文化祭
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「わり、待たせた?」
「ううん。こっちこそ急に呼び出しちゃってごめんね。」
「いんやデートの呼び出しならいつでも大歓迎よ。」
連絡するとすぐに来てくれた瀬呂くん。飄々としている彼のデートという言葉に顔が熱くなった。そんな私を見て彼は満足そうに目を細める。
「んじゃ林檎飴探しに行きますかァ。」
屋台の方に向かって二人で歩き始める。学内で文化祭デートなんてどこか気恥ずかしい。誰に見られるかわかんないしかなり大胆だ。でも彼と一緒なら誤解されるのも嫌じゃない、なんて。そんな自分勝手なことを思った。
「お化け屋敷どうだった?」
「いやあれすげー怖ェわ。爆豪とか猫みてーに固まってて動画撮りたかった。」
「あの爆豪くんをもビビらせるC組……。」
なかなか侮れない。気絶しなくて本当に良かった。あとで爆豪くんを茶化しに行こうかとも考えたけど、わざわざ自分で命捨てに行く必要ないなとすぐに思い直す。
「みょうじは他どっか行ったん?俺らはアスレチック行ってたけど。」
「アスレチックかあ。それも楽しそうだね。私はクレープ食べたよ。チョコバナナといちごのやつ。エリちゃんと半分こしたの。」
「おーいいな。んじゃ甘いものはもういい感じ?」
「いや全然。色んなスイーツに目移りしちゃうくらいには食べられる。」
「食欲旺盛じゃねーか。」
真剣な顔で親指を立てれば彼の口角が上がった。正直さっき叫び過ぎてカロリーの消費がすごいのだ。甘いものに限らず今なら何でも食べられる気がする。
「お、チュロス売ってる。食う?」
「食べる!」
「はいよ。」
シナモンシュガーとチョコを一つずつ注文して受け取る。うーんいい匂い。一口かじるとシナモンの香りがふわりと広がった。
「おいし?」
「おいしい~。」
「んじゃ一口ちょーだい。」
「え。」
目の前の彼が口を開けたので戸惑いながらもチュロスを差し出す。いわゆるあーん状態だ。ちょっと恥ずかしい。瀬呂くんはうまいうまいってもぐもぐしてる。
「俺のもいる?」
「……いただきます。」
迷ったけど結局もらうことした。瀬呂くんが差し出してくれたチュロスを私も一口かじる。うん、本当においしい。チョコもありだなあ。
「喉渇かねえ?飲み物探すか。」
「そうだね。確か近くにあった気がする。」
チュロスのお店から目と鼻の先にジュース屋さんを見つけた。オレンジジュースとリンゴジュースを一つずつ注文する。
「すげェ、カップオールマイトじゃん。」
「ほんとだ。他のヒーローのもある。凝ってるね。」
ジュースを入れるカップが先生方やプロヒーローの形になっていた。これは面白い。好きなデザインが選べるみたいだったのでファットさんを指さす。
「瀬呂くんはセメントス先生にしたんだね。」
「単純に四角くて持ちやすそうだったからな。」
「それは言えてるかもしれない。」
ジュースを飲みながらカップのファットさんと目が合う。元気にしてるかなあ。早くインターン再開できればいいのに。
「お、的当てあんぞ。」
ちょっとセンチメンタルになってると瀬呂くんが一つの屋台を指さした。ほんとだ。結構盛況でみんな欲しい景品に向かって楽しそうにボールを投げてる。
「やってみる?」
「んー。」
少し考えてるとあるものが目に入った。可愛いうさぎのぬいぐるみ。目が赤くてエリちゃんみたい。
「やる!」
元気に返事すると瀬呂くんもよっしゃと言って一緒にやってくれることに。持ち玉は3つ。うまくぬいぐるみに当てて倒れたら手に入る。
一投目は失敗。若干軌道が外れてしまった。
「んん、難しい……。」
二投目は力加減が弱くて倒れなかった。残り一つ。絶対に当てる。集中して狙いを定める。
「せい!」
まっすぐ投げたボールは綺麗にぬいぐるみの元へと届き、三投目にして何とか倒すことができた。
「はーい、お姉さん大当たり~!大事にしてね!」
「わ、ありがとうございます!」
お礼を言ってお店の人からぬいぐるみを受け取る。後ろを振り返るとすでに投げ終えていた瀬呂くんが待ってくれていた。
「見て、取れた。」
「すげーじゃん。エリちゃんへのお土産?」
「そう!」
可愛いでしょとはしゃぐ私の頭を瀬呂くんが撫でる。なんだか本当に恋人同士みたいで段々恥ずかしくなってきた。
「んじゃこっちは俺からのプレゼント。」
「え?」
「手だして。」
予想していなかった言葉に驚きながらも言われるがまま右手を出すと、彼はそこに何かを乗せた。
「ヘアゴム?」
「そ。あん中だとそれが一番みょうじに似合いそうだったから。あげる。」
瀬呂くんが取ってくれたのはレジンの中にドライフラワーが閉じ込められている綺麗なヘアゴム。細かく砕いたパールなんかも散りばめられてて華やかな感じだ。
「いいの?」
「いーの。今回のはボール投げの景品だし水族館の時ほど罪悪感ないだろ?」
「ふふ、それは確かに。ありがとう。」
素直に受け取って髪を結んでみることにした。即席だから複雑なのは出来ないけど、前に可愛いと言ってくれたポニーテール。
「ん、やっぱすげー可愛い。」
私の髪型を見て目を細める瀬呂くん。今度は朝とは違う。私だけの可愛いだ。たったそれだけのことに心臓がどきりと跳ねた。
「そ、そうかな……。」
「体育祭の時も思ったけどポニテ似合うよな。衣装もすげー似合っててかわいーし。」
「ほ、ほめ過ぎでは……?」
「だって本心だもん。」
褒め言葉の嵐に赤くなると彼は悪戯な笑顔で私の顔を覗きこんだ。
「瀬呂くんも……クラスTシャツ似合うよね。その、かっこよくてちょっとソワソワする。」
直視できなくて目を逸らす。いつもならすぐに反応をくれる瀬呂くんが何も言わないので不思議に思ってそちらを見ると、なんと瀬呂くんも赤くなっていた。
「悪い。今のキたわ。」
「え。」
言葉の意味を考えるより先に手を取られた。ぎゅっと握りしめたまま彼は歩みを進める。
「瀬呂くん?あの……誰かに見られたら……。」
突然のことに理解が追いつかないまま彼の後ろをついて行くと、瀬呂くんはすぐに私の歩幅に合わせてくれてボソリと呟いた。
「人多いから。迷子防止。」
なるほどって納得しかけたけどやっぱり傍から見たらカップルそのものだ。彼は良いんだろうか。ドキドキしてると今度は彼の顔が耳元に寄る。
「嘘。ほんとは俺が繋ぎたいだけ。嫌?」
私にだけ聞こえる声で囁かれた言葉に余計顔が熱くなった。その聞き方はずるい。嫌なわけない。断ることもできずにぶんぶんと首を横に振ると彼は良かったと言って笑った。相変わらず勝てない。もうずっと心臓がうるさい。
しばらく手を繋いだまま屋台を回った。でも結局林檎飴は見つけられないまま。瀬呂くんとのデートも終わりの時間だ。
「林檎飴、残念だったな。」
「こればっかりは仕方ないよ。今度病院への差し入れで持ってく。」
「いいなそれ。」
二人で顔を見合わせて笑う。瀬呂くんが私の頭をそっと撫でた。
「久しぶりのデート楽しかったわ。またしよ。」
「うん、私も楽しかった。から、また行きたいな。」
思い切って本心を伝えてみると彼の頬が緩んだ。ああ、私この顔に弱い。
「これからまたエリちゃんのとこ?」
「うん。ミスコンは一緒に見ようって約束してるからそれに間に合うように。」
「ん、そっか。んじゃ俺も爆豪たちんとこ戻るわ。」
何だか二人の時間が終わるのが名残惜しくて動けない。バイバイという言葉が言えないままじっとその場に留まっていた。少し沈黙が続いてしまい、それに耐えきれなくなった私は彼の顔を見上げた。するとしっかり瀬呂くんと目が合う。なんだか彼の瞳も熱っぽい。頭を撫でた手がするりと頬に落ちてきて私を捕らえた。あれ、前のデートの時も同じことがあったような。
近い距離にいっぱいいっぱいになりながらそんなことを考えていたけれど、前とは違うところが一つだけあった。あの時私たちを止めてくれた電車が、今この場所にはないということ。
瀬呂くんの顔が近づいてきて彼の唇が私の頬にそっと触れた。キスされたのだと、はっきりわかった。
「……また後でな。」
それだけ言うと彼は私を解放して立ち去った。誰もいなくなった校舎の隅で、腰が抜けてしまった私はその場にへなへなと座り込む。
今、キスされた。ほっぺだったけど。改めて状況を整理するとさらに熱が上がった。あまりに心臓の音が速くて破裂してしまいそうだ。でも全然、嫌じゃなかった。
また後でって、どんな顔して会えばいいの。さっきの瀬呂くんの表情を思い出す。いつもの余裕綽々じゃない、私と同じ赤い頬。
彼の唇が触れた箇所に手を当てる。全身が熱くてどうにかなってしまいそうだった。駄目だ、このままじゃ帰れない。火照りを冷ますために少しだけ遠回りして会場に向かうことにした。