エンデヴァー
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今日の放課後は心操くんとの訓練。相変わらず彼の成長は著しく、前までぐるぐる巻きになって悪戦苦闘していたはずの捕縛布も使い慣れてきている。最近は組み手をしていても五分五分ってところだ。
「今日はそれほどみょうじにうまみのある訓練じゃない。心操の新技に付き合ってもらう。」
「新技?」
首を捻ると消太くんはあるものを取り出した。なんだろうこれ。マスク?
「ペルソナコードだ。」
「名前めちゃくちゃかっこいい……。」
素直な感想をもらせば隣の心操くんは照れ臭そうに頬を掻いた。
「心操の個性はもう知っての通りだが。」
「洗脳?」
「そうだ。洗脳したいと思った相手が自分の呼びかけに応答すれば洗脳成功。ある程度の衝撃があれば解ける。対象に意識を集中させなきゃならん関係で多数同時に洗脳は恐らく不可能だと見込んでる。」
私も訓練で何度か洗脳をかけてもらったけど、なんだか頭に靄がかかったみたいにぼんやりして不思議な感じだったなあ。緑谷くんは指折って洗脳解いてたけど、さすがに私は地力では無理だった。誰かに肩を叩かれるとか、外的要因がなければ普通の人はまず解除は難しい。圧倒的に初見殺しなのも含めてやっぱり強力な個性だ。
「俺の個性はある程度のことなら対象への命令が可能だ。だけどしゃべらせたりとか、頭を使わせるような命令は通らない。」
「羊って文字見せて書けっていう命令は出来るけど、メエって鳴くフワフワの生き物の名前を書けって言っても羊って文字は引き出せないってこと?」
「……たとえが独特だけどそういうこと。何で羊?」
「何か頭に浮かんだ……。」
微妙な表情を向けられ自分も苦笑してしまう。だってそれが思いついたんだもん。なんだか恥ずかしくなってると消太くんは呆れ気味に説明を続けた。
「前置きが長くなったが非常に強力な個性といっても弱点も多いわけだ。そもそも心操の個性が割れてりゃ呼びかけに応えなければいい。」
「確かに。」
「そこでこれだ。」
消太くんは自分が持ってるマスクをもう一度見せてくれる。ようやくそこに繋がるのね。話の全体像が見えてきて前のめりになる。
「もう一つの声帯、変声可変機構マスクペルソナコード。心操の声はマイクや拡声器を通すと効果がなくなるが、こいつは幾多のプレートを変形・共鳴させることで声色を変えて直接外部に放出する。要はボイスチェンジャーだな。」
「なるほど。誰かに成りすますことで敵本人の応答を誘ったり状況をかく乱できたりするわけですね。」
「理解はやいなみょうじ。」
心操くんからどこか尊敬のまなざしで見つめられちょっと照れる。それにしてもペルソナコード、便利だな。彼にとってはかなり強力な武器になりそうだ。でもこれなら個人訓練でも可能だったんじゃないだろうか。何で私まで呼ばれたんだろう。その疑問は消太くんの次の説明で解消された。
「声が変えられても敵に別人だと気づかれれば意味がない。つまり口調やイントネーションが違えば役に立たないってことだ。そこで似てるかどうかの判断をしてもらうためにお前にも付き合ってもらうことにした。」
「え、私で大丈夫ですかね。」
「手始めにプロヒーローやA組のメンツで試すつもりだからな。俺よりお前の方が癖とかわかるだろ。」
プロはともかく確かにA組なら役に立てるかも。今後の心操くんのことを考えるとかなり重要任務だ。ちょっと緊張してきた。それに一つだけどうしても気になることがある。
「こんな大事な技私に教えてよかったんですか?」
今後彼がヒーロー科になれば当然演習で当たることもあるだろう。その時この情報を知ってるというのはかなりのアドバンテージになってしまう。もうすでに教えてもらっといて何だけど内緒にしておいた方がよかったんじゃないのかな。
「お前ら二人はもう手の内明かしまくってんだから別にどうってことないだろ。心操だってみょうじの動きにはかなり慣れてる。それにペルソナコードがどういうものか知ってたところで戦い方次第では全く回避できないだろう。まあ実践で当たることになればお前らの力量次第になるってこった。」
消太くんに意地悪く笑われて若干青ざめる。せめてこれがどういうものかだけでも知られてよかったかもしれない。実践で心操くんに翻弄される未来を想像してちょっと身震いしてしまった。
「俺はここで見とくからお前らは好きにやれ。」
ペルソナコードを心操くんに手渡した消太くんはグラウンドの隅の方に腰かけて何やら書類に目を通していた。ここのところ本当に忙しそう。目の下の隈が見えて頭が下がる。
私はマスクをつけた心操くんと向かい合わせになった。ペルソナコード装着した心操くんめちゃくちゃかっこいいな。本人にそう告げればそう、と無表情だったけど耳が赤かったので多分照れてたんだと思う。
「誰からがいいかな?わかりやすい人がいいよね。」
「早く決めろ。合理的じゃない。」
どうしようかと頭を悩ませていたら突然心操くんから別の人の声が聞こえた。耐えきれずに思わず吹き出す。
「ブッ、今の消太くん?」
「消太くん……。」
「あ、間違えた相澤先生?」
「そう。似てた?」
「めっちゃ似てた。心操くんよく見てるねえ。」
「一番やりやすい相手だったし。」
初っ端からかなりの完成度だ。似てるの面白すぎて名前で呼んじゃったし。私が絶賛すると調子がついたのか心操くんは次々に色んな人の声を出していく。
「私が来た‼」
「オールマイト!でももっと声張った方がいいかも?」
「私が矯正してあげよう。」
「ジーニストさん素敵!」
「誰に向かって口聞いてんだコラァ‼」
「あ、待って爆豪くんはもっと口悪い。誰に向かって口聞いとんじゃ殺すぞ、それかてめーなんざと話す暇ねンだわモブが、が正しいかな。」
「あいつがなんでヒーロー目指してるのか甚だ疑問なんだけど。」
爆豪くんの番になって的確に訂正を入れると心操くんは困惑顔で眉を下げた。私も自分で言ってて口悪すぎじゃんって思ったよ。それにしても心操くんのこんな口調初めて聞いた。さっきから全員似てるし役者の才能があるのかもしれない。芸能人になって俳優の道もありだよなあなんて彼の整った顔を見ながらぼんやり想像してしまう。
いかんいかんと頭を振ってもう一度訓練に意識を戻した。心操くんはその様子を不思議そうに見つめる。誤魔化すように笑ってるとふとあることに気づく。あれ、そういえば今まで練習したのって全員男の人だ。
「女の子はやらないの?」
素朴な疑問を投げかけてみると彼は気まずそうに目を逸らした。
「どうしても口調がよくわかんなくて。あと普通にみょうじの前でやるの恥ずかしい。」
耳を赤くしてる心操くんに大人びててもやっぱり同い年なんだなあなんてしみじみしてしまう。だけど苦手な分野なら尚更ここで練習しといた方がいいだろう。女の子の口調は多分私の方がわかるし。
「ミッドナイト先生……はハードル高いか。A組で誰か知ってる人いる?」
「みょうじ。」
「いや、それはそうだけど……自分じゃ似てるかわかんないよ。」
眉を下げると心操くんは少し考えたあと「八百万とか?」と呟いた。そっか、CMも出てるし百ちゃん有名人だもんね。それでいこうと親指を立てれば彼はカチカチとダイヤルを回した。
「私でお役に立てることがあれば何でも言って下さいな。」
とりあえず私が指定した言葉を口にする心操くん。こちらとしては彼から百ちゃんの華やかな声が聞こえてくるのは何とも複雑な気持ちだ。これも訓練だから仕方ないんだけど。
「百ちゃんはこう、なんて言ったらいいのかな。お嬢様なの。だから上品な?おしとやかな?感じにすればもうちょっと近づく気がする。」
「私でお役に立てることがあれば何でも言って下さいな。」
「あ、そうそう。そんな感じ。」
すぐにアドバイスを取り入れて修正してくる心操くんはさすがとしか言いようがない。まるでスポンジみたいな吸収のはやさ。それからはしばらく私が指定した台詞を言ってもらう練習を繰り返して何とか女の子の口調も様になってきた。ほわほわしたお茶子ちゃんの声が無表情の彼から発せられたときは苦笑いを隠し切れなかったけど。
「今日はその辺でいいだろ。心操は引き続き自分でも練習しとけ。人間観察とかな。」
消太くんから終了が告げられ解散の流れになる。立ち上がろうとした瞬間今日一度も練習していない声が聞こえた。
「え、私もうちょっとできますよ?」
「ブッ。」
突然のことに意表を突かれ珍しく消太くんが吹き出す。後ろを振り返ればにんまりと目を細めた心操くんがこちらを見ていた。え、今のってもしかして私の真似。
「心操くんに負けられないのでもっと頑張ります!」
「ちょ、ちょっと心操くん。」
「足で空気操作するの難しい……心操くん体幹どうしてる?」
「ねえってば。」
「筋トレしても腹筋割れないのどうにかなんないのかなあ。」
「お願い聞いて!?」
何度遮っても私の口調で話すのをやめない心操くん。消太くんツボに入りすぎて声出なくなってるじゃん。肩プルプル震わせてるし。何この師弟コンビやだ。
「悪い悪い。女子の中で一番知ってるのみょうじだからさ。」
若干半泣きになってるとようやく彼はペルソナコードを外した。恨めしくそちらを睨むと心操くんは肩を竦める。
「本当にごめん。でもいい練習になったよ。ありがと。」
「……それならいいけど。」
渋々納得して帰り支度をする。まあ心操くんが悪ふざけしてくれるようになったっていうのは仲良くなれてる証拠なのかな。うん、そう思うことにしよう。
いまだ肩を震わせてツボに入ってる消太くんの背中をバシンと叩いて「早く帰りますよ」と低い声で唸る。こちらをちらりと見た彼はもう一度吹き出して私はさらに頭を噴火させるのだった。