文化祭
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その日の夜、みんなで打ち上げをする前にさっぱりしようと響香と一緒にお風呂に向かう。共同スペースに下りてくるとなかなか賑やかで、その中には瀬呂くんの姿もあった。私に気づいた彼とばっちり目が合い途端にさっきのことが思い起こされる。一気に顔が熱くなって全力で視線を逸らしてしまった。罪悪感はあるけどこれは仕方がない。今彼と話なんかしたら爆発してしまいそうだ。申し訳ないとは思いながらも響香の怪訝な視線を受けながら脱衣所に急ぐことにした。
「あのさ、瀬呂となんかあった?」
「え!?」
体を洗い終え二人で湯船につかるといきなり核心を突かれた。思わず声が裏返ってしまう。ああ私の馬鹿。これじゃ何かあったって言ってるようなものだ。
「言いにくいならいいんだけど、明らかに挙動不審だから。」
呆れた顔で動揺した私を見つめる響香。どう返せばいいのかわからず黙り込んでしまう。
どうしよう。人に話すの恥ずかし過ぎるけど、このままぐるぐる悩んでても一向に解決しそうにないのは明らかだ。ここは響香大先生に教えを請おう。熱い体をお風呂のせいにして、私はおずおずと口を開いた。
「……文化祭、ちょっとだけ瀬呂くんと回ったんだけど。」
「あ、時間あったんだ。よかったじゃん。」
「うん、あの、よかったんだけど。その、別れ際に……ちゅーされた。」
「は!?」
ばしゃりと湯船が揺れた。響香もさすがにこれは予想してなかったみたいで驚きの声がお風呂場に反響する。
「あ、ほっぺだよ!?口にはされてないけど……。」
「いやそれでも大問題だから。他に何かされてない?」
「うん。すぐ放してくれたし……エリちゃんとの約束の時間も迫ってたから。」
「告られたりは?」
「してない……。」
隣から深いため息が聞こえた。何だか居たたまれなくなって俯く。
「それでどう思ったの?」
「え……。」
「ほっぺにキスされて、どんな気持ちだった?」
どんな気持ち。改めて聞かれて考え込んでしまった。だってあの時は一瞬のことで、自分の状況を整理するだけでいっぱいいっぱいだったし。だけど、それでも一つだけ確かなことはある。
「嫌じゃ、なかった。」
噛みしめるようにポツリと漏らせば響香は柔らかい表情で頭を撫でてくれた。
そう、全然嫌じゃなかった。あの時のことを思い返すと恥ずかしくて熱くなるし、胸も苦しい。だけどどこか温かい気持ちになるのだ。これは多分嬉しかったんだと思う。それはきっと、相手が瀬呂くんだったから。
「そういやさ、なまえが瀬呂のことどう思ってんのかって直接聞いたことなかったけど、実際どうなの?」
響香が次に投げかけたのは、友人たちにずっと誤魔化し続けてきた真意についてだった。
「どうって……。」
「ウチらはもう二人のことそういうもんだと思って接してたけどさ、好きなの?」
確かにはっきり口に出したことはなかった。言葉にしてしまえば、もっともっとと欲深くなってしまいそうで。彼の優しさに甘えて依存したくなかった。でもずっと前からちゃんと自分の気持ちには気づいていた。はじめこそ戸惑ったけれど、今はそれから目を背けたいと思うことはない。
「……好きだよ。」
小さく呟かれた私の言葉に、ただ一言そっかと相槌が返ってきた。いざ口に出してみると、今さらながらどうしようもないくらい彼への気持ちが大きくなってることに気づく。
いつだって私を救ってくれる。いつだって行く先を明るく照らしてくれる。温かくて優しい、太陽みたいな人。瀬呂くんの隣にずっといられたらなんて途方もないことを願ってしまうくらい、私にとって大切な存在。
「じゃあ、それちゃんと瀬呂に伝えてあげたら。」
「え"、ちょっとそれはかなり厳しい……。」
あまりに性急な提案に間髪入れず困惑の声を上げてしまった。彼のことを直視すらできない今の私にはあまりにハードルが高すぎる。なにせ通常通りに話せるかもわからない状況なのだ。即答した私に響香が思わず吹き出す。
「急に告るとかじゃなくてさ。キスされて嫌じゃなかったっていうのだけでも言っといた方がいいんじゃない?自分がしたことで急によそよそしくなったら瀬呂も気にするでしょ。」
「それは……うん、そうかも。」
的確な指摘に頷く。爆豪くん救出に行ったあともあからさまに視線逸らすのやめてって言われたもんなあ。恥ずかしいけど、これで気持ちがすれ違っちゃうのも嫌だ。
「ちゃんと話してみる。」
「うん、その方がいいと思う。」
決意を固めた私のほっぺを響香はふにふにとつついた。本当に彼女には世話を焼いてもらってばかりだ。頭が上がらない。のぼせてきたかもと零せばそろそろ上がろうということになる。
湯船から立ち上がったところでふと思い出したことがありもう一度彼女の名前を呼んだ。
「響香。」
「ん?」
「文化祭、すっごく楽しかった。ありがとう。」
にっこり笑えば彼女は目を見開いた。湯気が立ち込めていて見づらいけれど、なんだかその瞳は潤んでいる気がした。
「こっちこそ。あんないい景色見させてくれてありがと。」
二人でぎゅっと手を握り合いお風呂を出る。ちょうど脱衣所に来ていた透ちゃんに「ほんとに仲いいね!」ってからかわれてしまった。長時間湯船につかっていたからか頭がぼんやりする。だけどどこかふわふわとした高揚感があり、それはとても心地よかった。