番外編
設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
打ち上げの最中、耳郎に呼び出された。理由はすでに見当がついてる。俺は誰にもばれないようにこっそりと共同スペースを抜け出し玄関前のベンチに向かった。
「わり、待たせた。」
「別に待ってないけど。」
どこか棘のある物言いに苦笑が漏れる。こりゃ絶対怒られるぞ。思わず身構えるくらいには空気が凍っていた。
耳郎の隣に腰かけたが向こうが切り出す素振りが見られない。気まずい沈黙に耐えきれず、視線を彷徨わせながらも自分から口を開くことにした。
「あー、なんか聞いた?みょうじから……。」
彼女の名前を出せばぎろりと睨まれた。あ、やっぱ怒ってる。さっき一緒に風呂に行った時にでも事情を聴いたんだろう。俺の顔見たみょうじかなり挙動不審になってたしな。まるで敵を追い詰めているかのような鋭い視線に居心地の悪さを感じざるを得ない。
「告ってもないのに手出すなんて聞いてないけど。」
「……仰る通りで。」
言い訳すら思いつかなくて素直に認める。どう考えても俺が悪いもんなあ。やらかしてしまった自覚は充分にある。
文化祭デートの別れ際、みょうじは以前と同じように俺と離れがたい態度を見せてくれた。名残惜しそうな熱のこもった瞳で見上げられれば我慢ができず、あの時みたいに自身を止めてくれる電車もなく衝動に身を任せてしまった。やってしまったと我に返ったときにはもう遅くて。真っ赤になった困った顔が脳裏に焼き付いて離れない。完全に俺の精神力不足だ。
「ごめん。」
謝罪の言葉を口にすれば耳郎はさらに眉を顰めた。
「ウチにじゃないでしょ。」
「……そうだよな。ちゃんと謝るわ。」
元々彼女には謝るつもりだったが予想以上に避けられてたのでこんな時間になった。打ち上げの間もずっと目は合わないし距離を置かれてるのか近づくことすらままならない。正直瀬呂くん泣いちゃいそう。
「あの子、自分の気持ちは二の次だからさ。」
みょうじと話せない悲しみに暮れていると耳郎がポツリと零した。
「あんまり急いで進まないであげてよ。文化祭だって、エリちゃんって子のことも……多分ウチのことも、めっちゃ考えてくれてたと思うんだよね。お父さんのこともあるし……。なまえは向き合おうとしてるものが多いから。だから、瀬呂にだけは味方でいてあげてほしい。あの子の考える材料になってほしくないんだよね。」
まるで姉が妹を心配するかのような口ぶりで、心底風起のことを大切に思ってるんだとすぐ理解できた。こちらが目を瞠るほどの真剣な顔に改めて罪悪感が湧いてくる。
味方でいてあげてほしいってことはつまり俺という悩みを増やすなってことで。何も考えずにただ安らぐ存在でいろという通達だろう。
要は中途半端なことして混乱させるくらいなら、手を出さずに頑張って今の関係を保つかさっさと告って彼氏になるか選べってことだなこりゃ。なかなか難題突き付けてくれる。ため息交じりに渇いた笑いが漏れた。
「まだ気持ち伝えるつもりはねーよ。」
思ってることをはっきり告げればすごい剣幕で詰め寄られる。俺も過保護な自覚はあるけど耳郎も大概だよなあ。
「なんで!?」
「みょうじが嫌がりそうだから。」
俺の返答に耳郎は虚を突かれたような顔をした。まあ傍から見りゃ両片思いのじれったいクラスメイトだ。早くくっつけって気持ちもわからんでもない。でもそれはできない相談だった。
「親父さんのことがでけーよ。いくら前向きに進めるようになったからってそう簡単に陰は離しちゃくれない。エリちゃんと一緒でさ。多分みょうじは今も親父さん背負ってる。」
彼女の意志に関係なく元人気ヒーローの評判は耳に入ってくるだろう。それが良いものでも悪いものでも。自分がプロヒーローになるなら一生比べられるかもしれない。そんな中、彼女は自分の過去に自問自答しながら折り合いをつけて一人で進んでいかなきゃいけない。そう、一人で。
「今俺と付き合ったら、その関係に依存すんじゃねーかって思ってんだよみょうじは。」
「そっ、んなの……!」
「現に俺だって一線はちゃんと引かれてる。みょうじから俺に触れてきたことなんてほとんどないぜ?まだそういう関係にはなりたくないって表れだと思うけど。」
何か言いたげな耳郎にちゃんと根拠を伝える。彼女は開きかけた口を渋々閉じた。
俺だって支えてやれりゃどんなにいいかって思う。正直いくらでも依存してくれて良い。迷惑かけてくれたってちっとも構わない。むしろ度量の見せ所だ。
でも彼女のためを思うならそれは誤った選択だ。第一彼女自身がそれを許さないだろう。親父さんのことに決着をつけて、どれほど薄暗いものが聞こえてこようともそれに耳を貸さず一人で未来に向かって歩けるようになるまで。きっと彼女は誰かを道連れにしてしまうような道は選ばない。そんな優しく脆く気高い彼女のことを俺は好きになったのだ。
自分の望む関係として隣に並べる日がどれくらい先になるかはわかんねーけど、俺はもう待つことに決めてた。今日耳郎の話も聞いて、長い我慢を強いられることになんのも腹括った。
「とにかく俺は今の関係をどーこーしようとは思ってない。から、もうみょうじ困らせるようなことはしねーよ。悪かった。」
「……私も瀬呂の言いたいことはわかったから。任せる以上はちゃんとしてよね。」
低い声で不機嫌そうに釘を刺される。何とか納得してくれたみたいでとりあえず一安心。でも正直不安な部分もある。我慢つったってどこまで制限すりゃいいんだろう。最近距離の近さもバグってきてる。しばらくそこの線引きに頭を悩ませそうだ。
「あ、でも手繋ぐのとかはいーだろ?拒否もされねーし嬉しそうなの可愛いし。」
「反省してんの!?」
「してますしてます。」
馬鹿正直に思ったことを口にすればブチギレられて冷や汗が出る。みょうじ絡んでると怖ェんだよなあ。慌てて謝ると耳郎は不満げに俺の目を見つめた。
「まあ、二人の関係は二人にしかわかんないし判断は委ねるけど!次手出した報告聞いたら新技の実験台になってもらうから!」
「ヒエ……ソレハカンベンシテクダサイ……。」
上鳴じゃあるまいしさすがに嫌だ。みょうじのことを考えてもやっぱ後先考えず手出したのは失敗だったな。改めて自分のした行為に後悔が募る。
ただでさえ理性利かなくなってんのに大丈夫なのかと多少気がかりなところはある。それでもちゃんと腹括ったんだ。耐えるしかない。何より彼女のためだ。どんなことでも乗り越えられる。
共同スペースに戻ると峰田たちがまだ騒いでいて、みょうじもそれを見て楽しそうに笑ってた。やっぱ好きだなと自然と頬が緩む。この顔が守れるなら俺の我慢なんて安いもんだ。さっさと元の関係に戻ってしまおうと、俺は早速彼女にメッセージを送った。