エンデヴァー
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ホークスさんに半ば強制的に手渡された父の日記。私は次の日にはそれに手をつけていた。一晩悩んで表紙を開くのに躊躇もしたけれど、結局知りたいという欲には勝てなかったのだ。
ようやく見つけた父の手がかり。自分の精神を守るためにも読み進めるのは毎日少しずつにすると決めた。今日はとりあえず10日分だけ。日記の始まりはホークスさんが言っていた通りプロヒーロー1年目の4月1日からで、サイドキックとして事務所入りしたことが書かれていた。
特段気になるような内容はなく、社会人としての不安や不甲斐なさが綴られている。若い父の筆跡になんとなく初々しささえ感じて微笑ましくなった。ちょっと拍子抜けだ。一つ気になるところを挙げるとすればなんだか異様にエンデヴァーさんの名前が多いことくらい。たった10ページなのに何度も炎司の文字が出てくる。よっぽど仲良かったんだなあ。
結局その日はなぜ父がその日記を私に見せたかったのかもなぜホークスさんに預けていたのかもわからず終いだった。まだ1冊目だから仕方ないと言えばそうなのだけれど。最後まで読めば何かわかるんだろうか。
何だか読み終えてしまうのが無性に怖い。彼という人間を知りたいのに、全てわかってしまったら取り返しのつかない後悔をすることになるんじゃないかという言い知れない不安があった。だけどまだ、その時が来るまでには時間がある。大量の日記を勉強机の下に仕舞い込み、近い未来に目を背けるように私はそっと自室をあとにした。
不安な気持ちを紛らわせようと共同スペースに降りてくればそこにはいつもの和気あいあいとした雰囲気はなく、代わりにテレビからリポーターの不穏な実況が流れていた。
『突如として現れた一人の敵が‼街を蹂躙しております!ハッキリと確認できませんが改人脳無も多数出現しているとの情報が――。現在ヒーローたちが交戦・避難誘導中!しかしいち早く応戦したエンデヴァー氏は――。』
出てきた名前にびくりと肩を揺らして部屋の中にいた焦凍くんを見た。呆然と立ち尽くす彼の視線の先を辿ると、画面の中には顔面血だらけで瓦礫の上に倒れているエンデヴァーさんの姿。一気に体温が下がっていく。
『この光景、嫌でも思い出される3か月前の悪夢――……』
続きを聞くより先に体が動いた。微動だにしない焦凍くんの横に駆け寄り背中に手を置く。彼はハッとしたように短く息を吐いて私を見た。
「なまえ……。」
「大丈夫、負けないよ。」
彼の手をぎゅっと握ると焦凍くんはああ、と返事をしてテレビに視線を戻した。ぐっと力が込められたその手は汗ばんでいるのに冷たかった。
途中からだから把握しきれないけどどうやら九州に突然脳無が現れて、近くに居合わせたエンデヴァーさんとホークスさんが対応に当たっているらしい。この真っ黒いやつ、脳無なのか。禍々しい姿にぞわりと嫌な感じが足元から迫ってきた。
倒れていたエンデヴァーさんは火力を上げながら起き上がり脳無に一撃を入れようとする。だけど伸びてきた長い手に体を掴まれそのまま近くのビルへと投げ飛ばされてしまった。一瞬で3棟も倒壊させた脳無に息を呑む。なんて速さだろう。この脳無、何か今までと次元が違う気がする。さっきの実況が頭に響く。早く、早くこいつを何とかしないと。街も人もきっと被害は尋常じゃなくなる。もしかしたらあの悪夢の日を超えてしまうんじゃないか。
エンデヴァーさんの姿がビルに沈んで見えなくなり、画面が街の様子に切り替わる。泣きながら逃げ惑う人たちが警察の誘導も聞かずに周りを押しのけ、我先にとひしめき合っていた。迫りくる恐怖に、みんな正常な判断ができなくなってる。リポーターの悲痛な声が無情な現実を伝えていた。
『象徴の不在……これが象徴の不在……‼』
ぐっと唇を噛む。悔しい気持ちが込み上げてきたけど何を言えるわけでもなかった。
「パニックだ……!マズいぞ。」
「轟さん……!」
テレビを見ているみんなが心配の目を焦凍くんに向ける。ちょうどその時消太くんも部屋に入って来て、慌てた様子から焦凍くんを気遣ってのことだとすぐにわかった。
「ふざけんな……。」
ボソリと聞こえた彼の言葉は誰にも届かず消えていった。私は祈るようにその手を握ることしかできない。
『てきとうな事言うなや‼』
誰もが絶望ムードの中、大きな声がテレビから聞こえてきた。リポーターのものじゃない。まだあどけなさの残る男の子の声だ。
『どこ見て喋りよっとやテレビ!』
『やめとけやこんな時に!』
『あれ見ろや!まだ炎が上がっとるやろうが!見えとるやろが‼エンデヴァー生きて戦っとるやろうが‼おらんもんの尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや!今俺らの為に体張っとる男は誰や‼見ろや‼』
中学生くらいの男の子が友達に止められながらも必死に声を上げていた。エンデヴァーさんのファンだろうか。そうだ、まだ終わってない。確かにもう象徴はいない。オールマイトはいない。でも、彼がいる。どれだけボロボロになろうとも、踏ん張りながら戦っている。
男の子の言葉に頬を打たれたような感覚になり、もう一度焦凍くんの手を力を込めて握った。大丈夫、エンデヴァーさんは強い。そう簡単に負けたりしない。唇を固く引き結びじっと画面を見つめる。
脳無は嘲笑うかのように避難先の人たちの元へと移動しようとしていた。だけど後ろには、ちゃんとそれを追う彼の姿があった。
『エンデヴァ―――‼‼』
大きな炎が敵を追い詰める。やっぱり彼は立ち上がった。みんなを守るために。彼が憧れた象徴になるために。
脳無の攻撃を体で受けながら、エンデヴァーさんの火力が上がっていく。その気迫に瞬きすることすら憚られた。だけどきっと彼も満身創痍なはずだ。一瞬で片をつけなければやられてしまう。
固唾を吞んで見守っていると突然脳無の後ろから見覚えある赤い羽が飛び出した。
「ホークスさん……!」
脳無の顔にいくつか羽を散らして一瞬隙を作る。奴がホークスさんに気を取られたところで、大量の羽がエンデヴァーさんの後ろから背中を押した。恐らく脳無がこちらの意図に気づかないよう、こっそりあらかじめ飛ばしておいたんだろう。ホークスさんの援護とエンデヴァーさんの個性が合わさって、まるで彼の背中に大きな炎の羽が生えたみたいだった。不死鳥の文字が頭に浮かぶ。
彼の重い一撃が脳無の顔面に入る。すると突然脳無の表情が変わり、エンデヴァーさんに掴みかかるように突進してきた。嘘でしょ。さっきエンデヴァーさんの炎、相手の口の中に入ったように見えたけど。自己再生のスピードがあの威力より上回ってるっていうのか。また嫌な汗が滲んでくる。
だけどエンデヴァーさんの目は諦めてなくて、脳無を必死で抑えながら避難先へ行かせまいと何かを叫んでいた。彼の強さが、街の人にも段々と伝播していく。
『戦っています。身をよじり……足掻きながら‼』
リポーターの声を聞きながら隣の彼も画面に向かって応援の言葉を投げた。
「親父……っ、見てるぞ!!!」
きっとエンデヴァーさんにとってはこの上ない息子からの鼓舞。なぜだかその声が届いた気がした。
ホークスさんの羽に力を借りながら、エンデヴァーさんは脳無の体を掴んだままどんどん上空へと上がっていく。そうか、街の人の被害を考えてうまく力が出せなかったんだ。誰もいない空なら心置きなく炎を放てる。
エンデヴァーさんは脳無の体を抑え込んだまま、これでもかと火力を上げた。今まで見たこともないような、鮮烈な炎。
息をするのも忘れて真っ赤に包まれた二つの体を見つめる。今の一撃、一体どうなったんだろうか。ゆっくりと落ちてくる炎の中から燃え盛る脳無とエンデヴァーさんの姿が確認できた。サイドキックの人たちが彼の体をキャッチするのが見えたけど、脳無が地面に落ちた衝撃で土煙が上がり状況がわからなくなる。誰もが祈るような思いで画面を見つめていた。
「……エンデヴァー、さん……。」
立っていた。エンデヴァーさんは拳を上げて動かなくなった脳無の前にしっかりと立っていた。彼の姿を確認して街中が沸き立つ。
『エンデヴァ――――!!!スタンディング‼立っています‼勝利の‼いえ‼始まりのスタンディングですっ!!!』
焦凍くんがへなへなとその場に座り込んだ。私も彼の手を握ったまま一緒に崩れ落ちる。焦凍くんに寄り添いながらも私の足は震えていて。涙を滲ませながらほうと息を吐いた。みんなが心配そうに私たち二人を囲む。
エンデヴァーさんはNo.1として、象徴としてこの上ないスタートを切った。見ていてくれと画面に向かって語っていた彼の想いが、焦凍くんにもちゃんと届いていた。彼のスタンディングに胸を熱くしながら、親子の形もまた少しずつ変わろうとしているのだと別の意味で感動を覚える。
「……え。」
だけどホッとしたのも束の間、ホークスさんに支えられているエンデヴァーさんの前に連合の荼毘が現れた。もう彼はボロボロだというのに、最悪のタイミングだ。またも緊迫した空気が流れる。
二人の前に立って軽薄そうな笑みを浮かべたその姿に、私はぞっと背筋が凍るのを感じた。この男はやっぱり得体が知れない。合宿の時懐かしいと笑ったその表情と重なり、体が動かなくなる。
ぶわりと画面に青い炎が広がった。なんて火力。一瞬で三人の姿が見えなくなる。
「あいつか……‼堂々と……どういうつもりだ。」
消太くんの低い声にみんなも緊張の面持ちだ。このタイミングじゃまずい。ホークスさんの羽もさっきエンデヴァーさんの炎に焼かれてほとんど残ってないはずだ。ここで見ていることしかできない歯痒さに強く拳を握り締める。すると次の瞬間、何かの衝撃で炎が弾け飛んだのが見えた。
「ミルコだ‼」
緑谷くんの声を聞いてようやくそれが加勢だとわかる。良かった、彼女なら加勢どころか荼毘確保もあり得るかもしれない。期待が頭によぎったけどそう簡単にはいかなかった。二人が戦える状態じゃないとはいえ三対一では分が悪いと思ったのか、荼毘はすぐに逃げる選択をとった。あっという間に黒いどろどろとしたものの中に姿を消す。神野で爆豪くんも体験したワープ機能だ。すぐにミルコさんが蹴りを入れたけど間に合わない。誰もいなくなったその場所をみんなで呆然と見つめた。
『危機は……荼毘は退き……敵は……消えました……‼――っ私たちの声は彼らに届いておりません……しかし!言わせてください‼エンデヴァー‼そしてホークス‼守ってくれました‼命を賭して!勝ってくれました‼新たなる頂点がそこに!私は伝えたい‼伝えたいよあそこにいるヒーローに‼ありがとうと‼』
初めこそ象徴の不在に不安がっていたリポーターも、白熱の死闘に心動かされたみたいだ。熱のこもったその実況にようやく危機が去ったのだと実感できた。みんなが私たちの体を起こしてソファへと連れて行ってくれる。
「焦凍くん……病院とか……。」
「いや、大丈夫だ。あいつにはホークスもいる……なまえ、顔真っ青だぞ。」
「焦凍くんこそ……。」
上手く体が動かせなくてぐったりとお互いの体を預ける。まだ心臓がドクドクしていてしばらく落ち着きそうになかった。百ちゃんがハーブティを入れる準備をしに急いでキッチンに向かったのを横目で見ながら彼の言葉を聞く。
「プロヒーローとしてのエンデヴァーって奴は、すごかったな。」
「……そうだね。」
「あいつも変わろうとしてんのが最近はちょっと、わかる。」
「うん。」
焦凍くんは自分に言い聞かせるようにポツリポツリと零した。緑谷くんは何か言いたげにこっちを見てたし、みんながそばにいるからあんまりこの話はすべきじゃないんだろうけど。今はそれを気にする余裕が彼にも私にもなかった。
「きっと、焦凍くんがエンデヴァーさんを変えたんだね。」
「そう、なのか……。」
少しだけ笑ってそう言えば、彼は考え込む仕草をした。自分が何か作用したことにピンときてないのかもしれない。でも私は間違いなく焦凍くんの変化がエンデヴァーさんにも伝わったんだと思ってる。親子で笑い合える日もいつか来るのだろうか。そう簡単な話じゃないとわかってはいても、この二人にはそうなってほしいと期待してしまわずにはいられなかった。
「今度エンデヴァーさんのお見舞いがてら家に遊びに行ってもいい?」
「……ああ。あいつも喜ぶ。」
私の提案に彼はふっと表情を緩ませた。きっと今のエンデヴァーさんとなら穏やかに会話ができる。彼のことを話す焦凍くんの声色が以前より優しくなっているものだから、いつの間にか苦手意識は無くなっていた。
いつもならからかわれるだろう幼馴染としての会話を、今だけはみんな邪魔しないでいてくれた。百ちゃんの淹れてくれたハーブティーに口をつけるとじんわり温かさが広がっていく。段々と落ち着きを取り戻していく中で、昨夜ホークスさんに言われたインターンについての言葉だけがぼんやり耳に残っていた。
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