文化祭
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はやく気持ちを伝えなくちゃとモンモンしてたけど、結局お風呂から上がったあとも私は彼と目が合わせられないでいた。それどころか妙に意識してしまって近づくこともできない。キスされた時のことがフラッシュバックして、いつの間にか避けてしまうのだ。傍目にはそれほど不自然ではないけれど、当然瀬呂くん本人と響香にはばれてる。なんとかしないと、と思いながら打ち上げが始まり何度目だかわからないため息を吐いた。
打ち上げが終盤に差し掛かった頃、瀬呂くんの方からメッセージが届いた。内容は片付けが終わったらこっそり玄関の方へ来てほしいとのことで、距離を取ってしまってることについての言及だろうかと胸がざわつく。だけど無理やりにでも会わないとずっと気まずいままだ。意を決して了解の旨を返信し、片づけを始めたみんなの輪の中に私も入っていった。
みんなが自分の部屋に戻っていく中忘れ物をしたと言って引き返す。共同スペースに誰もいないのを確認すると、そろりと玄関のドアを開けて外に出た。
私が来たことに気づいた瀬呂くんが振り向き、視線がかち合う。どんな顔をしていいのかわからず、私はまたふいと逸らしてしまった。ああ、ここまで来て何やってるんだろう私。
「……ごめんな。」
俯いたまま何も言えずにいると寂しげな声が降ってきた。そろりと顔を上げると眉を下げた瀬呂くんが困ったように笑っていた。私はそれを見て一瞬手を伸ばしかけた。なぜか彼がいつもより遠くにいるように感じたのだ。
ごめんって、何に対してのごめんだろう。普通に考えれば急にキスされたことなんだろう。だけど今の一言にはなんだか深い意味が込められている気がした。もちろん彼の真意はわからないけど、散々避けまくった私がそんな顔をさせてしまったことは容易に想像ができた。
「私こそ、ごめん……。」
消え入りそうな声で絞り出せば彼はどこか遠慮がちに私の頭を撫でた。
「みょうじは悪いことしてないでしょ。」
「その、瀬呂くんの顔見られなくて避けた……から。」
「俺のせいじゃん。ごめんな。」
再び謝罪の言葉を口にした瀬呂くんにモヤモヤが募っていく。鼓動が速くなるのがわかったけれど、さっきまでとは違う嫌な感じだった。
あの時確かに一瞬戸惑った。だけど私はちゃんと嬉しかったのだ。それなのに瀬呂くんはどうして謝るんだろう。私がパニックになったからだろうか。もしかして逃げてしまったことで彼の想いを踏みにじってしまっただろうか。
いつもなら私の気持ちを先に聞いてくれる瀬呂くん。謝ったあとも朗らかな雰囲気で「どうだった?ドキドキした?」って目を細めてきそうなものなのに。もしかしてあれは一時の気の迷いで、彼はキスしてしまったこと自体後悔してるんだろうか。考えもしなかった不安がお腹の底から迫り上がってきてぎゅっと拳を握る。
「気持ち抑えらんなくなって……悪かったな。困らせたかったわけじゃねーから嫌だったら忘れてくれな。それより俺はちゃんと元通りに話せた方が嬉しいし。」
その発言に私は少なからずショックを受けた。瀬呂くんとの近すぎる距離感に恥ずかしさから困惑することはあっても、嫌だと思ったことは一度だってない。
「それより?」
いつもと違う雰囲気の彼に思わず聞き返してしまった。文化祭のあとで気持ちが昂ってたのもあるんだろうか。普段なら聞き逃せたはずの言葉が妙に耳についた。
「それよりって……どういうこと?私あの時、嫌なんかじゃなかったよ……?」
震える声で素直な気持ちを告げれば瀬呂くんの目が見開かれたのがわかった。どういうわけか胸が苦しい。なんだか泣いてしまいそうだった。
「瀬呂くんのことは何でも……一つだって、忘れたくない。」
詰まりながらもなんとかそう続けると、目から涙が一粒零れた。瀬呂くんはそれを見たからなのか、どこか憑き物が落ちたかのような表情になった。彼が一つ、息を吐く。
「……そうだよな。我慢するったってこんな伝え方じゃどっちも苦しい。」
静かに呟いた彼が指で涙を拭ってくれる。私は彼の言ってる意味が分からず首を傾げた。瀬呂くんは何でもないと言っていつもの優しい笑顔で私の頬を撫でた。
「俺もなかったことにしたくない。あん時のみょうじすげー可愛かったもんな。」
熱を込めた瞳で顔を覗きこまれればすぐに不安は吹き飛んだ。固まっていた心が段々と溶かされていく。
「それは、わかんないけど。」
「ふ、照れてる。」
「照れるよ!」
鼻をすすりながら首を横に振ると可笑しそうな顔で目を細められた。赤くなって軽く彼の胸を叩くと楽し気に頭を撫でてくれる。なんだかいつの間にか普段通りでホッと肩の力が抜けた。やっぱり瀬呂くんはすごい。
「まァでも急にしたのはやっぱちゃんと謝んないと。ごめんな混乱させて。もう不意打ちとかしねーから。」
ようやく彼の謝罪が胸にストンと落ちた。うん、これは嫌じゃない。さっきと似たような言葉なのに不思議だ。
「不意打ちじゃなかったらするの?」
気になった部分を恐る恐る尋ねてみると彼は意地悪く口角を上げた。
「してほしい?」
その返事にボッと顔が赤くなる。外はもう寒いくらいなのに体中がポカポカして熱かった。何も言い返せずにせめてもの抵抗で睨むと子どもをあやすみたいに頭をポンポンされる。
「はは、じょーだん。ンな顔しないで。瀬呂くんと仲良くしよ?」
目の前に彼の手が差し出される。むっつり膨らんでたけど瀬呂くんがあまりに優しく笑ったからなんだか毒気が抜けていった。大人しくその手を取って彼の体温を感じる。
「俺ちゃんとみょうじのこと待つからさ。いい時が来たら教えて。」
それ以上の説明をせず投げかけられた彼の言葉は、今度はちゃんと私に届いて首を捻ることはなかった。やっぱり彼には私の考えがお見通しらしい。
今恋人という関係になってしまったらきっと私は必要以上に瀬呂くんに依存してしまう。そんな不安を彼は感じ取ってくれていたのだ。そして私が一人で立ち上がれるようになるまで、彼は待ってくれるとはっきり伝えてくれた。どうにも敵わないなあ。
瀬呂くんはそれきり何も言わなかったし、私も彼の言葉に頷くだけで他には話さなかった。ただしばらく、お互いの手を離さずに綺麗な星空を見上げていた。
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