文化祭
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校舎の中を一人で回って体の熱を冷ましていると、調理室に入っていく緑谷くんの姿が見えた。あれ、彼も別行動になったんだろうか。気になって後を追いかける。
「緑谷くん?」
「うわあみょうじさん!」
ものすごく驚かれてしまった。なんだか申し訳ない。ごめんと謝って調理室の中に歩みを進めると、何やら彼はキッチンの上に材料を並べている最中だった。
「これ……リンゴ?」
「うん。プログラム見てないかもって思ったから今朝買い出しの時に買っといたんだ。」
「買いたいものってこれだったんだね。」
「そうなんだよ。砂糖くんから食紅借りて作り方も教わっててね。意外と簡単なんだよ。」
ロープの他にも買い物あるって言ってたもんなあ。まさかエリちゃんのためだったなんて。出来る男だ。
「私も一緒に作ってもいい?」
「助かるよ!でも瀬呂くんとはもういいの?」
「うん!?あ、ああ瀬呂くんね!あの大丈夫全然気にしないで!ね!」
「うん……?」
急に彼の名前を出されて動揺してしまった。ようやく冷めてきてた熱がまた高まる。明らかに私が挙動不審で緑谷くんは不思議そうに首を傾げた。ごめん。
「じゃあ私飴作るね。」
「僕はリンゴの準備をしておくよ。」
緑谷くんがリンゴを割り箸で刺してる間にお鍋に砂糖と水を入れて火にかける。
「トロトロになってきたよ~。」
「食紅の用意できてるよ!」
「ありがとう。」
お鍋を火からおろして食紅を混ぜる。
「おお……。すごい。」
「こんなにちゃんと赤くなるんだね……。」
一気に林檎飴の色になっていくお鍋の中身を見て二人で声を漏らす。すごい、科学の力って感じ。
「それじゃあリンゴ入れるよ!」
「お願いします!」
緑谷くんが緊張の面持ちで林檎をお鍋に入れてまんべんなく飴をつけていく。上手だ。彼となら林檎飴屋さんが開けるかもしれない。
「できた!」
「お疲れ~。これで飴が固まれば完成かな?」
「そうだね!冷めるまでバットに置いておいて、ミスコン終わったら急いで取りに来るよ。」
二人でハイタッチして完成を喜ぶ。だけど時計を見るとミスコンの時間が迫っていた。そんなに悠長にしてられない。急いで後片付けをして会場へと向かった。
「お待たせしました!」
混雑している人の中やっとエリちゃんを見つけ駆け寄る。彼女は私を見ると顔を綻ばせてくれた。そっと抱き上げてステージが見やすい高さに腕を固定する。
「やあみょうじさん!デートは楽しめた?それは彼からのプレゼントかな!?」
待ってましたと言わんばかりに通形先輩から質問という名の冷やかしが飛んできた。私の髪型が変わっていることにいち早く気づいた彼はヘアゴムを指さして楽しそうにしている。本当に今だけは勘弁してほしい。
「なまえさん……髪、すごくかわいい。」
ポニーテール姿の私を初めて見るエリちゃんがキラキラと瞳を輝かせた。ちょっと照れちゃうなあ。
「ありがとう。今度エリちゃんの髪もお揃いにしよっか。」
「うん……!」
思いつきの提案だったけどお気に召してくれたようだ。さらに顔色が明るくなって私の心もじんわり温かくなる。
『結果発表の時間です!』
会場にアナウンスが響きようやく始まるようだ。毎年文化祭のトリを飾るイベント。ミスコンの優勝者が決まる。
審査員特別賞が発表され残すは優勝者のみ。私たちはドキドキしながらステージを見つめていた。
『今年の文化祭、栄えあるミスコン優勝者は……』
会場中が息を呑む。ドラムロールが鳴って一人の元にライトが当てられた。
『3年A組!波動ねじれさんです‼』
わあっと歓声が上がる。名前を呼ばれた波動先輩は絢爛崎先輩と健闘を称え合った握手を交わし、ステージの真ん中でティアラが贈呈された。笑顔で観客席に向かって手を振る先輩。本物のお姫様みたいだ。
客席はみんな嬉しそうな表情を浮かべていて、こんな顔が見られるなら来年頑張ってみてもいいかもなんて。そんなことを思った。
ミスコンが終わると、空はすっかり夕焼けになっていた。文化祭ももう終わり。エリちゃんとのお別れの時間も迫っていた。
緑谷くんと一緒にエリちゃんを校門まで見送りに行く。彼女の口数はどんどん少なくなっていって私の胸もちくりと痛んだ。
「今日はありがとう!楽しかった!」
「エリちゃんも楽しめたかな?」
「……うん。」
緑谷くんと一緒にエリちゃんに笑いかけるけど、彼女の顔は浮かない。俯いたまま小さな返事が聞こえた。そりゃ寂しいよね。だけどやっぱり最後まで笑ってほしい。
「エリちゃん、顔を上げて。」
緑谷くんと並んでエリちゃんの前に屈む。彼は背中からさっき急いで取りに行ってくれた林檎飴を取り出した。
「「サプライズ!」」
エリちゃんの目が見開かれ大きな瞳が零れ落ちそうになる。
「リンゴアメ!売ってた!?俺探したよ!?」
通形先輩も驚いてる。私も探したけど全然なかったもんなあ。緑谷くん、さすが機転が利く。
「プログラム見てないかもと思ったんで。だから買い出しの時に材料買っといたんです。つくり方意外にカンタンで!」
「食紅も緑谷くんが砂糖くんに借りてくれたらしくて。」
「さっきみょうじさんに偶然会って一緒に作ったんです。」
エリちゃんはじっと林檎飴を見てる。気に入ってくれたかな。私はさらにポケットから彼女へのお土産を取り出した。
「エリちゃん、もう一個サプライズ。この子、さっき的当ての景品でとったの。エリちゃんの目と同じ色のうさちゃん。もらってくれる?」
小さめのぬいぐるみを差し出せばまた彼女は驚いた顔をした。
「いいの?」
「うん。うさちゃんもお友達。鞄に入れとくね。」
両手が塞がってるエリちゃんのために彼女のバッグにうさちゃんを忍ばせる。少しはこれで寂しくなくなるといいな。
「まァ、近い内にすぐまた会えるハズだ。」
消太くんも彼女を気遣う言葉をかける。エリちゃんはもう一度林檎飴をじっと見たあとそれに口をつけた。
「フフ……さらに甘い。」
にっこり笑ってくれたエリちゃん。それにつられて私たちの頬も緩んだ。どうやらサプライズ大成功みたいだ。彼女が今日を笑顔で終えることができそうで私も嬉しい。
「またつくるよ。楽しみにしてて。」
「今度はアップルパイにも挑戦してみようかな。」
俯いたエリちゃんの顔は上がり、すっかりご機嫌の様子だ。消太くんと通形先輩が彼女を送っていくとのことで私たちは三人に向かって手を振る。姿が見えなくなるまでずっと見ていたけど、エリちゃんは一度も林檎飴を手放さなかった。
「緑谷くん。」
「うん?」
二人だけで夕焼けを見つめながら、隣の彼に声をかける。緑谷くんは私と同じように寂しさを滲ませた顔でこちらを向いた。
「大成功だね!」
自分の気持ちを誤魔化すようにぐっと口角を上げる。私たちのステージで笑ってくれたエリちゃん。林檎飴で顔を綻ばせたエリちゃん。本当に今日開催することができて、彼女のあんな表情が見られてよかった。今はしばらく会えない寂しさも混ざってるけど、それ以上に温かい気持ちが溢れている。それはどうやら緑谷くんも同じなようで、良い笑顔が返ってきた。
「うん!また絶対会おう!」
二人で拳を合わせる。エリちゃんに楽しんでもらうと誓った文化祭。それは無事彼女の笑顔で締めくくることができた。これからもきっと、何度だってあの顔が見られる。
空の色が段々と変わってもうすぐ陽が落ちる。あっという間だった一日が、今終わろうとしていた。