エンデヴァー
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無事文化祭が終わり11月も下旬に差しかかった頃、なぜか常闇くんを除いたインターン組が消太くんに呼び出された。何だろうとみんなで首を傾げながら先生方の寮へと入ると、予想してなかった人物の姿が目に飛び込んできて固まる。
「雄英で預かることになった。」
「近い内にまた会えるどころか‼」
なんとソファに座っていたのはエリちゃん。思わず緑谷くんが声を上げた。部屋の中にはビッグ3の姿もあって、エリちゃんは波動先輩に髪を結んでもらいながらにこにこ笑っている。
「わーエリちゃんやったー!」
「私妹を思い出しちゃうわ。」
「ツインテ似合ってるね、可愛い。」
お茶子ちゃんと梅雨ちゃんと一緒にきゃっきゃと声をかければ「よろしくお願いします」と頭を下げてくれるエリちゃん。ずいぶん人と話すことにも慣れてきたようだ。文化祭効果かなあと頬が緩む。
「どういった経緯で……!?」
「いつまでも病院ってわけにはいかないからな。」
緑谷くんの質問に淡々と消太くんが答えたけど、雄英で引き取るってどういうことなんだろう。家族とか親戚とかいるんじゃないだろうか。いやでも、これまで治崎に好き勝手されて何も言ってこなかったんだからそもそも彼女に関わる気がないのかもしれない。そこまで考えてぎゅっと胸が痛んだ。
消太くんと通形先輩がドアの方へと移動して私たちに手招きする。何か本人に聞かれたくない話だろうか。波動先輩と天喰先輩にエリちゃんを預けて私たちは一度外に出た。
消太くんからの説明は概ね予想通りだった。
「エリちゃん親に捨てられたそうだ。血縁に当たる八斎會組長も長い間意識不明のままらしくて現状寄る辺がない。」
ある程度わかってはいたけど改めて聞かされるとやっぱり苦しい。エリちゃんの大きすぎる個性を家族ですら怖がってるんだ。愛情よりも恐怖や疎ましさが勝ってしまうものなのかとやるせない現実に目を背けたくなる。
「そんでね、先生から聞いたかもしんないけど個性の放出口になってる角。」
「はい、縮んでて今は大丈夫って聞きました……。」
通形先輩が話を続けて切島くんが相槌を打つ。結果的にエリちゃん自身を苦しませる元凶ともなってしまった角。以前消太くんからこのまま縮んでいけば個性が制御できるようになるかもと聞いていた。
「わずかながらまた伸び始めてるそうなんだ。」
「そんな……。」
「じゃあ……またああならないように……?」
先輩の言葉に思わず目を伏せる。他のみんなもショックを隠せないようだった。
お茶子ちゃんの言ったああならないようにとは、エリちゃん救出の際に彼女の個性が暴走してしまったことを指してるんだろう。確かにどこか施設に引き取られて力が抑えられなくなってしまったら取り返しがつかない。その点雄英には消太くんがいるし、彼が不在の時でも何かあれば他の先生方がすぐに対処してくれるだろう。
「そういうことで、養護施設じゃなく特別に雄英が引き取り先となった。教師寮の空き部屋で監督する。様子を見て……強大すぎる力との付き合い方も模索していく。検証すべきこともあるし、まァ……おいおいだ。」
「相澤先生が大変そう。」
「ちゃんと寝る時間あります?」
エリちゃんがこれから雄英で過ごすことになるという説明はわかった。けどただでさえ残業三昧の消太くんがエリちゃんの経過を観察しながら個性の扱い方についても教えていくってかなり無理があるんじゃないだろうか。過労死しちゃうよ。梅雨ちゃんの心配に続けて私も懸念事項を投げかける。すると返事をしたのは通形先輩だった。
「そこは休学中でありエリちゃんとも仲良しなこの俺がいるのさ!」
元気に手を挙げた先輩に私たちは納得の目を向ける。なるほど、彼なら付きっきりでエリちゃんを見ていられる。それでもやっぱり先輩だけに任せるわけにはいかないのでちゃんと様子は見に来るつもりだけど。何より私がエリちゃんに会いたいし。
「忙しいだろうけど皆も顔出してよね。」
『もちろんです!』
みんなで声を揃えて頷く。エリちゃんに寂しい思いをさせたくないという気持ちは同じだった。私たちが話していると後ろの玄関のドアが開く。振り返ると天喰先輩が立っていた。
「エリちゃんが体も心も安定するようになれば……無敵の男復活の日も遠くない。」
天喰先輩は通形先輩の肩に手を置いて微笑んだ。そう、エリちゃんが個性を制御できるようになれば通形先輩の個性も元に戻るかもしれない。きっと全てが好転するはずだ。そうなれば嬉しいねと言って通形先輩も笑った。
「早速で悪いが3年しばらく頼めるか?」
「ラジャっすオセロやろっと!」
「僕らもいいですか!」
こちらはエリちゃんと遊ぶ気満々でいたのになぜか消太くんに制される。
「A組は寮へ戻ってろ。このあと来賓がある。」
「来賓?」
みんなで顔を見合わせた。これは初めての体験だ。一体誰が来るんだろう。後ろ髪を引かれながらも私たちは仕方なく寮へと帰った。
制服から部屋着に着替えて共同スペースで来賓を待っている。ソファで百ちゃんと上鳴くんの間に座ってると突然常闇くんが声を上げた。なんだか可愛いくしゃみ。
「風邪?大丈夫?」
「いや……!息災!我が粘膜が仕事をしたまで。」
「何それ。」
お茶子ちゃんが心配すると相変わらずの独特な返し。静かにツッコまれているのが妙にツボに入ってしまう。上鳴くんはなぜかくしゃみ一つで楽しそうにテンションを上げた。
「噂されてんじゃね!?ファンできたんじゃね!?ヤオヨロズー!みょうじー!みたいな。」
「ちょっとやめてください。」
「茶化さないで下さいまし!有難いことです!」
隣の百ちゃんと一緒に抗議する。彼が言ってるのは多分文化祭のステージで私たちの名前が叫ばれてたことだろう。あれは自分でもびっくりしたけど。応援してくれてる人が一人でもいるというのは自信にも繋がった。本当にありがたい話だ。
「常闇くんはとっくにおるんやない?だってあのホークスのとこインターン行っとったんやし。」
「いいやないだろうな。あそこははやすぎるから。」
お茶子ちゃんが朗らかに彼のインターン先について言及したけど常闇くんは首を横に振った。彼の言葉の意味がすぐに分かってしまい苦笑が漏れる。
インターンでも容赦なくマイペースなんだろうなあの人。常闇くんは同じ鳥仲間だから多少は理解できるとしてもなんで私にまでオファーが来たのかいまだにわからないし。学生の受け入れとかしなさそうなのに。底が知れなくて怖いんだよなあとぼんやり考えていると玄関のドアが開いた。飯田くんの声を合図に私たちもお出迎えへと立ち上がる。
「煌めく眼でロックオン!」
「猫の手手助けやって来る!」
「どこからともなくやってくる。」
「キュートにキャットにスティンガー!」
『ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ‼』
合宿の時以来のプッシーキャッツのみなさんだ。このフレーズ聞くのも久しぶり。今日は4人とも私服でちょっと新鮮。
「プッシーキャッツ!お久し振りです!」
「元気そうねキティたち!」
わーっとみんなで駆け寄る。三奈ちゃんたちはもうすでにお土産のにくきゅーまんじゅうに夢中だ。私と緑谷くんは4人の後ろにひっそりと立ってた人物に声をかけた。
「洸汰くん‼久しぶり‼」
「元気だった?なんか背伸びたみたい。」
彼は相変わらずの仏頂面で私たちを見上げた。けど、以前より柔らかくなってる気がする。緑谷くんもそれに気づいたのか明るい口調で彼に握手を求めた。
「手紙!ありがとうね!宝物だよ。」
「別に……うん。」
敵が襲来した時洸汰くんを助けたのは緑谷くんだ。あのあと洸汰くんから手紙をもらったと嬉しそうにしていたし、彼にとってのヒーローはきっと緑谷くんなんだろう。洸汰くんはそっけない態度で顔を背けたけど、その頬は少しだけ赤く染まっていた。微笑ましくて口許が緩む。
「本当は……二人に書きたかったけど、なんて書けばいいのかわからなくて……。」
「私も?」
もじもじと見つめられて驚きの声が漏れる。私は直接彼の元へ向かったわけでもないし一緒に肉じゃが食べてお話ししただけだ。それなのに、私にも手紙をくれるつもりでいたというのか。
「話聞いて、ちょっとだけヒーロー悪くないかもって思えたし……その、お礼言わなきゃって……。」
尻すぼみになっていく語尾にうっかり泣きそうになる。あの時私が話したことが彼に響いていたなんて。ぐっと涙をのみ込んで、ありがとうと笑顔を作った。
洸汰くんはすっかり緑谷くんに憧れているようで、彼の新しいスニーカーが緑谷くんと同じ赤色なのだとマンダレイさんが教えてくれた。洸汰くんは照れながら怒ってたけど、緑谷くんがお揃いだと言ってにっこりするとはにかんだ笑顔を見せてくれた。可愛い。
机とソファを移動させてプッシーキャッツの皆さんに座ってもらおうとしたけれど、復帰の挨拶に来ただけで他にも回るところがあるからと断られてしまう。
「復帰!!?おめでとうございます‼」
サラッと発せられた言葉に私たちは驚いた。プッシーキャッツは今ラグドールさんがオールフォーワンに個性を奪われて活動休止中だ。もしかして個性が元に戻ったんだろうか。緑谷くんも同じことを思ったみたいで質問してくれたけど、彼女は首を横に振った。
「戻ってないよ!アチキは事務仕事で3人をサポートしていくの!OLキャッツ!」
ラグドールさんは明るく振る舞ったけどやっぱり胸は痛かった。プロヒーローの彼女が個性を奪われるなんてどんなにつらいことなんだろう。オールフォーワンの悪意に満ちた笑いを思い出して唇を噛む。
どうやら奴が収容されてるタルタロスから今の段階で力を返すことはできないという報告をもらったそうだ。個性を返すには当然そのための個性を発動させなきゃならない。オールフォーワンがどんな個性をどれだけ内に秘めてるか把握できてない以上、現状動きを封じて何もさせないことが奴を抑える唯一の方法なのだそうだ。なんて歯痒い。
「……ではなぜこのタイミングで復帰を?」
みんなの疑問を百ちゃんが代弁してくれる。マンダレイさんはにっこり笑って教えてくれた。
「今度発表されるんだけど、ヒーロービルボードチャートJP下半期。私たち411位だったんだ。」
ヒーロービルボードチャートJP。事件解決数・社会貢献度・国民の支持率などを集計し毎年二回発表される現役ヒーロー番付。上位に名前を刻んだ人ほど人々に笑顔と平和をもたらした、いわゆる優秀なヒーローとされる。
「前回は32位でした。」
「なる程急落したからか‼ファイトッす‼」
「いや、多分その逆だと思うよ。」
切島くんのストレートな物言いをやんわり諫めるとラグドールさんがビシッと私を指さした。
「その通りにゃん!全く活動してなかったにも拘わらず3桁ってどゆ事ってこと‼」
このヒーロー飽和社会、3桁台にはいるだけでも相当難しい。プッシーキャッツの皆さんは支持率の項目が突出していたんだそうだ。私たちだけじゃない。大勢の人が彼女たちの帰りを待ってるという証拠だ。
「そういう事かよ!漢だワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ‼」
切島くんが男泣きしながら握手を求める。表情ころころ変わって忙しそうだなあ。そこが彼の良いところだけど。
「ビルボードかァ。」
「そういえば下半期まだ発表されてなかったもんね。」
「色々あったからな。」
プッシーキャッツの皆さんの来賓の理由がわかったところでみんな口々にそれについて話し始める。去年父が亡くなった時もかなり騒がれたけど、恐らく今回はもっと特別な雰囲気なんだろう。
「オールマイトのいないビルボードチャートかァ。」
「どうなってるんだろう、楽しみだな。」
明るいみんなの会話を聞きながらちらりと焦凍くんを盗み見た。オールマイトがいないってことは、必然的にNo.1になるのはあの人だ。きっと思うところがあるだろう。黙ったままの彼は相変わらず無表情で、何を考えているのか読み取ることはできなかった。
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