしかなかった。
「今日オールマイトにも話してみるよ。」
「それがいいかも。なんかこんな大事なこと一番に聞いちゃってごめん。」
「そんな!心配してくれて嬉しかったよ、ありがとう。」
オールマイトにすら伝えてなかった話を結果的に聞き出すことになってしまいどこか気まずい。だけど緑谷くんは気にしてないといった様子でお礼まで言ってくれた。彼のふんわりとした笑顔に私も少し気が楽になる。
「学校遅れちゃうしそろそろ戻ろっか。」
「そうだね。青山くんも待ってるから顔見せてあげて。」
キッチンで包丁を持つ彼の姿を思い出して名前を口に出すと、緑谷くんは意味が分からず首を傾げた。共同スペースに戻ってチーズが差し出されればもっと混乱した顔になりそうだけど。青山くんの優しさってなかなか独特だよね。
ワンフォーオールの暴発。もしかしたらこれから何かが起きるのだろうか。朝の冷たい空気を肺に吸い込みながら、芽生えた不安をかき消した。
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